「……はぁ。青竜に自分の地力を与えて龍化。お前、本当に人間なのかよ」
「うっせ」
俺と青竜の説明を聞いた悟がテーブルに突っ伏しながら言うので悪態を吐く。
「儂は正直、響を人間だと思っていないぞ」
「この珠、粉々にしてやろうかっ……」
「すまぬ。本当にこの通りだ」
青竜はこの珠に“宿った”魂である。そのため、この珠を壊されれば青竜は消えてしまう。
「またお兄ちゃんが人間から離れちゃった……」
「おい、妹。何で絶望してるんだよ」
「だって……数年前まで普通の綺麗だったお兄ちゃんが今じゃ綺麗で強くて人外になっちゃったんだから」
「人外言うな。俺は人間だ」
俺にとって自分の存在が人間であることは重要なのだ。これだけは譲れない。
「とにかく話をまとめると、弥生からこの珠を……青竜玉とでも呼ぶか。青竜玉を貰った瞬間から青竜の魂が珠に宿った。でも、宿ったばかりだったから霊力とか神力が足りず、俺の魂に青竜自身の魂を繋いで少しずつ力を貰っていたと」
実はこの話は俺も初めて聞いた。今思えば、弥生から珠を受け取った時に何か聞こえたような気がしたが、青竜の声だったのだろう。
「その通りだ。だが、汝は儂の声を無視して日々を暮らしていたからな。完全に復活するのに時間がかかった」
「お前の声、小さすぎるんだよ。それで、今回の事件だ。俺が『二つ名』を得て能力を取り戻した時、青竜の声がはっきりと聞こえた。能力が元に戻って魂に再接続したからだと思う」
「再接続ってなんだ?」
「俺の魂構造の話はしたろ? アパートみたいになってるって。能力変化の影響で魂に接続……つまり、アパートに入れなかったんだよ。で、能力が戻ってやっとアパートに帰って来た矢先、新しい住民に出会ったってわけだ」
「住んでいるわけではないがな。別荘という言葉が的確だ」
柊の疑問に俺と青竜が答える。まぁ、そこまで重要なことではないので簡単にだが。
「話を戻すぞ。俺は青竜に地力を渡してあんな姿になったんだ。そのおかげで皆を助けることができたんだよ」
龍化の破壊力は俺の想像以上だった。あれで“半分”なのが今でも信じられない。
「そう言えば、龍化してた時の響って手とか大きくなってたよな」
首を傾げながら悟。確かに龍化と聞いても俺の手が大きくなる理由はわからないだろう。実際、普通の龍化だったら手など大きくならないはずだ。
「それは青竜だったからだよ。青竜は霊力と神力を持ってるからな。神力を使って手を大きくしたんだ」
青竜は四神である。だからこそ神力を存分に使うことができた。俺自身、普段からトールの神力を使っているので神力の扱いに慣れているから何の障害もなく扱えたのだ。
「儂からしたら人間が神力の扱い方を知っていることに驚きだがな」
感心しているのかまったりとお茶を飲みながら青竜が呟く。
「おっと、そうだった。この青竜玉を持っていたのはどいつだ? 弥生と言っていたが」
「え? 私が弥生だけど……」
突然、青竜に名前を呼ばれたので弥生は目を丸くしながら手を挙げる。
「ふむ……汝がそうか。どれどれ」
湯呑を置いた青竜は立ち上がり、弥生に近づいてじろじろと観察している。
「なるほど。やはりそうか。この娘に儂の片割れが宿っている」
「……はい?」
「響と汝の龍化を見てずっと疑問だった。何故、“半分”だけしか龍化していないのかと。そして、今わかった。その原因は儂の魂は今、二つに分かれていて一つはあの青竜玉に、もう一つは汝に宿っているからだ。おそらく汝の先祖が青竜玉の危険性に気付いて珠の力を分散させたのだろう」
2つに分けた力。一つはそのまま珠にして、もう一つを人の体に移した。青竜の力を宿した人は子孫を残し、その子孫に青竜の力を託し続けたのだ。しかし、青竜の力は人の手から妖怪の手へと渡った。途中で人と妖怪が混じったのだ。そして、青竜の力は今、弥生が持っている。
「じゃあ、私の力は……青竜の」
まさか自分の中にそんな存在がいるとは思わなかったのだろう。弥生は声を震わせて己の手を見ていた。
「そうだ。だが、問題はどうやって一つにするか、だ。今のままでは儂の力を存分に発揮できない。だからと言って弥生の魂では儂の完全な魂には耐えられない。戻すに戻せない」
「ああ、それなら大丈夫だと思うぞ」
腕を組んで悩んでいる青竜の肩に手を置いてそう言い切る。
「どうしてそう言い切れるのだ?」
「弥生は俺の式神だ。だから【憑依】させればお前の魂は一つになる」
「【憑依】とは?」
「式神の力を俺に宿すことだ。まぁ、【憑依】するためには色々条件があるんだけど、『青竜の魂』って言う共通点があるから大丈夫だと思う」
雅を【憑依】できるのは長い間、『仮式』だったから。
奏楽を【憑依】できるのは奏楽自身の能力で魂を繋ぐから。
逆に霙と【憑依】できないのは俺と存在がかけ離れて過ぎているから。
このように【憑依】するにはきっかけが必要なのだ。霙の【憑依】はまだきっかけを見つけていない。だからできない。
でも、弥生はすでに『青竜の魂』というきっかけがある。まだ試していないので俺の想像だが、きっとできるはずだ。
「じゃあ、今試してみる?」
ちょっとワクワクした様子で弥生が提案して来る。でも、俺はすぐに首を横に振った。
「やめておこう。“半分”だけでもあんなに強力なのにこんなところで青竜の魂を一つにしたら何が起こるかわかったもんじゃない」
下手したらこの一帯が焼け野原になる。今度、紫から指定された練習場(本当に何もない辺鄙な土地だ)で試してみよう。
「うん、わかった」
それを聞いた弥生は少しだけ残念な表情を浮かべつつ、頷いた。
「他に気になることはないか?」
俺からの説明はこれで終わりだ。後は質問に答えるだけ。なのだが、俺の問いかけに答える声はなかった。
「それじゃ、今日のところは解散するか」
そろそろ俺も限界だ。今日――いや、俺が熱を出した日からずっと気を張っていたからもう疲れた。黒い首輪などの検証はまた今度にしよう。
「そうだな。皆も疲れただろうし」
柊が頷いたので皆、帰り支度を始める。俺だけじゃなく皆もくたくたなのだろう。今回の事件を踏まえて色々と対策を立てないといけないがとりあえず、それは後日だ。
「あ、そうだ。いい加減、あれどうにかした方がいいと思うぞ? じゃあな」
次々と柊の仲間が帰る中、玄関まで見送りに行った俺にそう言って最後まで残っていた柊も帰って行った。
「……はぁ」
柊に言われなくてもわかっている。でも、何と声をかけていいかわからないのだ。
「なぁ、響。どうすんの、これ」
居間に戻ると悟がため息交じりに質問して来る。俺だって困っているのだ。因みに青竜は『眠い』と言って少し前に珠に帰った。結構、自由な奴である。
「……そろそろ元気出さないか? 霊奈」
おそるおそる目を覚ましてからずっとテーブルに突っ伏している霊奈に声をかけた。実は霊奈が目を覚ましたのは家に帰って来てからなのだ。工場では皆、敵と戦うのに忙しく、悟もそれに参加していたので首輪を外す暇がなかった。そのため、霊奈は今回、戦闘しなかったのだが、そのことを知ると今のように落ち込んだのである。
「だって……私だけ戦ってないんだよ」
突っ伏した状態で霊奈が言った。その声に覇気はない。何を言ってもこんな感じなのだ。時間が経てば少しは立ち直るかと思ったが効果はなかったらしい。
(さて、どうしたもんか)
でも、霊奈の気持ちもわかる。気付いた頃には全てが終わっていたのだ。役に立てなかった悔しさ。戦えなかった罪悪感。そんな負の感情が霊奈の心を抉っているのだろう。俺だってそうだった。
「確かに今回、霊奈は戦わなかった。はっきり言うと救出作戦開始直前まで捕まってることすら知らなかった」
「え……それホント?」
「お兄ちゃん、ずっと熱で寝込んでたから霊奈さんが家に来たこと知らなかったんだね」
俺の言葉を聞いて顔を上げた霊奈に望がトドメを刺す。ゴン、ともう一度テーブルに頭を打ちつけて涙を流し出した。
「じゃあ、どうやってわかったの?」
そんな霊奈を無視して質問して来る望。今の霊奈に声をかけると面倒なことになるとわかっているようだ。
「博麗のお札だよ。多分、朦朧とする意識の中で部屋のどこかに隠したんだろ。お札も微弱な霊力を放ってるからな。そのおかげでわかったんだ」
もし、あれがなければ霊奈の救出は遅れていただろう。ある意味、ファインプレーだ。霊奈が人質に取られれば俺は何もできなくなる。そして、そのままあいつらのモルモットになっていたはずだ。
「だから助かったよ。ありがとな」
「……でも、自分の存在を知らせただけだよ」
霊奈は少しだけ顔を上げてそう呟く。
「なら、今回の分を今から取り返せばいい」
「……取り返す?」
「ああ、そうだ。なんかこの世の終わりみたいな顔してるけどお前はまだ生きてる。だからこれから取り返すチャンスがあるんだよ。そんな落ち込んでばかりじゃ取り返せるものも取り返せないぞ」
「私、何すればいいのッ!?」
立ち上がった霊奈が俺の両肩を掴んでブンブンと揺する。話そうとするが、あまりにも勢いよく揺すられているので話すことはおろか呼吸すらままならない。
「お、落ち着けって! 響がとんでもないことになってるぞ!」
そろそろ胃の中にあったお茶が逆流しそうなった時、悟が霊奈を止めた。
「え……あ、ごめん」
「うっぷ……元気、出たな。よかったよ」
肩で息をしながら何とか逆流して来る液体を抑え込んだ。後少し遅かったら色々とやばかった。
「それで私は何をすればいいの?」
俺が落ち着いたのを見計らって再度、質問を重ねる霊奈。その答えはもう決まっていた。
「練習に付き合え」
「練習? 今までと一緒じゃない」
「いや、新しい技……技ってか戦闘方法かな」
今回のことで俺ははっきりとわかった。今のままではレミリアはもちろん、これから襲って来るであろう脅威に太刀打ちできない。だから、俺自身が変わらなければならないのだ。
「俺は色んな人の力を借りて戦って来た。でも、今回みたいにその手を借りれなくなったら何も出来ないんだ。それを少しでも克服したい。今、考えてる技も結局は魂の中にいる奴らの力を借りるんだけどな」
魂との繋がりを断たれたら終わり。しかし、使える技が増えれば増えるほど俺たちの生存確率が上がる。何も努力しないで待っているより出来るだけ努力してもしもの時に備えたい。
「どんな技なの?」
「……いや、そのー」
望の疑問に対して俺は目を逸らして答えた。あまりやりたくない技なのだ。それに――。
「今は出来ないんだよ。足りない物があるからな。それも含めて霊奈、明日にでも幻想郷に行くぞ」
「え? あ、うん」
この技が使えるようになるには霊奈と、霊夢の力が必要なのだ。
「大丈夫? 私、役に立てるかな?」
「大丈夫だよ。やったことあるから。前と同じようにやればいい」
「やったことがある? 何なんだろ」
「それは明日、霊夢にも話さなきゃいけないからその時に」
何も難しいことを頼むわけではない。この『紅いリボン』を三つ用意して貰うだけだ。
「よし、霊奈も元気になったし、寝ようか。悟、霊奈、泊まって行けよ」
「ああ、頼むわ。いつもの部屋でいいのか?」
悟は何度も俺の家に泊まったことがある。高校に上がった頃から泊まる回数は少なくなって最近ではめっきりなくなってしまった。
「ああ、いいぞ。霊奈はすまんが望と同じ部屋で頼む」
さすがにもう部屋がない。押入れから布団を出して望の部屋に運ぼう。
それから布団の準備が終わってすぐに俺は眠りについた。
(アレ、何か忘れてるような……まぁ、いいか)
眠る直前、何か思い出しそうになったがそんなに大事なことでもないと思ったので無視した。
「はぁ……はぁ……ただいまー。あ、あれ? 開かない。おかしいな。それにカーテンの隙間から光、漏れてないし。おかしいな……嘘だよね? 寝ちゃったとかないよね? ねぇ! 開けて! 開けてってば! おーい! 響! チャイム連打してるのに出て来ないってどういうことなの!!」
「うっせ! 黙ってろ!!」
せっかく寝ていたのに玄関先で騒がしくしていた奴に向かって窓から目覚まし時計を投げた。
「ぎゃんっ!」
翌朝、学校に行く為に玄関のドアを開けると雅が茶葉の入ったコンビニ袋を持ったまま倒れているのを見つけた。
モノクローム図鑑
松本 月菜
能力:炎、氷、雷
詳細:雌花と雄花の姉で柊の同級生。2学期に転校してきた。普段は人見知りでびくびくしているが、一度戦いとなると凶変してしまう困った性格。
凶変するのは生まれつきなのだが、その凶変の際に髪の色が変わるのは【メア】が関係している。本来、【メア】というものは他の【メア】を倒さなければ能力は増えない。そのため、最初は1つか2つしか能力を持っていない。だが、月菜の場合、炎、氷、雷――さらに相反する3属性を操れてしまうため、体が【メア】に耐え切れず、体質が変わってしまった。その体質と言うのが凶変時の髪の色の変化である。
武器は木刀。剣術の天才で剣道の試合では全国レベルであり、転校する前の高校にもスポーツ推薦で入学している。その才能に嫉妬した雌花と雄花はぐれた。月菜は2人のことを溺愛しているが、両親は月菜ばかりをかわいがったせいで姉に嫉妬してしまい、最近までぎくしゃくしていた。
彼女が【メア】に目覚めた時期は未だ公開されていない。そもそも決めていない。多分、今後この謎が明かされることもない。
オリジナルでは麗菜という名前だった。それ以外にはさほど変わっていない。つまり、凶変する性格も変わっていない。実は転校して来た時、もう1人同時期に転校してきた人がいたのだが、その人は柊の元友達であり、椿の兄である陽だったという話もあるが、楽曲伝で陽は出て来ないので図鑑には載らないと思う。
……いります?