「お、音無兄……その姿は……」
種子に乗って俺の前に来た柊は目を見開いて驚愕していた。いや、柊だけではない。築嶋さん、種子、風花も驚いている。
(無理もないか)
そう思いながらギュッと左手を握る。その手は白銀の鱗で覆われており、左肩まで伸びていた。左肩だけではない。首筋や顔にまでちらほらとだが、同じ色の鱗が見受けられる。そして、背中には白銀の右翼。左翼はない。弥生が異形化した姿に似ている。違う点は弥生の場合、右腕が鱗に覆われて、左翼が生えるところだけだろう。
「魔眼『青い瞳』」
柊達には悪いが、今は時間が惜しい。スペルカードを取り出して宣言し、両目を青く染めた。
「いた」
ヒマワリ神社とは反対方向にある山の麓に微かにだが、奏楽の霊力が残っている。
「なっ……どこだ!?」
慌てた様子で質問して来た柊に場所を教えた。
「そこは……今は使われてない工場がある。くそ、あそこは崩れやすくなってるから身を隠すには向いてないって高を括ってた」
「知っているのか?」
「夏休み前にその工場でちょっと色々あってな。そこで戦ったんだけど、そのせいで工場はほぼ半壊。崩れないのがおかしいってレベルだ」
それなら身を隠すには向いていないのにも納得できる。いつ、天井が崩れて潰されるかわからないのだ。好き好んでそこを選ぶ奴はいないだろう。
「他に何かわかるか?」
柊の言葉に頷くとすぐに次の質問をぶつけて来た。両目に魔力を集中させ、奏楽の霊力を辿るといくつかの生体反応をキャッチした。
「感じたことのない生体反応がいくつもある。多分、敵だろう」
「音無妹の力は?」
「あいつは霊力とか全くない。俺の魔眼じゃ視つけられない。でも……おかしい。雅の妖力も霙の神力も感じない」
「……おい、まさか」
築嶋さんが顔を青ざめさせて口元を右手で覆った。
「音無兄をコントロールするために全員の無事を確認させるはずだ。その後で殺しても遅くない。だから、今、尾ケ井たちを殺すわけがない」
最悪のケースを握り潰した柊だったが、その顔は暗いままだ。希望的観測なのだろう。
「……ん?」
その真相を確かめようと更に奏楽の痕跡を辿っていると見覚えのある気配を視つけた。奏楽とピッタリとくっ付くように寄り添っている。不安になっている奏楽を抱きしめて落ち着かせているのだろう。
(何故、悟が……)
幻想郷から帰って来てから音沙汰のなかった幼馴染の存在に思わず、驚いてしまう。タイミング悪く事件に巻き込まれてしまったようだ。
「どうした?」
「俺の幼馴染も巻き込まれていたみたいようだ。奏楽の傍にいる」
「守る対象が増えたか……他には?」
「感じない」
どうやら、悟は能力を持っていないので奏楽と一緒の部屋に閉じ込められているらしい。その周囲も魔眼で視てみたが知っている反応はなかった。
「とりあえず、近くまで移動しよう。音無兄、その途中で何があったか教えろよ?」
そこで柊がジト目で俺を睨みながら言う。
「わかった。手短に話す」
頷いてみせて俺は片翼の翼を動かして移動を開始した。
「二つ名?」
俺の説明を聞いた築嶋さんが繰り返す。
「そう、二つ名だ」
あの時、スキマから霊夢の声が聞こえた。そして、俺のことを『幻想曲を響かせし者』と呼んだ。おそらく、幻想郷で俺の二つ名を決めたのだろう。
「どうして、二つ名を貰ってそんな姿になるのだ?」
「二つ名とこの姿は直接的な関係はない。二つ名を貰ったことによって元々の能力である『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』に戻ったのだ」
俺の能力は変化する。今回、高熱が出て能力が使えなくなった理由はその能力変化が原因である。ならば、元の能力に戻せば能力変化がなくなり、普段通りに能力が使えるようになるのだ。
「二つ名を得ただけで能力が戻る? そんな簡単に変化するのか?」
「だからこそ厄介なのだ。まぁ、厳密には元に戻ってなどいないのだが」
「どういうことだ?」
今度は柊が問いかけて来た。
「人間の時は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』だって言っただろう。これは俺の名前が原因なのだ」
「名前が、原因……【音無 響】が原因なのか」
「ああ。名前の漢字をバラバラにして考えるのだ。“音”はそのまま音。“無”はないことを表している。つまり、現実にはない物。言い換えれば幻想だな。そして、“響”は響く。共鳴。同じ音になるって意味だ」
「“音”と“無”は納得できるけど、“響”だからってどうしてコピー能力になるんだよ」
「音叉と同じ原理だ。同じ波長の音叉を並べて置いて片方を叩いて鳴らせばもう一個の音叉も鳴り始める。これが共鳴だ。で、俺の場合、音叉を魂に置き換える」
「……まさか、同じ魂になるとでも?」
柊の言葉に対し、首を振って否定した。
「同じ魂にはならない。音叉だって共鳴してもBの音叉がAの音叉になるわけじゃない。それと同じだ。この場合、俺の魂波長を共鳴した相手の魂波長に合わせると言えばいいのか」
「全く意味わかんない」
とうとう風花が音を上げる。柊と築嶋さんもまだ納得していないようだ。
「魂は人それぞれ違う。固有の波長を持っているのだ。その波長は一生、変わらない。変わってしまったらその人ではなくなるからである」
「魂の波長が変わると具体的にはどうなるのだ?」
「これは俺の考えなのだが人の体格や性格は魂の波長を元に構成されている。DNAみたいなものだな。だが、魂波長が変わってしまったらその人の体格や性格なんかも変わってしまう。突然変異って奴だ」
「でも、音無兄は魂の波長を相手の波長に合わせてるんだろ」
「俺は特殊なのだ。そもそも魂の構造が違う。ほら、俺と柊達が戦った時に半吸血鬼化したはずだ」
「ああ、そう言えば女に「半吸血鬼化だ」……半吸血鬼になったな」
俺の鋭い視線を受けた柊は言葉を言い直して頷く。
「あれは『狂眼』を使ったことにより俺の魂波長が変化して強制的に半吸血鬼化するのだ。それと同時に能力も『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』ではなくなる。ここまでいいか?」
俺の質問に全員が首肯する。
「これと同じことが『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』でも起こるのだよ」
「えっと、魂波長が変わるとその波長に合った能力にまた変化するってこと?」
首を傾げながらも自分の考えを述べる風花。
「その通り。ちょっとややこしいが、俺の元々の能力――仮に【本能力】と呼ぼうか。この【本能力】は俺が人間の時、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』になる……いや、追加されると言っていいか」
「追加だって?」
俺の言葉が信じられなかったのか目を丸くして築嶋さんは驚いた。
「【本能力】はどんな状況になってもなくならない。派生して行くのだ。人間の時は【本能力】と『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』。トールと同調した時は【本能力】と『創造する程度の能力』……まぁ、【本能力】があるからと言って随時、発動しているわけじゃないが。それに、派生能力も同時に存在できない物もある」
『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』と指輪から派生した『合成する程度の能力』がいい例だ。
「つまり、俺の能力は【本能力】を基点とし、枝分かれして行く能力なのだ。そして、今回の場合だが、俺の【本能力】に何か、もしくは誰かが干渉し、人間時の能力――『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』が変化してしまい、高熱が出た。そこで、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を復活させるために俺の仲間が別のベクトルから【本能力】に干渉した」
「それが、二つ名」
柊の呟きに俺は黙って頷き、もう一つの説明を始めようとするが、目の前の景色を見てため息を吐いた。
「さて、ここまでが前振りなのだが……すまん。もう時間のようだ」
そう、すでに俺たちは件の工場の近くまで来ていたのだ。