「どういうことだ?」
「まず、俺たちの通っていた中学の生徒全員にこのファンクラブの存在を伝えた。もちろん、お前以外な? すると、全校生徒全員が音無響非公式ファンクラブに入ったんだよ」
「ぜ、全校生徒!?」
霊奈が驚きのあまり、半歩後ずさった。
「そう。それほど、響は人気があった。元々、人数が少ないのもあったけど……そして、そこからが罠(トラップ)が発動する」
「罠?」
「ああ、ファンクラブにはたった一つだけルールがあったんだよ。『音無響には一切、手を出さず遠いところから見守る』ってな」
そこまで聞いてやっと悟の目的がわかった。つまり、そのルールで全員を縛って俺を狙わせないようにしたのだ。
「でも、そのルールを破る人だっているんじゃ?」
「それはない。だって、ファンクラブに入ることにもメリットがあるんだよ」
「メリット?」
「まずは響の情報だな」
「……は?」
俺の、情報?
「響はこんな物が好き、だとか」
「お、お前!? プライバシーの侵害だぞ!?」
「全部、でたらめだから安心しろ」
それを聞いて昔、くさやをプレゼントされたことがあるのを思い出した。
「そして、仲間だ」
「仲間?」
「同じ物が好きな者同士、好きな物について語り合う。これって意外に大事なんだよ」
「俺からしたらやめていただきたかった!」
「とにかく、ファンクラブのおかげでかなり響を狙う奴らは減ったんだよ!」
「わかったから顔、近づけんなっ!」
悟の顔を押しのける。
「で、それからどうしたの?」
「中学校時代はそのまま、平和だったよ。それから俺たちは高校に進学した」
「もしかして高校でも?」
「ああ、もちろんファンクラブを作ったさ。でも、こっちは広まるのが遅かった」
「え!? どうして、こんなに可愛いのに――いたッ!?」
とりあえず、霊奈の頭を叩いておいた。
「響の存在がまだ、広まってなかったんだよ。最初にクラスメイト引き込んで響の噂を流させた」
「お前が!? なんでそんなことを!?」
広まっていないのなら放っておいても大丈夫だったはずだ。
「バカ、お前は目立つんだよ。体育祭とか文化祭までに対処しなかったらどうなっていたことか……」
「まぁ……襲われていただろうね」
霊奈はうんうんと頷きながら呟く。
「……わかった。お前のして来たことは俺を守るためだって認めよう。だが、それと今回の事件とどんな関係が?」
「利用するんだよ。ファンクラブをな」
「「は?」」
ニヤリと笑う悟。俺と霊奈は悟の考えていることがサッパリわからなかった。
『では、今週の響情報から行こうか』
マイクを握って講義をしている悟。俺たちは悟にここにいろと言われただけなので何をしていいかわかっていない。
「どうする?」
霊奈が小さな声で問いかけて来た。その顔には不安の色が見える。
「悟にも考えがあるはず。俺たちは黙って見ていよう」
「あの! その前に良いですか?」
そっと手を挙げる一人の女子生徒。
「あ、れ? あの人……幹事の人だ」
春の新入生歓迎会で幹事をしていた人だった。
「音無君がやっぱり女の子だったという噂が流れているのですが……これは一体どういうことでしょう?」
その女子生徒の質問の後にいくつか同じような問いかけが講義室のあちこちから聞こえる。やはり、俺の噂はかなり広まっているようだ。
『……』
「悟君?」
霊奈の声が聞こえたので悟の方を見る。
「どうしたんだ?」
てっきり、すぐに否定すると思っていたのだが、悟は目を閉じたまま、黙っていた。
『……皆、聞いてくれ』
そして、ゆっくり目を開けた後、言葉を紡いだ。
『皆も信じられないと思うが実は……響は女の子だったんだ!』
「あほか、お前はあああああああああああああっ!!」
思わず、立ち上がって叫んでしまった。
「何で、否定しないんだよ! 肯定してんじゃねーよ! ここにいる人が信じたらどうすんだよ!!」
「きょ、響! 落ち着いて!」
俺の肩を掴んで霊奈。
「だ、だって!」
「きょ、響様っ!?」
「は?」
突然、様付けで呼ばれたので変な声を上げてしまった。
「ど、どうしてこの集会に……」
幹事の人が目を見開いて驚愕している。その周りの人も驚いているようだった。
『えー、少し紹介するのが早くなったが、今日は俺たちのアイドルである音無 響もこの集会に来ていた。もちろん、最初からな』
悟の告白に講義室がざわつく。
『理由は簡単。噂について本人に聞くため。じゃ、響よろしく』
そう言ってポンとマイクを投げて来た。
「おっとっと……」
反射的にマイクをキャッチしてしまう。これじゃ話さないわけにはいかない。
(いや、これはチャンスかも……)
これだけの人の前で噂が嘘だっていうことを証明できればこれからの大学生活が平和になる。
「よし……」
覚悟を決めて俺は悟の隣に移動した。
『えー……音無 響です』
とりあえず、挨拶から始める。だが、それだけで講義室に黄色い声援が轟く。
『お、落ち着いて! 今日は噂について本当のことを話したいと思います……でも、その前に一つだけ』
何だか、不思議な気分だ。あれだけ噂をなくしたいと思っていたのにそれ以上、話さなくちゃいけないことがあるような気がした。空気を読んだのか悟が霊奈の隣に移動する。これで黒板の前には俺しかいない。
『俺の……ファンクラブについて悟から聞いた時は吃驚した。だって、こんな俺を好きになってくれる人がいるなんて思ったこともなかったからだ。小さい頃からずっと独りで……やっとできた友達がこんな非公式ファンクラブを作っちゃうような非常識ツンツン頭と自分のことを話さず、周りの眼ばかり気にしてる小心者の女の子』
チラリと二人を見ると苦笑していた。
『でも、二人にはすごく救われた。いや……二人だけじゃない。家族にも学校の皆にも助けられた。もちろん、ここにいる皆にもだ』
そこで一度、深呼吸。さぁ、本題に入ろう。
『実は……このリボンも俺を助けてくれた人から貰った物なんだ。俺が倒れた時にいつも駆け付けてくれて』
そう言えば、脱皮異変の時も、狂気異変の時も、魂喰異変の時も、呪いの時も、氷河異変の時も、あいつは真っ先に俺のところに来てくれた。
『まぁ、そのせいで俺は女なんじゃないかって噂が流れちゃったけど……でも、俺はどれだけ勘違いされてもこのリボンを外す気はない。だって、俺にとってこれは大切な物だから』
闇を封印するのもそうだが、これを付けていると何だか落ち着くのだ。これも博麗のリボンだからだろうか。
『だが、これだけは言っておく。俺は男だ。誰が何と言おうと、何を思おうともそれだけは変わらない。だから、信じてくれ』
いつしか講義室は静まり返っていた。
『……最後に。俺を好きになってくれてありがとう』
そう言った時、俺は自然と微笑んでいた。何より、嬉しかったのだ。
『それでは、俺からは以上です。悟、ほい』
「あ、ああ……」
悟にマイクを返して俺は講義室を後にした。言いたい事は全部、話した。後は成り行き次第だ。
『……あー、皆。聞いたか?』
戸惑いながら俺はマイクを使って同志たちに語りかけた。
『あいつも言ってた通り、男だ。それだけは変わらない。それに本人は噂されててすごく怒ってた。だから、これ以上、噂を広めさせないでくれ』
「……あ、あの一ついい?」
そこで幹事が手を挙げた。今日、幹事には協力して貰っていたのだ。つまり、あの時の質問は俺が指示したものだった。
『何?』
「えっと……音無君が言ったことって悟君が指示したの?」
『いや、あの言葉は全部、響自身の言葉だ』
「じゃあ、私たちに対してありがとうって言ったのも?」
『……そう、なるな』
嫌な予感がした。
「あの笑顔も?」
『ああ』
「それって……音無君がこのファンクラブを認めたってこと、だよね?」
『っ!?』
確かに響はファンクラブを否定するようなことはおろか、肯定するような言い方をしていた。しかし、それだけでは認めたということにはならない。
『い、いや待て! この組織は非公式なんだ! それだけは変わらない!』
咄嗟に否定したがファンクラブメンバーは俺の話なんか聞いていなかった。
「と、とうとうこのファンクラブは公式になったのよ! 皆、今日は宴よ!」
幹事が立ち上がってそう叫んでしまったからだ。それにつられて他のメンバーも雄叫びを上げ始めた。
『お、おいってば!』
「悟君、これはもう……」
隣にいつの間にか怜奈がいた。
「で、でもよ?」
「響には私からメールしておくから。ほら、会長なんだから指揮をとらないと!」
「お、おう」
きっと、怜奈なりの気遣いなのだろう。なら、お言葉に甘えさせてもらおう。
(なぁ、響……)
騒いでいるメンバーの方に向かいながら俺は出て行ってしまった響に心の中で声をかけた。
(お前はやっぱすごいよ……俺の思い通りにならないからな。それに――)
その時、思い出した。あいつがどうしてここまで人気者になったのかを。
(お前の笑顔は、卑怯なぐらい綺麗で可愛いんだよ。あんな笑顔見せたら非公式だったファンクラブも公式になっちまうわ……)
これだから俺はあいつを放っておけない。
『博麗 霊奈:今日から音無響非公式ファンクラブは公式ファンクラブになりました! これは響のせいなんだからね? 悟君を責めちゃ駄目だよ?』
そんなメール画面を見ながら俺は絶望していた。
「なんでこうなるんだよおおおおおおおっ!!」
幻想郷の大空で俺は絶叫した。