東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

260 / 543
第253話 猫の力

「ぶぅ」

「だから、謝ってるだろ?」

「ふん!」

 あれから数十分間、こいしは不貞腐れたままだったので、今度、遊んでやることを約束させられやっと機嫌が直った。

「あ、そうそう。一つだけ気になってたんだけどさ」

 吸血鬼の入れた紅茶を美味しそうに飲んでいたこいしが話しかけて来る。

「ん? 何だ?」

「何で、あんなに速くなったの?」

「はぁ? 何のことだ?」

「ほら! リョウと戦ってた時に! ものすごく速くなったでしょ?」

「……ああ、あれか」

 リョウも驚いていた。俺自身、あそこまで速くなるとは思っていなかったので吃驚したのだが。

「あれは何でなの?」

「にゃにゃ! それは私の力にゃ!」

「猫の?」

 いつの間にかこいしの頭の上にいた猫が俺の代わりに答えてくれる。

「さっきも説明したと思うけど、俺の能力は変わるんだ」

「確か、トールと魂同調すると『創造する程度の能力』になるんだっけ?」

「そうそう。それで、猫の場合は『運動神経が良くなる程度の能力』なんだよ」

「……何で?」

「猫は動物だろ? 人間に比べて運動能力は高い。素早く動いたり、高くジャンプしたりな……それが反映されてんだと思う」

 まぁ、簡単に言っちゃえば、運動神経が普段より何倍も良くなるのだ。

「だから、あんなに速く動けたの?」

「ちょっと雷の力を使って運動神経の伝達スピードを上げたけどね」

 紅茶のおかわりを持って来た吸血鬼が補足する。

「前は『雷輪』っていうスペルを使わなかったら出来なかったけど、猫の力と並行すればスペルなしで同等の力を発揮できたんだ」

「じゃあ、その『雷輪』っていうスペルは必要ないんだね?」

「……そうとも、言えないんだよなぁ」

 実は、猫の能力は効果時間が短い。多分、猫自身の妖力が少ないので動けても一瞬だけなのだ。それにかなりの地力を消費する為、連発できない。

(当分は『雷輪』も使うだろうな……猫は緊急時以外、使わないようにしなきゃ)

「てか、お前、俺たちの戦い、見てたのかよ」

「まぁ、ね。あ、そう言えば、お燐の猫車、どこに行ったか知らない? どこにもないんだよね」

「猫車って……確か、魂を撃ち込む時に魔方陣の中にあった猫車のことか?」

 俺の魂に猫が吸収された原因だとパチュリーが言っていた。

「そうなの。お燐、泣くだろうなぁ……」

「壊れちゃったとでも言っておけば? すでにボロボロだったし」

「うん……って、あれ? キョウ、何で知ってるの?」

「……あれ?」

 そうだ。俺は石化していて自分の目では猫車を見ていない。なのに、どうしてわかったのだろうか。

「……本当に俺って、謎だらけだな」

「?」

 俺の呟きの意味がわからなかったようで、こいしは不思議そうに俺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 桔梗【バイク】に乗って僕とこいしさんは子供たちがいるという川の傍まで来ていた。

「あ! こいしお姉ちゃん! キョウ!!」

 最初に僕たちに気付いたのは雪ちゃんだった。正直言って、今一番、会いたくない人だった。

「大変なの!」

「……え?」

 大変だったのはこっちであって、雪ちゃんたちは安全な場所に避難していたはず。それなのに何か事件でもあったのだろうか。

「お姉ちゃんが! 月お姉ちゃんが!!」

「ッ!? 月がどうしたの!?」

 こいしさんが目を見開いて追究する。

「突然、血を吐いてそのまま、倒れちゃった!」

「桔梗!!」

「はい!」

 もう、倒れそうなほど疲れていた僕たちでも、雪ちゃんの表情から緊急なのはすぐにわかった。バイクから人形の姿に戻った桔梗を肩に乗せて僕たちは月さんの元へ急いだ。

「……これは」

 月さんの様子を見ていた子供たちに避けて貰って月さんの傍に来た。しかし、その姿はあまりにも弱々しくて今にも死にそうだった。

「月! 大丈夫!?」

「……こ、こいしお姉ちゃん?」

 月さんが目を開けて少しだけ微笑んだ。だが、すぐにむせてしまい、血が口から垂れる。

「桔梗! お願い!」

 桔梗【薬草】を使えばきっと、助かるはず。

「……」

「……桔梗?」

 僕の肩に乗ったまま、桔梗は動かなかった。

「どうしたの? ねぇ!」

「マスター……残念ながら、もう……」

「もうって……どういう事なのさ!!」

「キョウ君、もういいの……」

 叫ぶ僕を止めたのは月さんだった。

「月さん?」

「私……昔から体、弱くて。桔梗ちゃんに治してもらったのに……ゴメンね?」

「桔梗! お願いだから、治してあげて!」

「この病気に有効な薬草を……食べていません」

「そ、そんな……」

 つまり、桔梗【薬草】でも月さんを治せないってことではないか。

「やっぱり……なんか、いつもと違うような気がしてたんだよね」

「月、もう喋っちゃ駄目!」

「こいしお姉ちゃん、最期ぐらい話させてよ」

「最後とか言わないで!!」

 これは、僕にもわかった。月さんの言葉とこいしさんの言葉の違い。『最期』と『最後』。

「今まで、ありがとう……私たちを守ってくれて」

「そんなことない! これからも一緒だって!!」

「……キョウ君、咲お姉ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

「え?」

 確かに、僕は咲さんと行動することが多かった。ご飯の時、隣に座ってくれて世話を焼いてくれたり、お仕事もほとんど一緒にやっていた。

「咲お姉ちゃん、多分、キョウ君のことが好きだったんだと思う」

「スキ?」

「弟が出来たって喜んでたけど……ゲホッ」

「月お姉ちゃん!」

 雪ちゃんが慌てて、月さんの背中を擦る。

「ありがと……咲お姉ちゃんは、キョウ君のこと、男の子として好きだったんだよ?」

「え、あ……」

 まだ、好きだとか恋だとか、そう言った感情は理解できなかった。だから、僕は戸惑うしかなかった。

「そんなお姉ちゃんを見て、私、嬉しかった……お姉ちゃん、いないみたいだからバラしちゃったけどお姉ちゃん、怒るかな?」

「「「ッ……」」」

 その発言を聞いて僕とこいしさん、桔梗は思わず、息を呑んでしまった。

「……まさか、咲お姉ちゃんは」

「……ゴメン。私がいたのに……守ってあげられなかった」

 こいしさんはギュッと手を握って言う。その手から血が滴り落ちていた。

「こいしお姉ちゃん、お願い」

「え?」

「雪を、お願いね。私たちがいな、くなっちゃったらこ、の子、独りになっちゃう。だから、出来るだ、け傍にいて、あげて?」

 とうとう、言葉がつっかえ始めてしまう月さん。

「もちろん! 私は、ずっと傍にいるから!!」

 月さんの手を握るこいしさん。月さんの手も血まみれになってしまった。

「雪?」

「何?」

 雪ちゃんは不思議と落ち着いていた。僕たちの傍に咲さんがいなかったからある程度のことは察していたのかもしれない。

「ゴメ、ンね?」

「ううん……私をずっと、守って来てくれてありがとう。私、お姉ちゃんたちの分まで生きるから。絶対に、幸せになるから!!」

 でも――雪さんの目から涙が零れてしまった。

「……そう。なら、あんし、ん……」

 そんな妹を見ながら月さんは笑顔で目を閉じる。そして、そのまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、僕たちは2人も仲間を亡くした。しばらく、子供たちのすすり泣く声が森に響いた。

「……桔梗」

「何でしょう?」

 僕は泣きながら桔梗に話しかけた。

「もう、こんな思い……したくない」

「……はい、私もです」

「僕たちはいつまで一緒にいられるんだろうね?」

「私は、この身が壊れるまでマスターの傍にいますよ?」

「……うん」

 本当に、桔梗がいてよかったと心からそう思った。

「ま、マスター?」

 ギュッとその小さな体を抱きしめる。

「ゴメン。こうしててもいい?」

「……はい。私でよければ」

 桔梗は僕の腕の中で大人しくしていた。その間も僕は泣き続ける。

(どうして……こうなっちゃったのかな?)

 そんな疑問が僕の中にずっと、蟠りとして残っていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。