「やっぱり、裏手からなんだな」
妖怪と戦ってから数十分後、俺は草をかきわけながら呟く。早苗の話では博麗神社の鳥居は外の世界がある方に位置しているそうだ。だから、幻想郷側から博麗神社に入ろうとすると自然と鳥居側じゃない――つまり、他の手入れされていない場所から入ることになる。
「普段は飛んで来ますので……」
「すまんな。案内して貰って」
「いえいえ、これも信仰のため……って、あれ? 影野さんが外の世界に帰ったら意味ないんじゃ?」
「外の世界でも信仰するから安心しろ」
「あ、なら安心ですね」
そこでやっと視界が開け、少しだけ古ぼけた神社の縁側が見えた。
「ここが?」
「そうですよ。ここが博麗神社です。霊夢さーん、いませんかー?」
早苗が話しかけるも返事はない。どこかに出かけているのかもしれない。
「んー……いないようですね。どうします?」
「いないものは仕方ないんじゃないか? 適当に待ってようぜ」
俺はそう言いながら縁側に腰掛けた。
「そうですね」
早苗も頷いて俺の隣に座る。
「それにしても……どうして、警棒なんか持ってるんですか?」
すると、彼女がジト目で問いかけて来た。
「まぁ、色々あるんだよ」
「警棒を持たなきゃいけない事情ってどんな事情ですか……」
「これでも、命を狙われたりする身でね」
「……命を狙われる?」
「おう」
それ以上は答えず、伸ばしたままだった警棒の先端を押して短くする。
「さすがに妖怪を相手にする時用に作ってなかったからさっきは危なかったけどな」
「そう言う割にはものすごく戦い慣れてたような気がするのですが……」
「響を守るために時々、ね」
「響ちゃんを守る?」「にゃー?」
いつの間にか俺の頭から早苗の膝の上に移動していた猫と早苗は同時に首を傾げた。
「早苗は知ってるだろ? 響ってそこら辺の女子より綺麗だって」
「え、ええ……響ちゃんは綺麗ですけど」
「そんなあいつを自分の物にしたいって奴らが外の世界に結構、いたんだよ」
「……ッ!? そ、それって!?」
「ああ、誘拐計画とかしょっちゅう練られてたみたいだな」
最近では師匠や雅ちゃんが目を光らせているので手を出せないようだが。
「響ちゃんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。対策は立ててあるし……ん?」
その時、見上げていた空の向こうから何かが飛んで来ているのが見えた。
「あ、霊夢さんですね。どうやら、買い物に行ってたようです」
そう答える早苗の言う通り、霊夢らしき人の手には大きな荷物が抱えられている。人里で買い物したのだろう。
「あー……入れ違いだったんだな」
「あ、そうですね。私たちは歩いて行ったので霊夢さんと鉢合わせなかったんですね……」
「待っていれば妖怪と戦わずに済んだのにな」
「まぁ、怪我がなかっただけよかったですよ。霊夢さーん!」
早苗が猫を落とさないように気を付けながら手をブンブンと振る。それに気付いた霊夢は軽く手を挙げて俺たちの前に着地した。
「あら、早苗。来てたのね。どうしたの?」
「はい、外来人をここまで案内しました」
「外来人? それにその黒猫……」
「にゃー」
黒猫と霊夢は数秒間、ずっと見つめ合う。
「……そう、わかったわ。貴方が外来人ね?」
黒猫から目を離し、俺の顔を見る霊夢。
「影野 悟だ。よろしく」
「ええ、よろしく。貴方は外の世界に帰りたいのね?」
「ああ、頼めるか?」
「もちろん、それが博麗の巫女の役目だもの。それじゃ、あがって。準備が出来るまでお茶でも飲んで待ってて」
そう言って霊夢は縁側から家の中に入って行く。俺も靴を脱いでその後に続いた。
「準備出来たわ」
しばらくすると霊夢が戻って来る。
「結構、長かったな」
かれこれ、1時間ほどかかっていた。その間に携帯をどうにかして直そうとしたが、うんともすんとも言わない。本格的に壊れているようだ。元の世界に戻ったら修理に出さなければならない。
「色々準備が必要なの……ねぇ?」
「ん? 何だ?」
不意に霊夢が問いかけて来て湯呑に伸ばしかけた手を止める。
「本当に帰るのね?」
「ああ」
「幻想郷に戻って来ることは出来ない。こちらのことを知ってる人は結構、悩むのよ?」
まぁ、そうだろう。東方を知っている人ならばこの幻想郷は文字通り、楽園だ。しかし――。
「俺は外の世界でやらなきゃならないことがあるからな。幻想郷もいいけど、帰らなきゃ」
「……そう。わかったわ。それじゃ、ついて来て」
それだけ言うと霊夢はそのまま、縁側の方へ向かう。俺と早苗もその後に続いた。靴を縁側に置いたままだったのだ。
「帰る方法は簡単。鳥居から向こう側に行くだけよ」
「そんだけなのか?」
「いちいち、面倒な方法で帰すの面倒じゃない。だから、今の形に落ち着いたの」
「へぇ、そうだったんですか」
早苗も知らなかったようで、納得顔で頷く。その時、鳥居が見えて来た。
「ここを通れば帰れるわ」
「なんか、呆気ないな」
「人生、そんなものよ」
「……」
霊夢の放った言葉は何故か重みがあった。
「……さて、短い間だったけどお別れね」
「もう少しマシな言い方はないんですか!? それだと、素っ気なさ過ぎますよ!」
「だって、本当のことじゃない。私、影野さんと話したの数分ぐらいよ?」
「それでもですよ!」
霊夢の態度が気に入らなかったらしく、早苗が目を鋭くして注意する。
「……なぁ、もう行っていいか?」
俺がスキマに落とされたところを響は見ていた。だから、急いで帰らないとあいつを心配させてしまう。
「ええ!? 悟さんも酷いですよぉ」
「いや、だって早く帰らないと」
「一緒に戦った仲じゃないですか!」
「じゃあ、鳥居を通り抜けて」
「霊夢さあああああん!」
とうとう早苗は涙目になってしまう。からかいすぎたようだ。
「冗談だってば。早苗、ここまで案内してくれてありがとう」
「冗談だったんですか……でも、案内役を受けたのに妖怪に襲われてしまいました。怖い思いをさせてすみません」
「いやいや、お前がいなかったら、死んでたかもしれないし」
猫がいてくれたからどうにかなったものの、雷撃を使えるからと言って妖怪相手に時間稼ぎにしかなかった。もし、1人で妖怪に遭遇してしまったら殺されていただろう。
「猫。お前もありがとな。お前がいなかったらあの時、死んでた」
「……にゃー」
その頭を撫でながらお礼を言うと、猫は目を細めて鳴いてくれた。
「別れは済んだ?」
「まぁな。霊夢もサンキュな」
「博麗の巫女の仕事よ。当たり前だわ」
最後に忘れ物はないか確認して俺は鳥居の前に立つ。
「……」
何だか、不思議な気分だ。
東方が好きな俺が幻想郷に来て、すぐに帰ろうとしている。観光せずに、だ。きっと、霊夢に頼めば数日ぐらい、自由に歩き回れるようにしてくれるだろう。しかし、俺は外の世界に帰りたい。
(やっぱり、放っておけないんだな)
少し前だったら数日ほど幻想郷に残っていたはずだ。
でも――。
(最近のあいつは、少し様子がおかしい)
だからこそ、俺は帰りたい。あいつの傍に戻りたい。
「それじゃ、またな」
もう会えないとは思うが、さようならは言えなかった。さようならを言ってしまったら忘れてしまいそうだったから。
(まぁ、こんな出来事……簡単に忘れられるわけが――)
「――忘れて貰うわよ。もちろん」
「え?」
突然、目の前の空間が割れたと思った刹那、何かに押さえて鳥居を越えてしまう。
「さようなら、悟君」
意識が遠くなっていく中、最後に見た景色は金髪で紫色のゴスロリ服を着た女性が不敵に笑っている姿だった。