「……ん」
風が頬に当たって僕は目を覚ました。
「あ、れ?」
確か、青怪鳥と戦っていて翼が取れなくなり、そのまま――。
(落ちたんだよね?)
だが、体を見ても怪我一つしていない。あれほどの高さから落ちたら、大けがするはずなのにだ。
「あ! マスター! 起きたんですね!」
「桔梗?」
首を傾げていると桔梗が飛んで来た。
「よかった、なかなか目を覚まさないので心配だったんですよ?」
「う、うん。ゴメンね? でも、どうして……」
「お? 目が覚めた?」
その時、後ろから聞き慣れない声が聞こえ、振り返る。
「うん、怪我もなさそうだね。よかった、よかった」
うんうんと頷く青髪の女の子。服装も全身青だった。背中には大きな緑色のリュックサック。そして、胸のところに鍵があった。
「えっと……」
「あ、紹介しますね! 河城 にとりさんです」
「にとりだよ。よろしくね、キョウ!」
そう言って手を差し伸べて来るにとりさん。
「は、はぁ……」
戸惑いながらもその手を取って握手する。しかし、何故か、にとりさんの手は震えていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え!? あ、いや……やっぱり、初対面の人と話すのは苦手で……」
どうやら、人見知りをするらしい。
「にとりさん、マスターは大丈夫ですってば!」
「そうは言っても……」
手を離したにとりさんは先ほどまでの威勢はどこへやら、木の陰に隠れてしまった。
「僕はどうしたらいいの?」
「話しかけても逆効果でしょうし……にとりさんが慣れるまで待ちましょうか」
「それもそうだね……あ、そう言えば青怪鳥はどうなった?」
「はい! もう、バッチリですよ! にとりさんにも手伝って貰って嘴を食べました!」
「た、食べたんだ」
やはり、桔梗は素材を食べることによって武器を手に入れることができるようだ。
「マスター! 早速、試してみましょうよ!」
「いいけど、どんな武器かわかるの?」
「もちろんです! 今回は私も意識がありましたし!」
なら、話は早い。
「じゃあ、やろうか?」
「はい!」
笑顔で頷いた桔梗は僕の右腕に引っ付く。
「桔梗?」
「大丈夫です。では、マスター! 意識を集中して私を変形させてください!」
「わかった!」
目を閉じて魔力を桔梗に流し込む。真っ暗な視界の中、桔梗の体の形が変わっていくのがわかった。
「うおっ……」
そして、右腕が重くなり、バランスを崩しそうになる。まぁ、桔梗の質量が突然、増えたことに驚いただけでそれほど重くない。
「これは……」
目を開けて右腕を見てみるとそこにはモノクロの盾が装備されていた。大きさは僕の体ほど。これだけ大きければ前方からの攻撃は全て防ぐことができるだろう。
「どうですか? 青怪鳥との戦いで防御も大事だと思ったので盾にしたのですが……」
「うん! いいよ、これ! 機動力はさっきの振動で補えるし、盾があれば戦略も広がる!」
「そうですか! よかったです!」
桔梗が嬉しそうに言って盾の姿から人形に戻る。
「ですが……どうして、私に『振動を操る程度の能力』が?」
「ああ、それはね? 携帯を食べたからだよ」
「え? でも、あの時は武器なんてどこにも……」
確かに目には見えなかった。しかし、アリスさんは『食べることで変形できる物が増えるとは限らない』と言っていた。最初は食べても武器が生まれない場合があると思っていたのだが、それは違った。
「つまり、素材を食べたら目に見える武器も目に見えない武器も生まれてくる可能性があるってこと」
「目に見えない武器?」
意味がわかっていないようで首を傾げる桔梗。
「能力だよ。目には見えないけどれっきとした武器だよ」
「で、ですが! どうして、携帯を食べたら振動になるんですか!?」
「知ってるかな? 携帯にはバイブレーション機能ってのがあって電話やメールが届いたら持ち主に振動で知らせる機能があるんだよ。きっと、携帯の機能の中でそれが一番、武器になると判断したんじゃないかな?」
そのおかげで青怪鳥を倒すことができた。
「な、なるほど……」
「そして、今回の盾は桔梗が強く僕を守れるような武器が欲しいって願ったから桔梗が思い描いた武器になったってこと」
「さすがマスターですね!!」
僕の胸に飛び込みながら桔梗が言う。少し、照れくさかった。
「ね、ねぇ? キョウ」
後ろからにとりさんに呼ばれて振り返る。まだ、体を木の陰に隠しているがにとりさんがこちらを見ていた。
「どうしました?」
「桔梗、変形できるの?」
「はい、そうですけど……」
「み、見せて貰ってもいい?」
おどおどした様子でにとりさんがお願いして来た。
「どう? 桔梗」
「はい、にとりさんはマスターと私を助けてくれましたので!」
「助けてくれた?」
「青怪鳥と共に落ちていた私たちを空中で受け止めてくれたのです。受け止めた時に私の変形を解除したので助かりました!」
なるほど、にとりさんは僕たちの命の恩人のようだ。
「なら、断る理由はないね。にとりさん、どうぞ」
両手で桔梗を差し出す。
「ありがとう! 変形できる人形なんて初めてで! それも完全自律型人形だし!!」
一気にテンションが上がったにとりさんは鼻息を荒くして桔梗を観察する。
「ふむ……重さからして体の基本的なパーツを普通の人形と同じだけど内部には機械を埋め込まれてるね」
「持っただけでそこまでわかるんですか!?」
思わず、驚愕してしまった。
「まぁ、ね。毎日、機械をいじってるからこれぐらいならわかるよ。でも、これじゃ桔梗が衝撃を受けたらボディが破損するかも……」
「え!?」
「内部までは壊れないと思うけど、やっぱり人形の体じゃ脆いんだよ」
「ちょっと、にとりさん。くすぐったいです!」
あちこちを触られて桔梗が顔を紅くしたまま、笑っている。
「じゃ、じゃあどうすれば?」
「体のパーツを取り換えるのが手っ取り早いんだけど……私も桔梗は未知の存在だからね。改造はしない方がいい」
でも、もしこの状態で桔梗が攻撃をくらったら壊れてしまう。
「桔梗、さっき食べた嘴って利用できる?」
「利用、ですか? やってみます!」
ぐぐぐっと力を溜めているようで桔梗が唸る。そして、その体が光り輝いた。
「おお?」
にとりさんが興味深そうに桔梗を観察している。その間に桔梗の体から発せられていた光は消えてしまった。
「桔梗、大丈夫?」
「……せ、成功です!」
「へ?」
心配だったので声をかけたのだが、桔梗は満面の笑みで僕に抱き着いて来た。
「何が成功なの?」
「ほら! ボディの硬化に成功したんですよ!」
僕の手を掴んで体を触らせる桔梗。確かに桔梗の体は金属のように硬くなっていた。
「ちょっと見せて」
にとりさんが僕から桔梗を引き剥がし、あちこちを触る。その度に桔梗は大笑いしていた。くすぐったいのだろう。
「うん! これなら攻撃を喰らってもそう簡単に壊れないね!」
うんうんと頷きながらにとりさんがそう言ってくれた。
「よかったね、桔梗」
「はい!」
笑顔で頷く桔梗。
「それにしても……食べた素材を利用して桔梗自身の強化できるんだね」
「そうみたいですね」
「さっきから気になってたんだけど、その素材を食べて武器を手に入れるってどんな原理でできるの?」
質問してきたにとりさんに手短に説明する。
「なるほど……じゃあ、こんなのとかどう?」
にとりさんが背中のリュックサックから人間の拳のようなものが先端にくっ付いている機械を取り出す。
「それは?」
「これはね。『のびーるアーム』って言って遠いところにいる敵に攻撃できる武器だよ」
そう言いながら実際に『のびーるアーム』を伸ばすにとりさん。確かに遠いところにいる敵にも攻撃できそうだ。
「へぇ~! すごいですね!」
「でしょ! これできた時は嬉しかったなぁ!」
思い出しているのかにとりさんが微笑む。
「……」
「ん? 桔梗?」
ふと桔梗に目を移すと虚ろな目で『のびーるアーム』を凝視していた。
(こ、これって……)
「……さい」
「え?」
フラフラとにとりさんに近づきながら桔梗は何かを呟いた。
「それ、ください」
「に、にとりさん! 逃げて!」
「え? え!?」
目を丸くして驚くにとりさん。しかし、桔梗は待ってくれない。
「それ、ください。ください。ください! ください!!」
桔梗が突然、スピードを上げてにとりさんの『のびーるアーム』に飛びつこうとした。
「おっとっと!?」
体を捻って回避したにとりさんだったが、桔梗も諦めずに何度もタックルをかます。
「きょ、キョウ!? これは一体!?」
「桔梗には物欲センサーがあって反応するとこんな感じで変になるんです! そして、物欲センサーが反応した素材を求めて暴走するんですよ!」
「ええええっ!?」
それからしばらくにとりさんは桔梗から逃げる羽目になった。