東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第170話 暴走と覚悟

 響の能力は変化する。

 時にはコスプレ。時には指輪。

 さらに種族が変わっても変化する。

 トールと魂交換すれば、『創造する程度の能力』。

 つまり、響の能力は驚くほど不安定なのだ。

 そして、どんな能力になるかはわからない。想像はできるのだが、それが当たっているかは能力が変化しないとわからないのだ。

「ぐるる……」

 そう、魂同調をしても響の能力は変化する。いや、能力が増えると言ったほうがいいだろう。

 3月、響は魂喰者と戦うためにトールと魂同調した。その時、響の能力はいつもの能力の他に『創造する程度の能力』を持っていた。

 そのおかげで死神の鎌を持てば魂を狩ることができたし、鎌を創造することもできたのだ。

 今回、響は狂気と魂同調した。

 響の能力はある法則がある。

 それは必ず、原因と能力には関係性があるのだ。

 例えば、指輪。

 指輪に使われているのは『合力石』と呼ばれている鉱石が使われている。

 『合力石』は力を合成することができると言い伝えられているが、実際この石にはそんな力はない。

 だが、響は違う。

 響の能力のおかげで指輪を使えば霊力、魔力、妖力、神力を合成し、使うことができるのだ。

 では、今の響の能力は一体何なのだろうか?

 今、響は狂気と魂同調している。

 響自身も3月に魂同調ができるとわかり、吸血鬼や狂気について調べた。

 吸血鬼の能力は色々候補があり、最後まで決めつけることはできなかったが、狂気は簡単だった。

 狂気には『気が狂っていること。また、異常をきたした精神状態』という意味がある。いや、正直このような意味しかない。

 ならば、答えは一つ。

 

 

 

 今の響の能力は『気が狂う程度の能力』だ。

 

 

 

「響、ちゃん……」

 響が光線を放った後、霊奈は恐怖を感じていた。

 眼は据わっているし、何より妖力以外の力を感じ取れなくなっている。

 そして何より、響から放たれている威圧感が異常だった。

(何が、起きたの?)

 響があのような状態に陥ったのはあの赤黒いオーラに包まれた後からだ。つまり、あのオーラが原因だろう。

 では、あのオーラの正体は?

 そんな疑問が霊奈の頭の中で渦巻いていた。

「へぇ……すごいじゃん」

 煙の中からルーミアが足を引き摺って出て来る。相当、ダメージを受けているようだ。

「ぐるる……」

 そんなルーミアに対し、響は何も答えない。いや、答えられないのだ。言語能力は今、響にはないのだから。

「どうしちゃったの!? 響ちゃん!」

 霊奈の叫びも響には届かない。今は目の前にいるルーミアを殺すことしか頭にない。殺せと本能が響を動かしている。

「じゃあ、私も本気で行く」

 今の響に手加減していたら殺されるとわかったのか、ルーミアが地面に落ちていた大剣の柄を握る。しかし、大剣があまりにも大きすぎて持ち上げられなかった。それはルーミア自身が一番わかっている。だから、闇の力を操作し大剣を小さくしていく。

「ガッ!」

 その時、響がルーミアを八つ裂きするために地を蹴ってルーミアに接近する。

「そう焦るなって」

 大剣を普通の直刀ほどの大きさにしてルーミアが立ち上がった。響の拳がルーミアに迫った。だが、ルーミアの刀が軽く拳を受け止める。

「嘘っ!?」

 それを見て驚いたのは霊奈だった。

 今の響の攻撃は妖力を纏っており、ヒットすれば普通の人間はおろか妖怪でさえただではすまないほどの威力だったのだ。それを霊奈は博麗の勘で察知していたのだが、ルーミアはあの直刀だけで受け止めた。

「っ……」

 しかし、ルーミアは焦っていた。

 この直刀は大剣を小さくした――いや、大剣の中にあった闇の力を凝縮させていた。つまり、密度が濃いのだ。

 そのため、攻撃力は大剣を上回り、振るスピードも上っている。

 ルーミアはそのことを知っていたうえで響の拳を受け止めた。そして、そのまま一刀両断してしまおうと考えていた。

 だが、刀は拳を受け止めただけでその先に進もうとしない。

(それほど、こいつのパワーが上っているってわけか……)

 一先ず、バックステップで距離を取るルーミア。でも、それを響は許さなかった。拳に妖力を纏い、一気に後ろに向かって噴出。ジェット機のようにルーミアのあとを追う。

「くそっ」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらルーミアはもう一本の大剣を掴む。それもすぐに直刀になった。

「ガㇽっ!」

 響が吠え、両腕を引き、肉眼では見えないほどの速さでパンチを連続で繰り出す。

「ちっ」

 ルーミアは舌打ちをして直刀を構え、次から次へと迫る響の拳を受け止めた。目では捉えることができない。そのため、ルーミアは妖力の揺らぎを感じとり、ガードし続けている。

 そんな二人を霊奈は黙って見ていた。

(こんな、戦いに入っていけるわけがない……)

 霊奈の手から刀が滑り落ちる。響もそうだがあの動きについていっているルーミアも異常だ。

 それに比べ、霊奈はただの人間。あの中に入ったらすぐに倒されてしまうだろう。

(何が、『響ちゃんを守る』よ……全然、役に立ってないじゃない)

 先ほどまで刀を握りしめていた右手をギュッと握る。

(覚悟はできてたはずなのにどうして足が震えるの?)

 左手で足の震えを抑えようとするが一向におさまる気配はない。

 霊奈が響について来た理由はただ一つ。響を守るため。

 しかし、霊奈は守るどころか守られている。響が狂気と魂同調した理由も霊奈を守るためだった。

「何で……」

 悔しみを紛らわすために唇を噛む。でも、この悔しさはなくならない。

「私はいつも……」

 博麗の巫女にもなれない。響の助けにもなれない。

 霊奈は絶望のせいかその場に崩れ落ちる。呼吸すら難しく感じていた。

「がああああああああっ!!」

 その時、響が凄まじい声量で雄叫びを上げる。空気がビリビリと振動した。

「なめるなああああああっ!」

 それにこたえるようにルーミアも絶叫する。

 霊奈とは次元が違った。何もかも。

(どうして……私を置いて行くの?)

 拳を振るう獣と直刀を振るう妖怪に向かって手を伸ばすが遠い。距離も、存在も。

「何で……」

 視界が涙で歪む。先ほどまで見えていたものすら見えなくなる。

「私は何で――」

 ――これほどまで弱い?

 そんな疑問が霊奈の頭の中でグルグルと回っていた。

 その答えを知っている人はこの世界にいない。それは霊奈も知っていた。それでも、誰かに答えて欲しかった。

 ――意志の強さだよ。

 ふと、ルーミアの言葉が頭に浮かんだ。

「意志の、強さ……」

 何となく、声に出してみたがその言葉の真意はわからなかった。

(私だって覚悟できてるのに……他に何が足りない?)

 伸ばした手をまた握る。そうすれば何か掴めるような気がしたのだ。

「……意志」

 もう一度、呟く。

(そういえば、ルーミアは響ちゃんの意志の強さを認めていた)

 では、響の意志とは一体なんなのだろうか?

 霊奈の同じように死ぬ覚悟?

 それは違うと霊奈はすぐに首を横に振った。

(……そうだ。響ちゃんは守るために戦っているんだ)

 とくん、と霊奈の鼓動が鳴る。

(でも、私だって響ちゃんを守ろうとした……じゃあ、響ちゃんとの違いは?)

 霊奈は自然と思考の海にダイブしていた。

 響の覚悟はきっと、『生き残ること』だと霊奈は思った。

 死ぬのは簡単だ。わざと手加減をしたり、自殺でもすればいい。まさしく、それは霊奈の死ぬ覚悟と同じだった。薄っぺらい覚悟。死ねばそいつはそこまでだからだ。

 それに対して響の『生き残る覚悟』はどうだ?

 もし、敵と戦っていて追い詰められたら響はどうするだろう。きっと、敵を殺してでも生き残るはずだ。

 それが生きる覚悟の重み。

 殺してしまった相手の命を一生、背負っていくのだ。それだけではない。殺した相手の苦しみ、家族の悲しみ、知り合いの憎しみすらその背中に背負うことになる。

 これはどれほど苦しいことなのか、霊奈には全く想像できなかった。そりゃそうだろう。そのような覚悟、一度も持ったことがないのだから。

(そうか……だから、響ちゃんは今……)

 霊奈を守るためにおかしくなったのだ。ルーミアにはもちろん、正気を保っていないので霊奈にもその牙を向ける可能性だってあるのにもかかわらず。

 響自身、それに気付いていた。それでも響は霊奈を守りたかったのだ。

「……」

 霊奈は先ほどよりも強く唇を噛む。その拍子に口の中が切れ、唇の端から血が流れた。

(私は……バカだ)

 地面に落ちていた刀を掴む。柄のほうではなく刃のほうを。

「ぐっ……」

 鋭い痛みが右手を襲った。これが生きている痛み。響が背負っている痛み。

「“響”」

 刃から手を離し、右手の傷から漏れる血を止めるために響から貰った青いリボンで縛った。青かったリボンが紅く染まる。

「待ってて……」

 ゆっくりと立ち上がり、懐から博麗のお札を取り出し、真上に放り投げた。口を動かして術式を組む。

(私だって……できるんだ)

 お札が宙を舞い、霊奈の体に貼り付く。そして、霊奈の体に半透明の兜と鎧が出現した。

「絶対に、生きて帰る」

 地面に落ちていた刀を掴み、響たちがいる方向を見る。響の拳から少なくない血が噴き出ていた。

(響ちゃんは生きようと頑張ってる。なら、私も――)

 空中にはまだ、数枚のお札が残っている。それを操作して刀をもう一本作る。

「――生きるために努力する」

 新たな刀を左手に掴み、霊奈は前を見据えた。

 




霊奈覚醒

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