東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第251話 道化師の夢

「でも、ただの火の輪潜りじゃありませんよ? なんと、今回はリングではなく筒で行いたいと思います!」

 そして、リョウの前に人一人が潜り抜けられそうなほどの筒が現れる。その筒は燃えている。更に熱が平等になるように筒そのものが回転していた。その筒の下からも火が上っている。

「それでは、ピエロ! 頑張って!!」

 しかし、レミリアの声を聞いてもリョウは動けなかった。筒の全長は20メートル、ある。成功するわけがなかった。飛べたり、能力が使えたらこれぐらい苦でもないのだが、今のリョウにとって目の前で回転し続けている筒は凶器にしか見えない。

「むぅ? 今度のピエロは怖がりなようですね。では、こうしましょう」

 ――ジャキッ!

「え?」

 不意に後ろから聞こえた轟音にリョウは振り返る。そこには巨大なギロチン。

「……は?」

「さてさて、後ろから迫りくるギロチンで死ぬか、はたまた成功すれば怪我一つなく帰って来られる火の輪潜りを選ぶのか? これも一つの余興でしょう!」

 レミリアの言う通り、ギロチンはゆっくりとリョウに向かって来ている。どうして近づいて来ているのか、リョウにはわからなかったが、このままだとあのギロチンに真っ二つにされることはわかった。

「……ああ、もう!」

 筒の中は火傷じゃすまされないほど熱いだろう。だが、必死に前に進めば終わりが来る。筒を選ぶのは必然だった。

 リョウは全力で筒の中に飛び込んだ。

「あ、あああああああ!!」

 やはり、失敗。筒の体を叩き付けた瞬間、痛みがリョウを襲う。

(ま、負けるかよ……)

 そんな中、リョウは転がるように筒の中を進む。もう少しでゴールだ。

「あー、また失敗ですか……なら、おしおきですね。どうぞ」

 でも、レミリアは許さない。

 やっと、筒の終わりが見え、その先にレミリアの姿を捉えたリョウだったが、すぐにレミリアの姿が見えなくなった。

「え?」

 転がりながらリョウは声を漏らしてしまう。

(ま、まさか!?)

 それから数秒で筒の終わりに辿り着くも出られない。蓋がされていた。

「だ、出せ!! 出せよ!!!」

 蓋を乱暴に叩くが、うんともすんとも言わない。

 ――ジャキッ! ジャキッ! ジャキッ!

 そして――確実に近づいて来ている死神の足音を耳にする。

「……」

 痛みを忘れ、リョウはぎこちない動きで振り返った。その視線の先で筒がギロチンに斬られている光景があった。金太郎飴を小さく切っているような。

「あ、ああ……」

 ――ジャキッ!

 ギロチンが目の前で降り降ろされた。後一回でリョウの体をぶった切るだろう。

「や、やめ……助け……」

 ギロチンがゆっくりと上へ戻って行くのを見ながらピエロは神に助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 ――ジャキッ!

 

 

 

 

 

 でも、その願いは届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからもリョウの地獄は続いた。

 クマと同じ檻に入れられ、食い殺された。

 玉乗りに失敗したらその玉に入れられて大砲で壁に向かって撃たれ、潰れた。

 鞭で何回も叩かれ、皮が引き裂かれ、出血多量で死んだ。

 ジャグリングには本物の剣を使い、手が血だらけになった。落としたら、落とした分だけ自分の体に剣が突き刺さったりもした。

 

 

 

「はぁ、は、はぁ……」

 無傷のリョウはもう、満身創痍だった。

 傷は残らないが、激痛と記憶は残る。何度も死んで、何度も痛めつけられて、何度も蘇って――。

(も、もう……殺してくれ……)

 地面に倒れながらリョウは願う。しかし、その願いは叶わない。

「なかなか、成功しませんね……それじゃ、最後と行きましょうか」

「さ、最後?」

 涎を拭き取ることさえ出来ないリョウでもやっと終わりが来ることを理解した。

(やっと……死ねるんだ)

 もう、ここは響が作り出した世界だということを忘れていた。それほど、衰弱しているのだ。

「じゃあ、最後は……復讐と行きましょう」

「……え?」

 一瞬、『復習』と聞き間違えて焦った。今までやって来た演目をもう一度、体験するのかと思ったのだ。

「ピエロは一番、誰を憎んでいるんですか?」

「憎んでいる?」

 そこでやっと『復讐』だとわかった。

(あたしが……俺が憎んでるのは……)

「レミリア・スカーレット」

 リョウはそうはっきりと答えた。

「……ほほう。私のことが憎い? なるほどなるほど。そりゃ、こんなことされたら憎むよねぇ」

 突然、レミリアの声が低くなり、ピエロは主人の顔を窺う。

「ひっ……」

 思わず、悲鳴を漏らしてしまうほども冷笑を浮かべていた。

「では、復讐と行きましょうか。観客の皆さん! お願いします!」

 その時、真っ暗だった周囲が明るくなる。リョウはあまりの明るさに目を庇った。

(な、何だ?)

「……なっ」

 目を細めながら見渡して、絶句する。

 

 

 

 5万人ほど人が入れそうな観客席。その全ての席に――レミリアが座っていた。

 

 

 

「このピエロは主人である私とお客様を深く憎んでいるそうです! そんなピエロは要りません! さぁ、一緒に『復讐』しましょう!」

「何を言って……」

 言葉を失くしているリョウの手首に鎖が巻き付く。

「は、離せ!」

 鎖を解こうと暴れるも無駄。リョウの体は持ち上げられて吊るされてしまった。その姿はまるで、処刑される囚人のようだった。

「では、順番にピエロにこれを投げつけて貰います」

 そう言っているレミリアの手に少し大きめのナイフがあった。

「ま、待ってくれよ……」

「さ! ショーの始まりです! 皆様は係員の指示に従ってこのステージに来てください! 決して、押したり走ったり追い抜いたりしたら駄目ですよ?」

「待ってって!!」

 ピエロは必死に止めようとするが、誰も止まらない。

「はい、どうぞ」

「ええ、どうも。これを彼に投げつければいいのね?」

「そうですそうです。殺すつもりでどうぞ!」

 レミリアがレミリアにナイフを渡す。

「待って……」

 とうとう、リョウは泣き出してしまった。

「それっ!」

「ぁっ……」

 レミリアが投げたナイフはリョウの腹部に深々と突き刺さる。

「それじゃ、次は私! えいっ!」

「あがっ……」

「そいっ!」

「ッ……」

「そりゃ!」

 次から次へと投げつけられるナイフを全て受け止めるリョウは絶望していた。

 

 

 

 この痛みが後5万回以上、続くのだとわかっていたから。

 

 

「あ、そうそう」

 意識が薄れて行く中、ピエロの主人は何かを思い出したようでピエロにこう語った。

「この後、練習ね。今日、失敗した演目を一からやってもらうから」

「……もう、殺してくれ」

 ピエロはそのまま、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 ショーが終わるのはまだしばらく先のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お面を付けたまま、リョウは数秒間、硬直していた。しかし、すぐにお面から漏れていたドス黒いオーラが消える。

「っ……」

 そのまま、お面が砕け散り、いたるところからリョウは体液を撒き散らしながら落下し始めた。

 それを見て俺は正直、戸惑った。一体、この数秒間で何があったのかわからなかったからだ。

(このスペル……どんな技だったんだ?)

「主人!」

 困惑していると下でリョウをドグが受け止めた。

「ドグ!?」

 雅と霙が足止めしてくれていたはずなのに、どうしてこんな所にいるのだろうか。

「おい! しっかりしろ! 主人!!」

「ぁ……ぁっ」

 ドグが必死に声をかけるもリョウは口をパクパクさせるだけで言葉を紡ぐことは出来ない。

「響! お前、何したんだ!」

「俺だってよくわからないんだよ!」

「ちっ……じゃあな!!」

 この状況で俺に勝てる見込みはないと思ったのか、ドグは舌打ちして逃げる。

「あ、待て!」

 追いかけようとするも背中の翼が散った。

「え?」

 純白の羽が舞う中、呆然としていると目の前がぐるりと回転する。いや、違う。俺の体が180度、反転して落ち始めたのだ。

「く、そ……」

 『シンクロ』も解けて普段の制服姿になりながら悪態を吐く。このままでは頭から地面に叩き付けられてしまう。衝撃に耐えるために目を閉じて体を強張らせた。

「全く、貴方は私に受け止められるのが好きなの?」

 背中に温もりを感じて目を開けると呆れ顔で霊夢が俺をだっこしている。

「れ、いむ?」

「ほら、『シンクロ』したら疲れるんでしょ? 十分、頑張ったんだからもう休みなさい」

「でも……」

 すでに小さくなっているドグを見て渋る。あいつらを逃がせばまた、襲って来る。その時に俺の近くにいた人に迷惑をかけてしまう。

「いいから」

 苦笑で霊夢がそう促す。

「……うん」

 彼女の顔を見ていると瞼が重たくなり、俺は目を閉じて魂に引き込まれた。

 


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