正しくはタイトルにあるように『第169話 過ち』です。
「なっ……」
ルーミアの目が見開く。驚愕しているのだろう。
「な、何とか……間に合ったな」
冷や汗を流しながらも口元が緩む。人間やれば何でもできるのだ。
「そ、それは一体?」
ルーミアの声が震えるのがわかった。まぁ、無理もない。あの渾身の一撃を止められたのだから。
「……知ってるか? 結界には2種類あるって。一つは普通に守るための結界。そしてもう一つは――」
そこでチラリと霊奈を見る。どうやら、俺の幼なじみもルーミアと同様、驚愕で動けないようだ。
「――攻撃するための結界……そう、これが俺の攻めの結界だ!!」
視線を霊奈から大剣を移す。漆黒の大剣が俺を殺そうと迫っているがその動きは止まっている。いや、止められているのだ。たった一本の剣に。
その剣は白かった。刃先は薙刀のように少しだけカーブしている。だが、薙刀と違うのは持ち手がないことだ。刃の根元からは黒い何かが伸びており、それを辿ると俺の後頭部に到達する。
その黒い物は蛇のように蜷局を巻き、剣を支えている。まるで、それはバネのようだった。さすがに剣だけじゃ大剣を受け止め切れないのでこの黒い物で即席のバネを作り、衝撃を吸収したのだ。
「な、何で? 髪の毛が剣に?」
ルーミアが再び、問いかけて来る。
そう、この剣は俺のポニーテールだ。
『雷輪』の効果で博麗のお札を一瞬にして後方に投げ、霊力でお札を操り、ポニーテールに貼り付けたのだ。術式を組むのに時間がかかってしまった(それでも『ゾーン』のおかげで1秒かかっていない。それに霊奈との特訓で反復練習をしたので今では霊奈よりも早く術式を組めるようになった)ので、ギリギリだったが何とか間に合った。
「あり得ない! なぜ、髪がそんな動きができる!?」
悲鳴のような声でルーミアが俺に質問をぶつける。確かに俺のポニーテールはバネのようにぐるぐるしていた。髪は普通、こんなに自由自在に動かない。
「神力だよ」
「え?」
「ポニーテールの中に神力で創られた棒を入れてるんだ。その棒は針金のように簡単に曲がるし、伸びる。だから、こうやってポニーテール自身が動いてるように見えるんだ」
「はり、がね……」
「それだけじゃない。この剣、本体は刃先から1メートルもない。でも、見た目はどうだ? 1メートルより長いだろ? これも神力で伸ばしてるんだ」
「くっ……まぁ、いい。なら、これならどうだ!!」
ルーミアの体から黒いオーラがにじみ出て球体になる。
「させるかっ!」
すかさず、ポニーテールを操り、大剣の刃の上を滑らせた。その時、刃と刃がこすれ大量の火花を散らす。
「っ……」
俺の剣が移動したことによって大剣のバランスが変わり、ルーミアの態勢も崩れる。俺はそれを見越していたので一気にルーミアの懐に潜り込むことに成功した。
「雷雨『ライトニングシャワー』!」
右手から大量の雷弾を放つと全ての弾がルーミアの体にヒット。
「あぐっ」
態勢も崩れていたのでルーミアの体はそのまま後方に吹き飛ばされた。素早く、大剣から剣を離し、一気に前に向かってポニーテールを伸ばす。
「がッ!?」
剣がルーミアの腹部に突き刺さる。だが、先ほどと同じように血の代わりに黒い液体が噴き出した。
(やっぱり……何かおかしい)
離れるために剣を抜いてバックステップする。
「響ちゃん! やったね! とうとう、攻めの結界を!」
笑顔でそう言いながら霊奈が駆け寄って来た。
「霊奈! 油断するな!」
「え?」
「ルーミアの様子がおかしい! 何かあるぞ!」
ルーミアが出したあの黒い球体。多分あれは“闇”だ。ルーミアの能力は『闇を操る程度の能力』。あれぐらいできてもおかしくはない。
つまり、ルーミアの体から噴出した黒い液体も闇。この推測が本当ならば――。
「まずいっ! 霊奈! 刀だ! もう、鉤爪じゃ対応しきれない!」
「わ、わかった!」
霊奈は術式を組むのが下手だ。だから、時間がかかる。
術式を必死に組んでいる霊奈を守るように俺は1歩、前へ出た。
「あーあ……やっちゃったな」
地面に倒れていたルーミアがゆっくりと起きる。その周りには大量の黒い液体。
「これで私の作戦は失敗だ……殺さないように頑張っていたのによくも邪魔をしてくれたな」
「……」
俺は何も言い返せなかった。ルーミアではなく黒い液体に気を取られていたからだ。あの黒い液体から得体の知れない何かを感じる。それは決していいものではない。
悲しみや苦しみ、憎しみなどの黒い感情を凝縮したような。そんな感じがする。そう、まるで幽霊の残骸のようだった。
「せっかく、元に戻れると思ったのに……全部、お前らのせいだ。お前らのせいだ!!」
ルーミアの表情が険しくなる。そして、その背中に黒い液体が集まり、巨大な手になった。さらに余った液体はルーミアの大剣に集中する。
「霊奈! まだか!?」
「もうちょっと!!」
液体が大剣に染み込んでいくにつれ、大剣が大きくなっていく。これだけ大きければ大剣というより大木だ。
「じゃあ、死にな」
敵は巨大な手で大剣を掴み、横薙ぎに振るった。それと同時に霊奈の刀も完成する。しかし、鎧までは間に合わなかったようだ。
「防御!」
ポニーテールを操作して、大剣を受け止める準備をする。これでも大剣を受け止めるには足りないので両手に神力で創った剣を持つ。
「はあああああっ!」「せやあああああああっ!」
俺と霊奈が絶叫しながら迫り来る大剣に向かって4本の剣を振るう。だが――。
「なっ!?」「嘘っ!?」
4本の剣で受け止められたのはほんの1秒だけ。すぐに俺たちは押し負けてぶっとばされた。
攻めの結界を使った剣と刀合わせて2本。ありったけの神力を込めて創った剣も2本。正直、俺たちが使える全ての技の中で最も攻撃力のある技だ。
それをいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。
地面をゴロゴロと転がり、何とか止まったがルーミアはこちらが態勢を整える隙など与えてくれなかった。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねえええええ!!」
いつの間にかルーミアの背中の手が2つに増えている。もちろん、両手にあの大木のような大剣が握りしめられていた。
両手の剣を交互に振るうルーミアだったが、我を忘れているのか一撃も俺たちに当たっていない。でたらめに攻撃しているのだ。
(それは助かったけど……いつか、当たる)
それに大剣が地面を抉るたびに岩が撒き散らされている。今は剣で防御できているがこのまま放っておけばどのみちデッドエンドだ。
(でも、今のルーミアに対抗できる技はない……)
いや、一つだけ――魂同調だ。でも、吸血鬼やトールではまだ攻撃力が足りない。
(……やるしかないか?)
『バカッ! やめておけ! お前だって気付いてるんだろ!?』
魂の中で狂気が叫ぶ。そう、狂気と魂同調すればルーミアと戦える。
「響ちゃん! 逃げて! 時間を稼ぐから!」
刀で飛んで来る岩を破壊しながら霊奈。
(狂気と魂同調すれば……霊奈を守れる)
『駄目だ! 下手したらお前が霊奈を殺してしまうのだぞ!?』
「それでも……やらなきゃ駄目なんだ! 魂同調『狂気』!」
スペルをかかげながら宣言すると俺の体は赤黒いオーラに包まれた。
「っ!?」
刀で岩を破壊していたら突然、響ちゃんの体が赤黒いオーラに包まれてしまった。
「大丈夫、響ちゃん!? くっ……」
慌てて駆け寄ろうとしたが、目の前に大剣が叩き付けられ、行く手を塞がれてしまう。
(響ちゃんに一体、何が?)
確か、『魂同調『狂気』!』と叫んでいた。
(そういえば、霊夢が言ってた……響ちゃんの魂には吸血鬼、狂気、トールの魂がいるって……じゃあ、魂同調ってのは合体すること?)
ならば、響ちゃんは狂気と合体したのだろう。
「あ! 響ちゃん!」
赤黒いオーラが消え、響ちゃんの姿が露わになる。しかし、私の声に反応してくれなかった。
「響、ちゃん?」
様子がおかしい。近くに行きたくても大剣と岩が邪魔で動けない。
「……」
俯いていた響ちゃんだったが、少しだけ顔を上げた。その拍子に響ちゃんのポニーテールが解かれる。どうやら、結うのに使っていたゴムが切れたらしい。
フラフラと響ちゃんが歩き始める。
(何? 何が起きてるの!?)
予感が確信に変わった。絶対に今の響ちゃんはおかしい。
「っ!? 響ちゃん! 避けて!」
大剣が響ちゃんに向かっていることに気付き、叫ぶが響ちゃんは上すら見ようとしない。
「響ちゃん!!」
思わず、悲鳴を上げてしまった。
大剣が響ちゃんを叩き斬ろうと迫る中、響ちゃんの起こした行動は一つ。右手を挙げただけだった。
「……え?」
あり得ない光景にキョトンとしてしまう。
響ちゃんは大剣を右手だけで受け止めていた。
「なっ!?」
その時、ルーミアの動きが止まる。それを狙っていたかのように響ちゃんが左手を前へ伸ばした。
その刹那、赤黒い光線が響ちゃんの左手から撃ち出される。
「――ッ」
咄嗟にルーミアが2本の大剣を体の前でクロスさせガードするが、光線の威力が凄まじく大剣ごとルーミアを吹き飛ばす。
(何!? あの、威力!?)
今までの響ちゃんではあり得ない威力だった。それに――。
「ぐるる……」
――響ちゃんから感じ取れる力が、妖力だけになっている。