東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第118話 望の力

 薄暗い部屋で私は息を呑んでいた。もちろん、お兄ちゃんの事もあるがこの部屋の空気だ。

(何、これ?)

 重た過ぎる。正直言って部屋に入りたくない。でも――。

「紫さん」

 お兄ちゃんの状態が気になる。意を決して部屋に入りながら、紫さんに声をかけた。

「……何かしら?」

「説明、してくれます?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 そこで早苗が乱入して来る。

「この部屋は危険です! 早く出て行ってください!」

「それぐらいわかってます」

「なら!」

「でも、私にはやらなくちゃいけない事があるんです。早苗さん」

 名前を呼ばれて再び、驚愕する早苗さん。

「早苗、その子はいいのよ」

「で、でも……」

「私が言ってるのよ?」

 霊夢の顔は無表情。しかし、直接言われてない私も数歩、後ずさってしまった。威圧感が尋常ではない。

「霊夢、響が目を覚まさないからってイライラするのはどうかと思うわよ?」

「……はいはい。ご飯食べて来るわ。ねぇ」

「は、はい!」

 通り過ぎ様に霊夢に話しかけられた。

「響の事……頼んだわ」

「え?」

「よかったわ。貴女が来てくれてやっと、勘が働いたから」

「れ、霊夢さん?」

 言っている意味が分からなかったが、何も説明せずに霊夢さんは部屋を出て行ってしまった。

「説明しなくていいの?」

 硬直していると後ろから紫さんにそう言われる。

「あ! お願いします!」

 それからお兄ちゃんに呪いがかけられた事。干渉系の能力が効かず、紫さんの『境界を操る程度の能力』が通用しない事。危険な状況に陥っている事を話してくれた。

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「能力が通用しないって全くなんですか?」

「……本当に変な子ね。いえ、魂の入り口までは行けるわ」

「魂の入り口?」

 聞き慣れない単語に首を傾げる。

「響がかけられた呪いが響の魂に侵食し内側から攻撃する物なの。対処する為にはまず、魂の中に入らなくちゃいけなくて……」

「でも、干渉系の能力が効かない」

「そう言う事。他には?」

「能力を使わなくても解呪、出来ないんですか?」

「出来たらしたわ。でも、呪いの種類が複雑すぎるのよ。東洋の魔法はもちろん、西洋、陰陽術やら私ですら見た事のない術式が組み込まれているの。時間があれば出来なくはないけど時間がなさ過ぎる」

 つまり、複数の術が複雑に混ざり合っていて一つを理解していても他の術が邪魔してしまう。解呪する為には全てを知っていなければならない。

(だから、畳の上に本が……)

 1週間ずっと、調べていたようだ。紫さんも諦めてなかったらしい。

「最後です。解呪って紫さん以外にも出来ますか?」

「そうね……出来なくもないけど」

「なら、私がやります」

「……私の話を聞いていなかったのかしら?」

 『お前のような素人に何が出来る?』と言いたいのだろう。

「私は迷いの竹林を歩いて抜けて来ました」

「え?」

 早苗さんが声を上げて驚く。紫さんも目を細めたので同じだろう。

「もちろん、一人でです」

「……まぁ、運が良かったら出来るんじゃない?」

「私の体を見てください。傷、ありますか?」

 紫さんの発言を無視して質問する。

「ないわね」

「迷いの竹林にも妖怪は住んでいます。足音や匂いで気付かれるんじゃないですか?」

「……そうね」

「でも、私には傷がない。言っておきますけど私は飛べないし弾幕も撃てません」

「そ、それなら能力で切り抜けたんじゃないですか?」

 『早苗さん、墓穴掘りましたね?』と言うかのようにニヤリと笑う私。紫さんもそれに気付いたのか溜息を吐いた。

「ええ。能力で切り抜けました……と言うより能力を駆使して妖怪を避けたとでも言うのでしょうか?」

「つ、つまり?」

「“迷いの竹林を妖怪に出会わないように歩いた”と言う事です」

「そ、そんな事が!」

「それと、永遠亭に入ったらてゐ、ウドンゲ、永琳さんに襲われました。しかし、私はここに来た。しかも、無傷。言ってる意味がわかりますね?」

 あの3人を無傷で倒したのだ。

「「……」」

「まぁ、妹紅さんとミスチーの力を借りましたが……私の能力には『察知』、『読心』などがあります」

「……何が言いたいの?」

「私には私自身すら把握し切れていない能力があると言う事です。紫さん、試しにその呪い、私にも見えるようにしてください」

 今、この場の主導権は私が握っている。どのように会話すればこの状況を作りだす事が出来るのかも能力が教えてくれた。

「……わかったわ」

 数秒間、思考した後に紫さんが横に手を払う。すると、目の前にスキマで作られた記号が並び始めた。

「ちょっとこっちに来て」

 紫さんの指示に従って素直に前に進んだ。

「これで操作できるわ」

 手渡されたのはパソコンのキーボードを小型化した物だ。それを床に置いて十字キーで横にスクロールする。見えている範囲でも凄まじい情報量なのにいくらスクロールしても止まらなかった。

「これは響の魂情報とそれに纏わり付いている呪いよ」

「じゃあ、この中から呪いの部分だけを取り除けば……」

「解呪できるわ。でもね」

 そう前置きして紫さんがキーボードを操作。いくつかの記号を消した。

「最初、私がわかる所だけでも消去しておこうと思ってやったんだけど、ほら」

 紫さんの手によって消された記号が数秒後に復元される。

「どうやら、最初から順番に消して行かないとすぐに修復されてしまうの。そう言うプログラムが組み込まれてるみたい」

「なるほど……本当に全ての術式を理解していないと駄目って事ですね」

「そう言う事よ」

 もう一度、前に映し出されたスキマを眺めた。

(……いける)

「妹紅さん」

「何だ?」

 部屋の外にいた妹紅さんを呼ぶ。もう、私の能力に慣れたのか本人は何も言わずに扉を開けた。

「多分、竹林のどこかに犯人がいるはずです」

 後ろを見ずにそう言う。

「どうしてそう思うんだ?」

「何となくです」

 根拠はある。私ならターゲットが死に至るのを間近で見ていたいと思う。でも、言う必要がないと判断し黙る。

「お前の何となくには変な根拠があるからな……わかった、行って来る」

「殺しちゃっても構いませんから」

「相当、怒ってるな。お前」

「はい、もちろんです」

「……頑張れよ」

 そう言い残して妹紅さんは部屋を出て行った。

「早苗さん」

「は、はい!」

「この結界ってどんな効果が?」

「えっと……この呪いは感染する可能性があったので外部に漏らさないようにするのと呪いの効果を抑制する効果がありますけど……」

 困惑気味に説明する早苗さん。

「霊夢さん、お願いします」

「……早苗、これからは全力を出すわよ」

 また、後ろを見ないで霊夢さんの名前を呼ぶ。それと同時に軽い食事から帰って来た霊夢さん。向こうも私の言いたい事がわかったのか早苗さんにそう指示した。

「え? どうしてですか?」

「ここが正念場って事よ。この子が響の呪いを解く前に死んじゃったら意味ないでしょ?」

「呪いを……この子が?」

「紫さん、サポートお願いします」

「ええ」

 新たなキーボードを取り出して紫さんが頷いた。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸。これ以上、お兄ちゃんをこのままにしていてはいけない。

(行くよ、お兄ちゃん)

 キーボードに指を置く。

「それでは行きます……」

 もう一度、皆を見る。それぞれが頷いてくれた。

(大丈夫。私になら出来る!)

 結界の中にいるお兄ちゃんを数秒間見つめた後、キーボードを叩く。お兄ちゃんの無事を願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……多すぎるだろ!」

 魂の中で狂気の悲鳴が響いた。その後ろで吸血鬼が嘆息する。

「今回ばかりはピンチね……」

 二人の周りには黒い影のような物体がたくさん、存在していた。

「ふんっ!!」

 その影に向かってトールがミョルニルの槌を振りかざす。すると、雷が影を貫いた。

「交代だ! トール!」

 狂気が叫ぶと息を荒くしていたトールが下がり、代わりに狂気が前に出る。体力が尽きかけていた3人は戦うのを1人にして後の二人は体力の回復に専念する戦法に出ていた。

「大丈夫?」

「まぁ、何とかな……そんな事より奴らはどれくらい侵食しているのだ?」

「……正直言ってまずい状況ね。これから私たちが全力で戦い続けても1日も持たないわ」

 あの黒い影は呪いだ。それらの侵食を止めようと3人は頑張っていたが敵が多すぎる。倒してもその倍以上のペースで影が増えて行くのだ。仕方なく、吸血鬼たちは後退しながら戦い、少しでも侵食を抑えようとしている。その結果、響の寿命は4日ほど伸びていた。もし、3人がいなかったら呪いがかかってから3日で死んでいただろう。

「吸血鬼、頼む!」

「ええ!」

 交代する時間になり、吸血鬼が前線に乗り込む。右手をギュッと握って影を殴る。殴られた影はすぐに消滅した。だが、すぐにその場に4体の影が現れる。

(このままじゃ……)

 響が死んでしまう。吸血鬼は相当、焦っていたのだろう。後ろから影が接近している事に気付けなかった。

「吸血鬼! 後ろだ!!」

「え!?」

 トールの大声で振り返った頃にはもう、目の前に影が迫っている。回避は愚か、防御姿勢すらとる時間がなかった。

「霊盾『五芒星結界』!!」

 しかし、吸血鬼と影の間に星型の結界が出現し、影を吹き飛ばす。

「きょ、響!?」

「すまん、遅くなった」

 目を見開いて驚く吸血鬼。

「どうしてここに? 動けないんじゃ?」

「やっと、体が動くようになってね。ここまで転送して貰った」

 そこまで説明して懐から何枚もの博麗のお札を取り出した響。

「狂気! トール! お前らも戦え! 全力でこいつらを止めるぞ!!」

「全力って……いつ、解呪されるかもわからないのにか!?」

 狂気がすぐに反論する。

「大丈夫」

 だが、響は少しだけ笑ってそう答えた。

「……何を根拠に?」

「向こうで頑張ってくれてる奴がいるから」

 トールの質問にそれだけ答えるとお札を放り投げ、印を結んだ。それを見て吸血鬼たちは顔を見合わせ、苦笑。だが、すぐに戦闘態勢に入る。

 実際、響自身も誰が頑張ってくれているのかわからなかった。でも、勘が教えてくれる。その頑張っている人は必ず、響を助けてくれると。だから、時間稼ぎをするのだ。冬――『魂喰異変』の時に霊夢たちが響を信じてそうしてくれたように。

 


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