さすがに敵も俺たちに増援が来るとは思わなかったらしく、動く気配を見せなかった。動揺しているらしい。まぁ、そりゃ追い詰めたと思ったら一瞬の内にこちらの戦力が倍以上になったのだ。驚くに決まっている。
「よかった。何とか間に合ったみたいだね」
そんな敵を見ていると俺の隣にいたすみれがホッと安堵のため息を吐く。
「お前が呼んだのか?」
「うん。ここら辺の地図を思い出して誘い込むならこの十字路だと思ったからね。予め、ここに呼んでおいたの」
俺の問いかけに笑顔で頷くすみれ。
「それで? これからどうするの?」
背後から風花の声が聞こえた。すみれの指示を待っているらしい。
「……いい? 作戦を教えるね。りゅう、のぞっち、風花にゃん、しゅしゅ、お兄さんをここから逃がす。そのために、つばきちとルナルナで全方向に攻撃して。で、申し訳ないけど私は空に逃げながら2人に指示を出すから」
そう言いながらすみれは雌花と雄花を背中に装備する。椿と月菜も背中合わせになって構えを取った。
(すげー)
普通、唐突に指示を出されてもこれほど早く行動出来ない。しかし、ここにいる人は皆、すみれの指示を聞いて疑うことなくそれに従っている。これが信頼関係というものなのだろうか。
「音無兄、早く種子の背中に乗れ。望は音無兄の前だ」
「あ、ああ」
目の前の光景に呆然としていると種子(大きな狼になっていた)の背中に乗っている柊に急かされてしまった。急いで種子に飛び乗り、築嶋さんの背中に抱き着く。
「それじゃ、椿、月菜。頼むぞ」
「わかりました。任務を遂行します」
柊の言葉を聞いて椿が頷いて答えるが、月菜は俯いたまま、動かない。手に持っている木刀も少しだけ震えている。怖いのだろうか。
「……くっ、くくく」
しかし、その予想はすぐに裏切られることになった。唐突に月菜が笑い始めたのだ。
「な、なぁ……あの子」
「気にするな。発作だ」
思わず、前にいる築嶋さんに声をかけるが短い溜息を吐いた築嶋さんは呆れたように言う。
「これだけの敵がいれば暴れ足りないってことはねーな!」
月菜が顔を上げて叫んだ刹那、黒かった髪が朱色に染まる。そして、木刀から炎が噴出して地面を照らした。
(何だあれは……)
「月菜は戦闘が始まるとあんな風に髪の色と口調と性格が変わるんだ。まぁ、いつもああだから気にしない方がいいぞ?」
俺が目を見開いているとそれを察したようで柊が教えてくれる。気になるが、今は聞かないでおこう。
「それじゃ、合図を出したらつばきちとルナルナは全方向に手分けして攻撃。3、2――」
「お、おい! 全方向って!?」
今、俺たちは十字路の真ん中にいる。この状況で全方向に攻撃するとなると4人必要になる。しかし、攻撃するのは椿と月菜の2人だけ。これでは全方向に攻撃など出来ない。
「――1!」
俺の制止を聞かずにすみれは合図を出して空を飛んだ。それを追うように風花と俺たちを乗せた種子も飛翔する。
「行きます!」「おーらっよ!!」
椿は前方に2丁の拳銃を向けて引き金を引き、月菜は地面に木刀を突き刺した。
「なっ……」
すると、月菜の木刀から炎、氷、雷の柱が同時に出現し、それぞれが別々の方向へと向かう。月菜1人で3方向同時に攻撃したのだ。そして、残りの1か所は椿の拳銃から撃ち出された白い球体で埋め尽くされている。
さすがに4方向同時に攻撃できるとは思っていなかったようで敵は混乱状態に陥った。その隙に俺たちは猛スピードでこの場を離れる。
「月菜の能力は『炎』『氷』『雷』の3属性。それを同時に操ることが出来るのだ」
遠くなる十字路を呆然と眺めていると築嶋さんが説明してくれた。
「そう、だったのか」
3つの異なる属性を同時に操ることなど並大抵のことでは出来ない。だからこそ、にわかにも信じられなかったが実際に操っているところを見せ付けられたので納得するしかなかった。
「とりあえずは危機を凌いだけど……」
前の方から柊の声が聞こえる。確かに相手の多くはあの十字路で待ち伏せしていたのですぐに俺たちの後を追うことは出来ないだろう。しかし――。
「だからと言って望たちの居場所は未だにわからないから安心はできない」
俺が考えていたことを築嶋さんが代弁してくれた。
「どうするの? このまま上空からしらみつぶしに探しても意味ないよ」
俺たちの横を並走しながら柊に問いかける風花。
「……でも今のところ、それしかない」
だが、まだいいアイディアは考え付いていないようだ。
(このままじゃ……)
一応、望たちが生きていることはわかった。しかし、俺を捕まえられないと思ったら真っ先に殺すだろう。時間に猶予はない。
(何か……何か出来ることはないか?)
能力変化のせいで俺は今、能力が使えない。でも、諦めたくない。諦めたら望たちの命は――。
(力……)
目を閉じて深呼吸。周囲の音が消え、俺の心臓の音しか聞こえなくなった。
(何かあるはずなんだ。俺にも出来ること……力があるはずなんだ)
柊は言った。諦めるな、と。信じろ、と。仲間を信じていれば応えてくれる、と。
俺に出来ることがあると信じろ。そして、考えるのだ。望たちの為に。
「貴方は仲間を信じている?」
その時、そんな声が耳元で聞こえた。その声を聞いて俺は思わず、安心してしまう。万屋の仕事を終え、家に帰る前にいつも聞いていた声だったからだ。
――ああ、信じている。もう、独りで戦わない。皆と一緒に戦う。だから、信じている。
「例え、能力変化のせいで力が使えなくなっても?」
――能力だけが全てじゃない。どんな状況でも俺は全力で戦うって決めたんだ。力が使えなくても俺に出来ることは必ず、あるんだ。
「もし、そのせいで仲間が傷ついてしまったら?」
――目の前で仲間が傷つくのを見るのは辛い。でも、その辛さから目を逸らしてしまったら、もっと仲間が傷つく。今回のように。
「じゃあ、どうするの?」
――決まっている。目の前で仲間が傷ついたら俺が助ける。これ以上、傷つかないように一緒に戦う。守るんじゃない。そんな一方的な関係じゃ守れない。一緒に戦ってお互いがお互いを支え合うんだ。
「……それじゃ、最後に。貴方は力が欲しい?」
「欲しい。この状況を打破できるような力が……皆と一緒に戦っていけるような力が欲しい!」
「貴方の仲間はこちら側にもいるのよ? それだけは覚えておいて。そして、その仲間たちが一生懸命、考えたこの名を大事にしなさい」
その言葉を聞いて俺は種子の背中から飛び降りた。
「音無兄!?」「お兄さん!?」「ちょっ!?」
そんな俺を見て柊達は目を見開く。当たり前だ。俺は今、能力が使えない。空すら飛べないのだ。このままでは地面に激突して死んでしまうだろう。体の向きを変えて空に向けて手を伸ばす。空は曇っていて星が見えなかった。
「じゃあ、行きなさい」
声が聞こえた方を見ればスキマが開いている。そのスキマの奥から再び、聞き覚えのある巫女の声が聞こえた。
「“幻想曲を響かせし者”よ」
カチャリ、と胸の奥で何かが噛み合った。その途端に懐で水色の光が漏れ始める。
――汝、儂を求めし者か? ならば、その力を儂に注ぎ、示せ。儂への信仰を。
「……ああ、くれてやる。こんなちっぽけな力でいいならいくらでもくれてやるよ。俺はお前を受け入れる。だから、お前も受け入れろ!!」
服の中に手を突っ込んで首から下げていたお守りをギュッと握った。そのお守りの中には弥生から貰ったあの水色の珠が入っている。そして、その珠は太陽のように光を放っていた。
(頼む、これが俺たちの希望となってくれ!)
そう願いながらありったけの地力を珠へ注いだ。
――汝の信仰、しかと受け止めた。受け取れ、これが儂の力だ。
「あっ……が」
体が悲鳴を上げる。水色の珠から逆流して来た力が俺の中で暴れ回っているのだ。思わず、目を閉じて体を丸めた。
(絶対に、コントロールしてやるッ……)
「あ、あ……がああああああああああああああああああああああああああっ!!」
丸めていた体を開いて天を仰ぎながら絶叫する。体の構造が変わっていく。能力も変わる。自分でもわかるほど強烈な変化。そして、魂の中に入って来た。凄まじい霊力を持った存在が。
俺の慟哭がビリビリと大気を震わせ、空を覆っていた雲が吹き飛ぶ。
「……」
しばらくしてゆっくりと目を開けた。その視界には満天の星空が広がっていた。