「ちょっと面倒なことになってるな……子分の数は?」
とにかく、今の状況を確認しなければならない。
「ここら一体、ほぼ全ての妖怪に慕われてるからざっと3桁は超えるかな?」
それを聞いて俺は驚いた。まだ、外の世界――しかも、北海道にそれほど妖怪がいるとは思わなかったのだ。
「それで? それとチルノ、何が関係あるんだ?」
何とか、驚愕を顔に出さないようにしつつ、疑問をぶつける。
「ガドラの子分たちを止めるために準備を進めてる」
「チルノが?」
「最初に出会ったのが私とガドラの子分が戦ってる時で私に加勢してくれたの。で、事情を説明したら『最強の私にまかせて』って言ってたから力を蓄えてるみたい」
「因みに他の協力者は?」
俺の問いかけに対し、弥生は首を横に振る。
「弥生はチルノと一緒に戦うんだよね?」
今度はリーマが聞いた。
「そりゃ、そうだよ。雅をあんなに苦しめた奴の子分にこれ以上、好き勝手やらせる気はないもん」
弥生の目は覚悟の色に染まっている。
「こっちの勢力は俺たちの他に弥生とチルノか……チルノの状態にもよるけどもう一人欲しいな」
頭の中で作戦を立てながら呟いている俺を弥生は目を丸くして見る。
「俺たちの他にって……どういうこと?」
「は? だって、ガドラの子分たちが本州に向かおうとしてるんだろ? なら、止めなきゃ」
「いや、だって響さんたちは旅行に来たんでしょ?」
それを聞いてこのアジトに来る時、雅が嬉しそうに弥生に話していたのを思い出した。
「旅行って言うか、任務って言うか……俺はとある奴からチルノを連れ戻すように言われて北海道に来たんだよ」
「とある奴って?」
「八雲 紫だよ」
俺の代わりに雅が答える。
「八雲ってあの八雲? いやいや、だってあの人は幻想郷っていう、あるのかどうかもわからない所に住んでるんでしょ?」
「その八雲で合ってるぞ。チルノも幻想郷の住人だし」
「え!? そうなの!?」
「ああ、まず幻想郷って言うのは2枚の結界の中にある。その結界のせいで外の世界からは認識できないんだよ」
「そうなんだ。本当にあったんだね、幻想郷。でも、どうして響さんはそれを知ってるの? 外からじゃ認識できないんでしょ?」
頭の上にはてなを浮かべながら聞いて来る弥生。
「その例外が紫なんだ。本来、幻想郷に入るのも、幻想郷から出るのも容易じゃない。だが、紫はスキマを使って普通にその境界を超えて二つの世界を行き来してるんだよ。基本、幻想郷にいるけど」
「質問の答えになってないよ」
「今から言うから待ってろって。そのスキマなんだが、俺も使える」
「……八雲の子供なの?」
「あいつとは血縁関係じゃねーよ……俺の能力だと幻想郷の住人全員の能力を使えるんだ。まぁ、戦闘には使えないけど」
俺の言葉を聞いて弥生は目頭を押さえた。
「雅、アンタなんて人の式神になったの?」
「いや、最初に出会った時は私よりも弱かったんだけど……なんか、もう修羅場を超え過ぎてチートになっちゃって」
「チート言うなっての。俺の能力だって欠点はあるんだ。チートでも何でもないよ」
ただ、対処法がわかるまで相手が生き残っているかどうかはわからないが。
「とにかく、チルノを連れ戻すのが任務なの。でも、チルノは人の言うことを聞かないから事件を解決した方が早い」
それにガドラを倒したのは俺と雅だ。ならば、俺たちが対処しなくてはならない。そして、晴れて雅はガドラから解放されるのだ。
「……わかった。一緒に戦ってくれるなら歓迎する。でも、後一人を見つけるのは難しいと思う。ここら辺の妖怪はガドラの子分だし」
「確か、雅がガドラの所から逃げ出したのって去年の夏だったよな?」
「正確には去年の8月末だね。夏休み明けに引っ越したから」
「去年の8月……あああ!? そう言えば、リーマと戦ってたの響さんじゃん!?」
紫の式神で俺とリーマの戦いを見ていたのは雅だけではなかったようだ。
「忘れてたんだね」
「だって、1年前のことだったし。それに今はガドラの子分の方が気になって」
「でも、急に何で?」
顔を背けている弥生を放置して雅が質問して来た。
「ああ、1年前にはお前たちのようなアンチガドラがいたなら他にもいるんじゃないかなって」
「いたけどもう皆、違うところへ行っちゃったよ。雅が逃げたからガドラがすごいイライラしてて子分以外の妖怪を次々と殺して回ってたから」
「そりゃまた物騒な」
「そんな奴を倒しちゃうお兄ちゃんと雅ちゃんもすごいけどね」
望が軽口を叩いたが、無視。
「仕方ないか……もう一人はこっちで手配するよ。じゃあ、チルノの所に案内してくれるか?」
「うん、わかった」
「あ、そうだ。お前たちはここに残っててくれ。明日のために休んでおいて」
「え? ホテルには行かないの?」
雅が首を傾げながら問いかけて来た。
「今は弥生と離れない方がいい。さっき、ガドラの子分と戦ったって言ってたから子分たちがここに来る可能性もある。弥生、ここに泊まらせてくれ」
「それはいいけど……雅、リーマ。寝室に案内して」
「後、リーマはそれが終わったら俺に連絡。そしたら、幻想郷に帰すから」
「えー」
「お前は燃費、悪すぎなんだよ。さっきの弥生戦でもバクバク持って行きやがって」
俺がため息交じりに言うとリーマは頬を掻いて視線を逸らした。
「それと……明日はここに居る全員に戦って貰う。覚悟しておいてくれ」
3桁を超える妖怪との戦闘。『倒す』と口で言うのは簡単だ。しかし、現実はかなり厳しい。正直、ここにいる全員+チルノ+もう一人の9人で戦うのは無謀としか思えない。無傷では済まないことは容易に想像出来る。
俺の目を見て全員が深く頷いた。
アジトに望たちを残し、俺と弥生はチルノがいるという小さな湖に来た。そして、その湖の真ん中で一人の少女が立っていた。そう、氷の上にだ。
「あれがチルノだよ」
「……あれが?」
キラキラとダイヤモンドダストが月の光を反射して輝いている。それは自然の力で出来た物ではない。チルノが作り出しているのだ。
(でも、チルノって……あんなに大きかったか?)
湖の上に立つ少女は望――いや、もしかしたら成人女性と同じぐらいの背丈だ。こちらに背を向けているので顔は見えないが、顔もそれぐらいだと想像出来る。
「チルノ!」
試しに大声で呼んでみた。すると、チルノはゆっくりとこちらを振り返る。
「あら? 響じゃない? どうしたの?」
月光りを背に、青髪の少女が微笑む。髪は長い。腰まで伸びている。服は青いワンピース。だが、少々サイズが小さいのか胸がはちきれそうになっていた。いや、それほどでかいということか。
「お前のようなチルノがどこにいるんだよ!!」
我慢できずに叫んでしまった。だって、あまりにもその姿が俺の知っているチルノとかけ離れていたから。
「私だってわからないわ。ここに来た時にはこうなっていたんだもの」
「もう、喋り方とか別人じゃねーか!? お前、いつからどこかのお嬢様のような口調になったんだよ!?」
「私だってわからないわ。ここに来た時にはこうなっていたんだもの」
「切り返しが同じなんだけど!?」
「きょ、響さん! 大声出すとガドラ勢に聞こえちゃうから!」
そう言う弥生もかなりの声量だった。
「……とりあえず、こっちに来い」
「わかったわ」
チルノはふわりと飛んで俺の前に優雅に着地する。
「もう、何もかもが変わってしまったんだな」
「そうでもないわよ? 最強なのは変わらないもの」
大きくなっても『最強バカ』だった。
「それで? 何しに来たの?」
「いや、外の世界に残されてたお前を連れ戻しに来たんだよ」
「……ソトノセカイ?」
棒読みで言葉を復唱するチルノ。
「……お前、ここがどこだかわかってるよな?」
「ええ、知っているわ」
「言ってみろ」
「幻想郷」
(大きくなっても馬鹿だった!?)
俺と弥生は目を合わせてため息を吐く。
「えっとだな。ここは外の世界なんだよ」
「……響、頭でも打ったの?」
「違う。7月に起こった歪異変でお前はここに飛ばされたんだ」
「……ふっ」
こいつ、鼻で笑いやがった。
「きょ、響さん! 落ち着いて!」
俺の地力が膨れ上がったのを感じたのか俺の肩を押さえて宥めにかかる弥生。
「すぅ……はぁ……いいか? もう一度だけ言うぞ。ここは外の世界だ」
「そんなはずはないわよ。だって、私飛ばされた記憶なんてないもの」
「……因みに体が大きくなる前、何してた?」
「お昼寝をしていたわね」
「寝てる間に飛ばされたんだよ!」
駄目だ。頭が中途半端に良くなったから余計、面倒な奴になってしまった。
「もういい。それで、ここにいる弥生と一緒にガドラ勢と戦うんだよな?」
「その通りよ」
「それ、俺たちも参加することにしたから」
「……ガドラ勢として?」
「お前たちの味方としてだよ!」
幸先が不安過ぎてその夜、俺はあまり寝つけなかった。