東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第9章の始まりです。


Aパート:1話


第9章 ~響とキョウ~
第314話 目覚め


 気付けば私がいた。いるはずのない私がいた。ここはどこなのだろう。私は誰なのだろう。わからない。わからない。わからない。

「……」

 どうやらここは液体の中みたいだ。何も見えないから断言はできないけれど。体も動かせないように拘束されている。

(なんで私、知っているのだろう?)

 先ほどまでいなかった私の中に常識がある。それがとても不気味で、少しだけ怖かった。本当に私は私なのか。これは夢ではないのか。私の存在そのものが偽物なのではないのか。そんな自問自答を繰り返し、結局答えは出ない。そりゃそうだ。私は結局のところ私なのだから。

 とりあえず、動いてみよう。拘束されているが少しぐらい動けるはずだ。目は目隠しされているようで開けても目の前は真っ暗だったが。

 まずは指先。これは問題なく動く。動かす度に抵抗を感じるからやはり液体の中にいるようだ。次に腕。こちらは少ししか動かせなかった。ガチャガチャと拘束具の擦れる音が聞こえる。かなり頑丈な作りになっていて壊そうと力いっぱい引っ張ってみたがビクともしなかった。他の部位は拘束具のせいで動かすことすらできない。ここから脱出するのは不可能みたいだ。

(どうしよう……)

 この後どうするか悩んでいると不意に疑問に思った。液体の中にいるのに私はどうやって呼吸しているのだろうか。口は猿轡をされているから少し開いている。その隙間から空気が漏れてしまうはず。それなのに苦しくならない。そもそも呼吸すらしていない。私は本当に生きているのだろうか。私は一体、何のためにここにいるのだろうか。

 ――……。

 その時、どこからか声が聞こえた。誰だろう。聞き覚えのない声。でも、その声を聞くと胸の奥がキュッと締めつけられる。私はこの声を知っている? 聞き覚えはないはずなのにこの声を聞くとすごく落ち着く。ずっと傍で聞き続けていたような。私はたった今、自我が生まれた赤子のような存在なのに。

 ――……い。

(何? 何て言っているの?)

 お願い。もっと貴方の声を聞かせて。貴方のためなら私、どんなことでも出来る気がする。例え、自分の存在が何であれ、私の存在理由は貴方だと断言できる。

 ――……きたい。

「ごぼっ……」

 私の口から空気の泡が漏れた。そして、気付く。“猿轡”がなくなっている。声が聞こえる度、私を縛り付けていた物が消え去って行く。ああ、そうか。そうだったのか。思い出した。私の役目を。私の存在理由を。

 ――……いきたい。

 腕を拘束していた拘束具がなくなった。すぐに目隠しをむしり取り、目を開けた。

(これが、私?)

 目に映るのは不気味なほど真っ白な肌。服は着ていない。下を向けば豊満な胸があって少しだけ驚いた。私はどうやら、女らしい。そんなことすら気付かなかったのかと自分自身に呆れる。意外にも私は切羽詰っていたようだ。でも、もう大丈夫。気を引き締めるために両手を握りしめてそっと深呼吸――しようとして思い切り何かの液体を飲んでしまう。鉄の味が口いっぱいに広がった。

 ――生きたい。

 そうだ。今はあの子だ。上を見れば光がユラユラと揺れている。あそこが出口。きっとここから出たらもう後戻りはできない。それは“私の役目”を放棄すること。でも、今動かなければ絶対に後悔する。私の役目は“あの子を守ること”なのだから。

(今行くからっ……待ってて!)

 背中に“黒い翼”を生やし、一気に羽ばたいて光を目指す。そう、あの向こうに私の存在理由があるのだ。

 ――生きたい!

 その途中であの子の叫びが聞こえた。ああ、知っている。貴方はずっと求めていた。たった独りで日々を暮らし、いつも誰かを求めていた。親も友達もいるけれど最後はいつも独りだった。でも、今日から私がいる。貴方の傍でずっと見ている。だから、笑って欲しい。私の存在理由は貴方なのだから。私の願いは貴方の幸せ。貴方が幸せになれるのならば私は何だってやる。私は貴方。貴方は私。同じ魂を持つ運命共同体。

 どんどん近づく光に向かって手を伸ばす。近づけば近づくほど目の前の光が小さくなっていく。いや違う。私が近づいているから小さくなっているのではない。時間が経つほど小さくなっているのだ。つまり、もう時間がない。

(間に合って!!)

 あの子の命が尽きようとしている。でも、今私と入れ替わればまだ可能性はあるはずだ。“外”がどんな状況なのかはわからない。敵に攻撃されているのかもしれないし、病気で力尽きようとしているのかもしれない。だが、絶対に死なせはしない。

 光が今にも消えそうになった時、私は勢いよく外へ飛び出した。

「っ……」

 まず感じたのは痛みだった。全身が焼けるように痛い。目を開けて体を起こし、体の様子を確かめる。

(酷い……)

 “右腕は潰れ、左足は足首から下がなくなっていて右足は膝からあり得ない方向へ曲がっている。更に腹からどくどくと血が噴き出していた”。体を起こしたせいか口から大量の血を吐き出し、唇を真っ赤に染める。

「きょ、キョウ?」

 何とか動く左腕で血を拭っていると横から女の子の声が聞こえた。そちらを見ると背中に黒い翼を持つピンクのワンピースを着た少女の姿。その隣には青い顔で私の体に魔法をかけている女性とそれを補佐している悪魔。少し遠いところには右手の人差し指が千切れている金髪の少女がいた。こちらを見て涙を流している。

「キョウ!」

 泣いていた金髪の少女は私の方へ駆け寄り、抱き着こうとした。それをピンクのワンピースを着た少女と悪魔が止める。さすがに今の状況で抱き着かれたら私でも死んでしまうので助かった。

「ごめんなさい」

「「え?」」

 突然謝った私に首を傾げてみせる少女たち。

「私は……この子ではないの」

 少女たちはこの子のことを『キョウ』と呼んでいたが本名かどうかわからない。この子でも十分伝わるだろうと思い、名前は言わなかった。

「……じゃあ、誰だって言うの?」

 ピンクの少女は目を鋭くして私を警戒した。無理もない。キョウではない人がキョウの体を使って話しているのだから。私だって警戒するだろう。いや、もしキョウの体を乗っ取られたらその乗っ取った奴を殺す。それこそ、自分の身を犠牲にしてでも。

「そうね……名前はないけれど、こう言えばわかるかしら」

 初めて人と会話したからかこんな状況でも思わず、笑ってしまった。ああ、楽しい。人と話すのが。キョウのために動けることが。ああ、私は満足している。生きていてよかったと思える。そして、もっと生きたいと思う。

 

 

 

「吸血鬼。よろしくね、外の世界の吸血鬼さんたち」

 

 

 

 微笑みながら挨拶をする。

 これが私――吸血鬼の始まり。これから起こる悲劇の目撃者だ。

 




Aパート:吸血鬼

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