「ぐっ……」「いっ……」
俺と男はお互いの拳をそれぞれの左頬に貰い、後方に吹き飛んだ。しかし、体格差で俺の方がダメージは大きいようで、俺が立ち直る頃には男が目の前まで迫っていた。
「くそっ!」
下手に攻撃するよりガードを固めた方がいい。そして、隙が出来た所にカウンターを撃ち込む。すぐに構えて敵の攻撃に備えた。
「俺にはガードは効かないぜ!」
男が叫んだ瞬間、男の両腕が消える。いや、速すぎて肉眼では見えなくなったのだ。これでは防ぎようがない。
『左5、右7。交互に来ます。それから左からのフックの後、右アッパーカットです』
耳に望の指示が聞こえ、全てを両腕で防ぐ。指示を聞きながらその前の指示通りに動き、攻撃を防いでいるような感じだ。例えば、望が『左、右、左、左、右、右、左』と指示した場合、5つ目の『右』を聞いた瞬間に1つ目の『左』を躱しているような状況である。
「お?」
俺が完全に見切っている事に気付いた男が目を少しだけ細め、すぐにニヤリと笑った。
「よく、防いでるな」
「こ、っちには仲間が、いるもんで、ね!」
俺の強がりを聞いた男は楽しそうに笑い、攻撃のスピードを上げる。
『LRRLRLLRLLRRRLLRLLLRLLRRLRLLRLLRRRLLLR――』
望も負けじと指示を省略化し、対抗した。
(お前ら、俺の気持ちを考えろよ!!)
半分涙目になりながら必死に男の拳を腕で受け止める。一撃が重い。油断すればバランスを崩され拳を叩き込まれてしまう。
「そろそろ、腕が痺れて来たんじゃないか?」
「それはご心配なく!」
一瞬だけ男の攻撃に休みが出来た。その隙を狙い、男の懐に潜り込む。
「うおっ!?」
「シッ!」
目を見開く男の右肩を狙って右腕を撃ち込む。
『お兄ちゃん、男に拳が触れた瞬間、屈んでください』
望の指示が飛び、当たった瞬間に頭を下げた。
「ちっ!」
上から凄まじい音と風が起こり、男が左腕を思い切り横に振るったのがわかる。当たっていたら俺の首の骨が折れていただろう。急いで男の股を潜り抜け、距離を取る。
「……色々、準備して来たみたいだな」
「まぁ、ね。誰かさんに能力の一部……いや、ほとんどを断たれたから」
「やっぱり、主人の言う通り、全部は断ち切れなかったか……」
「主人?」
どうやら、この男の上には誰かがいるらしい。
「ああ、式神使いが荒い人でね。お前の暗殺も主人の命令だ」
「何で俺なんだ?」
「それは知らない。ただ、結構前からお前の事、狙ってたぞ? そんな事より……ふむ。なるほど。とりあえず、その鎧を破壊しようか」
男が俺を睨んだ瞬間、目の前まで移動した。
(なっ!?)
すぐに俺の左腕を狙って右フックを放つ。不意を突かれたので構える事が出来ずにもろに食らってしまった。
「っ!? やっぱりか!」
しかし、弾かれたのは男の右手。そのせいで男にトリックが見破られてしまった。
「このっ!」
弾かれた時に出来た隙を突き、男の顔面に右ストレートを撃ち込むがあっさり躱され、連続で俺の左腕に打撃を与えた。
(まずっ!?)
――ピシッ!
何十回目かの攻撃でとうとう、左腕から変な音が響く。
「トドメっ!」
男の叫びと同時に俺の左腕に右フックが衝突し、結界が破壊された。その衝撃で俺の体が右方向に吹き飛ぶ。
「考えたな……自分の体にお札を貼って自分の体の周りに結界を貼る。それに多分だけど五芒星の形になるように貼ってお前の得意な『五芒星結界』を作ったんだろ? 効果は両腕と両足、そして腹部。それぞれが孤立してるからどの部位が破壊されても他の結界は無事ってわけか……確か五芒星には魔除けの効果があったよな? それで魔である俺の拳を弾き、最低限のダメージで抑えてた、か」
この短時間で全てを当てられ、反論出来なかった。その答えとして立ち上がり、構える。
「いいのか? 左腕の結界が破壊された今、俺の攻撃はガードする毎にお前の体に響くぞ?」
「わかってる。でも、俺は一人じゃない!」
俺が叫んだ瞬間、男の足元から10枚の炭素板が飛び出した。
「ッ!?」
すぐに10枚の炭素板が男に絡まり、動きを止める。その頃には俺は男の目の前まで移動していた。
「式神かっ!」
「ご名答!」
頷きながら結界を纏った右手で男の顔面をぶん殴る。男の体は後方へ吹き飛びそうになるが雅の翼に捕まっているのでその場に踏み止まった。
「もう一発!」
すかさず右腕を引き、今度は鳩尾に一撃、叩き込んだ。
『お兄ちゃん! 離れて!』
「了解!」
望の指示に従い、すぐにバックステップで離れた。その刹那、男が雅の翼をバカ力で引き千切り、解放される。
「あー、吃驚した」
俺のフルパワー(霊力で水増しした)だったのにも関わらず、まるで通用していない。
「まぁ、色々わかったよ。まず、出て来いよ! 式神!」
大声で雅に声をかけながら地面を右手で殴った。
「うわっ!?」
男が地面を殴った刹那、地面が大きく揺れ、地面が割れる。
「雅! 出て来い! 飲み込まれるぞ!」
「ふんっ!」
俺が悲鳴を上げると雅が地割れから飛び出し、それと同時に男がもう一度、地面を叩いた。そして、地割れが塞がる。
(大地と関係を築いて操作したってわけか……)
「ぺっ! ぺっ! 土が口の中に……」
俺の横に降り立った雅の制服には土がこびり付いていた。雅を呼び戻した後、地面に隠れているように命令したのだ。土の中にいればまず、気付かれないし、雅の場合、土の中を翼でドリルを作り、穴を掘って移動できる。
「上手いな。さすがの俺でも気付かなかったぞ」
男が呟いた時、雅が地面に手を付いて背中に炭素板を作り出す。
「そして……もう一人。オペレーターがいるな?」
『っ! お兄ちゃん、雅ちゃん! ジャンプ!!』
望の悲鳴を聞いて思い切りジャンプした。それに続けて男が姿勢を低くし、スペルを構えた。
「足刃『ソニックフット』!」
宣言した瞬間、男の右足が光り輝き、その場で一回転。そして、男の右足からソニックブームが撃ち出される。そのソニックブームは円を描くように広がって行き、周りに生えていた木を全て斬り倒した。
(しまった!?)
男の狙いが俺と雅じゃない事に気付くが遅かった。木は倒れ、望の姿が露わになる。
「まぁ、近くにいない可能性もあったが試しみるもんだな。目の前にいたじゃないか」
ニヤリと笑った男は地面を蹴って望に向かって行く。本気でジャンプしてしまったので今頃になって地面に着地した俺たちはすぐに男を追う。
「雅! わかってるな!」
「当たり前でしょ!」
雅は頷き、俺の後ろに回った。
「おらっ!」
その時、男が望の所に到着し、右腕を振るう。しかし、望は目を閉じていた。この状況で目を閉じるなど自殺行為にも等しい。だが、望は知っている。男の拳は絶対に届く事はないと。
「ッ!?」
男の拳が空中で止まった。いや、結界に防がれているのだ。
「う、お、おおおおおおおおおおっ!!」
男は雄叫びを上げながら更に拳に力を込めるが、呆気なく後方に――俺と雅の方に吹き飛ばされた。
「雅!」
背後にいる仮式の名を呼ぶと後ろから雅の翼が俺の右腕に巻き付き、俺の右腕から右手の先まで真っ黒になる。左手でスペルを構えた。
「響! 今!」
ブチッと雅が己の翼を手刀で切った音が聞こえる。それと同時に俺もスペルを発動させた。
「炭撃『カーボンナックル』!!」
右手から黒いオーラが漏れる。そのまま、こちらに背を向けて飛んで来る男目掛けて力いっぱい正拳突きを放った。
「がっ!?」
霊力で身体能力を水増しした上、右手は雅の翼でコーティングされているのでかなりのダメージのはずだ。それを証明するかのように男の体は遠くの方に吹き飛んで行った。
皇帝
正位置の意味
『攻撃。実力。ライバルと争う。活動』など。
逆位置の意味
『未熟。自分勝手。暴力。耳を貸さない』など。