東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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今日2回目の更新です。
次は午後3時です。


第192話 奏楽、友達を連れて来る

「おにーちゃん!」

 フランが大学に乱入した翌日の夜。奏楽が真剣な顔で俺を呼んだ。

「何?」

 茶碗を洗いながら返事をする。

「明日、友達、連れて来てもいい?」

「おう、いいぞ……って、友達!?」

 思わず、お皿を落としそうになった。

「うん! 学校の宿題で二人一組になって何か発表しなきゃダメなの」

「つまり、家で話し合って何をやるか決めたい、と?」

「うん! ダメかな?」

 上目づかいで奏楽。

「……はいはい。大丈夫だよ。明日は講義もないし、フランが暴れても俺が対処できるから」

「やったー! おにーちゃん、ありがと!」

「でも、あまり遅い時間までは駄目だからな?」

「はーい!」

 満面の笑顔で奏楽が手を挙げて頷く。

「お兄様って奏楽に弱いよね」

 いつの間にか奏楽の後ろにフランがいた。奏楽のパジャマを着ている。

「そうか?」

「私のお願いは聞いてくれないもん」

「いや、お前のお願いは叶えられないものばかりだし……あ、それと聞こえたかもしれないけど、明日、奏楽の友達が遊びに来るから暴れんなよ?」

「わかってるよ……さすがに壊さないってば」

 少しだけ拗ねた様子でフラン。

「フラン! 明日、私の友達が来たら一緒に遊ぼうね!」

「え? いいの?」

「うん! だって、友達もフランと遊ぶの楽しみにしてたもん!」

「ホント!?」

 フランは目をキラキラさせて奏楽に質問した。

「そうだよ!」

「やったー! 奏楽、大好き!」

「私もフラン、大好き!」

 そう叫びながら抱き合う二人。

(本当に仲良いな……こいつら)

 何がそうさせるのかわからないが、楽しそうなので良しとする。

「で? 友達の名前は?」

「ユリちゃんだよ!」

「へぇ。何か用意しておく物ってあるか?」

 俺は家に友達を呼んだことがない(悟は友達というよりも、何だか家族って感じがする)のでどうすればいいかわからなかった。

「エミちゃんの家に行った時はお菓子とかジュースとか出て来たよ!」

「なるほど、じゃあ、用意しておくよ……てか、お前、上手くやってるみたいだな」

「楽しいよ!」

 にぱー、と笑う奏楽。どうやら、人と仲良くなる素質があるようだ。

「ねぇ! そのユリちゃんってどんな子なの?」

「えっとね、明るくて楽しい子だよ! 先生にもよく、褒められてるんだ!」

 まるで、奏楽は自分のことのように語る。

「良い子なんだね」

「うん! あ! 後、いつも人形、持ってる」

「人形?」

 茶碗を洗う手を止めて、奏楽に問いかけた。

「そう! おにーちゃんみたいにポニーテールの人形!」

「俺、みたい?」

「うん!」

 奏楽は元気よく頷く。

「そうか。まぁ、いいか」

 奏楽の友達ということはユリちゃんも小学1年生。人形を持っていてもおかしくない。

「奏楽、もっと教えて!」

「いいよ! いこっ!」

 フランの手を握って奏楽が台所から出て行った。

「……大丈夫かなぁ?」

「何が?」

 俺の独り言が聞こえたのかアイスを咥えた雅が聞いて来る。

「明日、奏楽が友達を連れて来るんだ」

「へぇ? 奏楽、上手くやってるみたいだね」

「ああ、まぁ、そこら辺は安心していいかな」

「そうだ。明日、帰り遅くなるから」

「何か用事?」

 何気なく聞いたのだが、雅は一瞬だけ肩を震わせた。

「……まぁ、少しね」

 こちらを見ずにそう答えた雅。

「……そうか」

 雅は何か隠しているのは明白だった。でも、答えたくないのなら無理に聞き出さなくてもいいだろう。

 そう――思ってしまった。俺がこれ以上、質問しないとわかったのか雅はそのまま、自分の部屋に戻った。

「あ、お菓子の買い置き、あったっけ?」

 俺もあまり気にすることなく、棚を開けた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 玄関が勢いよく開き、奏楽の声が聞こえた。

「ワン!」

 いつも通り、霙が犬モードで出迎えをする。

「お、お邪魔します……」

 その後に控えめな声で誰かが挨拶した。きっと、ユリちゃんだろう。

 台所で作業をしながらそんなことを考えていた。

「ほら、ユリちゃん! あがって!」

「う、うん……うわぁ、大きなワンちゃんだね」

「くぅん……」

『私、狼なのに……』

 残念そうに霙がそう呟いた。俺に聞かせたということは何か、言って欲しいらしい。

(絶対、擬人モードになるなよ)

『慰めてくれてもいいじゃないですか!』

 霙のことを無視して、俺はオーブンからクッキーを出した。

「うん、良い感じ」

「お、お兄様! わ、私、どうすればいいんだろう!?」

 俺の隣で今日一日中、テンパっていたフランがやっと、その質問をして来る。

「ユリちゃんを傷つけなければいい」

「そ、そうは言っても! なんか、物を破壊したくてたまらないの!」

「何で、そこで破壊衝動に駆られてるんだよ!」

 ツッコミながらクッキーを冷ますためにテーブルの上に皿を置き、その上に移す。

「だ、だって!!」

「お前ってとことん、コミュ障だよな」

「495年間、幽閉されてたらそうなるってば!」

 目をグルグルと回しながらフランが頭を抱えて唸り始めた。

(本当に、大丈夫かなぁ……)

 ものすごく不安だった。

 その時、居間の扉が開く。それと同時にフランがテーブルの下に隠れた。

「いらっしゃい」

 奏楽と霙の後に居間に入って来た女の子に向かって挨拶する。

「お、お邪魔します」

 勢いよく頭を下げる女の子――ユリちゃん。

(当たり前だけど、普通の女の子だな……)

 服もそこら辺の洋服店で売っているようなワンピ―ス。髪は黒くて長く、カチューシャをしていた。やっぱり、普通な子である。

 人外ばかり見て来たせいで、見た目と年齢が一致しない可能性を考えてしまった自分が悲しい。

「きょ、今日はよ、よろしく、お、おねが、おねがががががが」

 挨拶の途中でユリちゃんがバグった。

「お、落ち着けって!!」

 前言撤回。ものすごく、変な子です。

「そ、奏楽ちゃん……ワタシ、変な子だって思われてないかな!?」

「大丈夫! いつも通りのユリちゃんだよ!」

(あ、学校でもこうなんだ……)

 てっきり、緊張しすぎてバグったのかと思ったが、最初からバグっているようだ。

「あ、あれ?」

 苦笑いをしていると、顔を上げたユリちゃんが俺を見て首を傾げた。

「んー?」

「な、何?」

 ユリちゃんが目を細めて俺に接近して来たので思わず、戸惑ってしまった。

「あ、あー!!」

 そして、目を見開いて俺を指さす。

「だから、どうしたのって!?」

「よ、妖精さんだ!」

「……は?」

 ユリちゃんの言っている意味がわからず、呆けてしまった。

「あ、あの! あの時はとても素敵でした!!」

 目を輝かせて、ユリちゃん。

「あの時?」

 どうやら、ユリちゃんは俺を見たことがあるらしい。

「これ!!」

 そう言って、背中に背負っていたリュックから1体の人形を取り出した。

「……あ!?」

 ユリちゃんの人形は去年、高校最後の文化祭で作った『きょーちゃん人形』だった。

「じゃあ、見てたの?」

「は、はい!! 小さなお人形さんがこのお人形さんを持って来てくれました!」

 興奮気味にユリちゃんが叫んだ。あまりにも声が大きくて耳が痛くなってしまった。

「わ、わかった。えっと、見てくれてありがとう。その人形、大事にしててくれたんだ」

「もちろんです! 私、大きくなったら響さんのような“女の子”になりたいなって思ったんです!」

「……そう、ありがとう」

 今の一言でもう、俺の精神はボロボロだ。

「ユリちゃん、とりあえず、私の部屋にいこ?」

「あ、うん! では、響さん、お邪魔します!」

 いつの間にかバグらなくなったユリちゃんは奏楽の後を追って居間を出て行った。

「……おい、フラン」

 呼びかけながらテーブルの下で震えていたフランを引っ張り出す。

「な、何?」

 少しだけ涙目のフラン。

「クッキーが冷めたら、ジュースと一緒に持ってってくれ」

「え?」

「そうした方が、馴染みやすいだろ?」

「う、うん!!」

 フランは力強く頷く。本当に世話の焼ける妹だ。

 

 

 

 

 それから数十分後、フランはビクビクしながらクッキーとジュースが乗ったお盆を持って2階にある奏楽の部屋に向かった。それから、ユリちゃんが帰るまで1階に降りて来なかったので仲良くなったようだ。

「ユリちゃん、またねー!」「ばいばーい!」

 玄関先で奏楽とフランが帰ってゆくユリちゃんに手を振る。

「はい! また、遊びに来ますね!」

 ユリちゃんも笑顔で帰って行った。

 俺の不安もただの杞憂だったようだ。

 

 

 

「……」

 響が安心している時、ヒマワリ神社の近く。

「おや? 来てくれたのですか?」

「何の用?」

「その言いぐさは酷いですねぇ……せっかく、迎えに来たのに」

「迎えって……私はもう、お前のところには戻らない」

「へぇ? 随分と言うようになりましたね、雅」

 1年ほど前、響と雅が戦った場所で二人の妖怪が話し合っていた。片方は雅。片方は――響も見たことがない妖怪。

「あの頃とはもう、違うの」

「なるほど……でも、僕に逆らうことは出来ませんよね?」

 そう言いながら妖怪は雅に右手の平を見せた。

「っ……」

 たった、それだけで雅は体を硬直させる。

「……あはは。やっぱり、何も変わってないじゃないですか」

 ニヤリと笑った妖怪はそのまま、右腕を降ろした。

「まぁ、僕も鬼ではありません。今、匿って貰ってる人たちに挨拶して来なさい。そうですね……3日後のこの時間、あの山で」

 妖怪がとある山を指さして言う。ここで落ち合えば雅の知り合いが探しに来ると思っての提案だった。

「……」

 雅は俯きながら、唇を噛んだ。

「では、また会いましょう。雅」

 自分にはこの妖怪を倒す術がないことが悔しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻。

「……へぇ? これは面白い。こんなこともあるんだな」

 一人の男がニヤリと笑いながら1枚の写真を机の上に置いた。

 そこには一人の“男”と大型の犬が映っていた。しかし、どこか違和感がある。男は大型の犬を見て笑っているのだ。

 いや、違う。大型の犬を見ているわけではない。大型の犬の上を見ているのだ。

 しかし、そこには誰も映っていない。

「これは面白くなりそうだ」

 実はこの写真を撮ったのはこの男だ。だからこそ、気付けた。

 この写真に写り込まなかった女の子がいることに。

「さて、どうやろうか……」

 男は顎に手を当てて考え始める。

 

 

 

 

 

 全ての偶然が重なり、響にとって――そして、雅にとって大きな出来事が起きることなど、この時は誰も知らなかった。

 


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