東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第145話 恋人

「私の力である程度、武器を扱えるように出来るとは思う。でも、さすがに完璧には無理ね」

「アリスさんでもですか?」

 あれだけ人形を巧みに操っているのにも関わらず、今回の件は相当難しい事らしい。

「普通の人形ならいいんだけど……桔梗は完全自律型人形。私にも分からない事だらけなの」

「何かマスターに危険な事は?」

「ない、とは言い切れないわ。貴方たちには素材集めをして欲しいの」

「素材、集め?」

 その言葉の先を促すように僕はアリスさんの言葉を繰り返す。

「例えば、とても熱い物。硬い物。鋭い物と言ったその武器に重要なパーツになる物を手に入れて欲しいの。改造の仕方は後で桔梗に教えるわ」

「しかし、見た目だけで武器に必要な物だとわかるんですか?」

「その為にセンサーを桔梗に取り付けるわ。武器のパーツになりそうな物を見るとわかるようにするの」

 そんな事まで出来るとはさすがアリスさんだ。だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。

「それでもアリスさんが桔梗に武器を取り付ける事は出来ないんですか? 素材がないとか?」

「素材がないのも確かなんだけど、私が使役してる人形が使ってる武器は桔梗には扱えないの。簡単に言ってしまえば、あれは私が操作してるの。上海はともかく、他の人形の槍や盾は私自身が魔力の糸を操ってまるで人形が自分の意志で使ってるように見せているだけ」

「上海さんのは?」

「あれは武器の使い方を指示したのよ。半自律型だからそれぐらいは出来るの。でも、桔梗は自分の意志を持ってる」

「意志を持ってるなら出来るんじゃ?」

 桔梗もアリスさんに問いかける。

「上海が武器を使えるようになるまで相当、時間がかかったわ。それに上海の武器は特注品。今すぐ用意出来るのは魔力の糸を使って操る武器しかないの」

「特注の武器はどれくらいで作れますか?」

 諦められないのか桔梗が問いかけた。

「1~2か月がいいところ。もっと時間がかかるかもしれないわね」

「桔梗、どうする?」

 腕を組んで考えている桔梗。

「……武器は欲しいです。でも、時間もかかりますしマスターが少しでも危険な目に遭う可能性があるならやめます」

 桔梗は俯きながらボソボソと呟いた。

「わかった。アリスさん、桔梗に武器の改造の仕方とセンサーを取り付けてください」

「え!?」

 桔梗は目を見開いて僕の方を見る。

「だって、桔梗は武器、欲しいんでしょ?」

「で、ですが!」

「なら、僕だって桔梗の主として従者の願いを叶えたいんだよ」

「マスター……」

 その時、桔梗の目から涙が零れた。

「嘘……涙まで。これじゃもう人形とは言えないわ」

 アリスさんがそれを見て驚愕する。僕も最初は驚いたが、次の瞬間には桔梗の体をギュッと抱きしめていた。

「本当に生まれて来てくれてありがとう。これから、よろしくね。桔梗」

「は、はい! マスター!!」

 桔梗も目に涙を溜めていたが顔を上げて僕に微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 アリスさんと桔梗が部屋に入ってから3時間。卓袱台のお茶もすっかり冷めてしまった。その間、僕はここでずっと一人で待たされている。僕も桔梗の改造を見たかったのだが、桔梗がアリスさんに何かを聞いた後、顔を真っ赤にしながら『入って来ないでください!』と言われてしまったのだ。

「大丈夫かな……」

 アリスさんに限って失敗はないと思うが、やはり心配だ。

「お待たせ。桔梗の改造、終わったわ」

 その時、襖が開いて汗だくのアリスさんが報告してくれる。

「桔梗は!?」

「大丈夫よ。改造は成功したわ。今は寝てるだけ」

 アリスさんの両手に抱えられていた桔梗は目を閉じて静かに眠っていた。

「人形なのに寝てるんですか?」

「それが体は人形なんだけど人間のように寝たり食べたりしなきゃならないみたい。キョウ君も見たでしょ? 涙」

「……普通はあり得ませんよね?」

「そうね。まず、目に涙腺があるとは思えないし」

「ですよね……うわッ!?」

 僕とアリスさんが話し合っていると突然、ズボンのポケットで何かが揺れた。

「ど、どうしたの!?」

「い、いえ……あ、携帯」

 慌ててポケットに手を突っ込み、揺れている物を取り出すと親が連絡用に買ってくれた携帯だった。どうやら、充電切れを知らせるバイブレーションだったらしい。

「それ……ケイタイよね?」

「知ってるんですか?」

 充電が切れたので揺れなくなった携帯を再び、ポケットに仕舞って聞き返す。

「よく、壊れたケイタイがある店で売ってるのよ」

 壊れているのに売っているとはすごい店だ。そんな事を思っていると桔梗が顔を上げた。

「あ、桔梗。起きた、の?」

 話しかけるが桔梗の様子がおかしい事に気付く。

「マスター、それ。私にください」

「え?」

「それ、私にください」

 そう言う桔梗の目は虚ろだ。嫌な予感がして立ち上がる。

「それって携帯の事?」

「はい、ください」

 アリスさんの方をチラリと見ると少し、動揺しているようだ。アリスさんでも予想外の展開らしい。ゆっくりと携帯を取り出し、卓袱台の上に置いた。すると、桔梗が乱暴にアリスさんから離れて携帯を両手で持つ。

「桔梗、さっき改造のやり方は教えたよね? 出来る?」

「大丈夫です。“それよりも簡単な方法がありました”」

「「え?」」

 僕とアリスさんが首を傾げると携帯を真上に放り投げる桔梗。そして、口を大きく開けて――食べた。そのまま、顎を動かして携帯を噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。それを呆然と僕たちは眺めていた。

「……あれ? アリスさん、私の改造、終わったんですか?」

 数秒が経ち、桔梗がキョロキョロと辺りを見渡した後、アリスさんに質問する。

「え? き、桔梗? 覚えてないの?」

 困惑したまま、僕は桔梗に問いかけた。

「はい? 何がですか?」

 どうやら、何も覚えていないらしい。

「アリスさん、これは?」

「……もしかすると、桔梗はキョウ君の事が好き過ぎるあまり、暴走してしまうかもしれないわ」

「暴走?」

 好き過ぎるの意味はよくわからないが、暴走となるとかなりやばい状況なのかもしれない。

「簡単に言えば、キョウ君の為ならどんな事でもしちゃうって事。自分の頭では暴走しちゃ駄目だと思っていても人形の体が勝手に動いてしまう。本来、人形は人の災いを肩代わりする役目があったのよ」

 つまり、僕に降りかかるであろう災いを桔梗は本能的に防いでしまう。僕を守る為だったら、どんな手段でも使うのだ。

「まぁ、今深く考えても何も解決しないわ。とりあえず、貴方の携帯を食べた事によって桔梗にどんな変化があったか検証する方が優先ね」

「……そうですね。桔梗、何か変わった所ある?」

 僕が桔梗に質問すると、桔梗は戸惑ったように首を横に振った。

「何故、変化があるのでしょうか? 物欲センサーは何も反応していませんし……」

「そう言えば、アリスさん。そのセンサーってどんな物なんですか?」

 見た目は全く、変わっていないのだが。

「魔方陣を桔梗の体に刻んだのよ。それにさっき言った武器についても同じ。素材によってどんな形をしているか。そして、どんな効果があるのかも全て、桔梗次第」

「私、ですか?」

 桔梗自身、きちんと理解していないようだ。

「改めて、説明するけどね? 例えば、キョウ君が持ってる鎌を素材とした場合、桔梗はどんな武器になると思う?」

「そうですね……普通に鎌を使えるようになるんじゃないでしょうか?」

「属性は? イメージでいいわ」

「属性……色が紅いので炎とか?」

「それよ。素材にした物から桔梗がイメージする物がそのまま、桔梗の武器になるようにしたの。さすがに限度があるけどね。桔梗が持てないほど大きかったりとか」

 アリスさんの説明で何となくだが、理解した。言ってしまえば、素材にした物を見て桔梗が思い描いた武器が桔梗の武器となるのだろう。

「でも、アリスさん。桔梗は僕の携帯を食べた事、覚えてませんよ?」

「だから、予想外なのよ。一度、外に出て色々と試してみましょう。もし、神社に傷が付いたら持ち主に殺されるわ」

 アリスさんの目から少しだけ光が失われた。ここはアリスさんの言う通りにしておいた方がいいだろう。僕も桔梗も素直に縁側から境内の方に移動する。もちろん、靴を履いてだ。

「あの~、私、何かしてしまったのでしょうか?」

 その途中で桔梗が困ったような表情を浮かべながら聞いて来た。

「えっとね?」

 僕の携帯を見て桔梗が突然、変になった事。携帯を食べた事。それを桔梗は覚えていない事を手短に説明する。

「す、すみませんでした! まさか、最初の素材がマスターの私物だったなんて!?」

「大丈夫だって。幻想郷じゃ使えないし、充電も切れたし」

「うぅ……それでいて素材を手に入れたのにも関わらず、武器らしき物は何も出て来ないとは……」

 桔梗は俯きながら落ち込む。

「今から確認するから諦めちゃ駄目だよ!!」

「貴方たち、仲が良いわね」

 笑顔で――それでいて少し、寂しそうにアリスさんが呟いた。

「桔梗、マスターを守りたかったら頑張って武器を生み出しましょうね」

「は、はい!」

 桔梗が元気よく返事をした刹那、アリスさんの後ろからガサガサと茂みが揺れる音が聞こえた。

 




恋人


正位置の意味
『愛。選択。好奇心。外交』など。

逆位置の意味
『選べない。裏切り。離別。過干渉』など。

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