「……ん?」
突然、視界が開けた。気絶していたわけでもないようで、まるで目隠しを取られた気分だ。いや、その割に光で目は眩んでいない。
(何だ……ここ?)
周囲を見渡して見ると岩だった。いや、上もそうだ。どうやら、ここは洞窟らしい。
「洞窟?」
確か、俺はこころと感情制御の修行をしていたはず。そして、地力がなくなったからPSPを装備してコスプレして――。
「あ、あれ?」
その後の記憶がない。そこで俺は気を失ってしまったようだ。
(気絶したならどうしてこんなところに?)
これでは俺が気絶したあげく、勝手に動き回ったようにしか見えないではないか。そんなこと今までには……いや、あった。約2年前に起きた狂気異変である。
「じゃあ、また暴走?」
それにしては体のどこにも異常はない。まぁ、傷が付けば『超高速再生』で回復するし、服が破けてもすぐに直るからパッと見てわからないのだが。違うところと言えば、コスプレしていないところだけだ。
「そうだよ! コスプレはどうなったんだ!?」
思わず、声に出してしまった。もし、気絶の原因がコスプレだとしたら今もコスプレしているはず。前のように『リピートソング』は使っていないし、原因だと思われるコスプレの曲が終わり、次の曲がかかるからだ。
(PSPはある。ヘッドフォンも付けてる。じゃあ、何で?)
曲だけが止まっている。これじゃ、俺が“無意識”の内にコスプレを解除したようではないか。
「何がどうなって……っ」
それについて考えようとした刹那、脳裏に何かが閃き、咄嗟に右に飛んだ。
――ドンッ!!
「くっ……」
先ほどまで俺がいた場所に何かが落ちて来て地面を抉った。その破片が飛んで来るも神力で創った壁で守ることに成功する。
「……」
落ちて来た何かを見ると女の子だった。緑髪の短いツインテール。白い着物を着ていて何故か、桶に入っている。
(妖怪っ!?)
桶の女の子がまた、飛んだ。そして、落ちて来る。
「うおっ!」
また、回避。しかし、今度は間髪待たずに飛んで俺を叩き潰そうと落下して来る。
「ま、待てっての!!」
女の子の勢いは人を簡単に殺せるほどの威力だ。俺でも叩き潰されてしまえば、一溜りもないだろ。
(かといって、地力も足りないし……)
こころとの修行の疲れがまだ残っている。倒さなくてもいい。あいつを脅かして追っ払うだけでいいのだ。
「っ! 光撃『眩い光』!」
目を瞑ってスペルを発動させた。ここは暗い洞窟。そんなところで強い光を出せば――。
「ッ!?」
女の子の声にならない悲鳴が聞こえ、地面に何かが落ちる音がした。ジャンプしている時に光を見てしまったようで空中でバランスを崩し、狙った場所とは違うところへ落ちてしまったらしい。
「拳術『ショットガンフォース』! 飛拳『インパクトジェット』!」
光が弱くなった頃を見計らってスペルを連続で発動し、女の子がいる方とは逆の方向へ飛んだ。妖力のコントロールはまだ本調子とは言えないけど、水平に飛ぶぐらいなら出来る。
こうして、俺は訳の分からない妖怪から逃げられた。
意気揚々と鼻歌を歌いながらこいしさんが森の中へと入って行く。
「……」
だが、雪ちゃんはずっと桔梗を見ている。相当、気に入ったようだ。
「桔梗、悪いけど雪ちゃんと遊んであげて」
「はい! 了解です!」
桔梗が雪ちゃんに近づき、一言二言話した後、手を繋いで歩みを進めた。
「ありがとう」
「え?」
いつの間にか隣に移動して来ていた咲さんにお礼を言われて面を喰らってしまう。
「あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……」
「そうだったんですか」
相槌を打つと『そろそろ、歩こうか?』と咲さんが前を指さした。素直に頷いて歩き出す。
「念のために聞くけど……キョウ君って何歳?」
「5歳です」
「え!? 嘘っ!?」
「よく言われます」
そこまで、僕は5歳に見えないのだろうか?
「だって、5歳ってことは雪よりも2つ下だよ?」
「私が何?」
桔梗を胸の前で抱っこしながら歩いていた雪ちゃんが振り返る。
「ううん、何でもない……って、あまり桔梗ちゃんに迷惑かけないようにね?」
「はーい」
返事してすぐに前を向く雪ちゃん。桔梗とお喋りしているようだ。
「全く、あの子は……」
「まぁまぁ」
「ねぇ! 何の話、してるの!?」
「うわっ!?」
突然、こいしさんが話しに入って来て驚いてしまう。
「お、お姉ちゃん、驚かさないでよ……」
咲さんも吃驚したようでこいしさんに文句を言った。
「ゴメンゴメン。楽しそうにお話ししてたから気になって」
「雪ちゃんの話ですよ」
手早く説明する。
「ほうほう。やっぱり、咲は妹思いだね!」
「え!? そ、そんなこと、ないですよ……」
恥ずかしいのか咲さんは顔を紅くさせる。
「……」
「ん? キョウ、どうしたの?」
「え? あ、えっと……僕は一人っ子なので兄弟がいていいなって」
僕の家は両親が忙しいので基本、僕一人しかいない。だから、兄弟がいれば一緒にご飯作ったり、食べたり、遊んだり出来て羨ましいのだ。
「そうかな?」
しかし、こいしさんはそれを否定する。その表情は少しだけ曇っていた。
「何かあったんですか?」
「あー……私にもお姉ちゃんがいるんだけどね? 最近、会ってないから」
(会ってない?)
それについて追究しようとしたが、こいしさんは足早に僕たちから離れて雪ちゃんの方へ行ってしまった。
「咲さん、あれってどういう意味ですか?」
本人がいなくなってしまったので仕方なく、咲さんに聞いてみる。
「うーん……私も詳しいことはわからないけど、お姉ちゃんのお姉ちゃんと喧嘩したんだって。で、家出してる途中で私たちと会って……そのまま、どんどん人が増えて行って今みたいに大人数で旅をするようになったの」
「じゃあ、こいしさんと一番最初に会ったのは?」
「そう、私たち。親に捨てられて……森の中を彷徨ってる時にお姉ちゃんと会ったの」
「捨てられ――」
その単語を聞いて僕は絶句してしまった。
「あはは……まぁ、あの人たちも大変だったんだよ。家を妖怪に壊されて畑もめちゃくちゃになって……もう、どうすること出来なくて、ね」
そう話してくれた咲さんは悲しそうな顔をしている。でも、その顔は悲しい思い出を思い出した時の顔だった。今ではその出来事も過去のことなのだろう。
「もしかして、こいしさんと旅をしてる子供たちって……」
「うん。お姉ちゃんも言ってたけど捨てられた子ばかりだよ。後、森の中を親といた時に妖怪に襲われて親を殺されちゃった子とか」
今まで、妖怪に会っても心優しい人ばかりだったのであまり、自覚していなかったが、本当に妖怪というのは人間にとって怖い存在なんだと実感できた。
「キョウ! もうすぐ着くよ!」
前からこいしさんの声が聞こえ、視線を咲さんから前に移すと開けた場所に出た。
「うわぁ……」
そこには大きな台車が3つあった。そして、その周りにテントらしき物がある。現代のテントと比べると穴も開いているし、汚れていて快適とは言えないだろう。
そして、その周りを行ったり来たりしている子がちらほらといる。あの子たちがこいしさんたちと旅をしている子供たちだ。
「皆ー!」
こいしさんが声をかけると子供たちが一斉にこちらを見て口を綻ばせた。そして、一斉に駆け寄って来る。
「お帰りなさい! お姉ちゃん!」
「咲ちゃんもお帰り! 無事でよかった!」
「雪ちゃん、お帰り!」
20人ほどの子供たちがこいしさんたちを囲む。その前に桔梗は雪ちゃんの腕から逃げて僕の後ろに逃げていた。
「どうして、逃げて来たの?」
「い、いえ……何か、迫力があって思わず……」
僕の頭の上で震えている桔梗。
「皆、落ち着いてってば! 今は薬草を月にあげないと!」
薬草を掲げながら言うこいしさんの言葉を聞いて子供たちが大慌てで散って行く。どうやら、薬草をあげるための準備に向かったようだ。
「……」
その時、後ろから変な空気を感じる。この感じは――。
(ま、まさか……)
「ください……」
「ちょ、ちょっと!! さすがに桔梗、それはマズイって!」
飛び出しそうになった桔梗を掴んで止めるも相手は人形。人間より力があるようで引っ張られる。
「こ、こいしさん!!」
「ン? キョウ、どうしたの……って、何!? 桔梗がすごい目でこっちを見てるんだけど!?」
「ください! それ、ください!!」
「うぐぐぐ……そ、その薬草を早く!」
(早く、熱を出した子に渡してあげないと!)
「え? あ、うん!」
こいしさんは頷いて薬草を――桔梗の目の前に差し出す。
「あああああ!?」
「いただきまああああああすうううううう!!」
パクっと桔梗は薬草を食べた。