「そろそろ12時間よ」
「おう」
吸血鬼から紅茶のおかわりを貰いながら頷く。『シンクロ』のデメリットで魂に12時間ほど意識が固定されてしまうのだ。その間、吸血鬼たち+レミリアと一緒にリョウとの戦いの反省点やリョウ本人について話し合った。まぁ、途中で飽きて闇と猫と遊んだが。レミリアも楽しそうだった。遊び疲れて魂の中で眠ってしまい、今もベッドで気持ちよさそうに寝ている。次、彼女が目を覚ました時はすでに表の世界に戻っているだろう。
「時刻はだいたい朝の6時か7時だ。すぐに気絶したから今、響の体がどんな状況下まではわからない。目を覚ます時、十分気を付けろ」
腕を組みながら忠告する翠炎。本当にこいつがいなかったらどうなっていただろう。頼り過ぎている気もする。ドッペルゲンガー事件から幾度となく助けられて来た。レミリアやリョウと戦った時など翠炎でリザレクションし、不意を突いたのだ。あれがなかったらと思うとぞっとする。もう少し翠炎に頼らなくてもいいようになろう。
「……響、顔に出てるぞ。私の力を使い過ぎてるってな」
「そ、そうか?」
「私が狂気の時、たくさん迷惑をかけた。だから、この力が響の助けになってることがすごく嬉しいんだよ。これからも頼ってくれ」
「でも、魂ごと響と分断されたら翠炎のリザレクションも使えないから気を付けてね。翠炎だけじゃなくて魂にいる皆の力が使えなくなるもの」
『デメリットもなくなるけどね』と吸血鬼が苦笑いを浮かべながら呟く。すると、丁度12時間経ったのか意識が表に引っ張られ始めた。
「皆、今回もありがとう。それじゃ行って来る」
そう言って俺は表の世界へ意識が移動した。
「……」
目を開けるとすやすやと眠る幼女の姿があった。何故か俺の右手を逃がさないと言わんばかりに両手で掴んでいる。
「……リョウ」
そう、俺と同じ布団で寝ていたのは12時間前まで殺し合いをしていた俺の本当の父親であるリョウだった。それにしてもこいつが男だったとは思えない。俺もよく女に間違われるがリョウの場合、本当に女になってしまった。
「ん……」
その時、リョウも目が覚めたようでゆっくりと目を開ける。まだ寝惚けているのか俺の顔をジッと見つめ、すぐに顔を引き攣らせた。
「お前、何のつもりだ?」
そして、幼女にしては低い声で問いかけて来る。俺だって望んで自分の父親と同じ布団で寝ているわけではない。
「知らん。俺もさっき目を覚ましたところだ」
「……はぁ。とりあえず起きるか」
「ああ」
何とも言えない空気になり、俺たちはほぼ同時に体を起こして布団を抜け出した。
「あら、おはよう」
リョウと一緒に居間に移動すると霊夢がお茶を飲んでいた。どうやら、今回も彼女がここまで運んでくれたらしい。
「おはよう。それとここまで運んでくれてありがとな」
「いつものことでしょ。気にしないで」
『お茶淹れて来るからそこで待ってて』と言い残し、霊夢が居間を出て行く。立っている必要もないので俺とリョウは素直に座った。さすがに隣同士ではなく、対面に。
「お待たせ」
会話もなく黙っているとお盆を持った霊夢が帰って来た。すぐに座って俺とリョウの前に湯呑を置き、お茶を注ぐ。お礼を言ってから湯呑を傾けて一口、飲んでそっとため息を吐いた。
「そうそう。少し前に雅が来たわ。響の様子を見に来たって」
「そうか。一応、連絡入れておくよ」
パパッとスキホで俺の無事と少しリョウと話すことを書いたメールを皆に送る。
「これでよし……さて、リョウ少し話でもしないか?」
「……ああ、そうだな」
俺の提案にリョウはそっぽを向きながら頷く。だが、どうしてそっぽを向いているのかわからず、首を傾げた。
「何から話すか……とりあえず、吸血鬼の血は落ち着いてる。これからどうなるか調べないとわからないが当分、大丈夫だろう」
「つまり、俺たちはリョウの運命を変えられたのか」
よかった。あそこまでしてもうすぐ死ぬと言われたらショックだ。そう言えば、レミリアの姿が見えない。咲夜がレミリアの体を紅魔館に移動させたのだろうか。
「その点に関しては感謝してる。記憶もそれなりに戻ってるし」
「それなりってことは戻ってない記憶もあるのか?」
「男の頃の記憶はほぼ全滅だ。後、女になった直後もない。あるのはドグと出会った以降だ」
「そうか……俺の母親のことも覚えてないのか?」
リョウは俺の実の父親だ。こうやって出会ったのは奇跡にも近い。だからこそ、俺は俺を産んだ母親について少し知りたくなった。
「……」
しかし、彼は視線を下に向けて黙る。何か知っているようだが話す気はないらしい。リョウは当時、男から女に変化する直前だったようで男としての生存本能が働き、俺の母親を襲ったらしいから話すのが辛いのかもしれない。
「すまん。少しデリカシーが欠けてた」
「いや、大丈夫。確かに今でもあの時のことは後悔してるが話さないのは口止めされてるからだし」
「口止め?」
「あー……お前の母親はちょっと変わった奴というか、変な奴というか」
歯切れの悪いまま、リョウはため息を吐く。どうやら俺の母親は相当、変わっている人らしい。吸血鬼の血に犯されてボロボロだったリョウを助けたと言っていたし。
「口止めした理由とかも話せないのか?」
「その方が格好いいから、だったか。元々、お前は俺とお前を産んだ母親の元から離すつもりだったらしくて、再会した時に驚かせてやりたいって言ってた」
「あれ? でも、襲った後すぐに逃げたって言わなかったか? いつそんなこと話せたんだよ」
「……それは、察してくれよ」
ああ、なるほど。襲ったすぐ後に子供が出来てしまった時の話をしたのか。布団の中で。暴走状態だったリョウもその時にはある程度、落ち着いているだろうし。
「でも、なんでそうなったんだ? リョウの元から離すのはわかるが、母親まで離れる必要なかっただろ」
「あいつにも立場があったからな。子供――しかも、あたしみたいな化物との間に出来た子と一緒に暮らせなかったんだろ。ものすごく苦しそうに話してたしな」
俺の母親は俺と離れたくなかったようだ。それが少しだけ……嬉しかった。
「じゃあ、最後だ。俺の母親は……生きてるのか?」
「……わからない。でも、多分もうこの世にはいない」
「わからないのにわかるのか?」
「元々、体が丈夫じゃなかった……と言うより、限界だったからな。余命は数年って聞いた。だから多分もういない」
「……そうか」
それを聞いて俺は意外にも落ち込んだ。もう諦めていたのに。いや、諦めていたところへ実の父親であるリョウと再会したから期待してしまったのだ。俺を産んでくれた本当の母親に会えることを。
――まだはっきりと死んだとは言っていません。可能性はありますよ。
落ち込む俺にレマが優しく言ってくれた。
(勘か?)
――はい、私の勘はよく当たるのです。
(……なら、その勘を信じてみようかな)
レマのおかげで元気が出て来た。確かに俺の母親は生きているか死んでいるのかわからない。でも、わからないからこそ希望が持てる。今は母親が生きていることを信じて日々を過ごすしかない。
「……母親、ね」
俺とリョウの会話をずっと黙って聞いていた霊夢が小さな声でそう呟く。チラリと彼女の顔をうかがうがいつも通りだった。そのせいで余計、その呟きの意味がわからず、質問しようとした時、リョウが何かに気付いたようで目を細める。
「どうした?」
「……ドグがここに向かってるのがわかったから少し連絡を取った」
そう言いながらも彼はどこか不満そうだった。
「ドグが迎えに来たんだろ?」
「ドグだけだったらよかったんだけどな」
「……どういう意味だ?」
ドグの他にも人がいるのだろうか。
「前、お前のスペルであたしの精神が壊れた時があっただろ? その時、助けてくれた奴なんだが……はぁ」
「なんかものすごく嫌そうね」
霊夢の言う通り、リョウの顔はリストラを言い渡され、公園で今後の生活をどうするか悩むサラリーマンのようだった。
「だって……治療した代わりに結婚しろって要求して来るぶっ飛んだ奴だぞ。憂鬱にもなるわ」
「へぇ……はぁ!? 結婚!?」
思わず、声を荒げてしまう。まさかそんな話がこんな時に出て来るとは思わなかったからだ。
「ドグも焦ってたのか契約書に勝手にサインしちゃったし、そのせいで本当に結婚しちゃったし……あぁ、もう嫌だぁ」
戦う前のリョウから想像も出来ないような弱々しい声を漏らしながら彼はちゃぶ台に突っ伏する。こいつも相当、苦労しているらしい。
「じゃあ……俺の親になるのか?」
だが、俺の実の父親であるリョウは現在、女である。なら、結婚相手は男だ。この場合、リョウは母親になるのだろうか。それとも父親のままなのだろうか。
「……複雑な家庭ね」
さすがの霊夢も顔を引き攣らせていた。
「そして、一番嫌なのが……それをすでに受け入れてしまっているあたしなんだけどな」
「……リョウ、もう少し自分を大切にしろよ。襲われたらちゃんと悲鳴を上げるんだぞ」
「ああ……なんかありがと。でも、女同士だから性的に襲われないからその点は安心できる」
「……あ? 女同士?」
「もうすぐそこまで来てるみたいよ」
詳しい話を聞こうとしたら霊夢が教えてくれた。それを聞いたリョウはもう一度、ため息を吐き、立ち上がる。どうやら、出迎えるらしい。色々と疑問もあるが実際にリョウの結婚相手を見てから質問した方が効率は良さそうなので俺もついて行くことにした。外に出て境内の方へ向かうとすでにドグたちは到着していたようだ。境内で俺たちが出て来るのを待っている。
「お、主人たちが出て来たぞ」
いち早く俺たちに気付いたドグが隣に立っていた女の人の肩を叩く。少し茶色っぽい髪を適当に結っていて、何故か白衣を着ている。リョウの言ったようにリョウと結ばれた相手は女だったらしい。同性だと結婚できないのだが、それは後で説明して貰おう。
そう、全て後回しでいい。
俺はその女を見た瞬間、考えることを放棄し、自分が出せる最大速度で女の傍に移動したのだから。
「おー、リョウちゃ――」
「くたばれクソばばああああああああああ!」
女が振り返ったところを狙って思いっきり(人間が死なないギリギリの威力)でぶん殴った。
次回、響が殴った相手の正体が明らかに!
……いや、まぁ、予想通りだと思います。