東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第178話 鋼の拳

 ムカデの顎を鎌で受け止め、翼をムカデの眼球に向かって伸ばす。それを軽々とムカデは回避する。

「はああああああっ!」

 鎌を押して顎を弾き、鎌を横薙ぎに振るう。これも体をくねらせて躱すムカデ。

「桔梗!」

「はい!」

 右翼を広げ、振動させる。その反動で僕の体が左側にロールした。それより1秒遅れてムカデの顔が先ほどまで僕がいたところを通り過ぎる。だが、ムカデの攻撃はそれだけで終わらなかった。

「っ!? 盾!」

 ムカデの尻尾が僕に向かって来ていることに気付き、右翼に触りながら指示を飛ばす。すぐに桔梗【翼】は盾に変形し、尻尾を受け止める。

「翼!」

 落下が始まったので再び、桔梗【翼】を装備し態勢を立て直す。

「マスター! 後ろ!」

「っ……」

 背後からムカデが僕を噛み潰そうとする。それを左右の翼を振動させ、バク転する要領で難を逃れた。

「やっ!」

 そのまま、ムカデの脳天に鎌を振るう。攻撃を躱されたばかりだったのでムカデは回避できず、鎌が直撃した。しかし、鎌はムカデの脳天に突き刺さることはおろか、傷一つ付けられなかった。

「硬いっ!?」

「マスター! 危ない!」

 驚愕で体が硬直してしまった僕はムカデの尻尾の接近に気付けなかった。

「しまっ――」

 桔梗【盾】を装備している暇はない。即座に両翼を目の前でクロスさせるが衝撃は抑えられずに思い切り吹き飛ばされた。

「がっ……」

 背中から地面に叩き付けられ、肺の酸素が外に漏れる。

「もう一撃、来ます!」

 桔梗の悲鳴を聞いて左翼を振動。地面を転がってムカデの顎を躱した。それでもムカデの顎が地面を抉り、石が僕を襲う。

「盾!」

 今度は桔梗【盾】を装備する時間があったので盾で石を弾く。

「マスター! ムカデが後ろに回り込もうとしています!」

 桔梗のアドバイスに心の中で舌打ちする。最初の内はこちらも攻撃できたが今じゃ防戦一方。このままじゃ隙を突かれてあの顎の餌食にされてしまう。

「桔梗! 翼になって急上昇!」

「はい!」

 背後からムカデが突進して来るがそれを紙一重で躱す。

「マスター! どうしましょう!」

 桔梗が背中から問いかけて来るが僕もどうすればあのムカデに勝てるかわからなかった。

「……ねぇ? 新しい武器がどんな物かわかった?」

 ふと桔梗が『のびーるアーム』を思い出し、質問する。

「えっとですね……あ、今回はちゃんとした武器です!」

「どんな物か教えて!」

「わかりま――きゃっ!?」

 突然、右側から強風が吹き荒れ、バランスを崩してしまった。原因が何か辺りをキョロキョロ見渡すとどうやら、ムカデが僕たちのすぐ横を通り過ぎたようだった。そのスピードは凄まじく、このまま逃げ続けてもいずれ追いつかれてしまうだろう。

「時間がない! ぶっつけ本番で行くよ!」

「は、はい! 武器はグローブです!」

「それだけで十分だよ!」

 上昇をやめ、頭を地面に向けて急降下を始める。下を見ればかなり高いところまで飛んでいたことがわかった。

「マスター。ムカデは私たちのすぐ後ろを飛んで来ています」

 その言葉を聞いて後ろを見るとムカデも僕たちと同じように降下していた。どうやら、先ほど僕たちの横を通り過ぎた後、旋回などしている間に僕たちとムカデの位置が逆に――つまり、ムカデの方が高い位置にいたようだ。これはラッキー。

「作戦はわかってる?」

「もちろんですよ!」

 そう答える桔梗は何だか、嬉しそうだった。再び、地面を見てみると地面に激突するまで5秒ほどのところまで来ていた。

「行くよ! 3……2……1!」

 僕の掛け声と共に桔梗が両翼を広げ、最大出力で振動した。そのおかげで僕たちの速度は一気に遅くなり、地面に衝突する前に針路を変更することに成功。だが、ムカデはそうも行かず、思い切り地面にぶつかってしまった。

「桔梗! たたみ掛けるよ!」

「はい!」

 地面に降り立ち、人形の姿に戻った桔梗は僕の右手に掴まる。それを尻目に僕はムカデに向かって駆け出していた。鎌を左手に持ち替えるのも忘れない。

「マスター! 行きます!」

「うん!」

 桔梗の声に頷いたその時、桔梗が光り輝いて巨大なグローブに変形した。

 そのグローブはモノクロで僕の頭ほどの大きさだ。だが、大きさの割に重くない。これならグローブを装備したままでも走ることができる。

「うおおおおおおおおっ!」

 やっと、態勢を立て直してムカデの顎に向かってアッパーカットを繰り出す。

「はあああっ!」

 桔梗が雄叫びを上げるとグローブの付け根――手首のあたりから火が飛び出した。それがジェットの役割となり、アッパーカットの威力を高める。

 ムカデの顎に見事、アッパーカットが決まり、ムカデの体が仰け反る。

「まだまだっ!」

 地面に着地すると同時に跳躍。今度はムカデの胴体に向かって正拳突きを放つ。また、手首から火が飛び出し、ジェット噴射し始める。

「――ッ!!」

 正拳突きがムカデの胴体に突き刺さった。上からムカデの悲鳴が聞こえる。

「マスター! 鎌です!」

「え? あ、うん!」

 桔梗のアドバイスに頷くとグローブの側面――僕から見て右側から5本の火柱が飛び出す。そのまま、グローブに引っ張られるように僕の体が回転した。

 その動きに合わせて僕は左腕を自分の体を抱くように引き寄せる。

「はあああああああっ!」

 そして、タイミングを見極め、裏拳の要領で左手の鎌をムカデに向かって横薙ぎに振るった。

「――ッ」

 鎌がムカデの腹を切り裂き、鮮血が飛び散る。それと同時に痛みでムカデが体をくねらせ、慌てた様子で森の中へ逃げて行った。

「はぁ……はぁ……」

 鎌を背中に吊るし直し、僕はムカデが逃げた方向を凝視する。しかし、いつまで経ってもムカデは帰って来ることはなかった。これで安心できる。

「や、やった……」

 緊張の糸が切れ、その場にへたり込んでしまった。

「マスター! お疲れ様です!」

 右手のグローブから元の人形に戻った桔梗が僕に抱き着きながら労ってくれる。

「うん、桔梗もお疲れ様」

 優しく頭を撫でてあげると『えへへ』と照れる桔梗。

 ――バシンッ!

「ひっ!?」

「キョウ! お疲れ! すごかったよ!」

 突然、背後から背中を叩かれ、悲鳴を上げそうになったがにとりさんの声が聞こえたので何とか飲み込んだ。

「に、にとりさん! 吃驚したじゃないですかっ!」

「え? あ、ごめんごめん! テンション上がってて!」

 にとりさんは頭を掻きながら申し訳なさそうに謝った。

「それより! やっぱり、キョウは強いね! これなら幻想郷を旅してても簡単に殺られないと思うよ!」

「何故か“やられない”って単語の漢字がヤバそうなんですが……でも、最初の内はやられっぱなしでしたよ?」

「確かに最初はムカデの動きに翻弄されて防戦一方だったけど、それから敵の動きを見極めて攻撃できてた。それが大事なんだよ」

「動きを見極めて?」

「そう! どんな状況でも諦めず、敵の隙を狙うことこそが戦いで重要なことの一つだと思うんだ! 発明が上手くいかなくても諦めず再挑戦するのと同じようにね!」

 ウインクを決めながらにとりさんが断言する。

 確かに青怪鳥の時も僕は諦めなかった。だからこそ、桔梗の能力にも気付くことができた。そう、どんなピンチでも必ず逆転の一手がある。それを見つけることができる人は『諦めなかった人』だ。

「あ、そうそう! 桔梗、もう一回グローブに変形して貰える?」

「え? は、はい!」

 僕の抱き着くのに一生懸命だった桔梗は戸惑いながらも僕の右手に触れ、グローブに変形した。

「ちょっと観察させてね……」

 そう言って、にとりさんは真剣な眼差しでグローブを観察する。

「やっぱり、至るところにハッチがあるね」

「ハッチ?」

「うん、これのことなんだけど」

 にとりさんが指さしたところを見るとそこには小さな正方形があった。

「これがハッチ。ここからジェットが出て来てたんだ」

「そうだったんだ……」

 僕もグローブを改めて観察する。

 色は手の甲と指先が黒でそれ以外は白だ。先ほど、にとりさんが言っていたようにハッチがたくさんあった。これならどの方向にもジェット噴射できる。

「桔梗、これについての注意事項とかは?」

「そうですね……やはり、ジェット噴射は連発できません。振動と同じようにオーバーヒートを起こしちゃうので」

「オーバーヒート?」

 聞き慣れない単語が出てきたので聞き返した。

「オーバーヒートは機械が熱くなりすぎてフリーズしちゃうことだよ」

 すぐににとりさんが答えてくれる。

「実は先ほどわかったことなんですが、振動の力を使うと私の体が少しずつ熱くなっていくらしいんです。そして、そのまま振動を使い続けたら私はしばらく動けなくなってしまうんです」

「つまり、桔梗の体は熱に弱いんだね」

「みたいです……」

 落ち込んだ様子で桔梗は頷いた。

「桔梗、そんなに落ち込まないで。振動やジェットの使用回数に気を付ければいいんだね?」

「はい、ですがジェットはともかく振動については今まで通りで大丈夫だと思います。確かに振動は最大出力で放っていますが使用時間は本当にわずかなのでそこまで熱は発生しないんですよ」

「ああ! あれって振動を使ってたんだね。急にバク転とかしたから吃驚したよ!」

 まぁ、傍から見たら不自然な動きだと思う。

「……っ」

 その時、僕の前を一つの光が通り過ぎた。それから次から次へと上に上って行く。これは時空移動の兆候だ。

 


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