「魂を同調させずに『魂同調』ができる? 矛盾してるぞ」
「言い方がまずかったね。『魂同調』の真似事。君の『魂同調』よりも性能は低いよ。偽物だから仕方ない」
俺の言葉を聞いてドッペルゲンガーはすぐに訂正した。
「でも、性能が低いからこそデメリットも少ない。私の場合、ほとんどデメリットはない」
「……デメリットがない。それってどういう?」
「まず、『魂同調』しても魂の揺らぎは起きない。だって、『魂同調』じゃないから」
「言葉が足りなくて意味わからないんだけど」
「君が霊力、魔力、神力、妖力を使えるのは魂に吸血鬼たちがいるから。でも、私の魂には吸血鬼たちのような存在はいない。さすがにそこまで真似できない。だからこそ、別の方法を取った。私の魂に魔力、神力、妖力、闇の塊を埋め込んだ」
『魂移植』に似たことをしたようだ。確かに魂に魔力などの力の塊を埋め込み、少しずつ供給できるようにすれば4つの力を使うことは可能であり、更に闇の力も使用できるだろう。ただそれほどの力をどこから集め、どうやって固めたのかは全く分からなかった。
「後はその力に私の魂波長を撃ち込んで共鳴させるだけ。ほら、『魂同調』の出来上がり」
『魂同調』は俺と魂と吸血鬼たちの魂を共鳴させ、魂波長を同じ物にする技だ。そうすることによって俺たちの魂波長の齟齬を失くし、通常時よりも力の供給をスムーズにする。そのため、いつもよりも力を自由に扱えるし、魂波長が同じなので吸血鬼たちの力を使えるのだ。
それをドッペルゲンガーは疑似的に同じようなことをした。所詮、同調する相手は意志のない力の塊なので本来の『魂同調』よりも性能は落ちる。しかし、『魂同調』すると必ず、起きる魂の揺らぎ――つまり、魂が不安定になるのだが、ドッペルゲンガーにはそれがないのだ。俺が『魂同調』すると6時間、魂に引き込まれてしまう理由は魂の揺らぎを抑えるためであり、同じになった魂波長を元の波長に戻すためでもある。じゃあ、魂の揺らぎが起きないドッペルゲンガーは――。
「――魂に引き込まれないってことか」
「正解。しかも、闇のような負の力も力には意志がないから『魂同調』しても闇に引き込まれることはない。使い放題」
「……」
衝撃の事実に俺は言葉を失くしてしまった。俺が『魂同調』を使わない理由は魂が不安定になるのと、使っても相手を倒し切れなかったら無防備になってしまうからである。でも、ドッペルゲンガーはそんな心配をしなくてもいい。それに性能が落ちると言っても通常時の俺よりも攻撃力や素早さなど全てにおいて上をいく。時間切れもないので防御に徹しても無意味。それどころか俺の方がガス欠を起こして結局、倒されてしまうだろう。
「ここまで偽物が厄介だとは思わなかったぞ……」
「普通の人なら偽物相手に負けることはないけど、君の場合、不運にも劣っていることが偽物にとって強みになっただけ」
「……はぁ」
ため息を吐いて己の不運を呪う。攻めても返り討ちに遭い、守っても結局、倒される。助けが来る見込みがないので現状維持も無駄。さて、これは本格的にまずいことになった。
「ッ――」
戦いは突然、再開される。『魔眼』で力の揺らぎが視えた頃にはすでに俺の懐にドッペルゲンガーは潜り込んでいた。
「霊盾『五芒星けっ――』」
「遅い」
結界を作る前に思い切り、腹部を殴られる。
「ガッ……」
一瞬だけ浮遊感を覚え、すぐに背中に凄まじい衝撃を受けた。廊下の天井に叩き付けられたのだ。そして、俺の体が重力に捕らわれ、落下し始めた直後に顔面に彼女(ドッペルゲンガーの性別は今、女だ)の右足が叩き込まれる。そのまま、廊下をバウンドしゴロゴロと転がされた。
「くっ」
霊力を流して怪我を素早く治し、立ち上がる。でも、目の前にドッペルゲンガーの姿はない。
「タッチ」
「え?」
そんな声と共にドッペルゲンガーはポンと俺の背中を軽く叩く。あまりにも不可解な行動。何の目的で俺のせな――。
「なっ!?」
そこで気付いた。『結尾』と『魔眼』が解除されている。いや、それどころか俺自身の地力そのものがごっそり減っていた。彼女は『闇』の力を使って俺の力を吸い取ったのだ。
「神鎌『雷神白鎌創』」
驚愕していると目の前で白い鎌を展開したドッペルゲンガー。急いで『飛拳』で逃げようとするも『飛拳』はもちろん、『拳術』、『蹴術』、『飛蹴』の効果もなくなっていた。
「鎌撃『爆連刃』」
その事実に戸惑っている間にドッペルゲンガーのスペルが発動する。目と鼻の先で鎌の刃が炸裂し、破片が俺の体をズタズタに引き裂いた。痛みと衝撃でバランスを崩してしまい、廊下に倒れてしまう。
「結尾『スコーピオンテール』」
ポニーテールに白い刃が出現し、俺の眉間に向かって伸ばして来る。右に転がって避けるも先回りされたようで彼女が右手に『闇』の力を凝縮させて待ち構えていた。
(これはやばいッ!?)
「重拳『グラビティナックル』」
スペルを宣言し、右手を振るう。重力の塊を纏った右手だ。あんなのに殴られたらひき肉にされてしまう。
「雷輪『ライトニングリング』」
両手首に雷の腕輪が出現し、その場を離れる。何とか直撃は避けたもののドッペルゲンガーが床を殴った時に発生した衝撃波に煽られ、吹き飛ばされてしまう。
「はぁ……はぁ……」
フラフラしながら立ち上がって前を見ると床に彼女の拳大の穴が開いていた。
「……」
躱されたのが意外だったようでゆっくりと床から手を離し、俺の方を見る。
『響、大丈夫!?』
戦闘がひと段落したのを見て吸血鬼が話しかけて来た。
(あ、ああ……今のところは、な)
ドッペルゲンガーはジッと俺を見つめている。俺たちの戦いはものすごく頭を使う。一瞬の判断ミスで命がなくなってしまう可能性が高いからだ。そのため、神経も使うし頭の回路がショートしてしまいそうになるのである。だから、長時間の戦闘は出来ない。つまり、俺たちは今、オーバーヒートしてしまいそうな脳を冷やしているのだ。まぁ、俺の場合、冷却時間を少しでも伸ばしてこの状況を打破する作戦を考えなくてはいけないのだが。
「……なぁ、一ついいか?」
時間稼ぎのために質問する。それに少し気になっていることがあったのも本当だった。
「何?」
「お前がその姿を隠せたことだよ。多分、『狂眼』で姿を隠してたんだろうけど、俺には干渉系の能力は効かない。それなのにお前は見事、隠せた。それは何故だ?」
さて、質問はした。ドッペルゲンガーがこの問いの答えを言っている間に突破口を見つけよう。もちろん、吸血鬼たちにも協力して貰う。
「それは簡単だよ。『猫言』の呪詛に紛れ込ませたの。君の魂にいる猫は私の呪詛だけを弾いたから『狂眼』だけ残った。だから、君は幻覚を見ていた。まぁ、強力な幻覚は見せられなかったけど、私の姿を隠せる程度にはできたの」
つまり、彼女の目的は俺を眠らせることではなく、自分の姿を隠して『魂同調』することだったようだ。そうすることによって俺の警戒度を低くし、俺が油断しているところを一気に倒す作戦だった。しかし、予想外に俺は耐えた。それどころか手加減していたとは言え、ピンチになり神力を使う羽目になったのだ。そのおかげで俺はドッペルゲンガーに違和感を覚え、看破できた。あのまま気付かなかったらチャンスとばかりに懐に潜り込んだ瞬間、意識を刈り取られていただろう。
「危なかったみたいだな……よかったよ、気付けて」
(どうだ?)
安堵のため息を吐きながら吸血鬼たちに問いかけた。
『ごめんなさい、何も浮かばないわ……誰か何か思い付いた?』
『……いや、正直ドッペルゲンガーを倒す方法は響も『魂同調』するしかないのぅ』
『だとしてもにゃ。トールだとドッペルゲンガーのスピードに追い付けにゃい。それに私と同調してもパワーが足りにゃくて相手の防御を破れにゃいにゃ……』
『ふむ。儂の力を貸せばまだ戦えそうだが……決定打にはならないだろうな。それどころかまだ向こうは儂の力を見せていない。もし、響が龍化したら向こうも龍化するかもしれない。そうなってしまえばもうおしまいだ』
『役に立てないのー……』
攻めても勝てない。守っても勝てない。何をしても勝てない。どうすることもできない。
(……待てよ?)
そうだ。ドッペルゲンガーは俺の偽物だからこそ『魂同調』のデメリットがない。じゃあ、その逆は? 本物の俺にしかできなくて、ドッペルゲンガーにはできないことを探せばいいのではないだろうか。
「質問は終わり? なら、行くよ」
「……あった」
そうだよ。俺にしかできないことが。今までずっとピンチになってボロボロになってどんな手を使ってでも生き残って来た俺だからこそできる。
「何があったの?」
「……お前を倒す方法だよ」
「え?」
「簡単なことだった。自分の身を案じるから勝てない。じゃあ、案じなければいい」
思い付いた作戦はとても危険だ。失敗すれば俺は連れて行かれてドッペルゲンガーと入れ替わってしまう。でも、試してみる価値はある。
「霊術『霊力ブースト』!!」
そう叫ぶと赤い靄が俺を包んだ。
「ッ……まさか?」
初めてドッペルゲンガーの表情が変わる。その顔は驚いていた。俺の考えていることがわかったのだろう。
「攻めても勝てない。守っても勝てない……じゃあ――」
俺は『魔術』のスペルカードを構えてニヤリと笑った。
「――自爆。この手しかないな」
『後はあいつから聞いた通りだ。俺はあいつを奴隷のように扱った。俺には逆らえない。逆らったら燃やされるとあいつの心に刻み込んで寝首をかかれないようにしたんだ』
「……話し合いで何とかならなかったのか?」
『無理だな。もう俺は手を出してしまった。急いで炎を消した時は虐められていた頃のあいつに戻ってたよ。俺を映すあいつの目には恐怖が浮かんでた。でも、そのまま放置しておけばまたあいつは暴走する。それほど危険な状態だった。だからこそ、首輪を付けておく必要があったんだ』
「それでも殺しまでさせる必要は……」
『何とかあいつを家に連れて帰って仮眠を取っていた時、あいつは眠ったまま俺の首を絞めて来た。俺だけじゃない。その後も俺の家を勝手に出て行ってはそこら辺にいた動物を八つ裂きにしてたよ。眠ったまま、な』
心が壊れていたのだろう。無意識の内に殺すことでストレスを発散させていたのだ。
『しかも、ストレスを発散させるだけじゃない。もう……快楽だった。ひき肉になってる死骸を見て頬を赤くして笑っていた……もはや、普通の暮らしができるとは思えなかった。殺しに悦びを感じ、狂ったように笑ってる姿を見てそう結論付けたよ』
「……だから、殺しをさせてその子の精神を調節していた?」
『最初はそうだった。あいつのため、あいつのためと自分に言い聞かせて殺されて同然な外道共を殺せと命令した。今思えば、その頃から……俺も狂ってたんだろうな』
謎の声はそこまで言って乾いた笑い声を漏らし、こう吐き捨てた。
『最終的に俺はあいつのことを殺しの道具としか見てなかったんだから』