東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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年内最後の更新です。
皆さん、よいお年を!


第225話 身代わり

「はぁっ!」

 弥生が妖怪の顔面を殴り飛ばし、響の方へ飛ばす。それを魔眼で視ていた彼はそっちを見ずに『結尾』で一刀両断する。その行動に慈悲などない。

「……」

 その様子を見ていた弥生は思わず、顔を顰めてしまう。自分が仕向けたとはいえ、あそこまで無表情(弥生の魔眼はある程度、視た人の感情が読める。読んだ感情から表情を予測したのだ)で生物を殺せるなど、普通の人間ではありえないからだ。

 つまり、響はあまりにも人に近くて、あまりにも人の感情から遠い存在なのだ。自分が傷つくならその原因を殺めるのも厭わない人なのだ。それを理解してしまった弥生は込み上げてくる吐き気を飲み込み、ひたすら妖怪を殴る。

「チルノ!」

「氷符『アイシクルフォール』」

 響が叫んだ途端、弾幕が展開された。しかし、妖怪たちの横を通り過ぎて行くだけだ。だが、これで妖怪たちは横移動が出来なくなった。

「側面から火炎放射!」

 すぐに響から弥生に向かって指示が飛ぶ。即座に氷の壁に対して側面に移動し、火炎放射を放った。

 氷の壁で左右に移動出来ず、片方から炎が迫って来たのを見た妖怪たちは上下に別れて炎を躱す。

「大鎌『死神が愛用する巨大鎌』!」

 両手を神力で巨大化させた響の手には今までのとは比べ物にはならない大きな鎌があった。それを思い切り、横薙ぎに振るう。すると、上に逃げた妖怪の胴体を全て、両断した。一匹残らず。

「うおおおおおおおっ!」

 更に雄叫びを上げながら横に振るった鎌を無理矢理、コントロールし斬り上げた。下に向かって逃げた数匹に当たり、その身を二つにする。

「すごい……」

 それを見ていた弥生は思わず、呟いてしまう。1分足らずでここにいた妖怪の半分以上を倒したのだ。

「弥生! 気を抜くなッ! まだ、来るぞ!」

「う、うん!!」

 響の怒声に返事をしながら弥生は近くにいた妖怪の首をへし折った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 俺の隣で弥生が息を荒くしたまま、前を見据えている。そして、その視線の先にはまだ数十体ほど妖怪が残っている。1枚目、2枚目を突破した最後の集団だ。1枚目チームと2枚目チームもこちらに向かって来てはいるが、まだ到着するまで時間がかかるだろう。

「いいか? ここが正念場だ」

「わかってるよ」

 少し拗ねた様子で弥生。因みにチルノはガス欠を起こして海の上で(水を凍らせて)寝ている。体力を回復する為だ。

(それにしても……マズイな)

 弥生の体力は底を尽きそう。それだけならまだしも、俺もかなり厳しいのだ。今日は奏楽も戦っている。あのにとりに作って貰った腕輪の効果で地力を供給しているだけでなく、仮式のリーマ。そして、乱闘・連戦で地力も集中力も限界だ。

「響さん! 来た!」

 策を練っていると妖怪たちの群れが見えた。

(考える時間ぐらい与えてくれよ……)

「何が何でもここを通すなッ!」

「うん!」

 3本の得物を構え、俺は一気に加速する。また、激しい戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、これは……)

 妖怪の首を噛み砕き、適当な方へ放ったその時、後ろから鋭い鉤爪が迫る。尻尾を横薙ぎに振って弾き飛ばし、その勢いを利用して体を回転させ、裏拳でその妖怪を吹き飛ばした。

 こんな危うい場面が増えて来ている。私の集中力がなくなって来ているからだ。

「おらっ!」

 向こうの方で響さんが大声を上げている。きっと、響さんも限界が近いはず。

(チルノ……早く、戻って来てよぉ!)

 下で寝ている氷精はまだ、帰って来ない。

「ッ……」

 一瞬だけ、チルノへ注意が向いた。そのせいで接近している刀に気付かなかった。どうやら、得物を持っている妖怪がいたようだ。

(これ、死ッ――)

 世界がスローモーションになった。ゆっくりと迫る刀。妖怪の顔を見ればニタニタと笑っていた。勝利を確信しているのだ。確かに、刀の軌道からして躱せない。しかも、妖怪の腕力なら私の鱗を貫くはずだ。そして私はそのまま――。

「ッ!?」

 諦めかけたその時、スローモーションの世界なのに普段通り、動いている人がいた。そう、響さんだ。

「……」

 妖怪の背中やお腹にパンチを一発ずつ入れながらこちらに近づいて来る響さん。その両腕には雷で出来たリングがハメられていた。

(な、何で!?)

 そんなことよりも、どうして自由に、速く動けるのかわからなかった。いや、いつもより数十倍、速く動いているのは分かるのだが、どうしてそれほどまで速く動けるのか? 何故、そんなことをしているのか? そんなことをして体は大丈夫なのか? そんな疑問が頭に浮かぶ。

「……」

 目を鋭くしたまま、響さんが私の前で止まった。そこは刀の軌道上。

(でも、今の響さんなら刀ぐらいすぐに!)

 弾き飛ばして妖怪を瞬殺する。そう、思った。でも、現実は違った。

「――ッ」

 ゆっくりと、響さんの両腕と両足が爆発する。いつの間にかあのリングは消えていて、血飛沫が飛び散った。血が刀とぶつかり、二つに分裂する。私の頬に血が付いた。そして――。

「きょ、響さん!!!」

 スローモーションの世界が終わり、通常の時間に戻った。もちろん、ゆっくりだった刀も勢いよく、響さんの体を斬り裂く。少なくない量の血が刀を振るった妖怪に降りかかる。

「う、うわああああああああ!!!」

 響さんの脇を通り抜け、渾身の正拳突きを妖怪のお腹に撃ち込む。腹部を貫き、そのまま余っていた左腕をお腹の穴に突っ込んだ。

「よくも、響さんを!!」

 力任せに腕を開き、妖怪の体を左右に引き千切った。右の残骸を迫って来た妖怪たちに向かって投擲し、左の残骸は真上にブン投げ、サマーソルトキックで背後の敵にぶつける。

「や、よい……」

「響さん!?」

 弱々しい声で振り返ると胸からお腹にかけて深い切り傷を右手で押さえながら浮遊している響さんがいた。

「集中しろ……俺だって、助けら、れない、時は、助けられない、んだ……」

「しゃ、喋っちゃ駄目! 今、チルノを連れて来て傷口を凍らせて貰うから!」

 何もしないよりはマシだろう。すぐに海の方へ急降下しようとするが、腕を響さんに掴まれてしまった。

「な、何するんですか!?」

「俺は、大丈夫……霊力が足り、なくて回復が遅れ、てるけどす、ぐに治るから……」

「な、治るって!?」

 そんな不死じゃあるまいし、右手で押さえていても血はドバドバ流れている。このままでは出血多量で本当に死んでしまう。

「そんなことより、妖怪た、ちを足止めするんだ……」

「そんなこと!? 響さんの命の方が大事に決まってるでしょ!?」

「俺は、大丈夫……ちょっと、本気を出すから」

(ほ、本気?)

 逆に聞きたい。今まで、本気ではなかったのか?

「数分、頼む。その後は俺だけで十分だから」

「え? ええ!?」

「いいから、行けッ!」

 響さんの絶叫が私の鼓膜を振るわせる。

「わ、わかった!」

「チルノ!! やれっ!」

 続けて、海の上で休んでいるはずのチルノに向かって指示を出す響さん。次の瞬間、氷の刃が妖怪たちに降り注いだ。

(そうか……この一撃を与えるために力を蓄えてたんだ……)

 私も負けじと近くにいた妖怪を次々と殴る。蹴る。噛む。焼く。尻尾で叩き落した。

「響! 助けに来たよ!!」

 雅の声が戦場に響く。

「雅! 響が!!」

「わかってる! 響は大丈夫だから戦いに集中して!!」

 私の背後に来た雅がそう言った。

(大丈夫ってあれがっ!?)

 胸からお腹にかけて深い切り傷。両腕と両足の筋肉は爆発している。あれではまともに動くどころか、痛みのせいで呼吸すらままならないだろう。

「響はあれ以上の傷を何度も負って来た! あんなんじゃ響は死なないんだよ!」

「あ、あれ以上って!?」

「いいから、今は戦って! 後2分!」

 背中の黒い翼で妖怪たちを突き刺す雅の目には迷いはなかった。その向こうで妖怪を氷漬けにしている霙も、響さんの近くで真っ白な剣を構えている奏楽も響を信じている。魔眼から伝わる忠誠心と信頼が私の中にあった不安を取り除いてくれた。

(響さんなら……大丈夫)

 私もそう思えた。

「リーマさん! 2、4、2でお願いします!」

「了解!」

 遠くの方で望の声が聞こえたと思ったら8本のツルがそれぞれ、妖怪を貫く。右側と左側の2体。中央付近の4体を無効化した。

「はあああああああああああああっ!!」

 更に私たちの周りに群がった妖怪の半分を霊奈さんが2本の刀で斬り裂く。半透明の鎧を着ていて、その姿は武者のようだった。

「響!!」

 霊奈さんが到着したことを名前を呼んで響さんに伝える。

「わかってる!」

 目を閉じたまま、響さんが頷き1枚のカードを取り出した。

「皆! 急いで雅の周りに移動しろッ!! 魂同調『トール』!!」

 そう叫んだ響さんを包み込むように電撃が迸る。

 


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