東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第293話 魂装

「すい、えん……」

 翠炎。緑色の炎。それが目の前にいる女の子の名前だった。

「翠炎……なんて知らない。データに、私の中にそんな存在はいない!」

 ドッペルゲンガーはこちらが驚いてしまうほど狼狽している。彼女は俺の偽物だ。力は劣っているとは言え、俺なのだ。

 だが、翠炎は彼女の中にいない。何故なら、翠炎は狂気が生まれ変わった姿だからだ。たった今生まれたのだからドッペルゲンガーが真似できるわけがない。

「ドッペルゲンガー、だったか? 散々、響をいじめてくれたようだな」

 翠炎の声は至って冷静だった。しかし、肩の炎は激しく燃えている。それだけで彼女が怒り狂っているのがわかった。そんな姿に俺は思わず、見とれていた。

(綺麗だ)

 緑の光が翠炎の黒髪を照らし輝いている。その光景はとても幻想的で美しいと感じた。

『響、大丈夫!?』

 呆けていると吸血鬼が息を切らせて叫んだ。

(あ、ああ……なぁ、何が起こってるんだ?)

『私も詳しい話は聞いてないだけど部屋の中で響が捕まりそうになってるところ見てとある人に助けて貰って自分の存在を変えたみたい』

(自分の存在を変えるって……そんなまさか)

 それは決して楽なことではない。狂気だった頃、俺が狂わないように抑えていただけでも辛そうだった。相当、苦しい思いをしたに違いない。

「だから、何?」

「お返ししないと、って思って」

「私は響の偽物。でも、偽物だからこその強さがある。それでも君は私を倒せるの?」

「……まぁ、無理だな」

『響、聞こえているか?』

 翠炎とドッペルゲンガーが話していると不意に脳裏に翠炎の声が響いた。どうやら、表に出て来ていても通信は使えるようだ。

(聞こえてるぞ)

「格好よく出て来た割には情けないね」

「響を回復するので精いっぱいだった」

『今行ったようにもう私にはあまり力は残っていない。独りでは無理だ』

 まぁ、『ブースト』系のスペルを使って戦闘不能になった俺をドッペルゲンガーと戦う前の状態まで回復させたのだ。無理もない。

「そもそもどうやって回復させたの? あの緑色の炎が原因?」

「そうだな。響にも説明しておこうか。さっき言ったように私の能力は『矛盾の炎』」

『でも、響と一緒なら倒せる』

(魂同調でもするのか?)

「この緑色の炎は全ての矛盾を焼き尽くす。簡単に言ってしまえば、魂波長を基準に対象者に生じている矛盾――傷、強化、弱体化、呪いみたいなものを全部、焼き消す」

 魂波長は変わらない。もし、変わってしまったらその人の存在が変わってしまうからだ。どんなに怪我や強化、弱体化しても変化はない。

 翠炎はそれを利用しているのだ。魂波長を読み取って燃やした相手をその波長と同じ状態――つまり、初期状態に戻す。少しプロセスは違うと思うが魂波長をコピーしてその人に上書きするのと同じである。

『いや、魂同調はしない。狂気のように狂ったりしないだろうけど、何が起こるかわからないからな』

(じゃあ、どうするんだ?)

『私を使え』

「動けなかった響を燃やしてお前と戦う前の状態に戻した。たったそれだけ」

(使えって……どうやって)

 まるで、道具のような言い方。だが、翠炎を道具のように使うとしてもどのようにすればいいのかわからない。

『大丈夫、お前ならすぐにわかる』

「……じゃあ、また倒れるまで傷つければいいだけのこと」

「お前はまだわかっていないようだな」

 腰を低くして今にもこちらに突進して来そうなドッペルゲンガーだったがそれを翠炎が止めた。

(……ああ、わかった。やってみる)

「魂波長に刻まれている状態に戻す。それは普通の人ならの話。じゃあ、お前は? 作られたお前はどうなるんだろうな」

『それでこそ響だ』

 ドッペルゲンガーが何かを理解して顔を青くする中、俺の方をチラリと見て微笑む翠炎。その眼差しには俺に対する信頼の色があった。

(本当に、恵まれてるな俺)

 翠炎は狂気だった頃からずっと俺のことを守って来てくれた。自分を押し殺してまで。仕舞には部屋に閉じこもってしまった。それは俺が弱かったからだ。狂気に蝕まれ、狂いそうになってしまった。それを翠炎が防いでくれたのだ。感謝してもし切れない。

『期待に答えなきゃね』

 微笑ましそうな声で吸血鬼がそう言った。何も言わずに心の中で頷くだけにして翠炎の動きに注目する。何が起きてもすぐに対処できるように身構えた。

「まさか……」

「偽物だからこそ、“魂波長を持たない”。そう、消えるんだよ。文字通り。消滅するんだ」

 緑色の炎に触れただけで消滅すると言われれば誰だって恐怖する。それは彼女も変わらない。

「ッ……で、でもさっき言ってた。もう君に力は残ってない。ただの的に過ぎない」

「そうだ。私はもう炎を出すことはできない。だが――2人なら可能だ」

 そう言いながら翠炎は両手を自分の胸の前で組んで祈るような構えを取った。

「響、後は任せる」

「ああ、任された」

 頷いた俺を見て笑顔を浮かべた彼女の全身を緑色の炎が包む。そして、俺の目の前にバスケットボールほどの緑の炎が浮かんでいた。ユラユラと揺れ、生きていることを証明している。

「俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ!」

 何かに導かれるように俺はその炎に手を突っ込んだ。とても暖かくて優しい炎の奥で何かを掴んだ。しっかりとそれを握り、一気に引き抜く。

 

 

 

「魂装『炎刀―翠炎―』!!」

 

 

 

 俺の手には1本の刀があった。その刃は綺麗な翠色。先ほどまで浮かんでいた緑色の炎は刀を引き抜くと同時に消えてしまった。

『さぁ、行くぞ! 響!』

 翠炎が叫ぶと翠色の刃から炎が噴出する。柄を両手で握ってドッペルゲンガーを睨んだ。

「う、あ、あぁ……」

 彼女は目を見開いて数歩、後ずさる。俺の持つ刀の攻撃を一撃でも喰らったら消滅することを理解しているのだ。

「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』、結尾『スコーピオンテール』!」

 そして、右手に鎌、左手に直剣、ポニーテールに刃を装着して凄まじいスピードで突っ込んで来た。翠炎を当てることは簡単だ。この旧校舎いっぱいに炎を撒き散らせばいいのだから。しかし、それだけでは足りない。確かに翠炎は矛盾を全て焼き尽くすことが可能である。だが、今は翠炎の力は俺を回復させるためにほとんど使ってしまった。そのため、直接刀をドッペルゲンガーに当てないと倒すことはできないだろう。

「ああああああああああああ!!」

 半狂乱になっているドッペルゲンガーが右手の鎌を振り降ろした。それを炎刀でガード。

 

 

 ――パキッ……。

 

 

 たったそれだけで彼女の鎌はひび割れて砕け散る。彼女は矛盾の存在。そんな彼女が作り出す物も矛盾の存在なのだ。その証拠に炎刀に触れただけで消滅した。その光景を目を丸くして見つめているドッペルゲンガーに向かって刀を横に振るった。

「くっ」

 一瞬だけ顔を歪ませた彼女はすぐに姿を眩ませる。どうやら、『魂同調』をして交わしたようだ。

「翠炎『矛盾を焼き尽くす炎』!」

 すぐに炎刀を廊下に突き刺して思いっきり炎を噴出させた。翠色の炎が旧校舎を包み、破壊された場所が復元されていく。

「え……」

 後ろからそんな声が聞こえたので振り返ると翠色の炎に当たったのかドッペルゲンガーは自分の両手を見て呆けていた。そう、『魂同調』が解除されたのだ。確かに刀を当てなければドッペルゲンガーを倒すことはできない。でも、『魂同調』という強化を強引に引き剥がすことは可能だ。それほど彼女の『魂同調』は不安定なのである。

「一刀『居合の炎』」

 鞘がない炎刀を持ちながら居合の構えを取った。呆然としていた彼女は急いで『魂同調』しようとするが――。

「斬」

 ――その前に俺の体が彼女の横を通り抜け、ドッペルゲンガーの右太ももを刀で浅く斬る。その刹那、彼女の右太ももが両断され、その断面から緑の炎が噴出した。

 


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