ものすごい振動と爆音で私は目を覚ました。
(な、何、今の? それに私は……)
そうだ。私はあいつ――ガドラ(響が『男』と呼んでいた妖怪)に勝負を挑んで負けてそのまま、気絶してしまったのだ。
「でも……ガドラはいないし」
周りを見渡すと山の山頂付近だとわかった。だが、私とガドラが戦っていた場所ではない。あそこよりも標高が低い場所だ。
(どうして? ガドラなら無理矢理、連れて行くはずだし……まさかっ!?)
残った力を振り絞って空を飛ぶ。体を360度、回転させてやっと山頂から黒い煙が昇っている。
「響!」
私は元主の人間の名前を叫びながら煙の方に向かった。
「――せなかったのは計算違いだったみたいだけどねぇ?」
もうすぐで山頂というところでガドラの声が聞こえる。下を見るとうつ伏せで倒れてる響の横顔が見えた。その前にガドラ。
(そ、そんな……響がやられるなんて……)
私の中で響はヒーローだった。独りぼっちだった私を助けてくれたヒーロー。いつも、自分を犠牲にして私たちを守ってくれた人。
そんな人の仮だったとしても式神になれて私は幸せだった。私は響より強い人を――いや、響より強い妖怪を知らない。もちろん、力は妖怪の方が強い。だが、響は力もそうだが、何よりその精神力が凄まじいのだ。
どんな攻撃を受けても、どれだけピンチでも、響は諦めず逆転の一手でどんな敵でも倒して来た。闇の時は通信が途切れていたから直接、見られなかったけど私が仮式になってから響の戦いをずっと見ていた。だが、私が助けに行きたくてもいけなかった。何故なら、私は響が呼んでくれないと響の元へいけないからだ。
「だ、駄目……」
心配だったけど、響はいつだって帰って来てくれた。でも、今は違う。
響はガドラをずっと、睨んでいる。多分、策はあるけど危険な賭けなのだろう。だから、ああやって使うかどうか悩んでいるのだ。
「駄目……」
「さぁ? 動けないみたいだけど、僕は遠慮なんかしないからねぇ?」
ガドラが響に近づいて行く。響はゆっくりと目を閉じた。覚悟を、決めたらしい。
「駄目っ」
響は自分が危険な目に遭ったとしても家族のためなら犠牲になるのも気にしない人なのだ。
無意識の内に翼を地面に突っ込み、岩を持ち上げる。
「きょおおおおおおおおっ!!」
生きてきた中で一番、大きな声で主の名前を叫ぶ。そして、翼を使って岩をガドラに投擲した。
「……ちっ」
ガドラは小さく、舌打ちした後に拳に火を灯して岩を殴って破壊する。響は私の方を見て目を見開いていた。私は降下して響の前に降り立つ。
「お、お前……」
後ろで響の声が聞こえたが、スルーした。
「響は、私が守るッ!!」
両手を広げてガドラの前に立ち塞がる。
「雅……」
「おー? 雅じゃん?」
ガドラの口調が丁寧じゃない。この状態は彼の本気。
(ガドラをこの状態になるまで追い詰めたんだね、響)
私でもこの状態のガドラを見たのはこれで2回目だ。もちろん、1回目は私が奴隷にされた時である。それに響もそうだが、ガドラも負けないぐらいボロボロだ。後もう一歩というところで地力が足りなくなってしまったのだろう。
(ガドラは瀕死……なら、私でも……)
そう自分に言い聞かせるがやはり、怖い。
「……っ」
「あれぇ? どうしてたのぉ? 足、震えてるけどぉ?」
「そんなこと、ない!」
私が怯えているのを悟られまいと突進を試みる。
「待て! 雅!」
しかし、その前に響に呼び止められた。振り返ると響が立ち上がろうとしているようだが、手足に力が入らないようで何度も地面に伏している。
「響……やっぱり、地力が……」
「くそっ……暴走さえなければ」
悔しそうに響がそう呟く。
(ぼう、そう?)
そう言えば、響は何故、一人なのだろう? 私と別れるまで望たちと一緒だったのに。
「おらぁ! 行くぞぉ!」
「くっ!」
響に翼を1枚だけ巻き付け、飛翔する。その瞬間、私たちがいた場所に火球が撃ち込まれる。
「さ、サンキュ」
「響は霊力の回復を急いで! まだ傷、治り切ってないんでしょ!」
「……すまん」
響はそう言って目を閉じた。瞑想しているのだ。
(ガドラは炎を操る……そして、私は少しでも炎に触れたら能力が使えなくなってしまう。それにあいつは体のどこからでも炎を出せるし、どこでも灯せるから触れたら終わりだ。なら、触れなければいい)
そうと決まれば、私は翼の一つに手を当てる。すると、翼が黒い粒となってガドラに向かって射出された。
「へぇ? 前より強くなってるみたいだけどぉ? 僕には効かないよねぇ?」
ケラケラと笑いながら手を横薙ぎに払うガドラ。その手の軌道をなぞるように火が出現する。その火に吸い込まれるように黒い粒は燃えて消えてしまった。
流れるように飛翔してガドラが全身に炎を纏って突っ込んで来る。急いで横にスライド。私のすぐ傍を炎の塊が通り過ぎる。その瞬間、より一層、集中力を高めて火の粉の動きを観察。
(やばっ!?)
その一つが今まさに私の翼に触れようとしている。これだけでも駄目なのだ。これに触れてしまったら――。
「くっ!」
即座にその翼の制御をやめる。そして、その場から離れた。
切り離した翼を見てみると燃えている。きっと、あのままだったら私がああなっていただろう。
もう一度、翼を黒い粒にして飛ばすがまた燃やされた。
(翼の数は残り9枚……1枚は響を掴むのに使ってるから8枚か……)
私の飛行能力は翼に依存していないからなくてもいいが、ちょっと試したいことがあるので少し心配だ。
ガドラが攻撃して来る前に山に生えている木に手を振れた。トン、トン、トン、と。私が触れた木はすぐに黒い粒になり、私の背中に集まる。
「うわぁ。いつ見ても鬼畜だねぇ?」
それを見てガドラが口笛を吹く。
「生きる為だからね」
「でも、『触れた物の炭素を全て、自分の翼にする』とかヤバいでしょぉ? 人間なら即死だよぉ?」
「人間にはこれ、使わないよ。人殺しにはもう、なりたくない……」
後ろをチラリと見て翼が12枚あることを確認。そのついでに響の様子も窺う。顔色は悪いが目を閉じて深呼吸を繰り返している。
(絶対に守るから……)
「いけっ!」
黒い翼を3つ、粒にして飛ばし、すぐ後に岩を地面から削り取ってぶん投げた。
「おっとっとぉ……遠距離は効かないよぉ? 近距離は殺されに来るだけだけどぉ」
ガドラはそう言いながら黒い粒を燃やし、岩を砕く。すぐに火炎放射を撃って来る。
(躱せないっ……ならっ!!)
体を左にスライドさせながら右翼の1枚を爆破させた。その勢いで体ごとロールし、火炎放射から逃れる。
「……今のには感心したよぉ。その翼にそんな使い方があったなんて」
「まぁ、ね」
今のは過去の響が桔梗【翼】の能力である振動を使った移動法である。稀に響が見た夢を私も夢として見ることがあるのだ。丁度、私が見たのは変な怪鳥と戦っている子供の頃の響だった。
「絶対に、響を殺させはしない!」
「……はぁ。雅、お前はそこまでその男に毒されたんだねぇ?」
「毒されたんじゃない! 救われたんだ!!」
「まぁ、どっちでもいいやぁ。だって、二人とも、ここで死ぬんだしぃ?」
軽い口調でガドラはそう言ったが、目は本気だ。
「あーあ。でも、あんなに弱かった雅がここまで強くなるなんて、ねぇ!!」
「ッ!?」
左翼の1枚を爆破させて火球を躱す。予備動作なしだったので焦った。
「雅と初めて会った時ぃ、雅は何をしていたっけなぁ?」
火球をいくつも飛ばしながらガドラが話し続ける。
「な、何が……」
「ああ、そうだったそうだったぁ。雅、妖怪を殺してたっけぇ?」
「ッ……」
わかった。こいつ、私を揺さぶって動きを止めようとしているのだ。
(でも、その手には乗らないッ!)
ガドラの言葉を無視して黒い粒と岩を連続で飛ばす。
「あれだったねぇ? 雅、すごく怖い顔してたねぇ? まぁ、自分をいじめていた奴を殺していたんだものぉ」
言葉を紡ぎながら全てを燃やし尽くした。
「お前は妖怪の血を4分の1しか持っていない。ただのゴミ。屑。カス」
木に触って自分の翼にする。すぐ、火球を避ける為に爆破させた。
「そんなお前をいじめる妖怪はたくさんいた。すごいよな? お前、ずっと我慢していたんだもの」
また、木に触る。爆破させる。黒い粒を飛ばす。木に触る。
ガドラの言葉を気にしないために動き続けた。
「でも――我慢の限界が来た。お前はいじめて来た奴らを皆殺し……いや、自分の力にした」
(気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな――)
「妖怪の体に触って炭素にして自分の体に取り込み、己の地力にしたお前はいつしか、最強になっていた。そりゃ、三桁を超える妖怪を取り込んだんだから」
(攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃爆破攻撃吸収攻撃攻撃爆破爆破吸収攻撃吸収爆破爆破爆破攻撃攻撃攻撃爆破攻撃吸収攻撃攻撃爆破吸収攻撃――)
「それも僕が来るまで。僕をも殺そうとしたお前は僕に触れて――燃えた。今まで取り込んだ妖怪を全て、燃やされた。力を失ったお前を僕は奴隷にした。そりゃ、触れただけで殺せるんだから。僕はお前に仕事を与えた。もちろん、殺しの――」
(攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃吸収爆破攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃爆破吸収攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃ッ!!)
「それから何十年経ったかな……お前は逃げた。僕の傍から離れた。そして、そこの人間に捕まった。いや、人間じゃないな……化け物につかま――」
「響は化け物なんかじゃないッッ!!」
私は――叫んだ。私のことはともかく、私の恩人の悪口は耐えられなかった。そう、叫んでしまった。
「雅、避けろッ!!」
「ッ!?」
響の絶叫に下を向く。私の真下から炎が上がっている。数秒で響もろとも私を焼き尽くすだろう。
(爆破ッ)
ロールして逃げようとしたが、翼が1枚――つまり、響を掴んでいるのに使っている翼しか残っていなかった。
「しまっ――」
逃げられない。焼かれる。殺される。死ぬ。
私は恐怖した。死ぬことにではなく、響が殺されることに――。
響だけは殺させない。絶対に。
全快とまでは行かないだろうけど、それなりの時間を稼いだはずだ。これだけ妖力を使ったガドラならきっと――倒してくれる。
私は無意識の内に響を地面に――火柱が上がらない場所に向かってぶん投げていた。
「雅いいいいいいいいいいいッッッ!!!」
後ろから響の声が聞こえる。
(響、ゴメンね……バイバイ)
顔だけ振り返って微笑む。それを見た響が私に向かって手を伸ばしてくれた。それだけでも嬉しかった。
そのまま、私は――火柱に飲み込まれた。