東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第313話 日々の変化

 リョウとの死闘から数日が経った。外の世界では文化祭の準備があり、それなりに忙しい。すでに俺たちの出し物(この前撮影したサークル見学)は完成しているが、上映する場所を決めたりチラシ配りなど色々と作業が残っている。残っているのだが――。

「うぅ……」

「響、大丈夫か?」

「話しかけんな。目立つだろ……」

 リョウとドグの協力で俺に施されていた封印に傷を付けることには成功した。俺は干渉系の技が効かないのでドグの能力を使って関係を繋ぎ、それを経由しないと封印に傷を付けられなかったのだ。

 そのおかげで一応、『時空を飛び越える程度の能力』の練習は出来るようになった。まぁ、1秒後の世界に飛ぼうとして失敗し文字通り、上半身と下半身が裂けてしまったが。

 そして、性欲に関しては翠炎の力を借りて何とかなっている。リョウの想像通り、最初は暴走してしまいそうになったがしばらくするとコツを掴んだのかコントロールが出来るようになった。後は翠炎の力を借りずに普段通りの生活が送られるようになればこれについては解決したことになるだろう。

 しかし――。

「何で、こんな視線を送られ続けて気付かなかったんだよ、俺」

 好意の視線だけはどうにもできなかった。今でもこんな俺のどこがいいのかわからないが、ものすごい気になってしまう。

「それにしても……まさかあの鈍感様が向けられてる視線の意味に気付く日が来るとは」

 俺の隣でノートに黒板の字を書き殴っている悟が笑いながら言った。

「説明しただろ。俺のせいじゃない」

「俺は何度も言ったけどな。ほら、見てみろよ。縮こまってるお前を見てきゃーきゃー言ってるぞ」

「講義中に何で俺を見てるんだろうな……」

「あ、そこはまだ理解してないのか」

 呆れた表情を浮かべている悟の頭を殴って俺もノートにペンを走らせる。ただそれだけなのに周囲の学生たちは少しだけ騒がしくなった。もしかして、今までずっとこんな感じだったのだろうか。そう考えただけでため息が出そうになり、慌てて文字を書くのに集中する。

「……俺も、前に進むか」

 隣で悟が何か呟いたが、どうせ聞いても誤魔化されるだろう。そう結論付けてノートに文字を刻む作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 封印に傷を付けた影響は何もそれだけではなかった。

「ちわーす、万屋でーす」

 大学で恥ずかしい思いをした後、いつも通り幻想郷で万屋の仕事をしていた。今回は守矢神社へお供えを運搬する仕事だ。スキマから出た俺は境内にいる早苗(魔眼で霊力を探って見つけた)に声をかける。

「あ、はーい!」

 俺に気付いた早苗が笑顔で返事をしながらパタパタと駆け足でこちらに向かって来た。

「響ちゃん、お久しぶりです!」

「おう、久しぶり」

 最近、リョウを倒すために万屋の仕事はお休みしていたので早苗と会うのは久しぶりだった。普段も依頼がなければほとんどここには来ないし。早苗はもっと遊びに来て欲しいみたいだが、俺もそれなりに忙しい身だ。こればっかりは我慢して貰うしかない。

「いつもお仕事ご苦労様です。お供えはいつもの場所に置いておいてくだ……え?」

 何かに気付いたようで目を見開いて言葉を失う早苗。

「どうした?」

「う、嘘っ……どうして!?」

 俺の質問に答えずに声を荒げた後、彼女はペタペタと俺の体を触る。

「な、何? 何か付いてる?」

「違います! きょ、響ちゃんが……男の人になってるんですよ!」

「……はい?」

 いや、元々男なんだが。

『待って。確か早苗は響のことを女だと思ってたわ』

(あ、そう言えば)

 何度言っても信じて貰えなくて諦めたのだ。すっかり忘れていた。

「……って、お前やっと気付いたのか?」

 しかし、問題は何故気付いたか、である。服装はいつもの制服(高校時代の制服)だし、男だと言葉にしたわけでもない。

「だ、だってこの前まで女の子だったのに今は男の子なんですよ!? 何かあったんですか!?」

「この前まで女だった? いや、俺ずっと男だけど」

 月に1回は女になるけど。

「だから、霊気です! 霊気には陰と陽があって女の子の霊気は陰。男の子の霊気は陽なんですよ! 少し前の響ちゃんの霊気は陰でした。それなのに今は陽なんです!」

「……何?」

 霊気の性質が変わったらしい。つまり、今まで俺が女だと勘違いされていた原因の一つは霊気にあったのだ。早苗に何度も男だと言っても信じて貰えなかったのは霊気の性質が陰だったから。

 そして、霊気の性質が変わった原因はあの封印に傷を付けたからだろう。それしか考えられない。もしかしたら、封印の効果の一つに『霊気の性質を陰にする』というものがあったのかもしれない。リョウが言っていたが、あの封印術の目的は俺の能力を無効化にするのと俺が異性を好きにならないようにすることだった。そのせいで俺は好意に気付かない体質になり、異性(霊力の性質を区別できる人限定だが)からは女だと勘違いされていたのだ。

「――えっと、じゃあ、響ちゃんは本当に、男の子?」

「そうだって。今までは封印術のせいで霊気が陰だったんだよ」

「……そ、そうなんですか。へ、へぇー、響ちゃんは男の子だったんですかー」

 混乱していた早苗に事情を説明したのだが、余計混乱させてしまったらしく彼女は目をぐるぐるさせて呟いていた。

「お、おい……大丈夫か?」

「ひゃうっ!?」

 肩に手を乗せながら問いかけたが、早苗はビクッと肩を震わせて驚く。顔も少しだけ赤い。今まで女だと思っていた人が男だったのだ。動揺するのも無理はない。

「なんかゴメン……でも、今まで通り接してくれたら嬉しいな」

「い、いえ響ちゃんはずっと男だと言っていましたし、信じなかった私が悪いんです! 謝らないでください!」

 手をぶんぶんと振って早苗が叫んだ。そう言って貰えるとありがたい。早苗とは昔からの知り合いだ。こんなことで疎遠になったらショックである。

「まぁ、これからもよろしくってことで」

「はい! よろしくお願いしますね、響ちゃん!」

「……とりあえず、ちゃん付けは止めようか」

「いえ、止めません! これは私と響ちゃんの親友の証です!」

 鼻息を荒くして力強く宣言する早苗を見て俺は諦めた。今の早苗に何を言っても意味などないだろう。それがわかってしまうほど俺と早苗の仲はいいのだ。それこそ、“親友の証”なのだろう。そう思ったらちゃん付けも悪くない。俺にとって大事なのは呼称ではなく、早苗と笑い合えることなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 それから霊気の性質がわかる人に会う度に封印について説明した結果、かなり遅い帰宅になってしまった。事前に望たちには連絡しておいてよかった。

「おかえりなさーい」

 リビングに入るとお風呂からあがったばかりなのかバスタオルを頭に乗せながら棒アイスを咥えている雅がいた。しかし、問題はそこではない。

「おい……それ俺のアイスだぞ」

 そう、雅が食べている棒アイスは俺のアイスだ。雅の分は昨日、本人が食べていた。それをすっかり忘れて食べてしまったのだろう

「え? でも、これ私が買って来たやつ……あ」

 やっと思い出したのか己の過ちに気付いた雅は顔を引き攣らせて咥えていた棒アイスを俺の方に差し出す。

「と、溶かしておきました。ささ、アイスが垂れない内にパクッと」

「新しいの買って来い、バカ式」

「えー……お風呂入ったばかりだし。湯冷めしちゃうし。風邪ひくと面倒でしょ?」

「妖怪のお前が風邪なんかに負けるかよ。ほら、行って来い。ダッシュ」

「へーい」

 悪いのは自分だとわかっているのかバカ式はバスタオルをソファに投げて着替えに行った。俺も部屋着に着替えて晩御飯の準備(望たちはすでに済ませてある。遅くなる日のために作り置きをしているのだ)をする。今日は簡単に済ませてしまおう。チャーハンでいいか。

「あ、お兄ちゃん、おかえりー」

 適当に作ったチャーハンを食べているとリビングに入って来た望が俺に気付いた。

「おう、ただいま。奏楽と霙は?」

「奏楽ちゃんは宿題。それを霙ちゃんが見てるよ」

 霙は天然だが、意外に頭は良いので奏楽の宿題程度であれば教えられる。

「あ、そう言えば雅ちゃんどうしたの? こんな時間に出かける用事でもあったっけ?」

「俺のアイス食った」

「……雅ちゃーん! 私にもアイス買って来てー!」

 どうやら望のアイスが食べたくなったらしい。まだ着替えている雅に大声で頼んでいた。

「えー、奏楽と霙にも頼まれたんだけど……まぁ、いいや。何でもいい?」

「うん、何でもいいよ」

「はいはい、それじゃ行って来ます」

 そんな雅の声が聞こえたので立ち上がって玄関に向かう。そして、出かけようとしている雅に声をかけた。

「行ってらっしゃい、パシリガミ」

「どうせ私は皆のパシリだよおおおおおおおおおおお!!」

 叫びながら雅は玄関を飛び出した。こんな夜に大声を出したら近所迷惑だ。帰って来たら説教しないと。

「お兄ちゃん、雅ちゃんいじりもほどほどにね」

「お前だって狙ってたくせに」

「あ、ばれてた?」

 そんな会話をしながらリビングへ戻る。俺はチャーハンを食べ、俺の対面に座った望はそれを見ながら世間話をする。そんな世間話がひと段落したところを見計らって本題に入った。

「なぁ、望」

「ん? 何?」

「母さん、見つかったぞ」

「……え?」

 実は今のままで母さんのことを話せなかったのだ。理由は封印に傷を付けたことで俺の体に起きた影響が大きかったからである。『時空を飛び越える程度の能力』の練習、性欲の暴走、好意の視線。いや、これは全て言い訳だ。やはり、言い出しにくかったのだ。今の望は明るいが、俺が幻想郷で仕事を始めた頃に一度、壊れかけている。そのため、望が母さんをどう思っているかわからなかった。会いたいのか。怒っているのか。話したいのか。忘れたいのか。そのせいで今日の今日まで話せずにいた。

「お母さんが……見つかった?」

「ああ、幻想郷にいた。まぁ、色々あったみたいだけど元気そうだったよ」

 それから俺はリョウとの死闘から封印に傷を付けたことなど色々と説明する。途中まで放心していた望だったが、母さんがリョウと結婚したと聞くと目を丸くして驚いた。

「ええ!? お母さん、また結婚したの!? しかも、今度は女の子と!」

「体は女だけど戸籍上、男らしいぞ。そこら辺はよくわかんないけど」

「お母さん、昔から可愛い物には目がないもんね。昔、よく2人まとめて抱きしめられてたっけ」

「……それでどうする? 会いたいか?」

 母さんには望に謝るように言ったが、望が拒否したら会わせないつもりだ。こればっかりは母さんの自業自得だし、何より無理矢理会わせたら望が壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

「もちろん! 今まで遭ったこと全部話して吃驚させちゃうんだから!」

 だが、俺の心配は杞憂だったようで望は嬉しそうに頷く。

「……そっか。それじゃ母さんの都合を聞いて会う日を決めるよ」

「うん! あ、新しいお父さんにも挨拶しないとね。お兄ちゃんを作ってくれてありがとうって」

「言葉、変えようか。ものすごく生々しい」

 まさか望の口からそんな言葉が出て来ると思わずに溜息を吐いてしまった。

(まぁ、でも……)

 望も母さんに会えるとわかって嬉しいみたいだし、何とかなりそうだ。後は――。

(――俺か)

 封印に傷を付けて対策を練られるようになったとは言え、時間はあまり残されていない。何としてでも『時空を飛び越える程度の能力』を使いこなせるようにしないと。

「あ、そう言えば」

 突然、望が立ち上がってテレビのリモコンを手に取り、電源を点けた。

「どうした?」

「悟さんからこの時間になったらテレビを見てって言われてたの」

 望の言葉を聞いて俺は何となくテレビに視線を移す。どうやら何かの会見をしているらしい。何の会見なのかテレビに映っている人物を見て――。

「「……へ?」」

 ――俺と望はほぼ同時に声を漏らした。

『えー、皆さん。初めまして。株式会社O&Kの影野悟です。一応、社長をやらせて貰っています。あんまり、こう言った場所に出たことがないので口調とか見逃して欲しいなー、なんて。ははは』

 そこには俺の幼馴染がスーツを着て笑いながら話していた。

「ただいまー! ねぇ、抹茶とバニラどっちが……どうしたの2人とも」

 コンビニから帰って来た雅に声をかけられるまで俺達は動けなかった。無理もない。株式会社O&Kとは今、急成長している大企業である。様々な商品を開発し、安い値段で売っている会社だ。しかも、その商品の品質はとんでもなく高い。俺もよくO&Kの商品を使うからよくわかる。

「その会社の社長が……悟?」

 画面の向こうで記者たちの質問に答えている悟を見ながら俺は震える声で呟いた。

 

 

 

 

 

 どうやら、今までの日常も少しずつ変化しているらしい。その変化は良い方に進むのか、悪い方に進むのか。今の俺には判断など出来やしなかった。『時空を飛び越える程度の能力』を持っていても未来がわかるわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはやはり唐突だった。

「――ッ!?」

 森近さんに言われたように物を運んでいると目の前に白い球体が視えた。そう、時空を飛び越えるの兆しである。

「き、桔梗!! 森近さん!!」

 慌てて2人を呼ぶ。僕の切羽詰った声を聞いたからか2人はすぐに来てくれた。

「マスター、どうしました?」

「時空を飛び越える兆しが出ちゃった! もう少しで跳んじゃうよ!」

「え、ええええええ!?」

「そう言えばキョウ君と桔梗は時空を飛び越えてこの時代に来たんだったね。じゃあ、もうお別れなのかい?」

「はい……すみません、突然で」

 まだ桔梗が食べてしまった道具の弁償は終わっていない。申し訳なくなってしまう。

「それじゃ、また僕に会うことがあったらその時に弁償の続きして貰うよ」

「は、はい、わかりました! 桔梗、おいで!」

 僕が桔梗を呼ぶと彼女はギュッと僕の腕に抱き着く。その間に鎌を背中に背負い、準備が整った。

「森近さん、今までありがとうございました!」

「僕も楽しかったよ。まだおいで」

「はい!」

 右手で手を振りながら森近さんとお別れの挨拶を交わす。そして、目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃったか」

 目の前にいた少年と人形が消えたのを見届けて森近霖之助はそっと言葉を吐いた。確かに弁償はまだ残っているがそれ以上に彼はキョウたちを気に入っていた。彼らが来てから今日までの日々がとても楽しかったのだ。

「寂しくなるな」

 シンと静まり返った自分の店を見渡す。

「あ、そう言えば……」

 その途中であることを思い出し、近くの引き出しの中に入れていた紙を取り出す。そこには桔梗が食べてしまった道具の名前と個数が書かれていた。だが、キョウには簡単にしか説明しておらず、具体的な内容を言っていなかったのだ。

「まいったな」

 特に桔梗が食べた石に関して伝えるべきだったと今更ながら霖之助は後悔する。その紙はこう書かれていた。

 

 

 

 黄泉石、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いい加減慣れて来た時空移動も終わり、僕は地面に着地した。

「桔梗、大丈夫?」

「はい、何ともありません。マスターも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 心配そうに問いかけて来る桔梗の頭を撫でた後、周囲を見渡す。どうやら、ここは林の中らしい。

「ここはどこでしょうか?」

「うーん、とりあえず、空を飛んで周りの様子を見た方が――ッ!!」

 そこまで言った時、凄まじい轟音が上空から聞こえた。その音を聞いた瞬間、僕は言葉を失ってしまう。

(う、嘘……)

「ま、マスター! 何ですかこの音!? 敵ですか!?」

「う、ううん、違う! この音は!」

 そう言いながら空を見上げる。木々の隙間から青い空が見えた。それと同時にその空を巨大な鉄の塊――飛行機が通り過ぎる。

「飛行機……じゃあ、ここは」

 幻想郷の外の世界。つまり、僕の住んでいた世界だ。




これにて第8章、完結です。


今日中に第8章のあとがきを投稿し、明日から第9章を投稿します。

なお、あとがきに第9章に関する重要なことが書いていますので必ず、お読みください。

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