「……」
目を開け、ゆっくりと起き上がった。
「今度は人形か」
夢の中で俺が作った人形――桔梗。多分、俺の能力のせいで完全自律型人形になってしまったのだ。
(きっと、幻想郷を旅してる途中で壊れるんだな……家に桔梗、なかったし)
過去の俺が無事に帰って来た(俺が生きているからそうなんだろうけど)のならば、桔梗だって付いて来るはずだ。しかし、俺の記憶が正しければ外の世界で桔梗で遊んだ覚えがない。つまり、外の世界に付いて来ていない事になるだろう。
「桔梗……」
触れ合った記憶はない。だが、人形とは言えあんなに心優しい子が壊れてしまうのは悲し過ぎる。ましてや、過去の俺にとって幻想郷を旅する仲間なのだ。過去の俺はさぞかし、泣いた事だろう。
そこまで考えた時、襖が静かにスライドされる。そこに立っていたのは鈴仙だった。
「あ、響さん!」
襖をスライドさせた鈴仙は俺が起きているのを見て驚愕する。
「おっす。えっと、ここは永遠亭なのか?」
「はい、そうです。響さん、気絶したまま、ここに運び込まれたんですよ」
そう言えば、男を倒した後、妙な少女が現れて色々、聞かされた。そして、『ダブルコスプレ』の負荷により、俺は気絶したのだ。
「あれ? 俺が戦ってた場所って人、来ないような場所だぞ? 誰が俺を運んだんだ?」
俺と男の戦いに一般人(もしくは一般妖怪)が巻き込まれてはいけないと思い、あの場所を選んだのだ。
「霊夢さんです」
「は!? れ、霊夢!?」
予想外の人物だったので叫んでしまった。
「何で、あんな所に?」
「さぁ? 今、食堂にいますので本人に聞いてみてはいかがでしょう?」
「そうするか」
そう言って立ち上がろうとするが、体に力が入らなくてペタンと座り込んでしまう。
「きょ、響さん!?」
「だ、大丈夫……少し無理し過ぎたかな?」
想像以上に『ダブルコスプレ』は体に負担をかけるらしい。使えても1日1回だ。
(強いんだけどな……シンクロと同じように使いどころを考えないと)
『もしかしたら、紫と幽々子のコンビが強かったんじゃない?』
(え?)
鈴仙が目の前にいるので声に出せなかったが、魂にいる吸血鬼の発言に首を傾げた。
『確か、紫と幽々子は親友同士。タブルコスプレって言う事は響の体に2人の能力を詰め込む事でしょ? やっぱり、キャラ同士の関係性もあると思うの』
「どうしました、響さん? どこか具合が悪いんですか?」
「いや……すまん。水を持って来てくれ」
「はい。わかりました」
吸血鬼から詳しい話を聞きたいので鈴仙を部屋から追い出す。
「つまり、仲が悪いキャラ同士だと弱くなるってか?」
『それはわからないわよ。まだ、一回しかしてないんだから情報がなさ過ぎる。やっぱり、少しの間、様子を見た方がいいかもしれないわね。ピンチの時に変な事になったら困るもの』
(……そうだな)
吸血鬼の案に頷いた所で鈴仙がコップを持って帰って来る。
「どうぞ」
「サンキュ」
鈴仙からコップを受け取り、傾けて冷水を飲もうとした。
「バゥ!」
その瞬間、鈴仙を飛び越えて霙(狼モード)が俺に飛びかかって来た。
「うぐっ!?」
突然の事で飲み込もうとしていた冷水が気管に入り、咽てしまう。
「大丈夫ですか!?」
「ゲホッ……あ、ああ。それより、霙? どうして、狼のままなんだ?」
俺が命令しなくても擬人モードになれるはずだ。それなのに霙は狼のままだった。
「クゥ……」
「ん? あ、そうか。俺との契約がなかった事になったから擬人モードになれないのか」
そうだと言わんばかりに霙が吠えた。
「あー、すまん。すぐに契約したいのはやまやま何だが……今、霊力が足りないから明日な」
霙はそれを聞いてあからさまに落ち込んだ。どうにかしてやりたいがさすがに無理だ。
「そうだ……望」
霙を見て妹の事を思い出し鈴仙の方を向く。それだけで俺が何を言いたいのかわかったようで鈴仙が口を開いた。
「望さん、少し瞳力を使いすぎたようです。師匠が作った目薬を差せば明日までには回復するそうですが、それまで光に敏感になってしまうので今日1日、目隠しするようにとの事です」
「意識は?」
「今、食堂で朝ごはん食べてます。見えないので手こずっていましたが」
「そうか……」
それを聞いて安心した。やはり、望は戦わせない方がいい。能力は強いが体に負担がかかり過ぎる。今回は仕方ないとして出来るだけ望には頼らないようにしよう。
「霙。すまないが、背中に乗せてくれないか? 力が入らなくて」
お願いすると霙は一つ頷いて姿勢を低くしてくれた。
「サンキュ」
霙に跨り、鈴仙と一緒に向かう。
「たまたまよ」
食堂に到着し、望の様子を伺い大丈夫だとわかると次に霊夢に何故、あの場所にいたのか聞いた。すると、まさかの偶然だと言った。
「偶然、お前があそこを通ったってのか?」
「違うわよ。何かスキマのような物が見えたから向かっただけ」
「スキマ?」
もしかしたら、『夜桜』のスキマかもしれない。
「スキマならここからでも見えたよ」
俺の隣でご飯をかきこみながら雅が教えてくれる。
「私にも知らない技だった……何をしたの?」
「え? あ、いや……」
俺は人前で能力を使いたくない。コスプレしなければならないからだ。まぁ、幻想郷ならコスプレとかそう言った概念がないので我慢できるのだが、外の世界では東方も知っている人は知っているので能力は使わないようにしている。誰かに見られたら恥ずかしくて死にそうになるからだ。
望はもちろんだが、雅も一応、東方を知っているので(悟に教えられた)雅の前でもあまりコスプレしたくない。ましてや『ダブルコスプレ』は2人のキャラの服を足して2で割ったような服装になる。なんか、俺自身が考えてアレンジしたように見えてしまうので見せたくないのだ。
「何で隠すの? 仮でも私は響の式神だよ?」
『運命』で引いた死神の逆位置の効果によって霙との契約はなかった事になり、男の能力で分断されていた雅との契約は復活したのだ。
「仮だからダメ」
「えええ!? 何で!?」
「何でもだ」
「きっと、お兄ちゃん。恥ずかしいのよ」
その時、俺の目の前――霊夢の左隣に座っていた望が俺の穴(本音)を見つけて喋った。
「お、お前!? 見えてないんじゃないのか!?」
目隠ししたままの望に問いかける。もしかして、目で見なくても穴を見つけられるのだろうか。
「何年、お兄ちゃんの妹してると思ってる? お兄ちゃんの仕草とか言葉でわかるよ」
「恥ずかしいの? 響」
雅がそれを聞いて俺の方に顔を近づけながら聞いて来る。
「あ、ああ……」
「何で?」
「何か、能力が進化したみたいね。いや、進化と言うより新たな使い方を思い付いたって言った方がいいかしら?」
今度は霊夢にカミングアウトされた。
「能力ってコスプレの方?」
「っ……そうだよ」
「へぇ~、どんなの?」
「それを言うのが恥ずかしいの!」
しつこく聞いて来る雅の脳天に本気で(もちろん、妖力補強済みでだ)拳を落とした後、望が話しかけて来る。
「で、いつ帰る? 今日、日曜日だから帰らなきゃいけないけど」
「日曜日? 土曜日じゃなかったか?」
「お兄ちゃん、1日寝てたんだよ」
本当に『ダブルコスプレ』の使いどころは考えなければならないようだ。
「そうか……すまん。少し寄りたいところがあるから帰るのは午後で」
「寄りたいところ?」
首を傾げながら望。『ダブルコスプレ』のせいで相当、疲労しているのだが、そのような時に寄るような場所がある事に疑問を抱いているようだ。
「ああ……リーマの所にな」
俺の言葉を聞いて望と霊夢はハッとした。
隠者
正位置の意味
『理論的。器用。有能。記憶』など。
逆位置の意味
『頑固。おしゃべり。通じない。苦労性』など。