響が龍の鱗で覆われた右拳でリョウを殴る。しかし、その間にドグが割り込み、自身の影をぶつけて威力を殺し、拳に触れて関係を繋ぎ勢いを断った。すると、響の拳はドグの両手に受け止められてしまう。その隙にリョウがドグを飛び越えて影で出来た剣を響の眼球へ突き刺そうとする。それを翼で弾く響。すぐに爆炎を放った。
「関係を断つッ!」
空中で身動きが取れないリョウはドグの能力を使って爆炎を掻き消す。だが、そこへ地面から響の尻尾が飛び出した。青竜は神なので神力で部位形態を変化することができる。今、響の背後を見れば尻尾が地面に突き刺さっているだろう。
「くっ……」
尻尾がリョウの腹部を貫こうとしたその時、ドグが尻尾に飛び蹴りして防いだ。それと同時にジッポライターに火を灯す。予め酸素と水素と関係を繋いでいたので導火線に火を付けたように爆発が連鎖し響へ向かう。
「すぅ……」
それを見て龍は大きく息を吸い――。
龍叫『ドラゴンハウリング』
「―――――――――」
人間の耳では感知できないほどの高音を放った。その声には霊力が乗っており、爆発をドグごと吹き飛ばす。ドグの両耳から血が迸る。あまりの声量に鼓膜などの器官が傷ついたのだ。
「化物が……」
それを見たリョウはドグへ地力を送りながら舌打ちする。『四神憑依』をした響はまさしく怪獣のようだった。いくら攻撃しても龍の鱗の前では歯が立たない。一時は響もリョウとドグの『式神共有』に驚いていたが今は防御に徹底することで難を逃れている。
(それにしても……)
ドグの耳が完治するのを見ながらリョウは思考する。
現在、リョウたちは動いていない。正直、今の響なら攻撃に移ってもリョウたちと対等に戦えるだろう。しかし、響は自分から動かない。
(何か待ってるのか?)
仲間? 機会? いや違う。仲間を呼んでも影を操れば対処はできる。機会などいくらでもあった。じゃあ、何故動かない。
ジッと響の“黄色い瞳”を見ながら考え、気付いた。
「黄色い、瞳?」
響の目は通常時ならば黒い。『魔眼』を使えば青くなるし『狂眼』を使えば紅くなる。『魔眼』と『狂眼』を並行して使っても紫になるだけで黄色くはならない。
疑問に思っていると響の目が黄色く光り、口を開いた。
「ッ……ドグ! 離れろ!」
背中を襲った悪寒に従ってリョウはドグに命令して全力で後退した。
「凝炎『黄色い瞳の龍炎』」
響の口内に炎が出現するが射出しない。だが、炎の色が赤から白へ変化する。それにつれて響の目もどんどん輝きを増していく。そして、白い炎は青い炎になった。
(これは……)
マズイ。リョウの脳内で警報が鳴り響く。炎は温度によって色を変える。青い炎はその中でもかなり温度が高い状態を表しているのだ。それを今までのように放たれでもしたら――。
そこまでリョウが考えた時、世界は真っ白になった。ドグと共に並んで両手を前に突き出し、炎を消そうと能力を使う。
(この炎っ)
しかし、能力のキャパシティーを越えたのか炎を全て消せず身が焼かれ始めた。
弥生の力は何も青竜だけではない。『凝縮の魔眼』。空間を凝縮して力を圧迫させたり、空間そのものを破壊することが出来る魔眼だ。
『四神憑依』は強力だが、全力を出せるまで少々時間がかかる。突然、力が増幅したら響の体が耐えられず内側から弾け飛んでしまうからだ。だからこそ、響は防御に徹底しその時が来るのを待っていた。
「はぁ……はぁ……」
リョウとドグはところどころに火傷を負っているが無事だった。関係を断ったからこそ耐えられたのである。距離を取ったのも幸運だった。もし、至近距離であの攻撃を受けていればその身は火傷どころか焼失していただろう。
「これでも倒れないか」
響も響で今の技で決着をつけるつもりだった。響とリョウたちの間の地面はマグマのようにドロドロに溶けている。それだけ響の技が強力だったのだ。
『どうする? 今ので結構力使っちゃったよ?』
響の中にいる弥生が心配そうに問いかけた。『四神憑依』の弱点の一つに時間制限がある。力を使えば使う分だけ『四神憑依』が解除される時は近づく。現段階であと十数分持てばいい方だ。つまり、これ以上力を使えばたった数分で解除される。
「でも」
しかし、響はすでに『式神共有』の弱点を見抜いていた。だからこそ、攻める。
「霊双『ツインダガーテール』!」
髪型をツインテールにしてそれぞれに結界でできた短剣が出現した。そして、飛翔。地面は先ほどの火炎でドロドロに溶けているため戦うには不向きなのだ。リョウとドグも同じことを思ったのか響の後を追う。
だが、それは全て響の思惑通りだった。
「ッ――」
響を追いかけていたドグは不意に背中に悪寒を感じて右に移動する。先ほどまでドグがいた場所を響の尻尾が通り過ぎた。神力を使って尻尾を極限まで伸ばし、迂回して攻撃したのだ。急いで響の方を見ると軽い幻術(パチュリーから習っていた。まだ慣れていないので軽い術しか使えないが)で伸ばした尻尾を隠していたのだ。
「ドグ! ちっ……」
まだ尻尾に狙われているドグを助けに行こうとしたリョウだったが響自身がそれを阻止する。リョウの影刀と響の翼が衝突し、火花を散らす。すぐに口を開いて火炎弾を射出する。リョウはそれに触れて関係を断って消した。
「しつこいなっ!」
ドグもドグで響の尻尾と『霊双』に翻弄されていた。尻尾が迫ったかと思えば時間差で左右から響のツインテールの先にある短剣が襲う。響は疑似的に1対1にもっていったのである。
「お前の頭、どうなってんだ!?」
響が繰り出す拳を影で防ぎながらリョウが絶叫した。
現在、響の本体はリョウと対峙し、その後ろで尻尾と『霊双』でドグを足止めしているのである。そう、響は“後ろを見ずに”ドグを足止めしているのだ。響自身、リョウと戦う際、両手はもちろん両足も使っているので両手両足、尻尾、『霊双』の計7つの武器を同時に扱っている。
(本当に、こいつ……人間か!?)
自分の息子なので純粋な人間ではないのはわかっていた。だが、一応種族は人間である。それなのに吸血鬼であるリョウと妖怪のドグをここまで手玉に取っている。その事実にリョウは驚きを隠せなかった。
「俺は至って普通の人間だ」
リョウの表情から自分を化け物扱いしているとわかったのか響は攻撃しながら答える。それもそのはず。響だってこんな芸当、普通は無理だ。目の前にいる敵に攻撃しながら後ろを見ずに尻尾と『霊双』を操るなど頭一つではすぐにパンクする。
そう――頭一つならばの話だ。
『響、尻尾を下から上に。そう、その角度』
『右の尻尾を真っ直ぐに突き出すのじゃ』
『にゃにゃ! 左の尻尾にドグが触れそうにゃ! 一旦、引っ込めるにゃ!』
『ドグは左に移動。左の尻尾に触れられず舌打ちした。一瞬、右を見たから右の尻尾は躱される』
響の魂には頼もしい仲間がいる。吸血鬼が尻尾。トールがツインテールの左の尻尾。猫が右の尻尾。翠炎がドグ本人を見て随時、響に情報を教えてくれている。それを補佐しているのが弥生と青竜だ。『四神憑依』は響が弥生と青竜をその身の纏う技だ。だからこそ、弥生と青竜は少しだが響の体に干渉できる。それを利用して微妙はズレを修正し、ドグに攻撃しているのだ。
『きょー! 頑張れー!』
因みに闇は応援係である。精神年齢が低いため、指示を出すのに適していないのだ。それでもたまに尻尾や『霊双』に闇を纏わせてドグを引き寄せたりして闇は闇なりに響のために頑張っている。
「こなくそっ!」
ドグは悪態を吐きながら影を操って響の攻撃をいなしていく。リョウも影刀の他に自分の手足に影を纏って被害を最小限に抑えている。
「竜炎『神龍の伊吹』」
その時、突然後ろを振り返った響の口から炎が放たれた。ドグの方に向かって。そのまま、体を一回転させる。ワンテンポ遅れて尻尾がリョウを襲う。
『霊双』を躱していたドグは目を見開きながら何とか炎を消すことができた。リョウも影を一点に集中させることで尻尾を受け止めることに成功している。だが、今までとは違う攻撃に2人は動きを止めてしまった。一気にドグへ接近した響は右拳に妖力を集中させてスペルを使う。
妖拳『エクスプロージョンブロウ』
響の右拳が迫っていることに気付いたドグ。いつものように関係を断ってその勢いを殺した。その刹那、凄まじい爆発。『妖拳』は触れた瞬間、妖力が爆発する技だ。ドグの能力はキャパシティーがあり、右拳の“勢い”を断つので限界だった。
「ガッ……」
そのせいで妖力の爆発に零距離で巻き込まれたのだ。全身から黒い煙を昇らせながらドグは落下し始めた。飛べなくなるほどダメージを受けたのである。追撃しようとした響だったが目の前でドグの姿が消えた。リョウが影を操ってドグの足を引っ張り、森の方へ投げ飛ばしたのである。
『ごめん……もう限界……』
「っと」
そこで『四神憑依』が解除された。すぐに弥生の召喚を解除する。
「……結局、こうなるのか」
「ああ、みたいだな」
リョウの呟きに響が答えた。
「と言うより、ここからが本番だろ? 『式神共有』のせいで身体能力は低下してたんだし」
「よくわかったな」
『式神共有』は能力だけを共有するわけではない。響が言ったように身体能力も共有――つまり、平均されてしまう。力の弱い者は強化されるが逆に力が強い者は弱体化されてしまうのだ。今回の場合、ドグの身体能力は上昇したがリョウは弱くなってしまったのである。
「それじゃ2回戦と行こうか」
「ああ」
頷いた響は『五芒星』を2枚展開させた。リョウも両手に影刀を持つ。
「回界『五芒星円転結界』!」「『両影刀』!」
そして、どちらからともなく動いた。
響さんは人間だよ。
本当だよ。
嘘じゃないよ。