季節は10月末。秋も終わり、冬に変わる季節の境目だ。そんな時期に望たちの高校の文化祭が開かれる。
「なぁ」
悟、霊奈と並んで高校へ歩いて向かっていると不意に悟が声をかけて来た。因みに俺たちの後ろには楽しそうに話しているリーマと弥生。子犬モードの霙とその上で少し眠たそうにしている奏楽(昨日、文化祭が楽しみすぎて寝るのが遅かった)。最後尾に不機嫌そうな母さんと大きな欠伸をしているドグがいた。望と雅は準備があるため先に行き、リョウは望の影に入り付いて行った。望は新しく家族になったリョウにもっと自分のことを知って欲しいらしく『一緒に来て』とお願いしたのだ。最初は断ったリョウだったが母さんも望の気持ちを尊重したいのか親子で強請った結果、渋々頷いた。まぁ、そのせいでというか自業自得というか。母さんはリョウと一緒にいられなくなり、現在進行形で不機嫌である。ドグとあまり離れられないと言っていたが高校までの距離ならそこまで問題ないそうだ。
「何だ?」
「師匠たちってどんな出し物をするんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……何も聞いてないの?」
俺の返事に呆れた様子で霊奈が再度問いかける。そう言われても望たちに聞いても教えてくれなかったし、そもそも文化祭のパンフレットすら貰っていない。俺が通っていた時は事前に親御さん向けのパンフレットが配布されていた。おそらくパンフレットは貰っているが俺たちに渡していないだけだろう。
「そう言えばそうだったな。でも、何で秘密にするんだ?」
そのことを話すと悟は首を傾げて呟く。確かに秘密にする必要はないと思う。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「奏楽」
「んー? なぁに?」
振り返って奏楽を呼ぶがまだ眠たいのか彼女はフラフラしていた。霙も少しだけ不安そうに俺を見ている。奏楽が寝落ちして落馬改め落犬したら、と思っているのだろう。さすがにここじゃ擬人モードになれないから奏楽を抱っこすることはできない。代わりに俺が奏楽の元へ行き、抱き上げて霙を連れて悟たちの隣へ戻った。
「おにーちゃん……どうしたのー?」
「雅から今日やる出し物について聞いてないか?」
雅は意外にも俺や望ではなく奏楽に愚痴をこぼしている。奏楽も雅の愚痴を聞くのが好きなようで楽しそうに雅の話を聞いているのを何度も見たことがあった。
「だしものー?」
「ああ。これが大変、とか」
「んー……そう言えば、何かお料理してるみたいだよー。望おねーちゃんをカテイカシツにいれないようにするのが大変ーって」
「あー……」
望の料理センスは壊滅しているからな。悟も顔を引き攣らせているし。
(料理ってことはカフェとか?)
「あと、おにーちゃんのなんたらかんたらーって……なんだっけー?」
「俺?」
どうして料理に俺が出て来るのだろうか。別に文化祭のために雅に料理を教えて欲しいとか言われていない。それ以前に雅は普通に料理できる。俺が家を留守にしている時の料理担当は雅だ。
「あ」
その時、何か思い出したのか悟が声を漏らす。俺の視線を受けて気まずそうにしている。言いにくいことなのだろうか。
「悟君?」
霊奈もその様子が不自然に見えたのか少しだけ目を細めて悟の名前を呼ぶ。
「あ、いや……正直言って話していいもんかどうか。特に響には」
「いいから言えよ」
「……この前、雅ちゃんが俺の会社に来てさ。『響の写真をありったけくれ』ってお願いして来たんだよ」
「俺の、写真を?」
それが何か文化祭の出し物と関係して来るのだろうか。
「さすがに変に思って何に使うのか聞いたら『ファン増やして来る』の一言だけで大量の写真を持って帰って行った」
「まず、俺の写真を大量に持ってたことについて聞こうか?」
「普通に社員たちが持ってた盗撮写真を没収しただけだぞ」
「普通に盗撮してる時点で普通じゃないんだけど……」
ドン引きしている霊奈の言葉に俺も頷く。ドッペルゲンガーを吸収してから強くなった俺の気配察知を潜り抜けて盗撮するとか人間業じゃない。
「しゃしん?」
半分寝ていた奏楽が『写真』という言葉に反応した。何か知っているようだ。
「えっとね。雅の部屋でお話ししてた時に何かしてたよ」
「何かってどんなことかわかるか?」
「うーんと、写真を何かの袋に入れてた。それでね。透明な袋に写真を入れた後、キラキラしたシールとかリボンとか貼ってたよ?」
「「「……ラッピング」」」
俺、悟、霊奈が同時に呟いた。問題は何故、俺の写真をラッピングしていたか、である。料理、文化祭、ラッピングした俺の写真。この3つから導き出される答えは――。
俺たちは目を合わせて頷く。どうやら同じ答えに行きついたようだ。
「……おい悟。ファンクラブ的にこれはアウトか? それともセーフか?」
「アウトだけど例外はある」
「例外って……“響の写真を景品にする”のに例外ってあるの!?」
そう、望たちの出し物は『料理を頼んだ人に俺の写真をプレゼントする』というものだ。俺が通っていた高校だから嬉しくはないがファンクラブに入っている人も多いだろう。それを利用して客を集めようとしているのだ。
「ああ。奏楽ちゃん、許可出した?」
「うん」
悟の言葉に頷いてみせる奏楽。今の会話の意味がわからず悟に視線を向けた。
「前にも言ったと思うけど俺は会長で、奏楽ちゃんが社長なんだよ。まぁ、本来なら会長の方が権限はあるけど、響のファンクラブでは社長の方が偉い。つまり、俺がNGを出しても社長である奏楽ちゃんが頷けば何でもOKになる」
「何で小学生の方が偉いんだよ!!」
「いやー、その場のノリ?」
そのノリのせいで俺の写真が景品にされているのだ。
「奏楽……何で許可出しちゃったんだ?」
「だって『もっと響のいいところを知って欲しい』って雅が言ったから私ももっとおにーちゃんのいいところを皆に知って欲しいなーって……だめ、だった?」
「いや、全然いい」
だからそんな泣きそうな目で俺を見上げないでくれ。今回の件に関して奏楽は何も悪くない。悪いのはあの式神だ。
一瞬だけ雅の視界をジャックし、周囲に雅の正体を知っている望たちしかいないことを確認する。
「強制召喚『脱走式神へのおしおき』」
「――ょうぶだって……あ」
「おはよう、雅」
何か話していたのか笑っていた雅だったが俺の顔を見た瞬間、顔から表情が消えた。その手には俺の写真が入った袋がいくつか。現行犯逮捕だ。
「何か言いたいことは?」
「い、いやですね? これは皆から頼まれちゃって! 私はやりたくなかったんだよ!? でも、皆から頼まれちゃってね! 断れなくてね!!」
「何か、言いたいことは?」
「……すみませんでした」
「リーマ、鞭」
後ろで雅に向けて哀れむような視線を送っているリーマに手を差し出す。雅が召喚された時点で人避けの結界を張っておいたからリーマが能力を使うところを見られる心配はない。
「はい」
植物でできた鞭を貰ってピシッと音を鳴らした。
「あ、あはは……ご主人様? それで一体何をするんですか?」
「別に写真を景品にして一儲けしようとしたことに怒ってるわけじゃない。多分、頼まれて仕方なくやったのも本当だろう。でもな? “俺に黙って裏でこそこそやってた”のはいただけない。そうだろ、式神」
「はい! 全くその通りでございます!」
「……じゃあ、わかってるよな?」
「……痛く、しないでね?」
その後、雅の悲鳴が結界内に響き渡った。印象的だったのはおしおきを受けている雅を見ながら大笑いしている母さんとドグだった。母さんの機嫌は治ったらしい。なお、おしおきが終わった後、写真を景品にすることを土下座しながらお願いして来たので許してあげた。最初から普通にお願いすればよかったのに。