「はい、出来たよ」
「おう、サンキュな!」
熱々のから揚げをテーブルに置くと勇儀が笑顔で頷いた。
「響! お酒、無くなった!」
「ほれ」
「ありがとう!」
スキホから天界の酒を10本ほど出現させる。それに糸を巻き付けてまとめて抱えたヤマメはお礼を言うとどこかへ歩いて行く。
(俺、休みたいんだけど……)
ため息を吐いた後、また台所へ戻った。
そう、また宴会で料理人をしているのである。ヤマメが万屋のことを話してしまい、その流れでこのようなことになってしまった。
「はぁ……」
ネギをみじん切りにしながらため息を吐く。
(こんなこと、してる場合じゃないんだけどな……)
スキホも使えず、式神通信も繋がらない。俺が気を失ってからどれくらい時間が経ったのかさえ、わからないのだ。これではまた、望たちに心配をかけてしまう。そう思うと憂鬱な気持ちになった。
「妬ましい……」
「は?」
突然、右の方から声が聞こえる。そちらを見ると緑色の瞳を持った女の子がいた。
(こいつ……)
「妬ましいわ……そうやって、悩みがあることが妬ましい」
爪を噛んで悔しそうに俺を見つめる女の子。
俺はそれをジッと見ていた。
「なぁ?」
「何よ?」
声をかけると忌々しそうに更に睨んで来る。
「お前、感情を操れるのか?」
「……え?」
「いや、なんかそんな気配を感じてな」
「そりゃ、私は『嫉妬心を操る程度の能力』だけど」
やはり、思った通りだ。わかったのもこころの修行が原因なのかもしれない。
「それで、俺のどこに嫉妬するんだ?」
「さっきも言ったでしょ? 悩みがあることに嫉妬してるの。しかも、料理も美味しいし、ここに来たばかりなのに皆と馴染んでるし」
それからブツブツと小声で嫉妬娘が何かを呟くが、無視することにした。
「無視するな!」
だが、それは出来なかった。
「お前は俺にどうして欲しいんだよ。今、忙しいんだ」
「そうやって、無視する余裕があるところも気に喰わないわ!」
そう言いながら1枚のスぺカを取り出して、俺に見せつける。
「……はいはい。勝負すりゃいいんだろ?」
「そう、それでいいの! ほら、行くわよ」
「その前に名前を教えてくれ」
「名前?」
「ああ、ずっと嫉妬娘って呼ばなくちゃならないし」
『嫉妬娘』と呼ばれるのは嫌なのか嫉妬娘は眉を顰める。
「私は水橋 パルスィ」
「音無 響だ」
それから数秒間、睨み合い、そのまま外に向かった。
「はい、では次の方、どうぞー」
桔梗が笑顔でテントの中から外に呼びかける。そして、お腹を両手で押さえた男の子がテントに入って来た。
「今日はどうしました?」
「ちょっと、お腹が痛くて」
「そうですか……では、この薬草を」
そう呟きながら桔梗は両手で男の子のお腹を触った。すると、桔梗の手が緑色に光り始める。
「……はい、終わりましたよ」
「うわ! ホントにお腹が痛くなくなった!」
「お大事に!」
「はい! ありがとうございました!」
「では、次の方、どうぞー」
そう、桔梗はお医者様になっていた。
こいしさんが持っていた薬草を食べた桔梗だったけれど、我に返った途端、咲さんの妹――月さんのところへ向かい、両手を翳して病気を治したのだ。
これにより、桔梗が薬草を食べればその薬草が持つ効果を、両手を翳すだけで、発揮できることに気付いた。そして、こいしさんたちが持っていた薬草全種類を平らげ、ちょっとした健康診断が始まったというわけだ。
「どう?」
看護師よろしく桔梗の隣でその様子を見ていた僕のところにこいしさんがやって来る。
「はい、順調です」
「よかった……薬草って結構、手に入らないからよっぽどのことが無い限り、使えなかったんだよね。皆もそれがわかってるから口にしないし」
なるほど、だから元気そうにしていた子供も今ははっきりと具合が悪いところを言えるのか。
「桔梗、大丈夫?」
「はい! 薬草の効果も切れそうにありませんし、このまま全員、診ることが出来ます!」
「じゃあ、もう少しだから頑張って」
「はい!」
ニコニコ笑いながら桔梗はどんどん患者を捌いて行く。
「桔梗、ありがとね?」
「いえ、これぐらいどうってことないですよ!」
「キョウも。君たちも旅の途中だったんでしょ? ごめんね、足止めさせて」
「僕たちも急いでるわけじゃないですし、それに桔梗が勝手に薬草を食べちゃったのもありますし……」
もし、桔梗【薬草】が発動しなかったらとんでもないことになっていただろう。
「まさか、食べちゃうとは思わなかったよ。あれ、どういうことなの?」
こいしさんもあの時の桔梗の様子がおかしかったことに気付いているようだ。
「桔梗には物欲センサーが付いていまして。それが反応すると反応した物を食べたくなるんです」
「食べたくなる?」
「はい。そして、食べた物から武器を作るんです。例えば、拳の形をした物を食べて桔梗【拳】に変形できたり」
「じゃあ、桔梗が変形できるのって?」
「素材を食べたからです」
僕の話を聞いてこいしさんがうーんと唸り始めた。
「正直言って、桔梗って何なの? 人形なのに自立してるし、変形できる……なんか、この世の物とは思えないんだけど」
「僕自身、わかっていません。僕が人形を作って魔力を通したらこんな感じに」
「そっか……ねぇ?」
「はい?」
「模擬戦、やらない?」
モギセン? ヨモギの煎餅だろうか?
「は?」
「話を聞いてると少し、戦いたくなっちゃった」
「いやいや、おかしいですって」
「そう?」
「そうですよ! 怪我したらやばいじゃないですか!」
桔梗【薬草】は病気は治せるが、怪我には効果が薄い。
「怪我しない程度でだよ。まぁ、一発当てた方の勝ちってルールでどう?」
「いや、どうって言われても……」
「マスター! 健康診断、全員終わりましたよ!」
その時、桔梗が僕の頭に着陸する。
「何の話ですか?」
「模擬戦をやらないかって話」
「モギセン? ヨモギの煎餅ですか?」
主従揃って同じ間違いをするとは犬は飼い主に似ると言うが、それは本当かもしれない。桔梗はペットでも犬でもないけれど。
「違うって。練習試合だよ。桔梗の話を聞いてたら戦ってみたいなって思ったの」
「練習試合ですか?」
桔梗はチラッと僕の方を見る。それに対して僕は首を横に振った。
「マスターもあまり乗り気ではないようですし……今回はちょっと」
「えー!」
「ごめんなさい」
桔梗は僕の代わりに頭を下げる。慌てて僕も頭を下げた。
「うーん、残念だな……キョウのカッコいい戦いぶりを見たかったんだけど」
「カッコいい、戦いぶり?」
こいしさんの呟きに桔梗が反応する。
「そう! 桔梗を色々な物に変形させながら戦う! そんな戦術、見たことないもん! あー、見たかったなぁ!」
「……マスター」
「桔梗、駄目だよ?」
「いえ! ここはマスターのカッコいい姿をこいしさんに見せるべきです!」
本当にこの子は素直というか単純というか。
「でも、こいしさんと戦うなんて……」
「あ、私のことは気にしないでキョウよりは強いと思うから」
「なっ! それは聞き捨てなりません! マスターは強いんです!」
「お? 桔梗、言ったね? なら、どっちが強いか確かめようじゃん!」
「ええ! いいですよ! こうなったら、マスターがどれだけカッコよくて強くて優しいお方なのか証明しようじゃありませんか!!」
こいしさんと桔梗はそのまま、にらみ合いを始めてしまう。
「あ、あの……二人とも、落ち着いて」
「キョウは黙ってて!」「マスターは黙っててください!」
「えー……」
(僕、戦いたくないんだけど……)
こうして、こいしさんとの模擬戦をやることになった。