東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第265話 看病

「ご主人様!」「おにーちゃん!」

 とりあえず、お兄ちゃんの額に滲んでいる汗を拭いていると霙ちゃんと奏楽ちゃんが叫びながら部屋に突入して来た。

「二人とも、もうちょっと静かに」

 慌てて2人に注意する。騒いでお兄ちゃんの熱が酷くなったら困るからだ。

「で、ですが……」

「霙、奏楽、慌て過ぎだってば」

 霙ちゃんがベッドで寝ているお兄ちゃんを見て涙目になっているとその後ろから雅ちゃんがやって来た。説明している途中でこちらに来てしまったらしい。

「望おねーちゃん……おにーちゃんは大丈夫なの?」

 その時、私の手をギュッと握って問いかけて来る奏楽ちゃん。

「今は熱が出てるだけだから……でも」

 お兄ちゃんは病気にならない体質だ。なのに、これほど高熱を出した。

(お兄ちゃんの体に何か、あったのかな……)

 考えられる原因はいくつかある。

 一つ目は魂。お兄ちゃんの魂はかなり不安定で何かの拍子に魂のバランスが崩れてしまう可能性があると言っていた。

 二つ目は外部からの攻撃。前、フランを誘拐した組織がお兄ちゃんを狙い出したのかもしれない。

 最後に、お兄ちゃんの能力。まだ、能力名は教えてくれないが、お兄ちゃんや紫さんの様子からして強力でコントロールの難しい能力のようだ。その能力が暴走した、ということも考えられる。

「原因はどうであれ、今はやれるだけのことをしよう。雅ちゃんはタオルをいくつか持って来て。霙ちゃんは氷枕の準備。後、桶もお願い」

「わかった!」「了解であります!」

 私の指示を聞いて雅ちゃんと霙ちゃんは部屋を出て行く。

「私は?」

「奏楽ちゃんは……学校に行って?」

 今日は平日で、学校があるのだ。けれど、こんな状態のお兄ちゃんを放っておくわけにも行かないから、私は休むつもりだ。もしかしたら、何かあるかも(敵の攻撃など)しれないので、雅ちゃんにも休んで貰おうかと思っている。でも、奏楽ちゃんはお兄ちゃんに召喚して貰わなければ戦えない。

「嫌ッ! 私もおにーちゃんの傍にいたい!」

 私の要求を奏楽ちゃんは首を大きく横に振って拒否した。

「……」

 もし、私が奏楽ちゃんの立場なら同じように断っただろう。私も奏楽ちゃんもお兄ちゃんのことが好きなのだから。

「……わかった。それじゃ、奏楽ちゃんはお兄ちゃんの手を握って応援してあげて。熱に負けないようにって」

「うん!」

 元気よく頷いてくれた奏楽ちゃんがお兄ちゃんの手を握る。そして、目を閉じて祈り始めた。

「私も動かないと」

 病院に連れて行きたいのは山々だが、お兄ちゃんは普通の体ではない。永遠亭に連れて行くしかないだろう。だが、幻想郷に行く手段を持っているのはお兄ちゃんしかない。紫さんが迎えに来るまでお兄ちゃんの看病をしているしかないだろう。

(でも、このままじゃ……)

 先ほど、手で熱を測ってみたが下手したら40度を超えているかもしれない。何とか熱を下げなければお兄ちゃんが危ない。

「……そうだ!」

 前、お兄ちゃんから聞いた話なのだが、結界には大きく分けて3つの種類があるらしい。

 まずは、攻めの結界。攻撃に特化している結界で、霊奈さんが使える。

 次に、守りの結界。霊夢さんがよく使っている結界だ。

 最後に――援護の結界。この結界はその結界内部にいる味方の攻撃力を高めたり、傷が早く治るように促す結界。どうやら、霊奈さんと霊夢さんの師匠が得意としていた結界らしい。

 そして、霊奈さんと霊夢さんはこの3つの結界を習い、自分にあった結界の腕を伸ばした、と言っていた。つまり、得意じゃないけれど、霊奈さんも援護の結界を使えるかもしれないのだ。

「望、タオル持って来たよ!」

 携帯を取り出して霊奈さんに電話を掛けようとした時、雅ちゃんが帰って来る。

「雅ちゃん、ちょっとお兄ちゃんのこと、よろしく!」

 そう言い残して私はお兄ちゃんの部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響、どんな具合なの?」

 20分ほどで霊奈さんが来てくれた。何でも、近い所に住んでいるらしい。

「とにかく、高熱が出てます」

 階段を上りながら霊奈さんの質問に答える。先ほど、体温計で熱を測ったら40.3度の熱が出ていた。

 お兄ちゃんの部屋に入り、霊奈さんがお兄ちゃんの様子を確かめる。

「あまり、援護の結界は得意じゃないけど……少しでも役に立つなら」

 そう言って、壁や床にペタペタとお札を貼り出した。立体的な結界らしい。

「これでよし……行くよ」

 お札を貼り終えた霊奈さんは一度、深呼吸して結界を作動させる。お兄ちゃんの体から淡い光が漏れ始めた。

「……うん、結界は上手く作動したよ。でも、熱が高すぎるからそんなに効果はないかも」

「ないよりはマシですよ。ありがとうございました」

「ううん、これぐらいしか出来ないから。私も看病していい?」

 本当にお兄ちゃんのことが心配なのだろう。霊奈さんは大学を休んでお兄ちゃんの傍にいたいそうだ。

「もちろんです。何が起こるかわかりませんから用心しておいた方がいいと思いますので」

「そうだね。今の響から今まで感じたことのない力を感じるから……」

 それを聞いてチラリとお兄ちゃんを見る。少し、顔色が良くなっているようだ。

「……とにかく、今は様子見ですね。あ」

 そう呟いてふと気付いた。今のお兄ちゃんは汗だくである。このままでは、汗が乾いて冷えてしまう。拭いてあげよう。

「望、他にやることない?」

 タオルを持とうとしたら、色々と動いて貰っていた雅ちゃんと霙ちゃんが戻って来る。

「今からお兄ちゃんの汗を拭こうかなって思ってるけど」

「あ、それ私がやるよ」

 雅ちゃんは机の上に置いてあったタオルを一つ、手に取ってお兄ちゃんの傍に近寄る。

「……」

 そして、汗を拭こうと手を伸ばすも何故か途中で止まってしまった。しばらくそれを見ていたが、動く気配はない。

「雅ちゃん?」

「……無理」

「え?」

「無理! 私には出来ない。霙、頼んだ」

 タオルを霙ちゃんに向かって投げた後、雅ちゃんは壁に手をついて落ち込み始める。

「では、私がご主人様の汗を拭かせていただきます」

 気合を入れて霙ちゃん。タオルを握りしめてお兄ちゃんに接近した。

「……」

 だが、手が届く距離まで来た刹那、雅ちゃんと同様、固まってしまう。

「霙ちゃん、どうしたの?」

「私には、無理です。霊奈さん、お願いします」

 あれだけ気合を入れていた彼女だったが、耳と尻尾を垂れさせて霊奈さんにタオルを託した。そのまま、雅ちゃんの隣に移動して同じ格好で落ち込む。

「え、えっと、汗を拭くだけだよね?」

 そんな2人を見て苦笑いを浮かべながら霊奈さんが私に問いかけて来る。

「そのはずなんですけど」

 2人が落ち込んでいるのはお兄ちゃんの熱と何か関係があるのだろうか。

「とりあえず、パパッと拭いちゃうね」

 首を傾げていると霊奈さんがお兄ちゃんの汗を拭くためにベッドに近づき、その身を硬直させた。

「こ、これは……」

 ゴクッと生唾を飲み、霊奈さんは後ずさる。

「ど、どうしたんです?」

「の、望ちゃん……お願い、私の代わりに」

「え? あ、はい」

 タオルを受け取ると霊奈さんも落ち込みながら壁に手をつく。

(な、何なんだろう?)

 意味が分からず、首を傾げながらお兄ちゃんの近くへ移動する。そして、汗を拭こうと手を伸ばしたその時、私は見てしまった。

「……」

 熱のせいで赤くなっている頬。

 汗で濡れて顔にくっ付いている髪。

 高熱にうなされて荒い息遣い。

 それでいて、とても美しい姿。

「ごくっ……」

 何だか、とてもいけないことをしているような感覚を覚えた。まるで、弱り切っている女の子を襲っているような。しかも、今のお兄ちゃんはお姉ちゃんである。パジャマが汗で肌に貼り付いていて体のラインが普段よりもわかりやすくなっていてもう、なんていうかエロい。ものすごく、エロいのだ。どれくらいかというと生唾を呑んでしまうほどエロい。

「はぁ……はぁ……」

 部屋に微かに響くお兄ちゃんの吐息。普段、クールで何でもできるお兄ちゃんがこんなに弱っているとギャップのせいで余計、悪いことをしている気分になってしまう。

「……奏楽ちゃん、お兄ちゃんの汗、拭いてくれる?」

「うん、まかせて!」

 元気よく頷いてくれた奏楽ちゃんに手に持っていたタオルを渡す。

「おにーちゃん、きれいきれいしましょーねー」

 役に立てたことが嬉しいのか奏楽ちゃんは満面の笑みを浮かべながらお兄ちゃんの汗を丁寧に拭いて行く。

「「「「はぁ……」」」」

 それを見て『自分たちは汚れているのだな』と私たち4人はため息を吐いた。

 




え、ギャグ回ですけど?

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