東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第252話 理不尽な現実

「……ん」

 目を開けると夜空が見えた。

(あれ……僕)

 確か、妖怪の攻撃を受け止めてそのまま――。

「桔梗ってば! 落ち着いて!!」

「離してください! マスターに会わせる顔がありません! 死にます!」

「だから、落ち着いてって!!」

 体を起こすと少し離れた場所で桔梗とこいしさんが暴れていた。

「ど、どうしたんですか!?」

 慌てて駆け寄り、桔梗を押させる。

「ま、マスター!?」

 僕に気付いた桔梗は目を丸くして驚愕した。

「キョウ、なんだね?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

 こいしさんの質問の意図が分からず、首を傾げるが今は桔梗の方が大事だ。

「桔梗、何があったの? 僕に会わせる顔がないって言ってたけど……」

「……マスター、本当に申し訳ございません!!」

 やっと落ち着いた桔梗は僕から離れて土下座する。

「謝ってるだけじゃわからないよ……何があったの?」

「その……また、物欲センサーが発動しまして……」

「え!? 何を食べたの?」

「……」

 僕の質問に沈黙する桔梗。

「……咲を食べたの」

 その代わりに、こいしさんが答えた。

「え?」

「桔梗、咲の死体を食べたの」

「ま、待ってください! 咲さんが? え?」

 先ほどまで僕の背中にしがみ付いていた咲さん。一緒に旅をすることになって一番、仲良くしてくれた。その咲さんが。

「死んだ?」

「……うん」

 頷くこいしさんの表情は暗い。それが嘘ではないと証明していた。

「そ、そんな……あ、妖怪は!?」

「キョウが倒したよ」

「僕が?」

 そんなはずはない。だって、僕は今まで気絶していたのだから。

「それは後で説明するよ……それより今は」

 こいしさんは今も土下座し続けている桔梗を見る。

「こいしさんが言ってることは本当?」

「……はい、私は咲さんを食べました」

「……そう」

 桔梗の物欲センサーは一度、発動するとなかなか桔梗は正気に戻ることが出来ない。

「咲の死体なら……そこの茂みに」

「……」

 それを聞いて僕はその茂みを覗く。

「うっ」

 そこには見るも無残な咲さんの姿があった。

「咲さん……」

 吐き気を抑えながら両手を合わせる。

「キョウ、どうするの?」

 いつの間にか僕の後ろに立っていたこいしさんが問いかけて来た。

「……」

 正直、どうしていいのかわからない。このまま、放っておいた方がいいのか。それとも、土に埋めたり、燃やしてあげた方がいいのか。

『お願い』

「……?」

 耳元で何かが聞こえ、周囲を見渡す。しかし、何もない。

「どうしたの?」

 そんな僕をこいしさんは不思議そうに見ている。

「いえ、今何か聞こえたような……」

『お願い』

 今度ははっきりと聞こえた。

「ほら! やっぱり、何か聞こえますよ」

「何かって?」

「それは……」

 どこかで聞いたことのある声。そう、この声は――。

『キョウ君、私を連れて行って』

「咲さん?」

 ――咲さんの声だった。

『お願い、桔梗に私を……』

「……桔梗」

「は、はい!」

 振り返ると桔梗が不安そうな顔で僕を見ていた。

「咲さんを……食べてあげて」

「「え?」」

 僕がこんなことを言うとは思わなかったようで桔梗もこいしさんも変な声を漏らす。

「多分、咲さんもそれを望んでるから」

「で、ですが!?」

「お願い、桔梗……」

「……わかりました、マスターの命令とあらば」

 桔梗も僕が真剣だとわかったようで咲さんの元へ飛んで来た。

「キョウ! どうして!?」

 だが、こいしさんは納得していないらしい。

「このまま……こんな姿のまま、埋められたり、燃やされても咲さんは喜ばないと思うんです。なら、桔梗に食べて貰ってその存在を桔梗の中に残す方がいいと思ったんです」

「桔梗の中に、存在を残す?」

「はい。桔梗は何かを食べると力を得ます。薬草がいい例です。あんな感じで咲さんを桔梗の中に残すんです」

 それがどんな形で残るのかは僕にも桔梗にも――咲さんにも分からないけれど。

(これで、いいんですよね?)

『うん。ありがとう、キョウ君』

「咲さん、ごめんなさい」

 桔梗は謝った後、食べかけの死体に再び、食らいつく。涙を流しながら。

「「……」」

 それを僕とこいしさんは黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 俺が目を開けると目の前に吸血鬼がいた。

「……それにしても、増えたなぁ」

 俺の部屋には吸血鬼、狂気、トール、闇。そして、こいしと猫がいた。

「キョウ! すごかったよ!」

 それを見ていると俺に気付いたこいしが抱き着いて来る。

「そうか?」

「うん! あのリョウを一瞬にして倒しちゃうんだもん!」

「……ああ、そうだな」

 実際、俺は何もしていない。全て、こいしや助けてくれた皆のおかげだ。ただ、俺に皆の力が集まっただけのこと。本当にすごいのは皆だ。

「にゃにゃー! 響、やっほー!」

「おう、猫。いらっしゃい」

 更にこいしの頭に乗っている猫(白猫だった)が右前脚を上げて挨拶して来る。

「ありがとな、お前がいなかったら俺は今も石のままだったよ」

「そんにゃことにゃいよ。私も助けて貰ったし」

「助け? そんなこと、したか?」

 猫はこいしが適当に連れて来た。だから、俺との面識はないはず。

「にゃにゃ! これは言っちゃいけにゃことだったにゃ!」

 そう言ってこいしの頭から飛び降りて闇の肩によじ登る。『これ以上、追求するな』と言うことらしい。

(でも、逃げ場所を間違えたな……)

「……にやぁ」

「にゃ?」

「わー!! 猫さんだー!!」

「にゃあああああああああああああああ!!」

 肩に乗っていた猫を闇が捕まえてわしゃわしゃと撫で始める。猫はなすがままにされていた。

「はぁ……それで、外の状況は?」

「ふむ、あの後、雅たちと合流して一度、地霊殿に戻ったぞ」

 トールが腕を組みながら教えてくれる。

「でも、今回は少しヤバかったな」

「え? 何が?」

 狂気の呟きの意味がわからず、質問した。

「こいしとの『シンクロ』が強制的に解除されただろ? あれだよ」

「そうだ。何だったんだよ、あれ」

「多分だけど……響が使った『演目』が原因だと思うわ」

「あのスペル、ものすごく邪悪な力だったよ」

 吸血鬼の推測に闇が補足する。

「これは我の想像なのだが、『フルシンクロ』は陽なんじゃと思う」

「陽?」

「光とかそっち系。つまり、魔力や霊力、妖力、神力が属してる力のことよ」

「そして、陰は私のような狂気。闇といった所謂、ダークサイドの力だな」

「それで? 『フルシンクロ』が陽なら何であんなことが……あ」

 そこまで言いかけて俺も気付いた。

「そうか……俺が使った『演目』は陰。そこで属性の衝突が起きて、『フルシンクロ』が解けたんだ」

「その通りじゃ。今まで使って来たスペルは全て、陽だった。しかし、今回のスペルは陰だった。だから、ああなった」

「でも、小町とのシンクロで使ったスペルは? あれ、完全に陰だろ?」

「そうかしら? 死神と言うのは決して、悪い存在じゃないのよ?」

「死神が悪い存在じゃない?」

 人を死へ誘う存在なのだから悪いのではないのだろうか。

「お前は人間だからそう思うだけで世界から見たら死神は警備員なんだ。溢れ返っている魂を監視して輪廻を繰り返させる。そして、その輪廻から抜け出しそうになっている魂を狩って元の場所に戻す。それが死神の仕事」

「……なるほど。つまり、魂を狩ることは悪い事じゃないんだな?」

「まぁ、必要以上に狩ってたらそれは犯罪だけどね」

 吸血鬼は苦笑いでそう締めくくった。

「しかし……どうして、陽だけだったスペルが陰に?」

 そう、そこが問題だ。

「……多分、私と同調したのが原因だろうな」

 俺の疑問に答えたのは狂気だった。

「どういう事だ?」

「だから、響の魂が汚染され始めてるってこと。今までは何とか、狂気が抑えていてくれたけど……同調した日からそのバランスが崩れたの」

 狂気の代わりに吸血鬼が答える。

「……」

 それを聞いて狂気は奥歯を噛み締めた。見るからに悔しがっている。

「狂気……」

 俺は狂気の名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「狂気よ。そう自分を責めるでない。お主は精一杯のことをしておるではないか」

「そうよ。狂気のせいじゃないわ」

「……ありがとう」

 トールと吸血鬼に励まされて狂気も少しは楽になったようだ。

(バランスか……)

 俺と狂気が魂同調した結果、魂バランスが崩れてしまい、今回のように陰の力が表に出た。

「なぁ、そのバランスってもう直せないのか?」

「ああ、私一人の力では無理だ」

「……一人じゃなかったら?」

「……どういう事だ?」

 目を細めて狂気が問いかける。

「お前一人でやろうとするからダメなんだ。ここにはたくさんの味方がいるじゃんか」

「味方?」

「何じゃ? お主は我たちのことを味方だとは思っておらぬのか?」

「まぁ、それは酷い話ね。一緒に戦った仲じゃない」

「狂気、遊んでくれたじゃん! 友達だよ!!」

「にゃー! 妖力をコントロールするやり方、教えてくれたにゃん!」

 トール、吸血鬼、闇、猫が不満げに言う。

「……本当に、ありがとう」

「おいおい、俺も忘れるなって」

 俯いてしまった狂気に手を差し伸べる。

「一緒に考えようぜ? これからのことを」

「……ああ、そうだな」

 俺の提案に狂気は微笑むとギュッと握手した。

 ――ならば、私も協力しなければなりませんね。

(レマ?)

 突然、レマの声が聞こえたと思った矢先、狂気の体がほんのり光を放つ。

「な、何だ!?」

 それを見て狂気が目を見開く。そりゃ、自分の体が光ったら驚くに決まっている。

「……む?」

 最初に気付いたのはトールだった。

「狂気よ。お主の妖力、安定してはおらぬか?」

「は? そんなわけ……」

 ガドラの炎を喰らってから狂気の妖力はずっと安定していなかった。しかし――。

「あ、あれ?」

 自分の中に流れている妖力を探って狂気は目を点にする。

「本当……安定してるわ」

 目を青くして吸血鬼も驚いていた。

(確かに、妖力が落ち着いてるな……)

 吸血鬼と同じように魔眼で狂気を見ると先ほどまで暴れまわっていた妖力が異常なほど落ち着いていた。

「にゃー! やったにゃー!」

「これで、魂バランスも戻りそうだね!」

 猫と闇が嬉しそうに頷き合っている。

「魂バランスが崩れたのって狂気の妖力が安定していなかったからなのか?」

「ええ、そうよ。響に私たちが地力を渡すことによってバランスを保っていたのだけど、狂気の場合、渡す量の調節が難しくなってて」

(……サンキュ、レマ)

 ――いえいえ、私にはこれぐらいしか出来ませんので。

 心の中でお礼を言うとレマが照れくさそうに(声で判断するしかないのだが)言った。

「……もういいかな?」

「あ、悪い」

 振り返ると部屋の隅でこいしが体育座りで拗ねていた。

 


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