東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第222話 決戦前夜

 響がうんうんと唸りながら寝ている近くで一人の少女が体を起こした。雅である。

「……」

 響、望、奏楽、霙を見た後、そっと布団から出て部屋を出た。因みにここはアジトの地下で昔、まだ雅たちが3人で暮らしていた時に使っていた寝室である。

 彼女は裸足のまま、ペタペタとアジトの廊下を歩く。向かう先は階段。脳内で式神通信を切って、ゆっくりと登る。

 1階に着いたがその足は止まらず、そのまま2階へ。2階も無視して階段を上り続ける。そして、1つのドアの前に着いた。階段はそこで終わっている。躊躇いもなく、そのドアを開けた。

「やっぱり」

 ドアの先――屋上にいた弥生の姿を見て嬉しそうに雅は呟く。外は静かだったので弥生にもその呟きが聞こえたようだ。振り返ったその表情は驚いていた。

「雅? どうしたの? こんな夜中に?」

「ちょっと、眠れなくてね」

「……そっか」

「ねぇ。ちょっとだけ話さない?」

 そう言い終わる頃には弥生の隣まで移動していた。屋上には大人の胸ほどの高さがある柵があり、二人はそれに背中を預けている。

「話って?」

「もちろん、色々だよ。ちょっとした世間話から真面目な話まで」

 だが、雅の顔は真剣そのもの。ちょっとした世間話などする雰囲気ではない。

「……いいよ」

 その顔を見て何かを感じ取った弥生は頷いた。

「じゃあ、どうぞ」

「……は?」

 話をしようと言ったのは雅だったのにも関わらず、話のタネを要求したので弥生は呆けてしまう。

「弥生、素直に話してごらん」

「な、何を?」

「わかってるんだよ? 何か気になることがあるんでしょ?」

 雅は人の表情から感情を読み取るスキルが高い。昔から多くの妖怪からいじめを受けていたので自然とこのスキルが身に付いた。もちろん、学校でも人の顔色を伺っていたので日々、このスキルを磨き続けていたのだ。無意識の内に。

「……雅には敵わないなぁ」

 弥生は確かに気になっていたことがあった。しかし、それは雅を傷つけてしまうかもしれない。だから、言わなかったのだが、ここまで言わせてしまったのなら言うしかないだろう。

「響さんは……化け物なの?」

 正直、弥生は響の事が怖い。竜と妖怪の血を引いている弥生をそこまで圧倒したのだから。

 特に弥生が弱いわけでなかった。ただ、響が強すぎたのだ。いや、違う。あまりにも行動が不規則すぎて攻撃する暇がなかった。それはつまり、響の戦闘センスが凄まじいことを証明している。あれほどの戦闘センスを持った一般人などいるわけない。だからこその『化け物』発言だった。

「おっと、いきなり確信を突いて来たね」

 しかし、聞かれた妖怪はその問いが来ると思っていたらしくあまり驚いた様子ではなかった。

「響は化け物なんかじゃないよ。ううん、もしかしたら人間の中でもかなり人間らしい人間だよ」

「人間らしい人間?」

 雅の言っている意味が分からず、首を傾げてしまう。

「傷つきたくないの。人一倍、痛みに怖いの」

「痛み?」

「もちろん、物理的じゃなくて精神的にね」

 弥生は無言で言葉の続きを待った。雅もそれを汲み取ってすぐに話し出した。

「去年の夏に響、幻想郷に引きずり込まれたの。本人は紫の仕業だって言ってるけど。そして、幻想郷で1週間ぐらい過ごした後、外の世界に帰って来た。その時にはもう、失踪したと言われてて望が精神的に参ってたんだって」

「そんなことがあったんだ……」

「そのすぐ後、私と出会う少し前。幻想郷で大きな事件が起きてまた家に帰られなかったんだ。まぁ、それも1日だけなんだけどね……向こうではそういうのを『異変』って言うらしくてそれが原因みたい」

「ああ、そう言えばさっき『歪異変』とか言ってたっけ?」

 響がチルノに言った内容を思い出しながら弥生がボソッと声を漏らす。

「そうそう、そう言うのがあったの。その事件の犯人、響なんだよ」

「……え?」

 チルノと別れた後の帰り道に響から聞いた話では『幻想郷で万屋と働いていて異変とか解決している』と言っていた。だからこそ、驚いたのだ。解決する立場の人が異変を起こしては本末転倒である。

「その様子だと万屋の話は聞いたみたいだね。響自身も起こそうと思って起こしたわけじゃないんだけど色々あって……私もまだ、聞かされてない。この事件を知ってるのはその時の異変を解決した人だけ。一時期、新聞で出回ったみたいなんだけど紫が隠蔽したそうだよ。まぁ、それでも幻想郷の中でも力のある人は知ってるんだけどね」

「それほどのことがあったの?」

「わからないけど、それがきっかけで響に『吸血鬼』、『狂気』、『トール』の魂が宿ったんだって」

「魂が宿る?」

「響の魂にはたくさん、魂が生きてるの」

 雅の言っていることは弥生にはわからなかった。そんなことが可能なのかも定かではないし、そもそも魂について何も知らないからだ。

「そして、響の中に霊力、魔力、妖力、神力が流れてるようになった。さて、話を戻そうかな? 響はその異変のせいで望が壊れかけたのを目の当たりにして恐怖したの。また、異変が起こったら望が壊れてしまうんじゃないかって……」

 弥生はその言葉をすぐに飲み込めなかった。あんなに元気な望の姿を見たらそれも仕方ないだろう。

「それからだよ。響が力を求めようとしたのは……力があればすぐに望の傍に帰ることができる。安心させることができる。そう考えて響は指輪を手に入れて、私を式神にして、色々な技を身に付けて、ここまで強くなった」

「でも、それは誰かを守るためなんじゃないの? 最初に言った事とはまた、別だと思うけど」

「響が恐れたのは望が壊れることじゃなくて、望が壊れてしまったのを見ることなんだ」

「それって!?」

「だから、自分が傷つくのが怖いの。そりゃ、望たちが傷つくのも嫌なんだけど、一番の理由はそれを見て自分が傷つくのが怖いの」

 それを聞いてがっかりした弥生だったが、すぐに思い直す。

(あ、あれ? 何で、私、がっかりしたの?)

 すぐに首を横に振って頭の中を白紙に戻した。

「? えっと、だから人間らしいと思うんだよ。傷つくのが怖いんだから」

「でも、それって限度があるでしょ? さすがに自己中すぎるよ」

「自己中だった方がどれだけよかったか……」

 ため息混じりの雅の言葉が不思議と弥生の中に響いた。

「どういう事?」

「響が恐れているのは仲間が傷つくことだってのはわかった?」

 コクリと頷く弥生。

「だから、響は仲間が傷つかなければいいんだよ。そう、自分の身すらもどうでもいい」

「っ!?」

 今度こそ、弥生は絶句した。仲間が傷つくのなら自分の肉体を傷つけるのを躊躇わない。それはもう、狂気の域に足を突っ込んでいるようなものだ。

「まぁ、響は自分自身が死んだら望とか私が悲しむのを知ってるからそこまで無茶なことはしないんだ」

「あ、そ、そうなんだ……」

「うん、相手を殺してでも生き残ろうとするよ。響自身、『生き残る覚悟』って言ってるね」

「生き残る、覚悟」

「殺した相手の家族の悲しみとか友達の怒りとか……その全てを背負って生きていく。それが響の覚悟なんだって」

 雅の話を聞いて弥生の体はブルッと震えてしまった。想像しただけでも気が狂ってしまいそうだったのだ。

「ね? 響って人間でしょ?」

「いや、ただの狂人だよ!?」

「あ、あれ? おかしいな?」

 どうやら、雅は今の説明で響は人間だと証明できたと思っていたらしい。だが、誰が聞いても響はおかしいと思うだろう。

「……でも、響さんの強さは分かったと思う」

 響の覚悟は生半可な気持ちで抱けるようなものじゃないことは弥生にもわかった。

「響は本当に強いよ。弥生との戦闘だって本気出してなかったし」

「え!? あれって本気じゃなかったの!?」

「そりゃそうだよ。私とリーマの友達に本気なんて出すわけないよ。しかも、新しい技の練習してたし」

 『固定』を思い出しながら雅はそう言ってのける。

「そ、そんな……」

「コンディションとか最悪だったよ」

「あ、あれで最悪!?」

「最悪も最悪。ちょっと7月から妖力が使えなくなってて……今日、久しぶりに見たもん。やっぱり、まだ妖力のコントロールはできてなかったみたいだけど」

 もう、弥生はボロボロだった。響の狂った覚悟もそうだが、自分と響の間にそれほどの戦闘能力の差があるとは思わなかったのだ。

「仕方ないよ。響って予想外の動きをしまくるから翻弄されて何も出来なくなっちゃうし」

「そうそう! もう、わけわかんないよね?!」

「式神の私でさえ、わからない時があるから大変だよ。今日だって試したい事があるからって憑依を解いちゃうし……」

「こっちのことも考えて欲しいよね」

 もちろん、弥生が言った『こっち』とは『戦闘相手』のことである。

「うんうん! わかるわかる!」

 こうして、二人は数十分ほど響の悪口を出汁にお喋りを続けた。

 


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