「もう行くの?」
「ああ、あまり長居してたらここに犯人が来るかもしれないからな」
望に幻想郷を案内した翌日。博麗神社の境内で靴ひもを結びながら霊夢と話していた。因みに望は準備に手間取っていてまだ母屋の中だ。
「どうだ? 勘で何かわかるか?」
博麗の巫女の勘は当たる。前から霊夢もそのような事を言ってたので試しに聞いてみる。
「無理よ。何故か響に関わる事だと勘が働く時と働かない時があるから」
「え? そうなのか?」
「まぁ、ね。普段はわかるんだけどこんな風に事件が起きた時は決まって働かないの」
腰に手を当てて溜息を吐く霊夢。
「いや、いいんだ。あ、それと1週間ほどここに来れないから」
「警戒?」
俺は霊夢の問いかけに頷く。
「わかったわ。その間に犯人の情報を集めておくから」
「助かる。でも、戦おうとはするなよ? 何だか、やばい相手だ」
「そうなの?」
首を傾げる霊夢に昨日、妹紅から教えて貰った情報を話した。
「あの成長屋を使役、ね」
「何か仕組みがあると思うんだが、わかるか?」
「う~ん……何かそう言う能力があるんじゃない?」
「能力か……それって――」
「お兄ちゃん! 危ない!!」
その時、突然横から望に突き飛ばされ、境内を望と一緒に転がる。だが、それと同時に俺がいた地面から無数のツルが飛び出した。
(これって!?)
慌てて、立ち上がり望を引っ張ってツルから離れる。
「霊夢! 犯人が来たぞ!」
「わかってるわ!」
見れば霊夢も博麗のお札を構えて辺りをキョロキョロしていた。やはり、勘が働いていないようだ。
「魔法『探知魔眼』! 望、能力で敵を居場所わからないか?」
魔眼を発動しながら隣にいる望に問いかけた。
「……ダメ。発動しない」
数秒間、辺りを見渡した望だったが不発に終わったらしい。俺の魔眼も犯人らしい反応を見つけられなかった。
(いや……リーマの能力は確か、そんなに遠い所まで届かなかったはず。距離的に博麗神社周辺にいないとおかしい)
考えろ。犯人は俺の事を調べている。なら、俺の魔眼の弱点も――。
「上か!」
「……」
バッと上を見た瞬間、数十メートル上空にいたリーマが急降下を開始した。
「ツルが来るよ! 霊夢さんに2本。お兄ちゃんに5本!」
望が叫ぶとリーマが9本のツルを伸ばす。望のオペレーション通りだと2本余る。つまり、望も攻撃されているのだ。
「望!」
「私はいいからお兄ちゃんは自分の身を守って!」
そうは言われても放っておけないので博麗のお札を5枚、投擲し印を結ぶ。
「霊盾『五芒星結界』!」
望に向かっていたツルを結界が弾き飛ばした。その隙に俺の方に飛んで来たツルが俺の肩と腰に突き刺さる。痛みで顔が歪んだ。
「くそっ!」
指輪を使って両手に妖力を纏わせる。そして、手刀でツルをぶった切った。
――解毒です!
心にいた奴の悲鳴が聞こえる。
「わかってる!」
リーマのツルには毒があり、体が痺れて力が入らなくなり動けなくなってしまう。急いで霊力で体に入った毒を解毒する。
「追撃! 2・8・3!」
望が指示を出す。先ほどのオペレーションからして霊夢に2本。俺に8本。望に3本だ。魔眼を使って望にむかっているツルを探知し、結界で防御。俺に向かって来るツルは目で見て躱したり、神力で創った壁で軌道を逸らしたりして難を逃れた。
「また来る! 6・6・8!」
「霊符『夢想封印』!」
望の指示を聞いて俺では捌き切れないと踏んだ霊夢がスペルカードを使用し、望のツルを全て破壊。
「妖撃『妖怪の咆哮』!」
俺と霊夢に向かっていた12本のツルは俺の咆哮により、軌道を逸らされ、境内に突き刺さった。
「ッ!? お兄ちゃん! 後ろ!」
勢いよく俺の方を向いた望が叫ぶ。振り返ろうとしたが、その前に凄まじい力で頭を掴まれ、そのまま境内に叩き付けられた。
「ガッ……」
額から境内に突っ込んだ俺は軽い脳震盪を起こしてしまったらしく、意識が朦朧とし始めた。
『響!』
吸血鬼の大声が頭の中で響くが、体が動かない。
「やれ」
「……」
微かにだが、音は聞こえていた。後ろでドスの聞いた男の声がする。その次にリーマのツルが何本も境内に刺さる音がした。叫び声が聞こえていないので霊夢や望には当たっていないらしい。
(ま、ずい……)
多分、リーマはツルで柵を作ったのだ。これで霊夢がツルを破壊する数秒間、俺は無防備。何かされる。
「ふんっ!」
「うごっ……」
焦る俺だが、何も出来ずに今度は背中から境内に衝突し、埋まった。これでは正気に戻ってもすぐには動けない。
「全てを繋ぎ、全てを断つ」
顔は上を向いていたので男の顔が見えた。肌は少し、黒い。日焼けしているようだ。髪は短め。坊主だった少年が数か月間、髪を整えずに放置していたような髪型だ。服装は妹紅の情報通り、ジーパンに何故かアロハシャツを羽織っている。体つきはボクサーのようだった。筋肉のせいで体は重いが、相当速いだろう。そんな男が何かぶつぶつと俺の胸に手を当てながら呟く。
(呪文?)
「今、こいつの中にいる全ての魂をこいつから断て。そして、孤独を知れ。俺の名の下で」
男はそこまで言うと目を閉じて、眉間に皺を寄せた。
「……ッ!?」
その刹那、俺の中で何かが疼く。昨日、紅魔館で感じた鼓動ではない。これは“呪い”だ。
(まだ、残ってたのか!?)
体の中で暴れる呪い。次々と何か大切な物が奪われていくような感覚。これは非常にまずい。
――**********結界!!
浮上しかけていた意識が再び、沈みそうになった時、心にいた奴が何かを俺に施したらしい。それが何か確かめる前に俺は目を閉じた。
目の前が真っ白だ。
(あの女の子は笑ってくれたけど、大丈夫かな?)
さすがに目が見えない状況で動くのは危険と判断した僕はそんな事を考えていた。
「……ん?」
そこで足元が柔らかい草地から硬い地面に変わったのがわかる。そして、急に視界が暗くなった。どうやら、僕はいつの間に目を閉じていたらしい。いつまでもこのままではいけないのでゆっくりと目を開けた。
「じ、神社?」
目の前には少し古ぼけた近所の神社がある。
(僕って幻想郷にいるんじゃなかったっけ?)
よく観察してもやっぱり、悟と一緒に遊びに行く神社だった。あそこには綺麗で優しい巫女さんがいていつもお菓子を貰っている。
神社から目を離し、周りを観察するがやはり幻想郷のようだ。前、美鈴さんの背に乗って空から幻想郷を見せて貰った事がある。少し、様子は違うけど幻想郷で間違いなさそうだ。
「あら? どちら様?」
その時、後ろから女の人の声が聞こえ、振り返る。
「生憎、ここに巫女さんはいないんだけど……何か用?」
そこには金髪で青いスカートをはいた女性がいた。その肩には小さな人形が乗っている。
「あ、あの……」
「うん、何かしら?」
「ここはどこでしょう?」
「……は?」
金髪の女性――アリスさんの案内で神社の中に入った。
「どうぞ」
卓袱台にお茶が注がれた湯呑を置きながらアリスさん。
「ありがとうございます……あちっ」
喉が渇いていたので急いで飲んだのがまずかった。あまりにも熱くて舌を火傷してしまったようだ。
「上海、これに水入れて来てくれる?」
それを見たアリスさんが気を利かせて人形に湯呑を渡して命令した。人形はコクリと頷き、滑るように空中を移動する。
「に、人形が動いた?」
先ほどまで気にならなかったが、今思えば廊下を移動する時もあんな感じで付いて来ていた。
「ああ、珍しい?」
僕の表情を見てアリスさんが問いかけて来る。
「は、はい……初めて見ました」
「紹介するわね。上海よ」
丁度、湯呑に水を入れて一生懸命、運んで来た人形――上海さんを指さしながら紹介してくれる。
「よろしくお願いしますね。ありがとうございます」
湯呑を手渡ししてくれた上海さんにお礼を言って、ヒリヒリする舌を冷やすべく湯呑を傾けた。
「えっと……キョウ君だったかな? その背に背負ってるのは……鎌よね?」
「え? あ、はい。そうです」
鎌を降ろして卓袱台に置く。
「ちょっと触るわね……」
鎌を持ち上げたアリスさんは真剣に鎌を観察し始める。その間、暇だったので僕の近くを浮遊していた上海さんの頭を撫でたり、握手したり、僕の肩に乗せたりして遊んでいた。上海さんも表情は変わらなかったが、嬉しさを動きで表現してくれたので嬉しかった。
「ねぇ? キョウ君……これ、どこで手に入れたの?」
「こまち先生からです。あ、先生は鎌の使い方を教えてくれました」
「小町!? え? でも、確か鎌は使えなかったはずじゃ……」
ボソボソと呟いたアリスさんはまた、何か考え込み始める。
「この鎌について何か聞いた?」
「いえ、修行を終えたご褒美にと言われ頂きました」
「……まず、この鎌は緋々色金で出来ているわ」
聞き覚えのない金属が出て来て、首を傾げている僕を見かねてアリスさんが『錆びない上にどんな環境においても材質があまり変わらない金属よ』と補足してくれた。
「それにこの刃の部分。カバーがあるでしょ?」
「はい。凄まじい速さで振るとカバーが一時的に消滅して刃がむき出しになるんですよね?」
先ほどの戦闘でわかった事だ。
「少し違うわ。このカバーに使われている素材のおかげで魔力を注げば君が言ったように刃が現れるの。多分、このカバーだけで家が数件建つわ。それほど貴重な素材よ」
「ま、魔力?」
絵本などで出て来る単語に驚くがここが幻想郷だと言う事を思い出し納得する。
「あれ? でも、僕なんかに魔力があるんですか?」
「今から調べてみる? 少し時間がかかるけど」
「はい! お願いします!」
それから2時間ほどアリスさんの指示通りに動いて僕に魔力があるかどうか調べた。