「え? 週末?」
幻想郷から帰って来て飯などを済ませ、そろそろ寝ようかと思った時、突然携帯が鳴った。誰だろうと疑問に思いながら電話に出ると何と、怜奈だった。内容は次の通りである。
『うん。悟君からの誘いでね。久しぶりに3人で遊ばないかって』
怜奈と再会してから早3日。メールで何回かやり取りしたが、怜奈から電話は初めてだった。
「週末ね……ちょっと、待ってな」
急いでスキホを取り出し、依頼がないか確認する。
「あー、すまん。仕事があるな」
『どれくらいで終わりそう?』
「そうだな……依頼が4件だから、朝から働けば午後3時くらいには」
『依頼? 仕事って探偵とか?』
因みに俺の家に起きた事は説明済みだ。話を聞いた怜奈は何故か、泣いてしまい宥めるのに苦労した。
「まぁ、そんな所かな?」
『大変だね……手伝える事とかある?』
「いや、結構危ない仕事だから」
依頼の途中で襲って来る妖怪とか、紫とか。
『大丈夫なの?』
心配そうな声で怜奈。
「ああ、これでも体は丈夫だからな」
なんせ、腕を切り落とされてもくっ付ければ治るのだから。
『……わかった。じゃあ、週末の仕事が終わったらメール頂戴』
「え?」
『悟君がね? 響は仕事があるから、響の時間に合わせようって』
「あいつは本当に……」
溜息を吐いているが少し、嬉しかった。
「わかった。仕事が終わり次第、メールするよ」
『うん。待ってるね』
「じゃあ、おやすみ」
『おやすみー』
電話代が勿体ないのですぐに電話を切り、布団に潜り込む。今から週末が楽しみだった。
「望隊長! 霙隊員の情報によると何やら、響がデートの約束をしている模様です!」
響の家。望、雅、霙の3人(奏楽もいるのだが夜も遅いので首がカクカクしている。限界だ)は居間で会議を開いていた。
「ふむ……霙隊員、詳細をお願い」
本来、雅と霙は響とスペルカードで繋がっており、お互いの了承が取れれば、響が聞いた事や雅が見た事、霙が感じた事など意識を共有する事が出来る。
だが、今は雅も霙も回線を切断しているので響に聞かれる心配はない。
「了解であります! 私がご主人様の部屋の前を通った時の事です。何やら親しげに電話をするご主人様の声が聞こえたのであります」
「相手は? 悟さんじゃなかったの?」
「それが……私の耳は人より優れておりまして、電話の内容まではわかりませんでしたが、電話の相手は女性だったのであります」
「「な、何だって……」」
望と雅が同時に目を見開く。
今まで、響は友達と遊ぶ事などなかった。悟は例外である。
そんな響が初めての友達と遊ぶ約束。ましてや、相手は女性。
「お、お兄ちゃんの恋人っ!?」
「ど、どうするの!? 望!」
雅には響に恋人がいると困る理由があった。外の世界の住人は妖怪の存在を知らないし、信じていない。きっと、その恋人も同じだろう。そこでもし、響に妖怪の式神がいる事がバレたらどうなる? 恋人に嫌われたくない響が雅を捨てるかもしれない。それだけは避けたかったのだ。
「そうね……」
望にも理由があるのだが、まぁ、言わなくても見ればわかるだろう。
「尾行しましょう」
「「……そうだね(ですね)」」
望の一言に頷く響の仮式と式神。もちろん、デートを阻止する事が目的であるが、響が選んだ相手を見てみたかったのだ。
「霙ちゃん! デートの日は!?」
「週末であります! どうやら、ご主人様が仕事をしてる事を知っているようでご主人様の仕事が終わった後、でーとをするらしいであります!!」
「よし! 雅ちゃんと霙ちゃんはお兄ちゃんのスペルを通して監視! 動きがあった際、私に連絡する事! その後は私の能力を使ってお兄ちゃんを尾行し、恋人を確認。そして、壊す!」
「「了解であります!!」」
その夜、居間から3人の女の子の不気味な笑い声が聞こえたらしい。
「全く……奏楽も式神になった事ぐらい覚えておけよ」
ターゲットである俺に丸聞こえじゃ意味がない。
『むにゃ……おにーちゃん。もう、いい?』
頭の中で眠たそうに奏楽。居間に望たちが集まっているのが気になり(しかも、その後すぐに回線を切ったのも理由だ)、こっそり奏楽に頼んで居間の状況を確認させて貰ったのだ。
(全く……)
俺が恋人なんか作るわけがない。今は仕事しなきゃ暮らしていけないし、好きと言う感情は今まで持った事がないのだ。
「……」
何だろう。一瞬、何かが頭に浮かんだような気がする。
「気のせいか……」
とりあえず、俺を罠にはめようとする身内をどうするか考えながら寝る事にしよう。
問題の週末。私は居間でじっとその時を待っていた。
「望おねーちゃん? どうしたの?」
奏楽ちゃんが上目使いで質問して来る。
「奏楽ちゃん。これから大事な戦いが始まるの」
「たたかい?」
首を傾げて奏楽ちゃんは更に問いかけて来た。詳しく話そうとした時、私の携帯が震える。
「来た!」
急いで携帯を取り、通話ボタンを押す。
『こちら、雅。響がこっちに帰って来た模様』
因みにお兄ちゃんからは『今日は遅くなる』と聞いている。
(やっぱり……デート!)
雅ちゃんからの電話を切り、次に霙ちゃんに電話を掛けた。
「霙ちゃん! お兄ちゃん、こっちの世界に帰って来た! 匂いで居場所を教えて!」
『了解であります!』
そう言って霙ちゃんが3回、匂いを嗅ぐ。見えてはいないが音でわかった。
『いました! 繁華街と呼ばれる方向です!』
「了解! 雅ちゃんに連絡してから駅前に集合!」
『了解であります!』
すぐに電話を切り、奏楽ちゃんの方を向く。
「奏楽ちゃん! 出かけるよ!」
「え? どこに?」
「お兄ちゃんの所!」
「? わかった! 準備して来るね!」
とてとてと可愛らしく2階へ向かう奏楽ちゃん。出かける為の準備をするのだろう。
「私も急がなきゃ!」
そう言って準備しておいた服に着替え始める。
「……ねぇ? 響ちゃん」
「ああ、知ってる」
午後4時。繁華街を歩く俺、悟、怜奈。どこに行こうか相談しながら歩いていたのだが、後ろから奇妙な視線を感じたのだろう。怜奈が俺を呼ぶ。まぁ、犯人は知っているんだが。
「あれ、電話? 師匠からだ」
突然、悟の携帯が鳴り響く。相手は犯人かららしい。
「悟。少しいいか?」
怜奈を挟んで歩いていたので顔を少しだけ前にずらし、悟の顔を見ながら呼びかける。
「え?」
「望の質問には『偶然だ』で対応しろ」
「? いいけど……」
首を傾げながらも悟は電話に出る。
「怜奈、少しの間だけ俺の後ろを歩いてくれ」
「ん? どうしてかはわからないけどいいよ」
怜奈が俺の指示通り、俺の後ろに移動した。これで後ろにいる身内から俺の姿は見えにくくなっただろう(怜奈は意外に背が高く、俺と同じくらいなのだ)。悟の携帯に耳を近づけてもばれない。
「もしもし? 師匠、どうしたの?」
『どうしたも何もありません! どうして、悟さんがいるんですか!?』
「ぐ、偶然だ」
『偶然だ!? 何で空気を読まないんですか! バカなんですか! 死ぬんですか!? 偶然が許される事はランダム性の高い弾幕を避けられなかった時だけなんですよ! いいですか? 早く、その場を離れてくださいね!!』
ブチッ、と強引に電話が切られる。
「……なぁ、響?」
「お前の思ってる通りだ。ただのバカなんだよ。俺の家族は……」
溜息、一つ。怜奈に『隣に戻って良い』と言ってから後ろの3人と1匹をどうするか考える。
(……丁度いい機会か)
「悟、怜奈。走るぞ」
「はいはい」「え? 何で?」
「いいから!」
俺が怜奈の右手を悟が怜奈の左手を掴んで走り始めた。後ろから望、雅、霙(子犬)、それに乗った奏楽が付いて来る。何度も角を曲がって撒こうとするが、霙の嗅覚があるので撒けない。
(それは想定内……なら!)
「いいか? 次の角を曲がった瞬間、180度回転。その後、来た道を戻る!」
「「了解!!」」
いつしか、悟だけでなく怜奈も笑顔だった。何だか、こうやっていると昔を思い出す。3人で遊んでいた時を――。
「悟!」
角を曲がった瞬間、悟の名を呼ぶ。これだけで俺の言いたい事は伝わる。
「おう!」
俺の読み通り、悟が頷き怜奈の手を両手で掴んで踏ん張った。悟を中心に、俺と怜奈が円を描くような軌道を描き、180度回転。先ほど曲がった角を再び、曲がる。それと同時に俺は怜奈の手を離し、一気にスピードを上げた。
「「え!?」」「キャンッ!?」「おにーちゃん!」
目の前には俺たちを見て驚愕する望、雅、霙。何故か、奏楽だけはわかっていたようで笑顔だった。
「人を尾行するんじゃありません!!」
「ふぎゅっ!」
俺はそう叫びながらジャンプし、飛び蹴りを放つ。俺の靴底は雅の顔面に突き刺さり、後方に吹き飛ばした。