「さて……響、そろそろ説明して貰おうか?」
工場から帰還した俺たちは一度、俺の家に集合していた。だが、さすがに肉体的にも精神的にも疲れていたのでお茶を飲みながら休憩していたのだ。そして、そろそろ日付が変わりそうな頃、俺(さすがに人間の姿に戻っている)の前でお茶を飲んでいた悟がそう言った。
「……何から話そうか」
きっと、ここにいる全員が俺に対して疑問を持っているだろう。しかし、どこから話した方がいいのかわからなかった。特に悟には最初から話さなくてはいけない。
「最初からでいいんじゃないか? あの龍のことも聞きたいが、影野は何も知らないんだろ?」
悩んでいると柊が湯呑を傾けながら提案してくれた。
「そうだな……それじゃ、俺が幻想郷に行ったきっかけから話そうか」
そう言えば、この話をするのは初めてかもしれない。悟や柊たちはもちろん、望たちにもしていなかったような気がする。
「きっかけ? 八雲 紫のせいじゃないのか?」
東方を知っている悟だからこそ、そう言う発想が生まれたのだろう。でも、違う。俺は首を横に振って否定した。
「実は俺が幻想郷に行ったのは自分の力が暴発したからなんだ」
当時は原因がわからず、放置していた。それから何年も経ち、ふと俺が幻想郷に行った原因を考えたところ、一つの仮説を思い付いたのだ。
「まさか、お兄ちゃんはたまたま紫さんになってスキマを開いちゃったって言うの?」
俺の言葉から推測したのか、望が問いかけて来る。
「ああ、あの日、俺はPSPを使って『ネクロファンタジア』を聞いてた」
今でも忘れない。PSPの充電が終わっていて不思議に思っていたら急に浮遊感に襲われたのだから。
「PSPの充電が不自然に終わってたってどういうこと?」
皆の湯呑にお茶を注いで回っている雅が俺に顔を向けずに質問して来た。その隣で霙が尻尾を振りながら急須にお湯を注いでいる。
「多分、俺がPSPを撫でた時に紫の能力が発動して変に境界を弄っちゃったんだと思う」
「では何故、お兄さんの能力が唐突に発動したのだ? 今までそんなことなかったのに」
腕を組みながら首を傾げる築嶋さん。
「それこそ、何かきっかけがあるのではないのですか?」
雅に頭を下げてお礼を言いながら椿(あの後も敵を見つけ次第、倒していたらしく、先ほどこの家に到着した)が確信を突いて来た。
「……そうだ。俺の能力が開花したきっかけがある」
全てはあの時から始まった。俺の運命が変わった瞬間。俺がこうして異能の力を手にして何度も死にそうになり、大切な仲間を手に入れ、大事なことを気付かせてくれた、きっかけ。それは――。
「――きっかけはお前だよ、悟」
「……俺?」
数秒ほど硬直していた悟が少しだけ慌てた様子で確認を取る。
「そうだ。お前から東方の曲を聴かされたあの時だ」
悟から東方の話を聞かなかったら俺は一生、自分の能力に気付かずに過ごしていただろう。
「あ……」
そこでやっと理解したのか彼は声を漏らして俯いてしまった。
「そっか……俺のせい、だったのか」
「それは違う」
「いてっ」
勝手に落ち込み始めた悟の頭を叩く。こいつは何を勘違いしているのだろうか。
「お前のおかげだ。そこは間違えんな」
「おかげ?」
“せい”と“おかげ”では何もかもが違う。俺はムッとしながら立ち上がって悟に目を向けた。
「お前のおかげで俺はたくさんの仲間に恵まれた。まぁ、何度も死にそうになったり、傷ついたりしたけど……俺は後悔してない。それどころか感謝するほどだよ。だから、ありがとう悟」
悟は俺を守るために色々なことをしていた。俺のファンクラブがいい例だ。だからこそ、俺が幻想郷に来てたくさん傷ついたこと。それを阻止することが出来なかったこと。むしろ、悟自身が原因になってしまったこと。
ずっと俺を守って来た悟にとってそれらは耐えられないことだったのだ。だから、後悔して謝った。
(俺……みたいだ)
俺と彼は似ている。自分一人で守ろうとしているところなんかそっくりだ。そして、俺たちは挫折した。独りで守ることが出来ると自惚れて、結局は守れなかった。
「……何だよ、全部俺の独り相撲だったのか」
今だって、俺を守ることが出来なかったと悟は自分を責めている。
「何言ってんだよ。お前は俺を守ってくれただろ」
「え?」
「今となっては俺も異能の力を持って自衛出来るようになってる。でも、昔の俺は本当に世間知らずで自分の身に危険が迫っていることすら気付かない奴だった。そんな俺を守って来てくれたんだろ」
幻想郷で悟と一緒に博麗神社に向かっている途中、妖怪に襲われた。その時、悟は特殊な警棒を使って戦った。戦闘と言うのは土壇場で出来るような物じゃない。ましてや、悟の身のこなしは素人のそれとは比べ物にならないほどだった。
「ずっと、俺にばれないように戦い続けてくれてありがと。この恩は一生、忘れない。お前が自分を責めたとしても俺は一生、お前に感謝し続けるからな」
「……は、はは。やっぱり、お前はすごい奴だ。綺麗で眩しくて、本当に」
そこで悟は一粒の涙を零した。その涙の理由はわからなかった。
「光あるところに影はある」
ボソッと柊が唐突に呟く。何事かと俺を含めた全員が彼に視線を向けた。
「音無兄が光なら影野は影。輝く音無兄の傍で支える縁の下の力持ちってとこか?」
「りゅうきにしては珍しい。詩人のようなことを言うのだな」
柊の言葉を聞いた築嶋さんがくすくすと笑いながらからかう。
「思ったことを言っただけだ」
からかわれた本人は誤魔化すように湯呑を傾けるが中身がもうなかったようで、咳払いをしながら急須からお茶を注いだ。それを見た築嶋さんも自分の湯呑を柊に差し出してお茶を要求する。
(そっか、柊と築嶋さんも幼馴染同士だったな)
だから、俺と悟のことも少しはわかるのかもしれない。幼馴染だからこそ、相手の役に立ちたい。迷惑をかけたくない。助けたい。俺と悟はお互いに相手のことを考え、良かれと思って行動したが、盛大にすれ違ってしまっただけに過ぎない。
俺は異能の力を隠すことで悟を巻き込まないようにした。
悟は影から俺をサポートしようとした。
ただ、ろくに相談もせずに行動した結果、今回のようなことになってしまった。それだけは反省しないといけない。
「縁の下の力持ち、ね」
柊の言葉を復唱しながらふっと悟が笑った。
「響は太陽のように輝いてる。皆を守ってる。じゃあ、俺は? 影から響を守ろうとしてた。でも、それだけじゃ駄目なんだな。響だけ守ろうとしても駄目なんだ。それほど響が背負ってる物が大きい。響だけを支えようとして設計され作られた縁はその重さに耐えられずに崩れてしまう。なら、もっと支えられるように頑丈な縁を作ればいい」
悟は自分に言い聞かせるように呟き、俺を見た。
「響」
「何だ?」
「俺はまだ響がどんな目に遭ってどんなことを想って来たのかわからない。でも、きっとその全てを聞いても……俺はお前の味方でいたいと思う。例え、寒気がするような酷い目に遭っていたとしても……これからお前じゃなく、俺がそんな目に遭うことになっても。俺はお前の味方だ。だから――」
「――何言ってんだ、アホ。お前はもうとっくの昔から俺の仲間だ」
悟を遮って手を差し出す。もう何十年の付き合いなのだ。こいつの言うことぐらい容易に想像出来る。『仲間にして欲しい』。でも、この言葉を使わせてしまったら今まで悟は仲間じゃないことになってしまう。だから、俺はその言葉を使わせなかった。
「……ああ、そうだったな。じゃあ、言い換えるよ。これからもよろしくな、響」
「おう、よろしく。悟」
俺たちはまたここから始めよう。盛大なすれ違いがあっても、また並んで歩けばいい。また並んで歩いて行けばいい。
そう思いながら俺と悟は握手を交わして微笑み合った。
モノクローム図鑑
松本 雌花
能力:変身(ピンク色の翼)
松本 雄花
能力:変身(水色の翼)
詳細:柊の後輩。双子。雌花が姉、雄花が弟である。柊に会うまでは不良だった。一番最後のモノクローム図鑑で詳しく書くが、柊も不良(と噂されているだけだが)である。
不良時代は不死身と呼ばれていた。致命傷を与えてもすぐに傷が癒えてしまうからである。しかし、これにはタネがあり、二人同時に戦うのではなく、雌花か雄花のどちらかが最初に戦い、怪我をしたら懐中電灯で相手の目を眩ませた後、一瞬にして隠れていたもう片方と入れ替わっていただけ。そのトリックを柊に見破られ、ボコボコにされた。その後、柊に憧れるようになり、今のように慕うようになった。
ピンク色の翼は『上下の移動』、水色の翼は『加速』しかできないため、2人同時に装備しなければ自由に空を飛ぶことはできない。なお、加速を操るため、ベクトルをマイナス方向にすればバックする事も可能。空を自由に飛べなさそうに聞こえるが、上下の移動しかできなくても前や横、後ろに加速することで斜め前など全方向に移動できる。
変身前でも【メア】を消費することで雌花は『凄まじい跳躍』、雄花は『超加速』が可能である。しかし、変身した時よりも多くの【メア】を消費するため、あまり使わない。個人で使ってもそこまでうまみもない。雄花に至っては『超加速』すれば体がボロボロになってしまう。
オリジナルとの差はほとんどない。あるとすれば2人の姉である月菜の名前が違うくらい。前の月菜の名前は麗菜。さすがに楽曲伝では使えなかった。無念なり。
2人が不良になった原因も月菜である。月菜の才能に嫉妬してグレた。月菜の才能に関しては後日のモノクローム図鑑にて。
今は可愛らしい?後輩だが、不良時代はかなり口も悪く、結構有名な不良だった。