「大丈夫か? 望」
「うん……何とか」
心配そうに私の顔を覗き込んで来る望ちゃんにそう返事をする。しかし、精神的にちょっと辛かった。狭い部屋にずっと閉じ込められていたからだ。
「ご主人、外せません……」
「もうちょっとだ、頑張れ。右手を3ミリ、左にずらして」
そんな声を聞いて振り返ると種子ちゃんが柊君の指示を聞いて雅ちゃんの黒い首輪を外そうとしていた。その首輪は雅ちゃん、霙ちゃん(擬人モード)、霊奈さんに取り付けられている。どうやら、この首輪が雅ちゃんたちの地力を吸い取っているようで、3人はぐったりしていた。首輪には鍵穴があり、柊君が『幻視』で鍵の内部を見て種子ちゃんが落ちていた針金を使ってピッキングしているのだ。あまり芳しくないようだが。
「それにしても、遅いね。響たち」
周囲を警戒していた風花ちゃんがため息交じりに呟く。
「敵の目的は音無兄だからな。向こうも躍起になって取り押さえようとするだろ」
首輪を見ながら柊君が答える。それにお兄ちゃんは奏楽ちゃんと悟さんを連れてここに向かっているのだ。時間がかかっても遅くない。
――ドゴンッ!!
突然、右側の壁が吹き飛んだ。大量の粉塵が舞い散る。
「キャッ……」
その粉塵の中から白いワンピースを着た女性が転がり出て来た。そして、べちゃっと地面に顔面を叩き付けてしまう。あれは式神召喚されて大人になった奏楽ちゃんだ。
「奏楽ちゃん!」
私はそれを見て叫んだ。声が聞こえたのか体を起こした奏楽ちゃんは私の方を見て軽く手を振ってくれた。
「奏楽、大丈夫か?」
その時、今一番聞きたかった声が粉塵の中から聞こえる。
「お兄ちゃん!!」
あそこにお兄ちゃんがいる。それだけで私の目に涙が溜まっていく。思わず、走り出してしまった。
「この声、望か?」
向こうも粉塵のせいでこちらが見えていないらしい。でも、そんなのお構いなしに私はお兄ちゃんの影に向かってダイブする。
「おにいいいちゃあああああん!!」
「おっと」
ギュッと抱き着くとお兄ちゃんが抱きしめてくれた。お兄ちゃんの胸はとても硬くて少しだけ顔が痛い。いつの間にこんなに硬く――。
「……硬い?」
おかしい。お兄ちゃんの胸は男の子にしては柔らかく、とても気持ちいいのだ。だが、今は鉄板のように硬い。不思議に思いながら上を見上げた。
「どうした、望?」
そこには龍がいた。顔にちらほらと白銀の鱗があり、目は恐竜のような目だ。先ほど口を開いた時に鋭く尖った牙があるのも確認できた。これを龍と言わずしてどれを龍と言うのか。そんな姿だった。
「えっと……ドラゴンさん、こんにちは」
「お前は何を言っているのだ?」
首を傾げながらドラゴンお兄ちゃんは私を降ろしてくれる。
「師匠、無事だったんだね」
声がした方を見ると悟さんがお兄ちゃんに抱えられていた。その顔は少しだけ青ざめている。
「悟さん、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……ちょっと酔っただけだから」
「酔った? それってどういう――」
「音無兄たち、早くこっちに来い!」
悟さんの言葉の意味を聞こうとしたが、柊君が私たちを呼んだ。確かにここで話しているような時じゃなかった。急いで柊君のところに移動する。
「雅、霙、霊奈……」
悟さんを地面に降ろしたお兄ちゃんは3人の姿を見て悔しそうに拳を握った。
「この首輪が3人の地力を吸い取ってる。急いで外さないと危ないぞ」
未だに雅ちゃんの首輪を外そうと四苦八苦している種子ちゃんを見ながら彼が教えてくれる。
「破壊することは?」
「首輪だぞ? 危な過ぎて出来ない」
「……」
3人の首輪を外す手段がないのかお兄ちゃんも柊君も黙ってしまう。
「ピッキングなら出来るぞ」
その時、悟さんが手を挙げながら言った。
「悟、出来るのか?」
「ああ、戦闘面じゃそこまで役に立てないけど、ピッキングみたいな工作作業は得意なんだ。ちょっと見せてくれ」
そう言いながら雅ちゃんの首輪を観察する悟さん。因みに普通の人間は工作作業も出来ません。
「……このタイプか、面倒だな。でも、時間をかければ外せるぞ」
「そうか。じゃあ、ここから離れて安全なところに移動してから外そう」
悟さんの言葉を聞いた柊君が種子ちゃんに狼になるように指示を出す。実はピッキングで首輪が外せそうになかったらこの工場内のどこかにある首輪の鍵を探さなくてはならなかったのだ。
「ッ! 魂壁『魂の壁』!」
ホッとした束の間、後ろにいた奏楽ちゃんが半透明の壁を私たちの周囲に展開させる。その直後、半透明の壁が何かを弾いた。地面に転がったのはひしゃげた弾丸。
「全員、構えろッ!」
柊君の怒声で皆、周囲を警戒する。そして、すぐにそれらを発見した。
(囲まれてる……)
いつの間にか私たちは敵に囲まれていたのだ。この中央の部屋には高いところにある窓を閉めるために窓の付近に通路が設置されている。そこには銃器を持った敵がずらりと並んでいた。更に地面にはナイフや警棒を持った敵。その数は数え切れないほど多かった。
『聞こえていますか?』
あまりにも現実離れした光景に呆然としていると、ボイスチェンジャー特有の不気味な声が響く。
「……あの時の」
それを聞いたお兄ちゃんがキョロキョロと天井を見上げ、何かを見つけた。そちらを見ると小型カメラが設置されている。
『おお、よくわかりましたね。そうです、あの時の人ですよ』
「最初からお前だとわかっていたさ。こんなことをするのはお前たちぐらいしかいないからな」
話し振りからお兄ちゃんとボイスチェンジャーの人は会ったことがあるらしい。
『なら、話は早いです。我々に協力しなさい』
「断る」
『……いいんですか? 貴方たちは囲まれている。すぐに蜂の巣ですよ。まぁ、龍の力を得た貴方は死ぬことはないでしょうけど』
「誰も殺させはしない」
そう言いながらお兄ちゃんは右手を背中に隠して手を振る。それから指を微かに動かした。
「っ……」
意味が分からず、不思議に思っていると悟さんが何かに気付いて雅ちゃんに近づいた。ここでピッキングするように指示を出したらしい。
『貴方の後ろにいる人たちを独りで守り切れるとでも? 知っているんですよ? そこの人間の出来損ないは燃費が悪く、すぐに倒れてしまうと』
人間の出来損ない――奏楽ちゃんのことだ。
「俺の仲間を舐めないで貰いたいね」
『……どうやら、言葉で言ってもわからないようですね。撃ちなさい』
ボイスチェンジャーの声が響くと同時に4つの音がした。
1つは銃を持っている敵が構えた音。
1つは一斉に銃の引き金を引く。
1つは連続で轟く発砲音。
1つは――。
音の正体を確かめる前にお兄ちゃんが私たちを守ろうと片翼の翼を広げる。だが、片翼だけでは半分しかカバーし切れていない。このままではカバーできていない柊君たちが危ない。
「くっ……」
一瞬だけ奏楽ちゃんが展開した障壁が銃弾を防いでくれた。だが、すぐに壊れてしまった。全方向から一斉射撃だ。異能の力は強力だが、現代武器との相性は悪い。お兄ちゃんの『五芒星』でも数発しか守れないと言っていた。
悔しそうに顔を歪ませる奏楽ちゃん。それと対照的なのは勝ち誇ったような表情を浮かべるお兄ちゃんだった。
「おに――」
声をかけようとするが、それを遮るように弾丸が雨のように私たちを襲った。だが、その直前に私の顔に影がかかる。
「……」
どれほど経っただろうか。部屋はしんと静まり返っているので敵が息を呑んでいるのがすぐにわかった。
『……何を、したんですか?』
ボイスチェンジャーの人も驚いているらしい。
「決まっているだろう」
それに応えるお兄ちゃんはとても嬉しそうだった。
「決まってるよ」
お兄ちゃんの声と重なる声。ここにいるはずのない人の声。
「信じたのだよ、仲間を」「助けたんだよ、仲間を」
螺旋を描くように大きな白銀の翼が私たちを覆っている。その数は2つ。両翼。そして、龍人2人。その龍人たちはゆっくりと体を起こし、並んだ。
「さぁ、ここからだ。行くぞ、弥生」
「任せておいてよ、響。こんな奴らぶっ飛ばしてやる」
鱗に覆われた左手を差し出すお兄ちゃんと鱗に覆われた右手でそれを掴む弥生ちゃん。お兄ちゃんは右翼を広げる。弥生ちゃんもそれに倣うように広げた。その2人の姿はまるで、1体の龍のようだった。
因みに最後の音は天井から弥生が突入して来る音でした。
モノクローム図鑑
風花
種族:烏天狗
詳細:柊の頭の中にある柊の両親が最期に書いたレポートが色々な人に狙われると思い、様子を見に来たらそのまま住み着いてしまった烏天狗。実は科学者で柊の両親とは同僚だった。武器は鉄製のうちわで天狗――と言うよりは妖怪特有の怪力で思い切り、振りおろし風を起こす。完全な力技。射命丸文が幻想郷から外の世界に飛ばされた(第6章の歪異変)際、柊家の近くにある商店街でお世話になったため、風花もちょっとだけ崇められている。その理由として射命丸文が商店街復興のため、色々とお手伝いをしたから。確かそんな設定があったはず。完全な裏設定。
家では完全にニート。しかし、真面目な時は真剣になる。柊を守ろうとする傾向があり、自分の身を犠牲にして気絶する柊を守ったこともある。その時に<ギア>ガンが<ギア>グローブに変化した。