東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第261話 案内役

「待たせたな」

 あれから一時間ほどで慧音さんが帰って来た。その後ろには緑髪の巫女服姿の女の子。

「初めまして。東風谷 早苗です。よろしくお願いしますね」

「……おおう」

 早苗にまで会えるとは思えなかった。

「ん? その反応からこちら側を知っている人ですか?」

「こちら側?」

「外来人には大きく分けて2種類います。幻想郷を知っている人と知らない人です。確か、『東方』とか言うゲームになってるんですよね?」

「そうだけど……」

 他の外来人から『東方』について教えて貰ったのだろうか?

「あれ? そっちの猫は?」

 疑問に思っていると早苗が俺の膝の上で丸くなっている猫に気付いた。

「ああ、助けてくれた猫だよ」

「へー! すごい猫なんですね」

 そう言いながら猫の背を撫でる早苗。

「……にゃー」

 しかし、猫は溜息を吐くように鳴いた。

「な、何か……呆れられていません? 私」

「み、みたいだな」

 理由はわからない。でも、早苗の後ろで肩を震わせている慧音が気になった。

「い、いや、何でもない。それじゃ、早苗。後はよろしく頼むぞ」

「はい、お任せください! では、行きましょう」

 元気よく出て行った彼女を追って俺たちも寺子屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「念のために聞いておきますけど……空、飛べませんよね?」

「飛べるわけないだろうが……」

 飛べたら苦労はしない。

「ですよね。ここから妖怪が出て来ます。気を付けてくださいね」

 少しだけ目を鋭くして早苗が注意して来た。

「猫、頼むぞ」

「にゃにゃ」

「……そんなに強いんですか? その猫」

「いや、気配を察知できるみたいで」

「にゃ」

 俺の頭で猫は力強く頷いた。頼りになる奴だ。

「すごいですね……あ、そう言えばまだお名前を聞いていませんでした」

「え? 慧音さんから聞いてないの?」

「ええ。外来人を博麗神社まで案内してくれって言われただけなので」

「そうなのか。俺は影野 悟。よろしく」

「か、影野 悟さん?!」

 早苗は目を丸くして叫んだ。

「うぇ!? な、何!?」

 まさか、俺の名前を聞いて驚くとは思わなかったので吃驚してしまった。

「あ、あの影野 悟さんですか!?」

「あのがどれなのかわからないけど……俺の名前は影野 悟だけど」

「う、嘘!? まさかあの影野 悟さんが幻想郷に来てしまったなんて!?」

 よくわからないが早苗はショックだったらしく、肩を落として落ち込んだ。

「あ、あのさ? どうしたの?」

 正直、早苗のテンションについていけなかった。意味が分からなすぎる。

「いえ……影野さんの話はよく響ちゃんから聞いていましたから」

「響に!?」

 ここであいつの名前が出て来るとは思わなかった。

「どうしてあいつの名前が出て来るんだ!?」

 思わず、足を止めて質問してしまう。

(やっぱり、あいつも幻想郷に来てたのか……)

「よく話してくれましたよ? 影野さんや妹さんの話……あー、懐かしいなぁ」

「……懐かしい?」

 待て。響が今も幻想郷に来ているのならばその発言はおかしい。現在も面識があるのならば懐かしむはずがないからだ。

「ええ。私がまだ外の世界にいた時にたくさん話してくれたんですよ」

「外の世界?」

「そうなんです。守矢神社が外の世界にあった頃、響ちゃんがお守りを買いに来てくれて。それから仲良くなったんですよ」

 その話が本当だとすると、早苗と響は外の世界で知り合っていた。その時、俺や師匠の話をしていた、と。

(つまり、今は響との繋がりがない?)

 だが、そう結論付けるには情報が無さ過ぎる。逆に響が幻想郷に来ているというのもまだ断言出来ない。もう少し、情報を集めないと。

「早苗、あのさ――ッ」

 響についてもう少し聞こうと思った刹那、あの感覚――殺気を右側から感じ取って特注のベルトに差してある武器に手を伸ばして一気に横薙ぎに振るった。

「ぎゃんっ!?」

 茂みから飛び出して来た何かに俺が手にしていた物が当たって吹き飛ばす。

「ど、どうしたんですか!?」

 やっと異変に気付いた早苗が目を丸くしてこちらを見ていた。

「か、影野さん? それは何ですか?」

「え? 何って……警棒だけど」

 そう言う俺の右手には警棒が握られている。

「何でそんな物、普通に持ってるんですか!?」

「そんなことより、あれは何だ?」

 話を逸らすために警棒に殴られてフラフラしている見たこともない生物を指さしながら聞いた。

「あれ……って妖怪!? 何でこんな所に!?」

 驚愕する早苗の声に反応するように5匹の妖怪が飛び出して来る。早苗の前に3匹。俺の前に2匹。そして、倒れている奴も合流して俺の目の前には3匹の妖怪が唸り声を上げながら威嚇していた。

「……えっと、これ。ピンチって奴?」

「そうですね。私ならともかく、影野さんを守りながらだと……ちょっと厳しいかもです」

 俺たちはお互いの背を守り合うように構える。

「……どれくらいかかる?」

「え?」

「お前の方にいる妖怪を倒し終わるのにどれだけかかるかってこと」

「そ、そうですね……このタイプの妖怪は連携出来ますので10分もあれば」

 きっと、弾幕を使えばもっと早く片付けられるのだろう。しかし、こんな場所で弾幕を展開してしまったら、俺が被弾してしまう可能性が高い。だから、10分もかかるのだ。

「オッケー。それじゃ、それまで耐える」

「……は?」

「ぎゃうっ!」

 そこで、目の前にいる妖怪の一匹が飛びかかって来る。

「しっかり、捕まってろよ?」

「にゃー」

 ベルトから警棒を抜いて勢いよく振るい(伸縮タイプの警棒。後、少しだけ改造してある)、限界まで伸ばして両手に警棒を持ちながら猫に言う。猫も慣れたように鳴いてくれた。

「よっ」

 そして、右手の警棒を振り上げる。

「ガッ?!」

 空中で回避することも出来ずに妖怪は顎に警棒を喰らい、後方へ飛んで行く。それとすれ違うように2匹の妖怪が突っ込んで来た。

「ッ……」

 腰を低くし、警棒を構え、親指を警棒に付いているボタンに添える。

「「ギャッ!」」

 それと同時に妖怪たちは俺を殺すために爪を振り降ろす。それに合わせてそれぞれの警棒を爪にぶつけ、ボタンを押した。

 

 

 ――バチバチッ!

 

 

「「~~~ッ?!」」

 すると、警棒に高圧電流が流れ、妖怪たちは感電し地面に倒れて転げまわっている。苦しそうだ。

「改造しておいてよかったぜ……」

「にゃっ!」

 ホッとしていると猫が髪の毛を引っ張った。咄嗟に振り返ると最初に突っ込んで来た妖怪がいつの間にか背後に回り込んでいたようで、すぐ目の前まで迫っていた。大きく口を開けて俺を噛み千切ろうとする。

「ぐっ……」

 警棒をクロスして防御。あの電撃は連続で使用できない。さすがに警棒本体が持たないのだ。ジリジリと押されるが何とか踏ん張る。

「ッ! にゃ!」

 俺が妖怪と鍔迫り合い(お互いに剣は使っていないのだが)をしていると不意に俺の頭から飛び降りる猫。

「ね、猫?」

「にゃ! にゃにゃ!」

 どうやら、俺の背中を守ってくれるらしい。多分、後ろにいる妖怪たちが立ち上がったのだろう。

「……よし、任せた!」

「にゃ!」

 正直、猫が妖怪に勝てるとは思えない。確かに、察知能力は高いみたいだが体格の差がありすぎる。

(でも……)

 何故か、俺は猫になら背中を任せられると思った。この猫なら安心だ。俺を守ってくれる――いや、俺と一緒に戦ってくれる。

「じゃあ、こっちは俺が何とかしなきゃ、な」

 あえて、後ろに下がった。そのせいで妖怪はバランスを崩れる。その隙に右手の警棒を思い切り、振り降ろした。

「ギャッ……」

 脳天に警棒を叩き付けられたことで頭から血を流す妖怪。そこへダメ押しの蹴りを放ち、ぶっ飛ばした。

「猫は……って!?」

 チラリと振り返るとすでに戦闘は終わっていた。

「……にゃー」

 無傷な猫の足元に黒こげになった2匹の妖怪が転がっていたのだ。背中を任せられると思ったが、まさかここまでやるとは思わず、呆然としてしまう。

「ッ!? にゃあああ!!」

 猫がこちらを見た刹那、そう叫ぶ。その視線は俺の背後に向けられていた。

「え?」

 放心状態になりながら後ろを見ると蹴りを入れたあの妖怪の牙が顔の前にあった。頭を攻撃したので相当、ダメージを喰らっているはずなのに、だ。

(死っ――)

 警棒でガードしようにも間に合わない。つまり、俺は死ぬ。

「にゃあああああああああああああああああああ!」

 しかし、妖怪の牙が俺の首を捉える前に俺の肩を踏み台にしてジャンプした猫が妖怪の前に躍り出る。その体から突然、雷光が迸った。雷を纏った猫が妖怪に触れた瞬間、凄まじい轟音と光が俺を襲う。

「ッ……」

 あまりにも強い光だったので思わず、腕で目を庇ってしまった。

「な、何だ……」

 チカチカする視界の中、前を見てみると猫の前には無残な妖怪の姿があった。原型を留めていない。ただの灰になっていた。

「……お前が、やったのか?」

 俺の問いかけに猫は顔を洗う仕草をするだけだった。

「影野さん! お待たせ……あ、あれ?」

 それからすぐに早苗が俺の方を見るがすでにこちらの戦闘が終わっていたので首を傾げる。そして、やっと俺たちが妖怪を倒したことに気付いて目を見開いた。

「これ、影野さんが?」

「いや、そこの猫が倒してくれた。俺はあしらうだけだったよ」

「妖怪相手にただの人間があしらえるのもおかしいのですが……まぁ、いいでしょう。周囲に妖怪の仲間がいないか確かめて来ますので、ちょっと待っていてください」

 そう言って早苗は空を飛んでどこかへ行ってしまった。

「……はぁ」

 安心からかその場に座り込む。

「にゃ」

 そこへ猫が何かを咥えて近づいて来た。よく見ると俺の携帯だ。

「あれ? 何で俺の携帯が?」

 確か、ポケットに入れていたはず。そのポケットを見ると破けていた。どうやら、妖怪と鍔迫り合いをしていた時に妖怪の爪がポケットに当たったらしい。

「拾ってくれてありが……あ、あああああ!?」

 猫から携帯を貰うも、その画面に皹が入っているのが見えて叫んでしまう。

「う、嘘だろ……壊れてる」

 電源ボタンを押しても動かない携帯。これは完全に壊れている。

 早苗が帰って来るまで俺は携帯を眺めながら何度もため息を吐いた。

 


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