東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第242話 英雄は遅れてやって来る

「はぁ……はぁ……」

 制御棒を支えて何とか、お空は立ち上がった。その後ろにはボロボロのさとりが倒れている。

「いやぁ、タロットカードが出て来た時は焦ったけど……弱いな、お前ら」

 アロハシャツを来た男がつまらなそうに呟いた。

「ま、まだまだ……」

 そう言うお空だったが、彼女も満身創痍だった。立っているのが不思議なほどダメージを受けている。

「……まぁ、その根性は褒めてやるけど」

 男はジッポライターの蓋を開けたり閉じたり繰り返しながら呟く。

「でも、このままだと妖怪でも死ぬぞ?」

 そして、ジッポライターの火を付けた。

 

 

 

 ――バンッ!

 

 

 

 水素と関係を繋ぎ、導火線のようにお空たちまで伸びていた水素が爆発。そのまま、お空たちに炎が迫る。

「くっ!」

 さとりを守るようにお空は両手をバッと広げた。だが、二人の周りには普段より酸素の密度が濃い。これも男の仕業である。

(終わったか……)

 この技は響も苦しめた。あの時は霙がいなかったら、彼もやられていただろう。

 しかし、今、霙はいない。ましてや、響すらも戦闘不能な状況だ。お空もさとりも助からないだろう。

 そう思っていた矢先、炎とお空の間に誰かが割り込んだ。

「本当に、響が関わるとろくなことにならないわ」

 そんな声が聞こえたが、その後すぐ炎が炸裂し、爆音が地霊殿に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ! キョウってば!」

 地霊殿を脱出した私はずっと、石になってしまったキョウを呼んでいた。しかし、キョウからの返事はない。

(どうして、こんなことに!?)

 ずっと昔、まだ私たちが地上に住んでいた頃に出会った男の子。小さな人形を連れた命の恩人。そんな彼が今、成長して私の前にいるのだ。あの頃から10年ほどしか成長していないように見えるが、この際どうでもいい。今はあの女の子から逃げなければならなかった。

「追いついたぞ」

「っ!?」

 持っていた猫車を落としそうになるが、何とか掴み直して振り返る。そこには傷はおろか、服すらも破れていない女の子の姿があった。

(お燐は!?)

「あの猫耳は無事だ。墜落したから少しぐらい傷はあると思うけど、死んではいない」

「……どうして、キョウを狙うの?」

「決まっているだろう? そいつが生きていると忘れられないからだ」

(忘れられない?)

 女の子の言っている意味はわからなかった。でも、彼女もそれを承知で話したのだろう。すぐに別の話をし始める。

「それにしても、お前こそどうしてそいつを助ける?」

「決まってるよ。キョウは私の友達だもん」

「音無 響は今まで地底に来た事はなかっただろ?」

「ずっと前に助けてくれたの」

「……まぁ、いい。早く、そいつを渡せ。じゃないと、お前ごと殺す」

 その刹那、女の子から凄まじいほどの殺気が溢れ出る。本気だ。

「っ!」

 猫車を持ったまま、戦えるわけもなく、私はすぐに逃げ出した。

「逃がさない」

 その声が聞こえた瞬間、背中に鋭い痛みが走る。チラリと見ると背中から少しだけ血が出ていた。服も破れている。

(この距離を一瞬で!?)

 私と彼女の間は約20メートルもあった。弾幕を撃っても着弾するまで数秒、かかるだろう。それなのに私は攻撃を受けた。しかも、切傷――つまり、剣もしくは鋭い物で斬られたのだ。

「くっ……」

 それでも構わず、逃げる。止まっていたら今度はキョウに攻撃されてしまうかもしれないからだ。

「……じゃあ、死ね」

 彼女の声が耳に届いた時、背中にゾクッと悪寒が走る。そして、無意識の内に振り返ってしまった。

 

 

 

 そこには無数の黒いツルがあった。いや、生えていた。そうじゃない。私の“影”から伸びていた。

 

 

 

「なっ!?」

 黒いツルは私の体目掛けて伸びて来る。このままじゃ、いくら妖怪の私でも一溜りもない。それどころか、黒いツルは私だけでなく、キョウの方にも伸びていた。

「駄目っ!!」

 キョウだけは守ろうと手を伸ばすも、黒いツルが私の手の甲を貫通する。まるで、それ以上、手が届かないように釘を刺すかのごとく。

「キョウ!!」

 キョウは石だ。このまま、黒いツルが彼の体を貫いてしまうともう、元の体に戻れなくなってしまう。確証はないけれど、そう思った。

 走馬灯とはまた、違うが、黒いツルの動きがゆっくりになる。私にキョウが壊される時を鮮明に見せるかのように。

「……恋符『マスタースパークのような懐中電灯』」

 その時、そんな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 俺は思わず、感心してしまう。彼女らはあの攻撃を防ぎ切ったようだ。

「全く、どうしていつもいつもこうなのかしら?」

 黒い煙がなくなっていき、八咫烏の前に立っている女が見えた。紅い巫女服。袴ではなく、スカート。そして、特徴的な紅いリボン。

「あ、え?」

 八咫烏も状況を飲み込めないらしく、狼狽えていた。

「ほら、そこの鴉。貴女の主人を連れて逃げなさい。ここは私がやるわ」

「……いやぁ、俺からしたらそれはご勘弁願いたいのだが?」

「嫌よ。響を殺そうとする奴らは見逃さないわ」

 そう言ってのける巫女――博麗 霊夢は俺を睨みながら祓い棒をこちらに向ける。

「関係を操る? 知らないわ。私は誰にも影響されない。影響されてはいけない。空飛ぶ巫女さんですもの」

「だからこそ、やりたくないんだけどなぁ……」

 どうやら、俺は面倒な相手に睨まれてしまったようだ。溜息を吐きながらジッポライターを構える。

「それじゃ、妖怪退治と行きましょうか?」

 それを見て博麗の巫女もスペルを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、間一髪だったな!」

 笑いながら箒に跨った女が黒い帽子に話しかけた。

「ま、魔理沙?」

「おう、こいし、久しぶり! それにしても、響の奴、また変なのに絡まれてんのな」

「そ、そうなの! なんか、あの子はキョウを殺したいみたいで!」

「わかってるわかってる。お燐に聞いたからな。あいつの目的も、あいつの能力も……」

 なるほど、だから先ほど、黒い帽子たちに懐中電灯を当てたのだろう。そうすれば、あたしの攻撃は一時的に無効化される。

「パチュリー、後は頼んだぜ」

 魔法使いはそう言うと1冊の本を黒い帽子に渡した。

『はいはい。そこの貴女……こいしと言ったかしら? 地上に降りましょう?』

 その本から声が聞こえる。魔法のようだ。

「え?」

『ああ、自己紹介が遅れたわね。まぁ、前に一度は会ってるんだけど……私はパチュリー・ノーレッジ。響の師匠よ』

「キョウの師匠?」

『まず、彼が今、どんな状態なのか調べたいの。この辺りに隠れられるような場所はあるかしら?』

「う、うん!」

 慌てて頷いた黒い帽子は本を連れて地上に向かった。

「……それで、お前はあたしの足止めってところ?」

「いんや、足止めなんかじゃないぜ? 倒してやる」

「魔法使い如きにあたしが倒せるとでも?」

「こういうのは気持ちで負けた方が負けるんだ。どんなに力が強い敵にだって私は突っ込むぜ!」

 そう言いながら魔法使いは正八角形の箱を取り出す。

「……さっきの猫耳よりは持ってくれよ?」

「お前の方が先に沈まないようにな」

 口だけは減らないようであたしは肩を竦めながらスペルを宣言した。

「恋符『マスタースパーク』!」「影砲『シャドウスパーク』」

 その後すぐ、白いレーザーと黒いレーザーがぶつかり合い、大爆発を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

「皆!」

 大きな音がして大慌てで広場に戻って来ると巨大な妖怪が暴れていた。どうやら、子供たちは何とか、避難出来たみたいで誰もいなかった。

「お姉ちゃん!」

 そこへ咲が走って来る。

「咲、大丈夫!?」

「私は大丈夫だけど、キョウ君が!」

「キョウがどうしたの!?」

「あの妖怪に投げられちゃったの!」

 私たちの声が聞こえたのか妖怪がこっちへ近づいて来ていた。

「こっち!」

「え!? あ、うん!」

 咲の手を掴んで逃げる。

「それで、キョウが投げられたってどういうこと!?」

「あっちの方に!」

 そう言いながら南の方角を指さす。比喩的な表現ではなく、本当に投げられてしまったようだ。

(キョウには桔梗がいるから大丈夫だと思うけど……まずは、こっちをどうにかしないと)

 まだ、妖怪は追って来ている。

「咲、皆を集めてこの先にある川に集合!」

「お姉ちゃんは!」

「時間を稼ぐ!」

 このまま、あの妖怪を放っておけばいつか、子供たちを捕まえて食べてしまう。それを防ぐ為には誰かが足止めしなくてはならないのだ。

「でも……」

「いいから! 早く!」

「……わかった! お姉ちゃん、気を付けてね!」

「そっちもね!」

 咲が一度も振り返らずに森の奥へ向かった。

「……それじゃ、こっちもやりますか!」

 私の声が聞こえたのか、妖怪が耳を塞ぎたくなるような声で絶叫する。

 


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