「……」
「……」
「貴方たち、何か喋りなさいよ」
今朝、無茶したことを望たちに盛大に説教された後、俺はフランを紅魔館に帰すために幻想郷に来ている。因みに、雅はいなかった。夜には帰って来たのだが、朝早く出て行ってしまったらしい。
仕方なく、俺はフランを紅魔館に帰し、博麗神社に来たのだが。
(な、何だこいつ……)
無表情でこちらをジーッと見て来る少女が目の前にいて動けなかった。
薄紫がかった腰までのロングヘアに同じく薄紫の瞳。 服装は青のチェック柄の上着に桃色の長いバルーンスカート。上着には胸元に桃色のリボン、前面に赤の星、黄の丸、緑の三角、紫のバツのボタンが付いている。頭には『福の神』のお面を装備していた。
「れ、霊夢……何で、こいつこんなに見て来るの?」
「知らないわよ……ほら、何か言いなさい」
霊夢が無表情少女に言うが――。
ジー。
動かない。ずっと俺を見ている。
「……すごい」
だが、少女がボソッと呟いた。
「な、何が?」
「ここまで、希望を持った人、みたことがない」
いつの間にか『福の神』のお面から『女』のお面に変わっている。
「希望?」
「うん。人里とか色々な場所で人々から希望の象徴とされてるみたい……」
意味が分からず、霊夢の方に目を向けた。
「……こいつは秦 こころ。『感情を操る程度の能力』の持ち主で少し前の異変の原因よ」
「こ、こいつが!?」
昨日、フランが言っていた『感情を操る程度の能力』の持ち主はこいつだったようだ。しかし、『感情を操る程度の能力』を持つ人としては無表情すぎて逆に感情がないように見える。
「ほら、このお面……これが感情の象徴としてるの」
ちょんちょんと『女』のお面を指さしながらこころが教えてくれた。
「……なぁ、こころ」
「何?」
「頼む。感情を制御するやり方を教えてくれ」
頭を下げてお願いする。
「理由は?」
「俺、外の世界とここを行き来してるんだけど……外の世界で怒りが爆発して暴走しちゃったんだ。そのせいでたくさんの人を、殺した」
フランから聞いた話では銃弾を撃って来た奴らに向かって闇の力で弾を跳ね返したらしい。そのせいで全員が頭を撃ち抜かれ、死んだ。俺は人殺しをしてしまったのだ。
「……暴走?」
「俺の中には闇の力とか狂気とか負の力を宿した魂がいるんだ。俺の魂は変な構造になってるらしくて、いくつも魂を取り込んでいる。その中に魂の残骸がいるんだけど、そいつが強い負の感情を糧に強くなるんだ。今回の暴走も俺の怒りのせいで魂の残骸が凶暴化して……」
俺の話をこころは黙って聞いていた。無表情のまま、真剣な目を俺の顔に向け続けていた。
「……具体的にどうなりたい?」
「そうだな。負の感情を抱かないようにするとまでは言わない。抑え込むとか出来ないか?」
「うーん、ちょっと厳しいかも。感情って状況に応じて強さが変わるからその時にどれだけ響が強い感情を抱くかわからないから」
それを聞いて俺は項垂れてしまう。
「でも、負の感情に体が慣れると我慢しやすいかも」
「慣れさせる?」
「これ持って」
そう言ってこころが『般若』のお面を差し出す。俺も黙って受け取った。
「っ!?」
突然、目の前が真っ赤になる。頭の中が沸騰してしまうのではないかと疑ってしまうほど正体不明の怒りが湧き上がって来た。
「ちょ、ちょっと! 貴女、何やったの?!」
傍で見ていた霊夢がこころに向かって叫ぶ。
「あ、あれ!? 持つだけならそこまで感情を抱かないのに!?」
『猿』のお面を付けたこころが慌てている。
「あ、ぐっ……」
多分、俺の能力のせいだ。このお面はきっと、『怒り』。他の人が持つ分にはイラッと来る程度だろうけど、俺が持てば俺の感情全てが『怒り』に支配されてしまう。
【おお、いい感じいい感じ。もっと、もっと怒って!】
魂の中で残骸が嬉しそうに叫んでいる。
「響の体から黒いオーラが!?」
また、闇の力が暴走し始めているのだ。
(お、抑えられないっ……)
「全く、世話の焼ける主だね」
その声が聞こえた瞬間、『般若』のお面が俺の手から離れる。いや、俺の手首に衝撃を与えて、落とさせたのだ。
「はぁ……はぁ……」
汗を滝のように流しながら博麗神社の境内に膝をつく。
「み、雅……」
息を荒くしながら顔を上げると雅がいた。
「うん、ちゃんと成功したね」
「な、何が?」
「霙と違って私って仮式期間が長かったでしょ? そのせいで響に呼んで貰わなくても私の任意で召喚できるの」
それは式神としてどうなのだろうか。
「まぁ、勝手に召喚されるから力の供給は通常の10分の1なんだけどね」
「と、とにかく助かったよ……」
「響……ゴメン。まさか……あんなになるとは……」
『姥』のお面を付けたこころが弱々しい口調で謝って来る。
「いや、これは俺の能力のせいだから……でも、吃驚したなぁ」
「それはこっちのセリフよ。いきなり、暴走しそうになるんだから」
霊夢が心配そうな表情を浮かべて言う。
「すまん。でも、これじゃ感情制御は無理かな……」
「持つのは早すぎたかも。でも、触って徐々に慣れさせたら大丈夫だと思う」
こころが腕を組みながら呟く。きっと、考えながら話していると思うのだが、無表情なのでよくわからなかった。
「じゃあ?」
「うん、付き合ってあげる。私も響に興味を持ったから」
これで感情制御練習はどうにかなりそうだ。
「それにしてもさっきはどうなるかと思ったわ」
雅がため息を吐きながら俺の方を見て苦笑する。
「さっき、式神になったとか言ってたけど……何があったの?」
霊夢が首を傾げて問いかけて来た。俺は手短にガドラのことを教えた。
「ふーん……あれ? 式神になるためには何かしなきゃ駄目じゃなかったっけ?」
「っ……そ、それはだな」
キスしたとか恥ずかしくて言えない。
「キスしたの」
「「なっ!?」」
雅の爆弾発言に霊夢も俺も驚愕してしまう。
「おお♪ 若いねぇ♪」
『火男』のお面を付けたこころは何故か、冷やかして来る。
「え!? 雅も!?」
その直後、背後でフランが叫んだ。
「ふ、フラン!? 何でこんなところに!?」
「お兄様が携帯忘れたから届けに来たんだよ!」
そう言うフランの手には俺の携帯(スキホではない方だ)が握りしめられている。
「でも、聞き捨てならない話が聞こえた! 雅、お兄様とキスをしたって本当!?」
「待ちなさい! フラン、今『も』って言ったわよね!?」
霊夢の質問で俺も思い出した。
「俺はした覚えないぞ!?」
「そ、それは……仕方なかったの!!」
つまり、したのだろう。
「ええええええ!? い、いつ!?」
「お兄様が暴走しちゃったから少しでも気を引こうとしてつい!」
「ついでしちゃ駄目でしょうが!」
霊夢の怒声が境内に響き渡る。それから3人で言い争いが始まった。
「あーあ……始まっちゃった」
響たちは何故か、言い争いを始めてしまった。私は参加するつもりないので放っておくことにする。
「貴女は入らないの?」
その時、隣にいたこころ(響の視界を通じて視ていたのでだいたい、状況はわかっている)が質問して来た。
「まぁ、今から入っても響から鉄拳を貰うだけだし」
「……貴女は響が好きなんだね」
「うん、好きだよ。人間としてね」
「女としては?」
「……無理かな。ライバルが多すぎてもう諦めてるって感じ」
フラン、望もそうだが、霊奈だってきっと――それに。
「響は人気者だね」
「いい男だからね。顔は女だけど」
「あ、男だったんだ。知らなかった!」
『大飛出』のお面を付けながらこころが驚く。
「おい……」
「さてと、私はこれで帰るね」
「うん。あ、こころ」
帰ろうとするこころを呼び止めた。
「何?」
「響のこと、よろしくね?」
「……まかせておいて」
その時、こころの口元が少しだけ緩んだように見えた。
雅は自分の意志で響の傍に行けるようになりました。
雅からしたら『響の傍で響を守りたい』という願いが叶った形になります。
……雅、よかったね。