「あー……疲れたぁ」
ファッションショーが終わり、俺は大学内を適当に歩きながら呟いた。
「お疲れ様、お兄ちゃん」
そして、何故か俺の隣にいる望。
「何で、いるんだよ……」
「まぁ、そこら辺は置いておいて。いいの? それ」
望の視線の先には黒い翼があった。
更衣室に戻った俺だったが、その途中で悟に捕まり、『今日一日、それ外すな!』と命令されたのだ。従う義理はなかったのだが、サラシで締め付けるのも一苦労だし、了承した。
「文化祭でコスプレする人もいるからその一環だって思うって」
「そうだけど……それにしても、あの時のお姉ちゃん、めちゃくちゃエロかったよ」
「お姉ちゃんって言うな。エロいとも言うな」
「だって! あのセットをバックに、あの姿は『もう、襲われに行くしかない!』って思っちゃうほど吸血鬼だったもん」
確かにファッションショーが終わった後にそう言う声が会場から聞こえた気がした。
「響!」
その時、前から雅と霙(犬モード)に乗った奏楽がやって来る。
「おう」
「響! 何で、あんなにエロかったの!?」「おにーちゃん! えろかったよ!」
「お前ら、殺されたいようだな?」
俺の一言で二人は口を閉ざした。
『しかし、ご主人様。半吸血鬼だってばれないのですか?』
(ああ、それなら大丈夫だよ)
頭の中で霙に答えた。
あの時、俺はあえて半吸血鬼の姿で出たのは諦めたからじゃない。俺のようにオカルト方面を知っているなら半吸血鬼の姿を見たら一発でばれるだろう。しかし、普通の人ならば半吸血鬼の姿を見ても半吸血鬼だとは思わないはずだ。そこに『これは衣装だ』と言えば完全に信じることはできないかもしれないが、半吸血鬼とは思わないだろう。
「まぁ、半吸血鬼だと思わないだろうけど……」
望は苦笑いしながらそこで言葉を区切る。
「? どうしたの?」
「いや……あれ」
望の視線を追ってお前を向くと――たくさんの人がいた。全員こちらを向いている。
「こ、これって……」
冷や汗を掻きながら俺は後ずさりした。
「まぁ、襲われに来た人だよね」
ため息を吐き、望はその場から離れていく。
「ちょ、ちょっと! 何人いるの!?」
雅は驚愕して俺に問いかけて来た。もちろん、答える余裕などない。
「うわぁ! すごい人だねって、霙! 何で、逃げるの!?」
危険を察知した霙は急いで望の後を追う。奏楽は何故か、文句を言っていた。
「お、俺たちも逃げるぞ!」
「う、うん!!」
俺たちが踵を返して走ると同時に後ろの軍団も俺たちを追って走り始める。
「うおおおおおおお!!」
「響のせいだからねえええええええ!!」
「あの時はああするしかなかったんだよおおおおおおお!!!
それから1時間ほど鬼ごっこをした。
「…………」
「会長、お疲れ様ー……ってどうしたの?」
無事にファッションショーも終わり、舞台の片づけをしている途中で会長が何かを凝視していた。
「会長?」
「……………………」
私が声をかけても会長は無反応。
「会長!」
「え? な、何? 幹事さん」
「さっきから何を見て……えっ?」
会長の手にはパッドがあった。
「会長……まさか」
私の呟きを聞いた会長は最初、首を傾げたが私の視線を追ってパッドを見た瞬間、ハッとする。
「ち、違う違う! ちょっと、気になって」
「パッドが?」
「違うわ!」
「じゃあ、何が?」
「……なぁ、ビキニの時の響、胸大きくなかったか?」
会長の言葉であの時の光景を思い出す。
「……ふふ」
「幹事さん、何で笑ったの!?」
「え? だって、会長もあの時の響様が気になってるんでしょ?」
「違うっての……ほら、これより大きくなかったか?」
「そんなはず……あれ?」
確かにこのパッドよりも大きいような気がした。
「確か、ファッションショーって撮影してたよね? それで確認すれば……」
この大学では出し物を全て、撮影する義務があるのだ。
「……それが駄目なんだ」
「へ? どうして?」
「ほら」
会長は鞄からカメラを取り出して渡して来る。操作方法を教えて貰いながら再生するとずっと砂嵐だった。
「これって……」
「映像が撮れてないんだよ。全くって言っていいほど。そして――」
会長が早送りボタンを押すと映像が映った。しかし、ファッションショーではなく、漫才の映像だった。
「あ、あれ?」
「もっと飛ばすよ」
早送りをするとまた砂嵐。
「これって……」
「ああ、ファッションショーの映像だけ何故か、砂嵐になるんだ」
「何で?」
「事故か……または、誰かの妨害か……」
「妨害って……まさか」
誰が、どんな目的でそんなことをやったのだろう。
「目的は……響の姿を他の人に出来るだけ見せないようにするため。確かに俺と同じ目的だが……」
ブツブツと会長が何か呟いているが聞き取れなかった。
「ちょっと、調べる価値はあるか……幹事さん。後は頼むね」
「あ、はいはい。了解……思ったけど、私って会長より年上だって知ってる?」
「立場は上だ」
確かに私のファンクラブでの立場は『庶務代理』。実は副会長や庶務の任に就いている人を見たことがない。聞いても会長は何故か、話を逸らすので七不思議の一つとなっている。もちろん、『響様は何故、男なのか?』という不思議も入っている。
「じゃあ、お願い」
「了解です」
会長はそのまま、どこかへ行ってしまった。煮え切らない謎が残ったままなので私は何とも言えない気持ちになり、ため息を吐きながら窓から外を見る。
「ん?」
そこには黒い翼を付けた響様と見覚えのない子が一緒に走っていた。その後ろに響様に魅了された人たちが二人を追いかけている。
「……本当にあの子は楽しそうに生きてるわね」
響様の姿は確かに、美しい。でも、皆が響様に夢中になる理由はやっぱり、人柄にあると思う。私もその一人だった。
軍団から逃げ切った俺と雅は適当な屋台でたこ焼きを買って食べながら歩いていた。
「それにしても、響の人気はすごいね……」
「もう、嫌だ……」
何故、こんなことになってしまうのだろうか。
「私も不運な方だと思ってたけど、響よりはマシだね」
「はぁ? お前の方が不運だろ?」
「響だよ!」
「お前だよ!」
ぐぬぬ、と俺と雅は睨み合う。
「ねぇ! 見て! 響様が会長以外の人と睨み合ってる!?」
「そ、そんな!? あの立ち位置は会長だけだと思ってたのに!?」
睨み合いに夢中になっていると気付けば、周りに人だかりが出来ている。
「ちょ、何これ!?」
「こ、これは……」
文化祭前に見たことのあるような光景に俺は嫌な予感がしていた。
「ま、まさか!? あの二人、付き合っ――」
「「違うからああああああ!!」」
俺と雅の悲鳴が大学内に轟く。
一つ、わかったことは俺と雅は『不運』ということだ。
「……わかった。話を聞かせてくれてありがとう」
「は、はい……でも、気のせいかもしれないので信じないでくださいね?」
「わかってるって。参考にさせてもらうだけだよ」
俺は案内役の女子生徒に別れを告げて大学内を歩く。
(あの子の話だと……響はメイド服を着た時、何か話し声が聞こえた。しかも、会話のような……しかし、案内役の子って更衣室から離れた場所にいたからあまり、信憑性のない情報だな)
だが、この情報が本当ならば、どうやって響の更衣室に侵入したのだろう。更衣室に行く為には必ず、案内役の前を通らなければならない。でも、案内役の子は誰も通らなかったと言っていた。それに話し声はすぐに聞こえなくなったらしい。不自然に消えたそうだ。
(うーん……これは……)
誰にも気づかれずに移動でき、会話を聞こえなくすることができる人物。
「いや……そんなはずは……」
可能性はゼロ。本当にこれが本当ならば俺の常識が粉々に崩れることになる。
(だが……これだけのことが出来る人物は――)
東方の――八雲 紫なら出来る。
それに響のリボン。あれは博麗のリボンだ。あいつは誰かに貰ったと言っていたが、嘘は吐いていない。あいつが嘘を吐く時、右目がほんの少しだけ痙攣するのだ。まぁ、本当にちょっとなので見逃すこともあるがあの時は右目を集中的に見ていたから嘘は吐いていない。
(嘘じゃない……つまり、重要なのは誰に貰ったかだ。ここで『博麗の巫女に直接、貰った』ならば、八雲 紫の存在も肯定される)
そこまで考えて俺は首を振ってその考えを打ち消す。
「あり得ない、あり得ない……」
だって、それだと響も八雲 紫、そして博麗 霊夢と知り合い――それも、幻想郷に行った事があるという話になってしまうのだ。おかしい。だって、あいつは外の世界にいて仕事を――。
「……おいおい」
そうだ。あいつの仕事、まだわかっていない。そうだよ。そこだ。それさえ、わかれば全て、わかる。
「……もしもし、俺だけど。お願いしたい事があるんだ」
俺は携帯を取り出して、電話を始めた。