第150話 お掃除
「ゲホッ……埃っぽいな」
本に付いた埃を払いながら俺が独り言を呟いた。
「本当にすみません。手伝って貰って」
数冊の本を抱えた阿求がすまなそうに言ってくれる。
「いやいや、いつも本を見せて貰ってるからそのお礼だよ」
今、俺は阿求の屋敷で本の整理を手伝っていた。さすがに埃が酷いのでスキホからマスクを2つ取り出す。
「ほれ。これで埃っぽいの気にならなくなるよ」
「あ、ありがとうございます」
俺がマスクを装着するのを見て同じように阿求もマスクを着用する。
「それにしてもすごい量だな」
目の前に積まれた本を見て感想を漏らす。
「幻想郷の歴史など色々な本がありますので」
「ふーん……お?」
手に持っていた本を開くとルーミアがいた。いや、ルーミアを可愛らしく絵にした物が載っていたのだ。どうやら、これは幻想郷の妖怪の詳細を書いた書物らしい。
「へぇ……ルーミアのリボンって封印する為のお札なんだ」
知らなかった。次のページにはチルノ。その次のページにはリグルが載っている。絵の隣にはその妖怪の解説が分かりやすく書かれていた。
「あ、それ探していたんです。1週間ほど前、なくなってしまって」
「ここに紛れ込んでたみたいだな。はい」
「ありがとうございます」
阿求に本を渡して次の本を手に取る。これは――料理の本らしい。
「なんでこんな物が……」
「あ、それも探していたんです。本当にありがとうございます」
少し呆れながらも阿求に本を差し出す。
(えっと……これは?)
埃を払ってもタイトルらしいタイトルが見当たらなかった。だが、かなり古い物だと言う事はわかる。阿求にどうしようか聞きたかったが料理の本を持ってどこかに行ってしまったらしく、部屋にいない。
「仕方ないか……」
中身を見て判断するしかない。見た目は普通の本だ。パチュリーの図書館などには開くと危険な本もあるので念のため、この本に魔力など込められていないか魔眼で確認する。
(魔力はない……けどなんか変な力を感じるな)
今まで感じた事のない力。でも、危険な雰囲気はしない。開けても大丈夫だろう。手に力を込めて本を開こうとした。
「ん?」
だが、開かない。どれだけ力を加えても開かないのだ。
(どうするか……)
『妖力でこじ開ければいいんじゃないか?』
物騒な事を言う狂気。まぁ、それしかあるまい。指輪に霊力、魔力、妖力、神力を込め、指輪の鉱石が黄色に光ったのを確認してから力を込めた。
「ふんっ」
5秒ほど力を加え続けたが、本はビクともしない。
「はぁ……はぁ……」
ここまで開かないとは何なんだ、この本は。
「あれ? 響さん、どうしたんですか?」
部屋に戻って来た阿求が俺の息が荒くなっているのを見て問いかけて来た。
「いや、この本、開かなくて……」
「見せてください」
素直に阿求に本を渡す。阿求が真剣な顔で本を観察する。
「これは……私の記憶によるとかなり昔に書かれた本みたいです」
「いつぐらいだ?」
「幻想郷が出来た頃、だそうです」
確か、阿求は百数年に一度、転生していてかなり昔の記憶も持っているらしい。能力も『一度見た物を忘れない程度の能力』らしく、その能力を使って幻想郷縁起を書いているそうだ。
「そんな昔に……よく残っていたな」
「それほど大事な物だそうです」
「因みに中身は?」
「それが……何かに弾かれてしまいました」
弾かれた?
「どういう事だ?」
「わかりません。普段通りなら本の中身も思い出せるのですが、何者かによってこの本に関しての情報にプロテクトをかけられているようで」
「今までには?」
「いえ、こんな事は……」
少し怯えたように阿求。
(記憶にプロテクト……幻想郷に出来る人はたった一人)
「紫か」
「多分そうです。それほど知られたくない情報なのでしょうか?」
俺と阿求が再び、本に目を向ける。俺の妖力を使っても開けられなかった本。紫の手によって封印された阿求の記憶。これだけでもこの本の中身に何か重大な事が書かれているのがわかった。
「そうだ。小鈴とかは?」
人里の貸本屋、『鈴奈庵』で店番をしている本居 小鈴と言う少女には普通には読めない本を読む事が出来るらしい。前に店の手伝いに行った事があってその時に教えて貰ったのだ。
「……きっと、読めません。この本は開ける事すら出来ませんから妖魔本を読む事が出来る小鈴でも字すら読めない本を読む事は出来ません」
「そうか……」
開ける事さえ出来れば、どのような内容でも小鈴に読んで貰える。じゃあ、どうやって開ける?
「……そうだ」
望の能力、『穴を見つける程度の能力』ならもしかしたらこの本を開けられるかもしれない。
「なぁ? この本、持って帰ってもいいか?」
「え? でも……」
「大丈夫。家にこの本を開けられるかもしれない人がいるから。明日までには返すからいい?」
「……はい。わかりました。傷つけないようにしてくださいね?」
「おう」
阿求の目の前でスキホに本を収納した。それを見て阿求も頷いてくれる。
「じゃあ、作業に戻るか」
「はい」
それから数時間、本の事が気になりながらも俺と阿求は本の整理をした。
「――と言うわけなんだ」
本をスキホから取り出し、テーブルに置きながら望に説明する。それを聞いていた望はジッと本を観察していた。
(……あ、今。目の色が薄紫色に)
能力が発動したらしい。
「封印されてるみたい。本の中に術式があって外からじゃ開けられないようにしてる」
「やっぱり、すごいね。望の能力」
望の隣に座っていた雅が感心したように呟いた。
「学校とかじゃテスト中に勝手に発動しちゃって困る事もあるけどね」
「おねーちゃん、すごーい!」
霙(子犬モード)に乗っている奏楽(俺がスペルを使っていないので大人ではない。あれから一度もスペルを使っていない。少し怖いのだ)が目をキラキラさせて望を褒める。霙も雅や奏楽と同意見らしく、一度だけ鼻を鳴らした。
「で? 開け方はわかるか?」
「うーん、お兄ちゃんを助けた時に使ったキーボードがあれば……紫さんに頼みたいんだけど」
「まぁ、無理だな」
阿求の記憶を消した張本人だし。
「いいわよ?」
俺の右隣にいた紫がキーボードのような物を差し出して来る。
「あ、サンキュ。はい、望」
受け取った俺はそのまま、望に手渡す。
「う、うん……ありがと」
「紫、ありがとな。これでこの本を……え?」
「ん? どうしたの?」
隣でニコニコしている紫を凝視してしまった。
「お、お前!? いつの間に!」
「ご、ご主人様! こいつ、曲者ですか!?」
奏楽を背負ったまま(四つん這いとも言う)擬人モードになったら霙が紫に殺気を放つ。
「あらあら。これが響の新しい式神ね」
「貴女は何者ですか!」
「ああ、霙。いいんだ。こいつは俺の上司だよ」
そう言えば、この2人は初対面だった。
「上司……ですか?」
「前にも言ったろ? 俺は幻想郷で万屋をやってるんだ。その会社の社長が紫なんだよ」
「そ、それは失礼しました! ご主人様の上司様に失礼な事を!」
奏楽を乗せたまま、土下座する霙。
「いいのよ。気にしないで。主人を守ろうとするその姿勢、式神の鑑だわ」
「ありがとうございます!」
この二人、意外に相性がいいかもしれない。
「はい、お兄ちゃん。開いたよ」
「え? もうか?」
テーブルの方に目を向けるとキーボードを紫に返す望と見た目は何も変わっていない本があった。
「見た目は変わってないけど?」
「ちゃんと封印は解けたとおもうよ。試してみて」
「お、おう……」
何だか、緊張して来る。この場にいる全員に目配せしてからゆっくりと手を伸ばし、本を開けた。