「たくっ……こんなことで呼び出すなよ」
「仕方ないじゃん! りゅうにしか頼めなかったんだから!」
「それにしたって……水道管の破損部分を見つけるだけだぞ?」
私たちは再び、学校に戻って来ている。ここにいるのは私と雅ちゃん、柊君に望ちゃん、そしてすみれちゃんだけだ。雌花ちゃんと雄花君は帰って行った。
「はぁ……ほれ、こことここだ」
「どれどれ? あ、ホントだ。小さな穴開いてる」
どうやら、すみれちゃんは生徒会に所属しているようで今は水道管の調子が悪いという生徒からの苦情を取り扱っている、とのこと。問題の水道管を調べても原因がわからず、『幻視』を持っている柊君に水の流れを視て貰って欲しかったそうだ。そのおかげですぐに水道管の破損部分は見つかった。
「はい、これでいいだろ?」
「うん! ありがと!」
破損部分を確認したすみれちゃんは携帯を取り出してどこかに連絡し始める。
「用事も終わったし、帰るわ」
鞄を持って柊君は足早にこの場を離れようとした。
「おいおい」
しかし、それを雅ちゃんが止める。
「駄目だよ? まだ、望ちゃんと仲直りしてないじゃん」
「うぐっ……悪かった。俺のことを心配してくれたのに、それを踏みにじるようなこと言って」
私に指摘されたらすぐに柊君が謝った。自分が悪いと理解していたみたいだ。
「い、いや……私も少し強引だった。すまない」
望ちゃんも目を逸らして謝る。素直じゃない人たちだ。
「ん?」
その時、私の携帯が震えているのが“視えた”。
「はい、もしもし?」
『あ、師匠? 悟だけど』
電話の向こうから聞こえたのはお兄ちゃんの幼馴染である影野 悟さんの声だった。
「悟さん、こんにちは。どうしたんですか?」
『いや、ちょっとだけ聞きたいことがあって。今から会える?』
「今からですか?」
ジェスチャーで雅ちゃんに時刻を尋ねる。上手く伝わったようで雅ちゃんが自分の携帯のディスプレイを見せてくれた。時刻は午後5時。
「うーん、そろそろお兄ちゃんが仕事から帰って来る頃ですし、いいですよ」
悟さんもお兄ちゃんに会いたいはずだ。お兄ちゃんの話では最近、悟さんとあまり会話が出来ていないらしい。同じ大学で同じ講義に出ているも会話が続かないそうだ。
『あー……響には内緒で会いたいんだけど』
「え? お兄ちゃんに内緒?」
『ああ、少しだけだから……駄目か?』
少し緊張した声音で悟さんが訪ねて来る。
(どうしよう?)
悟さんがお兄ちゃんに隠し事をするなんて――いや、まぁ、ファンクラブのことはあったけどそれ以外はないはずだ。それどころか、率先してお兄ちゃんを面倒事に巻き込むほどである。そんな悟さんがお兄ちゃんに内緒の話をしたい。ましてや、私に何か聞きたいことがある。
(……まさか?)
もしかしたら、悟さんはお兄ちゃんの秘密に気付き始めているかもしれない。
「はい、わかりました。待ち合わせはどうします?」
今会うのは危険かもしれない。だが、断った方が怪しまれる可能性が高い。ここは会って適当に誤魔化した方が良さそうだ。
『師匠、今どこ?』
「学校ですよ」
『なら、学校の近くにあるファミレスでどう?』
「ああ、あそこですね」
この近くにファミレスは一つしかない
「わかりました。すぐ行きますね」
『ああ、こっちも急いで向かうわ』
そこで電話を切ってため息を吐く。
「……どうした?」
柊君が少し、不安そうに質問して来る。私の表情が曇っていたからだろう。
「それが――」
ここにいる全員、こちら側と【メア】側の協定について知っているので手短に説明した。
「んー、のぞのぞの判断は正しいと思うよ」
すみれちゃんが頷きながら答える。因みに『のぞのぞ』は私のことだ。望ちゃんのことは『のぞっち』と呼んでいる。
「それで? 望はどうするのだ?」
腕を組みながら望ちゃんが問いかけて来た。
「誤魔化して来るよ」
「あ、じゃあ私も」
「いや、尾ケ井は行かない方がいい」
そう雅ちゃんを止める柊君。
「ど、どうして!?」
「音無妹は誤魔化す……つまり、嘘を吐きに行くんだ。なのに、お前まで言って2人が別々の証言をしたら一発でばれるだろうが」
2人だとちゃんと口裏を合わせなくてはならない。今回、悟さんがどんな質問をして来るかわからないので、対策のしようがないから1人で行った方がいい。
「そ、それは一理ある……わかった。望、頑張ってね」
「うん、行って来るね!」
皆に見送られて私はファミレスに向かった。
「ゴメンゴメン! 待たせた!」
ファミレスでコーラを飲んでいると悟さんが息を切らしてやって来た。
「悟さん、大丈夫ですか? コーラ、飲みます?」
「い、いや今、炭酸を飲んだら痛そうだからパス。あ、コーヒーください」
たまたま通りかかったウェイトレスさんにコーヒーを頼んだ悟さんは鞄を椅子に置いて私の向かいに座った。
「それで、話って何ですか?」
こちらから催促してみる。
「うん、まぁ……ずっと気になってたことなんだけど」
何故か言い辛そうに悟さんは言葉を区切った。
「悟さん?」
「……響ってどんな仕事してるんだ?」
「……」
その質問を聞いて私は確信する。
(やっぱり、何か勘付いてる……)
悟さんの疑問は2年前に聞くべきことだったのだ。でも、悟さんは私たちに気を使って質問しなかった。ならば、何故悟さんは時効が過ぎた質問をしなくてはならなかったのか?
それは簡単だ。何かを掴んでしまったからお兄ちゃんの身を案じているのだ。そして、お兄ちゃんに直接、聞かず私に聞いたのはお兄ちゃんに聞いてもはぐらかされるとわかっているから。
つまり、悟さんが掴んだ情報はかなり真実に迫っている情報なのだ。お兄ちゃんがはぐらかすと推測できるほど、具体的な情報なのだから。
「仕事ですか?」
そこまでは“視えた”けれど、その悟さんの持っている情報がどれだけのものかわからない。なので、聞き返すことで更に悟さんから情報を得ようとする。
「あいつ、最近、ぼーっとしてることが多くて……その原因ってやっぱり、仕事かなって思って」
「あ、やっぱり悟さんもわかりましたか? お兄ちゃん、様子がおかしいんですよね」
「そうだよな……だから、何か役に立てることがあるんじゃないかって思ってな。まぁ、響ってあまり仕事のこと、話さないよな? だから、聞かれたくないと思ったから師匠に聞いたんだけど……何か知ってる?」
悟さんの切り返しに私は少し驚いた。
(隙が、ない)
こちらの武器は『どうしてこのタイミングで仕事のことを聞くのか?』、『どうして、お兄ちゃんに話さないのか?』だった。それなのに、たった二言で悟さんは私の武器を無効化――更に私に答えるように促して来るほどだった。私は能力を使って(最近、相手の表情やこちらの取るべき行動などの穴を見つける時ならば、そこまで体に負担はかからないことがわかった)対処しているのに、悟さんの方が有利な状況に持ち込まれた。
(知らないと、嘘を言うか。それとも、便利屋みたいな仕事をしていると答えるか……)
「お待たせしました」
その時、ウェイトレスさんがコーヒーを悟さんの前に置く。その間に私は何とか選択し終える。選んだのは後者だった。
「お兄ちゃん、何か便利屋みたいなところで働いているそうですよ」
「あー、そう言えば師匠、一度だけ響の仕事場に行ったことがあるんだっけ?」
それを聞いてハッとする。そう言えば、私が初めて幻想郷に行った時にそう、言い訳した覚えがあったのだ。
(あ、危なかった……)
知らないと答えていたらズバッと指摘されたはず。
「でも、お兄ちゃん……私たちにも仕事について何も言わないから詳しくは」
悟さんが掴んだ情報を引き出そうとしたが、止める。このままではこちらがボロを出してしまいそうだったからだ。
「そっか……」
悟さんは残念そうに目を伏せる。それを見て私は思わず、ホッとしてしまった。
「師匠、ゴメンね。時間、取らせて」
「気にしないで! お兄ちゃんのこと、心配してくれたんですよね?」
「まぁ、ね。あいつとも付き合い長いし……心配もするさ」
そう言って立ち上がり、伝票を手に取った悟さん。
「ここは払っておくね。師匠、ありがとう」
私が何か言う前に悟さんは帰ってしまった。
「……はぁ」
何とか、誤魔化せたようだ。しかし――。
(――もう、悟さんも気付き始めてる)
これ以上、悟さんを放っておけば真実に辿り着いてもおかしくない。今日、話して私は直感的にそう思った。
「……はぁ」
俺は後部座席の背もたれに背中を預けてため息を吐く。
(やっぱり、慣れないこと、するもんじゃないなー)
罪悪感がやばい。師匠には悪い事をした。というよりも、師匠が俺のことを警戒していたことにショックだ。あまり信用されていないのだろうか?
でも、まぁ、得られた物もある。
(最後、師匠はホッとしていた。何か知ってるのは明白)
目を伏せていたが、コーヒーの水面に映っていた彼女の顔を盗み見たのだ。
「調査、だな」
まぁ、師匠が響の秘密を知っていても知っていなくても俺のすることは何も変わらない。
「出してくれ」
運転手にお願いして俺は自宅に戻った。