「このっ! 避けるなッ!」
「無茶言うなって、の!」
放課後、私と雅ちゃんは家の近くにある公園で呆然とその光景を眺めていた。
「……何で、戦ってんだろう?」
「私に聞かないで」
雅ちゃんに質問するもため息交じりに拒否されてしまう。
「りゅうき! いい加減にしろ!!」
「お前もいい加減にしろって!」
戦っている二人――柊君と望ちゃんはお互いに悪態を吐きながら動き続けている。
「それにしても望ちゃんのスピードもすごいけどそれを躱し続けてる柊君もすごいよね」
「あれで能力使ってないんでしょ? もはや、人間やめてるとしか言えないわ」
妖怪の太鼓判を貰った二人はすごいと思う。
「そもそも、何でこんなことになったんだっけ?」
今度は雅ちゃんが問いかけて来た。
「えっと、確か……」
それを聞いて私はこれまでの経緯を簡単に思い出す。
「え? それ、本当ですか?」
「ああ、マジだ」
放課後、私は担任の笠崎先生(お兄ちゃんが3年生の時の担任の先生だ)に職員室に呼び出されて驚くべき事実を聞かされた。
「本当に……お兄ちゃんのファンクラブが暴動を起こそうと?」
そう、1年ほど前に公式ファンクラブに昇格した“音無響公式ファンクラブ”が何か問題を起こそうとしているらしかった。
「俺も本当かどうかわからないが……どうやら、公式になったのにどうして、顔を見せないんだとファンクラブ会員が怒ってるみたいでな」
「まぁ……ファンならそうなりますよね」
全く、お兄ちゃんの人気っぷりには困ってしまう。あれで自分は嫌われていると思っているのだ。普通ならば、そう思わないと思うが。
「ですが、何故、この高校だけ? 他にもお兄ちゃんのファンクラブに入っている人いますよね?」
「音無……お前の兄はこの高校の卒業生だ。だから、一度くらい顔を見せに来るんじゃないかって勝手に期待してたみたいで。その期待が爆発しそうなんだと」
先生は気怠そうに教えてくれた。本当に困っているらしい。
「早い解決方法はお兄ちゃんがここに顔を見せに来ることですが……」
「ああ、俺もそう思って何度もお前の兄に電話をかけようとした……したけど、な?」
「はい……そうですね」
どうやら、私の考えていることと先生の考えていることは一致しているようだ。
「「このままだと……襲われる」」
それほど、ファンクラブ会員は暴走している。先生に言われるまで気にならなかったが、最近、他の生徒たちが希望の眼差しを私に向けていた。お兄ちゃんを連れて来てくれと願っていたのだろう。
「お兄ちゃんなら自衛出来ると思いますが、そうなると暴走した生徒の方が心配です」
「あ、そうなのか? あいつ、何か武道とかやってたっけ?」
お兄ちゃんがまだ高校生だった頃は普通の人間だったので、私の発言は先生にとって意外な物だったらしい。
「仕事を始めると同時に稽古し始めたので」
咄嗟に嘘を吐く。
「へー……あいつも頑張ってるんだなぁ。さて。話を戻すがどうしようか?」
「それなんですが、一度、お兄ちゃんと会長に相談してみようかと思います」
もちろん、ここで言う会長は生徒会長ではなく、悟さんのことだ。
「ああ、頼むよ。用事はこれだけだ」
「はい、失礼します」
職員室の前に雅ちゃんを待たせているので急いでその場を離れた。
「失礼しましたー!」
丁寧にあいさつして職員室を出るとすぐに争っているような声を耳にする。
「だから、お前はいつもいつも!」
「俺の勝手だろ? しつこいんだよ」
「こっちは心配しているんだ! そんな言い方はないだろう!?」
「はいはい、わかったから。それじゃ」
「勝手に帰るな!!」
何故か、職員室の前で柊君と望ちゃんが言い争っていた。
「どうしたの?」
それを呆れたように眺めていた雅ちゃんに質問する。
「あ、望。おかえり。私がここで待ってたら目の前を柊が通ったの。で、珍しくのぞむを連れてなかったから話しかけて……」
「あ! 望! 聞いてくれ!」
その時、望ちゃんが私に気付き、声をかけて来た。
「りゅうきが酷いんだ! 一緒に帰ろうと約束していたのに勝手に帰るんだ!」
「別に約束してないだろ? お前が勝手に言ってただけだ」
「そんなこと言ってまた【メア】に襲われたらどうする!?」
「あれは……不可抗力だろ」
「そんなことない! お前は他の【メア】に狙われやすいのだから、私が傍にいて守ってやらないと!」
望ちゃんは頬を膨らませて怒っている。
(まぁ、あんなことがあったらね……)
夏休み。私と雅ちゃんは望ちゃんたちと一緒にキャンプに出掛けた。だが、そのキャンプ場で柊君は【メア】に襲われてしまったのだ。丁度、その時、柊君と仲のいい双子の後輩が【メア】に目覚めて何とか倒したそうだが、望ちゃんはその事実を知った時にものすごく落ち込んでいた。自分が傍にいたのに助けられなかったかららしい。
「大丈夫だって。あれから俺だって成長してるんだし」
そう言いながら柊君は右手首にはめているブレスレットを触った。実際にはまだ見たことないがそのブレスレットが柊君の武器だそうだ。
「成長と言っても武器を手に入れただけじゃないか」
「俺にとって一番、必要だった物は攻撃手段だ」
「私としては戦ってほしくないのだが……」
「仕方ないだろ。【メア】なんだから」
そう言う柊君の表情は悲しそうだった。
【メア】は触れると感染してしまう可能性がある。幸い、私には『穴を見つける程度の能力』があるので、【メア】の入り込む隙間がなく感染しない。更に【メア】は人間にしか感染しないので雅ちゃんもセーフだ。
そして、【メア】は他の【メア】を引き付けてしまう。そこで戦い、勝てばまた新しい力を手に入れられる。それはまるで、永遠に続くゲームのような力。力を求める者はもちろん、力など必要のない者も見境なく戦いへ引きずり込むような醜い力。
私の知る限り、柊君の知り合いが【メア】に感染してしまったのは望ちゃんも入れて5人。先ほどの双子後輩の他に柊君の同級生。そして、双子後輩の姉が感染した。もしかしたら、他にもいるかもしれない。
感染者が出る度、柊君はものすごく辛そうな表情を浮かべる。
「……まぁ、いい。それより、一緒に帰ろう」
何も言えずにいた望ちゃんが空気を変えるためにそう提案した。
「え? 嫌だ」
だが、それを柊君が一刀両断する。
「はっ!? 何故だ!?」
「今日は1人で帰りたい」
「何で、そんな寂しい事を言うんだ! いいであろう!? 方向は同じだ!」
「同じってか隣同士だよね……」
雅ちゃんのツッコミは二人に聞こえていないようでまた、言い争いが始まってしまった。
「あああああ!! うるさい!!」
その時、職員室から先ほどまで話し合っていた先生が出て来る。
「お前ら! 喧嘩なら外でやれっ!!」
「結局、先生に怒られて……望ちゃんが決闘で決めようって言って……」
「ヒートアップして人間の域を超越した戦いになっている、と」
攻撃し続けている望ちゃんと躱し続けている柊君を眺めながら私たちはほぼ同時にため息を吐いた。
「おーい!」
その時、上から声が聞こえる。そちらを見ると私たちと同じ制服を着た女の子が4枚の翼(上が桃色で、下が水色)を生やしてこっちに飛んで来ているのに気付いた。
「あ、すみれじゃん」
雅ちゃんも気付いたようで呟く。
「よっと」
飛んで来た女の子――星中 すみれちゃんが綺麗に着地する。
「どう? りゅうたちの決闘」
どうやら、空から二人が決闘しているところを見ていたようで聞いて来た。
「いつも通りだよ」
「んー、でもちょっとだけりゅうの動きがよくなってるね。それに比べて望は焦ってるかな?」
冷静にすみれちゃんが分析している。
因みに【メア】に感染した柊君の同級生はすみれちゃんだ。確か、能力は『脳の活性化』と『眼力強化』だったような気がする。
「やっぱり、すみれはよく見てるね」
感心したように雅ちゃん。
「まぁ、これしか出来ないからね。あ、雌花、雄花。もういいよ」
すみれちゃんは誰にともなくそう言うとすぐに背中の2対4枚の翼が光り輝き、人間の姿になった。
「もう、すみれちゃんは人使いが荒いよ!」
「そうだよ! 折角、家に帰って雌花と一緒にゲームやろうとしてたのに!」
その人間は双子後輩――松本 雌花と松本 雄花だった。【メア】は『肉体強化』、もしくは体の一部に【メア】を凝縮させ、攻撃する能力が多い。しかし、この2人は珍しいことに【メア】を利用して体そのものを変化させる能力だ。まぁ、変身できるのは【翼】だけなのだが。しかも、雌花ちゃんは『上昇と降下』、雄花君は『加速』しかコントロール出来ないので2人が一緒じゃなければ空を飛んでいるとは言えないだろう。雌花ちゃんだけを装備したら上下に移動するだけで前後左右には移動出来ないし、雄花君に至っては飛べもしない。
「ゴメンゴメン! ちょっとりゅうに急ぎの用事があって!」
申し訳なさそうに謝るすみれちゃんはすぐに柊君たちの方へ歩いて行く。
「二人とも落ち着きなさいっ!」
「「あだっ!?」」
そして、思い切り戦っている二人の脳天に拳骨を落としたのだった。
たくさんキャラが出て来て混乱すると思いますが、正直言ってそこまで重要なキャラではないのでスルーして大丈夫です。
あと、最後のシーンですみれは人間の領域を超えて戦っている2人の頭に的確に拳を落としています。すみれも十分、人間やめてます。