「悪魔の正位置! 束縛『魔の呪縛』!」
スペルを発動した刹那、地面から禍々しいオーラを放つ縄が何本も飛び出し、男に向かって直進する。
「タロットとの関係を断つ!」
しかし、男が能力を使い、縄を消した。すかさず、次のタロットを引く。
「世界の正位置! 完全『完璧な弾幕』!」
「関係を断つ!」
弾幕が展開された瞬間、男が能力を使う。
「はぁ……はぁ……」
タロットを引こうとするが呼吸が乱れて上手く掴めない。俺がタロットを使っては男が邪魔をする。これを10分以上、休む事なく繰り返しているのだ。さすがに俺の霊力も底を尽きそうだった。
「そろそろ限界か?」
俺を見て男も俺に限界が近づいている事に気付く。
(くそ……何で、出ないんだよ)
確率的に44分の1だ。幻想郷の住人とシンクロを狙うよりも確率は高いのだが。まぁ、小町の時もかなり、待ったから仕方ないのかもしれない。
それにもし、俺の狙っているタロットが来ても男にキャンセルさせられる可能性がある。俺の考えでは大丈夫なのだが、確信はない。
「死神の正位置! 停止『硬直する世界』!」
スペルを宣言し、すぐにタロットに手を伸ばす。また、男がスペルをキャンセルすると思っての行動だ。しかし、いつまで経っても男は能力を使わない。
「……あれ?」
男を見れば口を開けた状態で固まっている。次に周囲を観察するとどうやら、時間が止まっているようだった。
(なるほど……男がスペルをキャンセルできるのは俺がスペルを使ってから。なら、能力を使われる直前はどのスペルも発動するわけだな)
これで俺が狙っているスペルは男に邪魔される事なく使える事がわかった。まずは一安心。でも、霊力の量を考えて後3回しかタロットは使えない。いや、この時間停止の間に出来る事はある。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸。時間停止は後5分で解けてしまう。だが、それだけ時間があれば瞑想による霊力回復も可能だ。5回分まで増えるだろう。
「関係を断つ……ん?」
響がタロットのスペルを使ったので能力を駆使して関係を断とうとしたのだが、不発した。不思議に思ったが、今は響に集中しよう。少しでもタイミングが遅れれば先ほどの『走符』のような目では見る事が出来ない攻撃が来るかもしれない。
(でも、これが切り札なのか?)
確かに敵が使うスペルはどれも強力だ。正位置はもちろん、逆位置は響にとってマイナスになるような効果もあるがそれを上手く使って来るから油断は出来ない。しかし、何か引っかかる。
(まさか、まだあいつが狙っているカードが来ないのか?)
さすがにそれはないだろう。あれから30枚は引いているのだ。それでも狙っているカードが来なかったら、相当運が悪い。
「塔の逆位置! 崩壊『壊れゆく塔』!」
その時、響がタロットを引いてスペルを発動。そして、俺たちの近くの地面から巨大な塔が現れる。あまりにも突然の事過ぎて能力を使うのが遅れた。俺が慌てていると巨大な塔が急に崩れ始め瓦礫が俺と響を襲う。
「関係を断つ!!」
やっと、我に返った俺が能力を使用し塔を消した。だが、その頃には次のタロットを引く響。
(霊力の大きさ的に後4回か5回。その間さえ切り抜けられれば行ける!)
「審判の逆位置! 自爆『満身創痍』!!」
「関係を断つ!」
能力を使ってから舌打ちをする。今のスペルは完全に外れ。能力を使わなければ響に大ダメージを与えられたに違いない。
「戦車の正位置! 走符『猪突猛進』!」
宣言した刹那、響の姿が消える。
「関係を断つ!!」
関係を断った瞬間、目の前に響が現れた。後0.1秒でも遅れていれば俺は吹き飛ばされていただろう。でも、今の状況もまずい。ここで弾幕系のスペルを使われれば俺が能力を使う前に全弾命中する。
「月の正位置! 透符『消えゆく気配』!」
響がスペルを発動した途端、響の姿が見えなくなった。
(透明になるスペルかっ!?)
「関係を断つ!!!」
すぐにスペルをキャンセルするが、もう前に響はいない。右にも左にもいない。つまり――。
「後ろかっ!」
勢いよく振り返すとタロットを引いてこちらを睨む響。
「死神の逆位置……再開『初めの一歩』」
次の瞬間、響の周りで旋回していたタロットカードが全て地面に落ちた。
「……」
ゆっくりと目を閉じる。手に力が入らなくなり、死神のカードが他のタロットと同じように地面に落ちた。そして、左から強風が吹き荒れ、22枚のカードをどこかへ運んで行く。
「……どうやら、外れたみたいだな」
目を開けて男を見るとニヤついていた。勝利を確信したのだろう。
「待ってた」
「え?」
しかし、俺は男なんかお構いなしに魂に話しかける。
「今回の事でお前たちの大切さがわかったよ」
『……本当に人に心配させるのは得意なのね』
『全く、私たちの声が聞こえなくなった途端、弱気になって……それでも私を倒した男か?』
『無事でよかった。これで元に戻ったんじゃな』
ああ、聞こえる。魂から吸血鬼たちの声が。それに指輪も光る。やっと、元に戻ったのだ。
「お前……何を」
突然、能力の容量が増えた事で気付いたのだろう。男が俺を睨みながら問いかけた。
「戻しただけだよ。1週間前の俺たちに」
「1週間前? 俺がお前の魂を断った日だな……もしかして、さっきのスペルか!?」
「再開『初めの一歩』。あれは俺の体を1週間前と同じ状態にするスペルだ。まぁ、霊力とかは回復しないけど」
「何だそのスペル! 逆位置なのにデメリットがないじゃないか!!」
男の言う通り、正位置の効果にはほとんどデメリットはない。だが、逆位置はデメリットがあるスペルが多いのだ。
「『再開』は本来、タロットのスペルで俺に追加された効果を無効化してしまうと言うスペルなんだよ。しかも、そのせいで『運命』まで解除される。でも、今回ばかりは俺にとってそのデメリットは好都合だったのさ」
そこまで説明してポケットに手を突っ込み、1週間前に壊されたはずのスキホを取り出す。
「っ!? させるかよ!」
男が跳躍し、俺に向かって来る。しかし――。
「ぐっ……」
途中で男が何かにぶつかり、止まった。『絶壁』だ。
「な、何であるんだよ! 1週間前のお前になったなら『絶壁』だって消えてるはずだ!」
「もう、それは俺の物じゃない。力の供給をやめたんだ。でも、『絶壁』は125枚の博麗のお札から出来ている。そのお札自体に霊力が込められているから消えるまで時間がかかるんだよ。後1分ぐらいだけど」
『透符』で男の背後に回ったのは俺と男の間に『絶壁』を配置する為だったのだ。まぁ、言ってしまえばもうその頃には俺は『絶壁』を動かせなかったので迂回しただけなのだが。
「このっ!」
男が『絶壁』に向かって何度も拳を振るう。さすがに霊力が少なくなって来たのか亀裂が走った。
「残念だったな。お前がそれを壊す頃には準備は終わる」
そう言って、いつものようにスキホに数字を入力し、白いヘッドホンとPSPを出現させる。
「なっ……」
殴りながら男が俺を見て驚愕した。そりゃそうだろう。男は俺について色々知っている。いつも通りなら頭に白いヘッドホン。そして、左腕にPSPが括り付けられると言う事も知っているはずだ。
しかし、今は少しだけ違うのだ。
頭には白いヘッドホン。そして、左腕には革製のホルスターに包まれた紅いPSP。更に右腕には“左腕のPSPと同じようなホルスターに包まれた黒いPSP”。
「PSPが、二つ?」
男の呟きが聞こえるが、放っておく。右耳側のヘッドホンに紫色のボタンが追加されており、押す。すると、右側のヘッドホンが黒に、左側のヘッドホンが紅に変化する。実際には見えないが、紫がそうなると言っていた。
紫の改造によりタッチ式になったPSPの画面に指を置く。左のPSPには右手の人差し指を、右のPSPには左手の人差し指を。その姿は自分の体を抱きしめているように見えるだろう。
(頼む……上手く行ってくれ)
一度だけ短く深呼吸し、左右同時に指で画面をスライドした。右耳と左耳からそれぞれ別々の曲が流れ出す。それと同時に2枚のスペルカードが目の前に現れた。
「させるかああああああああ!!」
『絶壁』が音を立てて砕け散り、男がすごい形相で俺に向かって突進して来る。俺も急いで2枚のスペルを掴み、宣言した。
「幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~ Border of Life『西行寺 幽々子』! ネクロファンタジア『八雲 紫』!!」
「うおっ!?」
もう少しで男の拳が届く所で俺の体から強風が吹き荒れ、男を吹き飛ばす。
「……」
しかし、男に隙が出来たのにも関わらず俺は動けずにいた。もちろん、男から攻撃を喰らったとかではなく、自分の姿に驚いていたのだ。
服は幽々子の着物にそっくりだが、色が紫色。帽子は紫の物に似ているがリボンの部分が幽々子の渦巻きのような物が描かれたあの三角巾が付いていた。扇子を取り出してみると幽々子の桜が描かれた扇子にスキマの中に浮いている目玉が小さくちらほらと描かれている。
この姿は幽々子と紫の服を足して2で割ったような感じだ。
「ずっと……思ってた事があるんだ」
男が立ち上がった所でゆっくりと話し始める。男も今、俺に起きている現象について気になるのか黙って聞いていた。
「去年の夏、俺は初めて幻想郷にやって来た。そして、ミスチーと戦った後、イヤホンが壊れたんだ。左耳の方から音が聞こえなくなった。でも、その後も俺は能力を使う事が出来た。片方からしか曲が聞こえてなかったのに。それからしばらくしてふと疑問に思ったんだよ……『違う曲を同時に流したらどうなるんだろう』って」
だから、紫にお願いして(雅を紫の家に連れて行った時だ)黒いPSPを改造して貰ったのだ。丁度、2週間ほど前、俺が呪いをかけられた日。紫にPSPを渡してヘッドホンで同時に曲を流せるように改造して貰っていた。しかし、改造が終わった頃には俺は呪いに蝕まれていたのだ。
「名前を付けるとしたら『ダブルコスプレ』」
「……なるほど。それが本当の切り札なんだな? だったら、もう一度お前と関係を繋いで魂を断ってやるよ!」
いつの間にか目の前に男が出現し、俺の頭を手で掴んだ。次の瞬間、“男の腕が吹き飛んだ”。
「――ッ!?」
痛みと驚きで男の目が大きく見開かれる。
「もう、お前に俺たちの関係は断てやしない。お前が入り込めるほど今の俺たちの関係は軽くない。お前の腕が吹き飛ぶほど俺たちは強い絆で結ばれているんだ」
男の腕が再生して行く。どうやら、主人から力を供給して貰い、吹き飛んだ自分の腕の肉片に能力を使用し、繋いでいるようだ。それを見ていると突然、俺の手の中に1枚のスペルカードが生まれた。
「夜桜『スキマの中で舞え、黒染の千本桜』」
スペルが発動すると、俺と男の周りでスキマが次々と開いて行く。
「な、何だ!?」
「これが幽々子と紫の合体スペル。スペルが出来るまで時間がかかるからすぐには使えないけど、その威力は計り知れない。お前でも一溜りもないよ」
俺が話し終えた頃には360度、スキマで埋め尽くされる。このままでは俺も巻き込まれてしまうが、体が半透明化しているので当たらないはずだ。スキマをよく見ると1本の満開の桜が生えている。スキマ一つに1本。感覚的にスキマは千個、開いているので桜の数は千本。そう、千本桜だ。
「さぁ、お前の命と一緒に優雅に舞え、黒染の桜よ」
扇子をゆっくりと右から左に移動させると1個だけ小さなピンク色の弾が男に向かって飛び出した。
「がッ!?」
背後からの攻撃だった為、男は躱せずもろに喰らう。そして、その場に崩れ落ちる。俺がどれだけ攻撃しても、もろともしなかったあの男が一撃で大ダメージを負ったのだ。
「……散れ」
俺がそう、呟くと千のスキマから大量の小さなピンク色の弾が男に向かって射出される。
男の悲鳴すら聞こえないほどの爆発音。それが3分間、続いた所でとうとうコスプレが解除される。
(なるほど、片方の曲が終わると強制的にもう片方の曲も終了するのか)
スキマも消え、男の方を見ると地面に倒れていた。
「魔法『探知魔眼』」
魔力を左目に流して男を観察する。どうやら、あれだけやられても生きているらしい。だが、瀕死だ。
「全く……だから、言ったのに」
「っ!?」
気が付くと男の傍に小さな女の子がいた。
(い、いつの間に!?)
「呪いをかける所までは上手く行ったのによ。お前は本当に爪が甘いな」
ぶつぶつと文句を言いながら男の襟を掴む女の子。よく見れば初めて、永遠亭に言った日――霙に襲われていたあの女の子ではないか。
「君……いや、お前は誰だ?」
驚いて気付かなかったが、女の子から強大な力を感じる。
「あたし? あたしはこいつの主人だよ。そして、『お前を殺そうとした黒幕だ』」
「っ!?」
こんな小さい子が俺を殺そうとした。普通なら信じられないが、もしかしたらこいつは何かの妖怪で見た目の割に年を取っているのかもしれない。
「今回はこの馬鹿のせいで殺せなかったが、いつかは目標を達成するから。今、殺したいんだが、昼間だからあまり力を出せない。別の機会にする」
そう言って女の子は男を引き摺ったまま、森の方へ歩いて行く。
「あ、待て!」
慌てて追いかけようとしたが、急に足から力が抜ける。ダブルコスプレの反動だ。予想はしていたが、それを遥かに超える疲労感。
「く、そ……」
とうとう、地面に倒れてしまった。そのまま、意識が遠のいて行く。
「……お疲れ様」
後ろからそんな声が聞こえたが、その声の主を確認する前に俺は意識を手放した。
正義
正位置の意味
『友好的。穏やか。不正を暴く。決着をつける』など。
逆位置の意味
『不公平。失望。だらしがない。人情の無い判断』など。