「よっと」
スキマから出て博麗神社の境内に降り立つ。すぐに振り返って後ろにいる望に手を伸ばす。スキマと境内は高低差があるので空が飛べないと躓きやすいのだ。
「ありがと、お兄ちゃん」
お礼を言った望はすぐにその場を離れる。他にも雅たちがいるからだ。
「いらっしゃい」
「おう。今日はありがとな。場所貸してくれて」
雅たちが出て来るところを見ていると箒を持った霊夢が声をかけて来た。すぐにお礼を言う。霊夢が場所を貸してくれなかったら別の場所を探す羽目になっていただろう。
「いいのよ。基本暇だし。私も気になってたから」
「霊夢もあの場所にいたもんな。そりゃ気になるわ」
霊夢の言葉に納得していると雅が手を振って合図を出して来た。全員出て来たようだ。スキマを閉じてコスプレを解除する。因みに今日連れて来たのは望、雅、奏楽、霙、弥生だ。
「おーい、響ー」
そこへ飛んで来たのは高校生姿のリーマだった。待ち合わせの時間ピッタリだ。境内に着地したリーマは雅と弥生に手を振り近づいて行く。式神通信で会話しているとは言え、会うのは久しぶりなので嬉しいのだろう。弥生も正式に俺の家に住むことになったから雅とは会えるが幻想郷にいるリーマに会うには俺がスキマを開くしかない。
「皆揃ったな。霊夢、向こうは?」
「もう居間にいるわ。早く会ってあげて。うるさくて仕方ないの」
「全く……」
仕方のない人だ。まぁ――。
「お、お兄ちゃん! 早く早く!」
――“娘”も同じようにはしゃいでいるからしょうがない。さすが親子と言うべきか。
霊夢はそのまま境内の掃除をするらしいのでここでお別れ。望に腕を引っ張られながら博麗神社の中に入った。その後ろを雅たちが笑ってついて来る。望が今日と言う日をずっと楽しみにしていたのを知っているからだ。悟も一緒に来る予定だったが急に仕事が入って来られなかった。
そんなことを考えていると突然、望が歩みを止める。
「望?」
「……ここに、いるんだよね?」
「ああ」
「……ぐすっ」
いきなり望は泣き始めた。ここに来て涙腺が崩壊してしまったらしい。
「ちょ、会う前に泣くなって」
「だ、だってぇ……会えると思ったら急に涙がー」
「お、落ち着きなさいって……ふぇ」
そして、望を落ち着かせようとした雅がもらい泣きした。
「お前まで何で泣くんだよ……」
「の、望ね? 昨日、ずっと嬉しそうにしてたから……やっと会えるんだなって思ったらなんか私も……私もおおおおおお!」
望以上にポロポロと泣き始めた雅が俺に抱き着いて来る。そう言えば雅は涙もろかったな。テレビの感動系の番組とかじゃよく泣いていたし。
「雅ちゃん、もう……ふふっ」
俺の胸で号泣している雅を見て望は小さく笑う。狙ったわけじゃないだろうけど雅のおかげか。よくやった。だから離れろ。
「落ち着いたか?」
「うん。もう大丈夫だよ」
まだくっ付こうとする雅を引き剥がしながら問いかけると彼女は笑顔で頷いた。せっかくの再会なのだ。泣き顔より笑顔の方がいいに決まっている。
「じゃあ、開けるぞ」
「うん!」
雅を蹴り飛ばした後、俺は居間に繋がる襖を開けた。
「リョウちゃん、どうしよう! 会うのが怖いよぉ」
そこにはリョウに抱き着いて泣いている母さんの姿があった。リョウも呆れた様子で宥めている。そんな2人を可笑しそうに見ながらドグはお茶を飲んでいた。
(うるさいってはしゃいでるんじゃなくて泣いてたのか)
今更霊夢の言葉の意味がわかり、ため息を吐いてしまう。まぁ、望も泣いたからやっぱり親子ってことか。
「……お母さん?」
「ッ……の、望ちゃん」
やっと俺たちが来たことに気付いた母さんは勢いよく振り返り口をわなわなさせる。あれはかなり混乱しているサインだ。仕方なかったとはいえ俺たちを置いて行ったことを母さんはずっと後悔していた。だからこそ直前になって望に会うのが怖くなってしまったのだろう。許してくれなかったら、罵倒されたら、拒絶されたら。そう考えてしまったのだろう。誰だって怖くなる。俺だって望たちに秘密を話した時は怖かった。
「あ、あの……その……」
「……」
そんな恐怖と戦いながら何か言おうとする母さんだが、望は何も言わない。怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか。彼女の後ろにいる俺たちにはわからない。母さんの様子を見るに笑ってはいないようだが。めっちゃ震えているし。
「……お母さん」
怯えている母さんを呼ぶ望。ビクッと肩を震わせて母さんは俯いてしまう。しかし、すぐに顔を上げた。震えている母さんに望が抱き着いたから。
「お母さん、やっと会えた」
「望ちゃん……」
「ずっと……ずっと心配してたんだからね? 無事でよかった」
「今までごめんね。ホントに、ごめんね」
謝りながら母さんも望の背中に腕を回す。もう離さないと言わんばかりに。
「上手く行ったようだな」
いつの間にか俺の隣に来ていたリョウがホッとしたような表情で言う。リョウもリョウで望たちのことを心配していたのだろう。
「そうだな……でも、あれ放っておくのか?」
「……仕方ないだろ。多分、何言っても聞こえないと思うぞ」
再会したことで緊張の糸が切れたのか望と母さんは子供のようにわんわんと泣き始め、それを見た雅もリーマと弥生に抱き着いて号泣していた。他にも奏楽が望たちの魂と共鳴したのか今にも泣き出しそうになっていて霙が一生懸命、宥めている。奏楽は『魂を繋ぐ程度の能力』なので複数人の人が同時に泣いているとその魂に引っ張られて泣いてしまうのだ。
「はは、本当に面白いな、お前ら」
ただ1人、ドグだけはケラケラと笑いながら煎餅を齧っている。とりあえず、俺とリョウも煎餅に手を伸ばした。
いつまで経っても泣き止まない望、母さん、雅、奏楽だったが掃除から帰って来た霊夢の一喝でピタリと泣き止んだ。境内まで聞こえていたらしい。
「あ、その子が新しいお父さん?」
お茶を飲んでいると不意に望が母さんに問いかける。そう言えば今日の目的は母さんと再会させることとリョウとドグを紹介することだった。すっかり忘れていた。
「うん、そうだよ。リョウちゃんって言うの」
「……リョウだ。よろしく」
「よろしくー! うわー、本当に女の子なんだね」
興味深々と言った様子でリョウを見ている望に対し、リョウは視線を逸らす。あまり注目されるのは慣れていないようだ。だからと言って隣に座っている俺に助けを求めるような視線を送らないで欲しい。助けられないから。
「んー……」
「母さん、どうした?」
リョウから逃げるように母さんに話しかける。俺とリョウを見ながら腕を組み、唸っていたのだ。
「いや……リョウちゃんと響ちゃんって親子でしょ?」
「ああ、血は繋がってるな。何かあったのか?」
「えっと、別に改めて言うことじゃないんだけど」
そこで言葉を区切る母さん。自然と皆が母さんを見た。
「これが本当の
「本当に改めて言うことじゃねーよ!!」
空中に娘と書きながら言った母さんに向かって叫んだ。何だ、その言葉は。初めて聞いたぞ。
「あ! なるほど、男の娘と元男だから親娘ね! お母さん、上手ーい!」
「いやー、それほどでもー」
「照れるなよ……」
呆れた様子でじゃれ合っている望と母さんを見ながらリョウはため息を吐く。その後ろで縁側の方にいたドグが腹を抱えて笑っていた。それがムカついたのかドグの陰をハリセン状にして思い切り彼の尻を叩く。
「望、あれ言わなくてもいいの?」
「あれ? あ、ああ! そうだったそうだった」
奏楽と遊んでいた雅が望に聞くと何か思い出したのかすぐに姿勢を正した。
「お母さん、リョウちゃ……お父さん。実は今度私の学校で文化祭があるんだけど来てくれる?」
『リョウちゃん』と呼びかけたがリョウ本人に睨まれてすぐに言い直す望。それにしても文化祭か。俺たちも遊びに行く予定だ。その日の仕事は全てキャンセルしているし。
「もちろん行く! 響ちゃん、当日よろしくね!」
「ドグも一緒にいいか? 残念ながらあたしとドグはあまり離れられないんだ」
「えー、ドグも一緒に来るの? 来なくていいのに」
「あんたら、俺の扱い酷くね?」
まぁ、普段の態度のせいだろう。母さんも自分に興味のある人以外にはかなり辛辣なのだ。
「あ、よかったらリーマも来ない?」
「え、いいの?」
「当たり前でしょ。来てくれなかったら響に言って無理矢理連れてくつもりだから」
「いや、そこは普通に説得してよ。行くけどさ」
雅の交渉も終わったようだ。当日は悟と霊奈も来る。悟の場合、今日のように突然仕事が入るかもしれないが。
「あ、そうだ。リーマ」
「ん?」
「そろそろ正式な式神になるか? お前だけ式神になってないし」
「……へ?」
さすがに皆の前で仮式から式神にするわけにも行かないので場所は移動したがとうとう式神が5人になった。リーマが式神になって一番喜んでいたのは雅と弥生だ。まぁ、雅たちは昔から友達だったので嬉しいのだろう。そんな3人の様子をドグはとても羨ましそうに見ていた。羨ましいならもっとちゃんとしろよ。リョウと母さんがお前をぞんざいに扱うのは完全にお前のせいだから。
霊奈は普通に誘われていません。いつの間にか不憫キャラになっていた、後悔はしていない。
まぁ、霊奈は静と面識がないので呼ばれても少しばかり気まずくなってしまいますし。
……響さんも忘れていたわけじゃないんですよ?ほんとだよ?