「……」
過去の記憶も気付けばフェードアウトしていた。そして、目を開ける。
「っ――」
前から黒い球体が俺の顔目掛けて飛んで来ていた。もう、回避は不可能。
「全く……」
――ダンッ!
そう言いながら右隣にいた吸血鬼が手に持っていた拳銃から1発だけ弾を射出。黒い球体を撃ち落としてくれた。
「あ、ありがと」
「油断しないでよ。まぁ、過去の記憶を見ていたのだから仕方ないけど」
拳銃を太もものホルスターに戻しながら忠告して来る。本当に助かった。
「あらら。確実に殺したと思ったのにな」
前から聞き慣れた声が聞こえる。そこにはルーミアがいた。
でも、先ほどまでのルーミアとは全く違った。口元は不気味なほどニタニタと歪んでいるし、眼も俺たちを今にも飲み込もうとする闇のように黒い。白目などなかった。
髪もボサボサで綺麗な金髪が台無しだった。その背中からは4つの大きな闇の手。それぞれの手にこれまた巨大な漆黒の大剣が握られている。
「残念だったな」
「ホントにね。お前の方から私に殺されに来たのかと思ったのに……面倒だなぁ」
右手で頭を掻き毟るルーミア。
「じゃあ、ここの戦い方は知ってるんだな?」
「もちろん。私の生みの親に仕込まれたからね」
(生みの親?)
俺は左隣にいた狂気に目を向ける。
「……きっと、人の負の感情――それらを集めて闇に変換した後、意志を持たせたのだろう。そして、戦い方を教えた」
「せいかーい。頭いいね。その本質はクズだけど」
本質――つまり、狂気が狂気であることだ。狂気は人を不幸にはするが、決して幸せにはしない。負の感情の中でも最も危険な存在だと言える。
「……」
狂気は両手をギュッと握るが何も言えなかった。俺と魂同調した時、俺の気が狂ったのを思い出して反論ができないのだろう。
「ふざけてんじゃねーよ」
だが、俺はルーミアに向かってそう言った。
「は? 何が?」
「狂気は俺の大切な仲間だ。確かに本質は危険な存在かもしれない。でも、狂気が俺の魂にいても俺の気は狂うことはなかった。それって狂気が自分の存在を自分の中で抑えていてくれたからなんだよ」
狂気が俺の魂に住み始めた頃の話だ。
俺はふと不思議に思った。魂に狂気がいても俺は大丈夫なのかと。
それについて狂気に聞いたら
『何とかする』
その一言だけだった。
実際、魂同調をしなければ俺の精神は安定していた。
「知ってるか? 狂気が日々、どれだけ俺のために精神をすり減らしてくれてるのか?」
自分を抑える行為は決して簡単なものじゃない。
わかりやすく言えば、娯楽や睡眠、食事を一切、取らずにひたすら、仕事をするようなものだ。それをこの約1年間、狂気は耐え続けた。
「だから、俺は狂気を大事に思っているし、これからも一緒にいたいと思う。お前は黙ってろ」
「……へぇ? 言ってくれるね? 出来損ない」
「どういう意味かしら?」
ルーミアが今度は俺を侮辱する。それに反応した吸血鬼が珍しく低い声でそう問いかけた。
「響は出来損ないだって言ったんだよ」
「どこがだ?」
狂気も納得がいかないようで一歩前へ出てそう言う。
「何をするにも他人の力を借りる。それを出来損ないと言うんじゃないの? さっきだって外の私と戦う時、あのお邪魔虫の力を借りてたし、今だって吸血鬼たちの力を借りて私を倒そうとしてる。コスプレだって、指輪だって全て響一人の力じゃない。一人じゃ何もできない。それを出来損ないじゃないの?」
そう、俺は一人じゃ何もできない。幻想郷に来た時から今でもそれは変わらない。
脱皮異変では妹紅たちがいなかったら、あの妖怪に食い殺されていただろう。
狂気異変なんて俺のせいで起きた異変だ。皆がいなければ俺は幻想郷を破壊していただろう。
魂喰異変もそうだ。4月の呪いだって。そして――氷河異変もだ。
俺は一人じゃ何もできない。ルーミアの言う通りだ。
「何をバカなことを言っておる」
しかし、トールが即座に否定した。
「お前さんの言っておる出来損ないは人の力に頼っておる人のことじゃ。じゃが、響は違う。人の力を最大限まで引き出すことができる。そして、皆で協力し事件を解決しておる。それは出来損ないとは言わん」
「じゃあ、なんて言うのさ?」
「決まっておろう。リーダーじゃよ。響にはリーダーとしてのカリスマ性がある。下の者を従わせ、目の前の障害を乗り越える。しかも、下の者も自ら進んで響の役に立とうとする。それをリーダーと呼ばずして何というのじゃ?」
「……なるほどね。まぁ、そんなリーダー、今ここでぶち殺すけど」
ふわりと浮かんだルーミアは俺たちから少しずつ離れていく。
「トール、ありがと。吸血鬼や狂気も……」
「何、本当のことを言ったまでじゃ。さて、氷河異変を終わらせるとするかのう」
「ああ」
魂の中で戦うのはこれで3回目だ。
最初はトール。
次は幽霊の残骸。
そして。闇。
(本当に……なんで、俺生きてるんだろう?)
思わず、苦笑してしまった。
「何笑ってるのよ。ほら、仕掛けて来るわよ」
「悪い。フォーメーションはいつも通り。吸血鬼が遠距離。俺と狂気が近距離。トールは防御に専念してくれ」
「「「了解!」」」
魂の中では基本、何でもできる。いや、自分ができると思ったことは全てできる。
この魂の戦いで最も大事なことは『イメージ力』と『意志の強さ』だ。
武器が使いたければ頭の中でその武器をイメージ。すると、目の前に現れてくれるのだ。
「神鎌『雷神白鎌創』!」
そう、だからこそスペルカードが有効になる。宣言することで頭の中でその技をイメージするのがグッと楽になるのだ。
「死になっ!」
どうやら、ルーミアも魂での戦い方を知っているようで体から黒い球体をいくつも作り出し、こちらに射出して来た。この数を躱し切るのは無理だ。
「まかせておけ」
スッとトールが前に出て両手を地面に叩き付ける。その瞬間、地面が盛り上がって巨大な壁が横一列に何枚も並んだ。黒い球体がその壁に当たると凄まじい炸裂音と共に弾け飛ぶ。
「トール、大丈夫か?」
「……ふむ、少しばかりきついかもしれぬ。ルーミアの意志の強さは相当なものじゃ」
『意志の強さ』とは簡単に言ってしまえば『負けたくない気持ち』だ。その気持ちの大きさによって技の威力や範囲は決まる。先ほど、黒い球体を展開した時にルーミアの『負けたくない気持ち』の大きさがとんでもないものだとわかった。
(あまり、余裕はないか)
「狂気、行くぞ。吸血鬼は援護を頼む」
そう言って狂気は俺の隣へ。吸血鬼は両太ももに括り付けられたホルスターから拳銃を2丁、抜いてルーミアに標準を合わせる。
「フォーカスサーチャー」
ボソッと吸血鬼が呟いた。そして、その両目から十字のマーカーがルーミアに向かって発射される。
「うおっ!?」
それを間一髪、躱したルーミアだったが、その隙に俺と狂気が空を飛んでルーミアに接近する。俺は鎌を、狂気は素手で。
「おらっ!」
まず、狂気がルーミアの顎を狙ってアッパーを繰り出す。
「そんな大振りじゃ当たらないよ!」
それをルーミアが体ごと後ろに下がることで回避。すかさず、俺が上から鎌を振り降ろす。
「よっと!」
それもルーミアは体を捻って躱す。
「フォーカスサーチャー」
その瞬間を狙って吸血鬼が再び、マーカーを飛ばし見事ルーミアに当てることに成功した。
「な、何これ?」
ルーミアに当たったマーカーはルーミアの体に貼り付く。そして、俺の視界に十字のマーカーが出現し、ルーミアを捕捉しはじめた。
「これで貴女は私たちから逃げられない」
遠いところで吸血鬼のそんな呟きが耳に入って来る。
吸血鬼が使った『フォーカスサーチャー』はいわば、ルーミアの動きを予知し、後を追跡してくれるレーダーのような物だ。
「ちっ……」
ルーミアもそのことに気付き、舌打ちする。
「なら、こうするまで!」
背中の手を操り、4本の大剣が俺たちを叩き潰そうと上から迫って来る。
(この、大きさじゃどこに躱しても当たるっ!?)
「どうするんだよ! 響!」
隣で狂気が叫ぶ。
(考えろ……何か、何かないか?)
「トール! 吸血鬼! 2本はまかせたぞ!」
「ああ、わかっておる!」「私も準備万端よ!」
二人の返事を聞くと同時に狂気の手を取って真上――大剣に向かって飛翔し始めた。
「お、おい!? 自ら突っ込んでどうするんだ!?」
「俺にまかせろ!」
その時、左側から雷が、右側から2発の銃弾が俺たちを追い越してそれぞれ大剣に衝突し、制止させた。残り2本。
「ああ、わかったよ! 私もやればいいんだな!」
俺の意図がわかったのか狂気が右拳を思い切り、前に突き出す。すると、その拳から妖力の塊が飛び出し、大剣を止めた。
「上出来だ!」
それを見て俺は狂気の手を離し、鎌を消して両手に神力で創造した刀を装備。一本は青く光り、一本は黄色く光っていた。さらにポニーテールに博麗のお札を貼り付け、髪の刀を生み出す。その刀は白く光り輝いていた。
「うおおおおおおおおおっ!」
タイミングを見計らい、俺は3本の刀を目の前の大剣に向かって振り降ろした。