「マスター、前方に何か見えました」
「え?」
長閑な風景の中、空を見ながらバイクを走らせていると桔梗が教えてくれる。視線を前に移せば、遠かった森はすでにすぐ近くまで迫っていた。
「何かって森のこと?」
「違います。森の手前に家らしき物があるんですよ」
そう言われて目を凝らして見れば確かに、家っぽい建物がある。しかし、何だかごちゃごちゃしていた。たくさんの物で溢れ返っていると言うか。
「とりあえず、行ってみようか」
まぁ、目的地もないわけだし寄り道してもいいだろう。それにもしかしたら、今、どの時代なのかわかるかもしれない。
「わかりました。では、行きましょう」
僕の提案を聞いた桔梗は少しだけ走るスピードを上げた。基本的に僕はバイクに跨っているだけで、桔梗が運転しているのだ。
ブロロロ、と景色に似つかわしくない音を轟かせながら僕たちは怪しい家に向かい始めた。
「……何これ」
「さ、さぁ?」
目的地に到着して僕と桔梗(人形に戻って僕の肩に乗っている)は呆然としていた。
「ものすごく、ごちゃごちゃしてるね……」
「はい、物で溢れ返ってます」
桔梗の言う通り、目の前に立っている建物の前には色々な物が置いてある。看板があるのでお店のようだが、このまま置いておいたら盗まれてしまいそうだ。
「とりあえず、入ってみようか」
「そう、ですね」
戸惑いながらも僕たちはお店の中に入った。
「うわぁ……」
お店に入った途端、視界いっぱいに広がる道具たち。それはよくここまで集めたな、と感心してしまうほどだった。
「これはすごいですね。埃っぽいですが、道具一つ一つきちんと掃除されてます」
僕の肩から飛び立って近くに立てかけてあった刀を見ながら桔梗が感想を漏らす。
「いやぁ、いらっしゃい。香霖堂へようこそ」
その時、お店の奥から眼鏡をかけた白髪の男性がやって来る。この人がお店の店長さんらしい。
「えっと、ここにある道具って全部、売り物なんですか?」
ここにある道具たちには値札が付いていなかったのだ。
「一部を除いてね。僕のお気に入り以外は売り物だよ」
「お気に入り?」
刀から目を離して店長さんに質問する桔梗。しかし、店長さんは質問に答えずに目を見開いた。
「これは……驚いた。完全自律型人形じゃないか」
「わかるんですか?」
「僕の知り合いにも人形遣いがいてね。たまにこの店で買い物して行くんだ」
僕の問いかけに答えながら店長さんは桔梗を観察している。桔梗はじろじろ見られて少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「……しかも、もう人形じゃなくなってる」
「え?」
店長さんの言葉の意味が分からず、首を傾げてしまう。それを見た店長さんが詳しく説明してくれた。
「僕は道具の名称と用途がわかるんだ。でも、この人形の名称も用途もわからない。つまり、この子は人形であって人形ではないんだ」
「それって……私が人間に近づいてるってことでしょうか?」
「すまない。そこまではわからない。けど、君は普通の人形ではないことは確かだよ」
そんな店長さんの説明を聞いて僕と桔梗は目を合わせた。でも、店長さんの言うことは合っていると思う。すでに僕は桔梗のことを人形ではなく、家族だと思っている。
「さて、面白い物を見せて貰ったお礼としてはなんだけど、ここにある物の中から1つ、あげるよ。あ、僕のお気に入りは駄目だよ?」
「いいんですか?」
「もちろん、人生で1回見られるかどうかもわからないような存在を見せて貰ったからね。おっと、自己紹介が遅れた。僕は森近霖之助。この『香霖堂』の店主だ」
「キョウと言います。こっちが桔梗です」
「よろしくお願いします」
遅れながらも自己紹介を済ませた僕たちは早速、お店の中を回ることにした。
「「ごめんなさい……」」
あれから数時間後、香霖堂はめちゃくちゃになっていた。僕と桔梗は頭を深々と下げて謝罪する。
「色々聞きたいことはあるけど……とりあえず、桔梗はどうしたんだい?
「えっと……桔梗には物欲センサーというものがありまして」
そう、物色している途中で桔梗の物欲センサーが発動して手当たり次第に道具たちを食べ始めたのだ。慌てて僕と森近さんがそれを止めるけれど、暴走状態の桔梗を止めることは出来ずに振り回され続けた結果、お店の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
「……はぁ、なるほど。桔梗が普通の人形じゃないのはその物欲センサーのせいなのかもしれないね」
「え? それってどういう……」
ため息交じりに呟いた森近さんの言葉が気になって問いかける。
「本来、道具と言うのは感情を持たない。人に使われるだけだ。でも、桔梗の場合、感情……つまり、欲望があるんだ。人間でいう煩悩だね」
「煩悩、ですか」
そう言われてもあまりピンと来なかった。桔梗も同じようで首を傾げている。
「さてと……桔梗が暴走した理由はわかった。でも、それとこれとは話は別。しっかり、弁償して貰うからね?」
「「ひ、ひぃ!」」
ニッコリと笑う森近さんの顔が怖くて僕と桔梗は抱き合いながら悲鳴を上げた。
結局、僕たちは森近さんの家に厄介になりながら借金を返すことになった。そして、初めてのお仕事は――。
「桔梗の力が見たい?」
散らかってしまったお店を片づけていると森近さんがそうお願いして来たのだ。
「そう、確か桔梗は素材となる物を食べると新しい武器や能力を得られるんだよね?」
「はい、そうです。携帯電話を食べたら『振動を操る程度の能力』。猫車を食べたらバイクに変形出来るようになりました」
「バイク?」
「バイクと言うのは自転車にエンジンを取り付けたような乗り物です。実際に見て貰った方が早いと思いますので外に出ましょうか」
お店の片づけを中断して僕たちはお店の外に出た。
「じゃあ、桔梗。順番に変形して行こう」
「はい、マスター」
森近さんには少し離れて貰って早速、桔梗【翼】を装備する。『おお』と森近さんが感嘆の声を上げた。
「あれ?」
その時、桔梗が変な声を漏らす。
「どうしたの、桔梗」
「翼が直ってるんです」
「あれ、本当だ」
まだ翼は折れたままで修復中だったのにも関わらず、新品のようだった。
「そう言えば、さっき桔梗は何を食べたの?」
「えっと……刀2本、拳銃2丁、あと変な石。鉄くずもいくつか食べましたね」
「その鉄くずで修復したんじゃない?」
怪鳥の嘴を食べたことによって桔梗の体は固くなった。それと同様に食べた素材を利用して装備の修復も出来るのではないかと思ったのだ。
「あ、なるほど……確かにそうかもしれません」
僕の推測に納得したのか桔梗も頷いてくれた。
「そうだ。ついでに新しい変形も見てみよう」
「わかりました。えっと、次は何に変形しましょう?」
「次は拳でお願い」
「了解しました」
それから桔梗が変形する度に森近さんは興奮し、バイクに変形した時は一緒に乗って走ってみたりもした。
「いやぁ、バイクってすごいね。あんなに速く走れるんだ」
「外の世界にはもっと早い乗り物もありますよ。その分、大きくなりますが。次ですが、僕も初めて試す変形なのであまり期待しないでくださいね」
僕の言葉を聞いて彼は頷いた。でも、その目は輝いているので期待しまくっているようだ。
「まずは刀から行こうか。出来そう?」
「ちょっと待ってくださいね……あ、駄目みたいです」
「駄目?」
「はい、他の変形の素材になってるみたいなんですよ。何かきっかけがあれば変形出来そうなんですが、現段階では無理そうです」
「そう……じゃあ、その素材になった変形って何?」
刀と拳銃を素材とした機能がどんな物かも確認する必要がある。
「刀は【翼】。拳銃は【拳】に使用されてるようですね」
「まずは【翼】から確認しよっか」
「はい、わかりました」
首肯した桔梗は僕の背中にくっ付いて【翼】になった。
「何か変わったところある?」
僕からじゃ見えないので桔梗に聞いた。
「何だか、翼が鋭くなったような気がします」
「鋭く、か……よし」
低空飛行で近くの木まで行き、それに向かって翼を一閃する。すると、木はいとも簡単に切断され、大きな音を立てながら倒れた。
「翼が刃のようになったんだね。これなら【翼】を装備してる時、鎌以外の攻撃が出来るかも」
「そうですね。やはり、【翼】は移動手段ですので手数が減ってしまいますから……」
「次は【拳】で」
「わかりました」
【翼】から直接、【拳】に変形した桔梗。右手に装備された巨大な拳は少しだけごつくなっていた。それと指先にも小さなハッチが出来ている。
「もしかしてこの穴から銃弾をばら撒くのかな?」
「だと思います。やってみましょうか」
桔梗に促されて先ほど倒した木に指先を向け、一斉射撃。凄まじい銃声と共に木はボロボロになってしまった。
「うわ……」
「これは、すごいですね」
僕と桔梗は新しく得た力に呆然とし、森近さんが声をかけて来るまで動くことが出来なかった。
モノクローム図鑑
星中 すみれ
能力:脳の活性化、眼力強化
詳細:柊の友達で【メア】で生徒会に所属。生徒会長ではない。妹がいる。はっきり言っちゃえばユリちゃん。
能力は脳を【メア】で活性化させて即座に答えを導き出す。しかし、脳に負担がかかるため、ここぞと言う時にしか使えない。眼力強化で周囲の状況や相手の動き、癖などを見極めることも可能。これらの能力を利用して司令塔のような役目を担っている。
オリジナルでは生徒会には入っておらず、ただの友達だった。能力は同じ。正直、生徒会に入っているか入っていないかの違いしかない。あ、ユリちゃんの存在の有無もそうだったり。悟と同じ軍師タイプ。