なので、今日はもう一話投稿します。
「はぁ……」
あれから1週間、お兄ちゃんは帰って来ていなかった。メールの返信も来ないし、電話にも出ない。
「大丈夫?」
「あ、うん……」
前の席に座っている望ちゃんが心配そうに問いかけて来る。事情を知っているので1週間前のように溜息には触れなかった。
「お金とかは?」
「今までの貯金があるから2~3か月は……でも」
問題は奏楽ちゃんだ。一昨日ぐらいから小学校に行かなくなってしまったのだ。それにご飯を食べようとしない。このままでは倒れてしまう。
その事を望ちゃんに相談した所、深刻そうな表情を浮かべた。
「それは危険だな……まだ、6歳だろ? 体の方に影響が出るかもしれない」
「うぅ……どうしよう?」
「何とか、お兄さんの声を聞かせるとか……ああ、電話に出ないから無理か……」
「どうしたの?」
二人でどうしようか唸っていると雅ちゃんがお弁当を持って教室に入って来た。
「え? あ、奏楽ちゃんにどうやってご飯を食べさせようかって……」
「あー……昨日も全然、食べなかったもんね」
お昼休みなので席を外している生徒の机を拝借して私と望ちゃんの席にくっつけて来る雅ちゃん。
「雅ちゃん、どうしたらいいと思う?」
「それならまかせて! 作戦があるの!」
お弁当箱のふたを開けながら雅ちゃんがそう宣言する。
「だ、大丈夫なのか?」
目を細めて疑うように質問する望ちゃん。
「「大丈夫だよ」」
胸を張った雅ちゃんと無意識で頷いた私の声がハモった。それに望ちゃんだけではなく雅ちゃんも目を丸くする。
「の、望? どうしたの?」
「へ?」
何でだろう。自分でもわからなかった。しかし、どういうわけか自信を持って言う事が出来た。
「と、とりあえず! 奏楽の事は私にまかせて望と築嶋さんは安心して授業を受けてよ!」
「う、うん。わかったけど今、箸からハンバーグ落ちたよ?」
「ああ!? 大切なハンバーグがっ!?」
慌てて床に落ちたハンバーグを拾い、頭を上げた時、机にゴツンとぶつける。それを見て私と望ちゃんは吹いてしまった。
「どう?」
額に汗を流したまま、霊夢が紫に問いかけた。結界の維持を1週間も続けていれば疲労も溜まるに決まっている。
「……無理ね」
結界の中で横たわっている響を凝視していた紫が溜息を吐いた後、そう言い放った。
「え?」
その発言が意外だったようで霊夢が目を見開く。今、霊夢の勘は働いていないのだ。
「響には私の力が通じないの」
「でも、少し前に響をスキマに落として遊んでたじゃない」
響が仕事を再開した日に紫がそう言う悪戯をしているのを目の前で見ていた。
「あれは響の足元を対象にしたの。でも、響自身をスキマの対象に出来ない。何かに弾かれてしまうのよ」
「……はい?」
「つまり、響の内部に進入できないの。過去とか考えている事とかわからないって事」
響と雅が紫の家に行った日の事を思い出しながら紫が説明する。
「てか、そう言う事も出来たのね……でも、それと今回のこれに何の関係が?」
霊夢の勘が働いていない事に気付いたのか首を傾げる紫だったが、霊夢の疑問に答えるべく口を開く。
「響がかかっている呪いは内側から蝕んで行くものらしいの。この結界で侵食を抑えているけどそれでもちょっとずつ、でも確実に響の体は犯されているわ」
「紫なら能力を使って解呪できるでしょ? 内側にスキマを……あ」
「そう言う事。解呪しようにも響の内部にアクセスできないのよ……他にもあの吸血鬼姉妹の能力も通用しないみたいね」
響には干渉系の能力は一切、通じないらしい。だが、ここで一つの矛盾が生じる。
「紫の能力すら弾くならこの呪いも通用しないんじゃないの? 干渉系でしょ?」
「普通ならそうなんだけど例外があるの」
「例外?」
「何かを経由すれば干渉系の能力でも効く。私もPSPを経由した時は夢の中に入れたし。呪いも響が飲んだ薬に術式を忍び込ませ、それを服用すると発動する仕組みになっていたみたい」
霊夢はどうやって経由するのかはわからなかったが状況はかなり、深刻なようだ。
「なら、ぴーえすぴーを経由すれば出来るんじゃないの?」
「見てみなさい」
もう一度、溜息を吐いた紫は眠っている響を指さす。
「……あれ?」
霊夢は響の左腕にPSPが括り付けられていないのに気付いた。
「実はね。響が呪いにかかった日、彼はPSPを付けていなかったの。メンテナンスの為に私が預かってたのよ」
メンテナンス以外にも理由があったが、今は言うべきでないと判断した紫はそこで口を閉ざす。因みに幻想郷に来る時、紫にスキマを開いてもらった。
「じゃあ、どうするのよ?」
「……あなたはただ、結界を維持する事だけを考えなさい」
「でもっ!」
「ふぁあ~……おはようございます。霊夢さん、交代の時間です」
さすがに1週間連続で結界を貼り続ける事は出来ない。なので、早苗に協力してもらっていた。先ほどまで早苗は休息を取っていたのだ。
「……わかったわ。2時間後に起こして」
「え? でも、霊夢さんほとんど寝てないじゃないですか!」
「それはあなたもでしょ?」
「うっ……」
霊夢も早苗も響が心配なのだ。早苗も実際、1時間半しか寝ていない。
「わかりました……無理だけはしないでくださいね?」
「お互いに、ね」
そう言い残し、霊夢は部屋を出て行った。残ったのは何も知らないで結界を維持する為の準備に取り掛かる早苗と下唇を噛んでいる紫だけだった。
「はぁ……」
学校の帰り道。かなり激しい雨が降る中、傘を差してとぼとぼと歩く私。出さないように気を付けているのだが、少しでも気を抜くとため息が漏れてしまう。
(お兄ちゃん……)
心の中で帰って来ない兄を呼ぶがそれに返答する声はない。でも、弱音を吐いてはいけない。あの夢の中でお兄ちゃんと約束したのだ。『雅ちゃんと奏楽ちゃんの事はまかせて』と。私が弱気になったら二人も心配してしまう。雅ちゃんなんか私に無理をさせないように明るく振舞ってさえいるのだ。自分も心配で心配でたまらないのにも関わらずに。
「頑張らなくちゃ……よし!」
奏楽ちゃんの事は雅ちゃんにまかせていれば大丈夫。そう勘が言っているのだ。
「ん?」
下に向いていた視線を前に向けると何やら空間に変な線が走っていた。まるで、空間に出来た“亀裂”。
(何だろう?)
辺りを見渡しても人は見当たらない。その亀裂に近づき、恐る恐る指で突っつく。
「ひっ!?」
すると、亀裂がボロボロと崩れて目の前に森が広がった。
「な、何……これ?」
左右と後ろは普通の住宅街なのに前だけは森と言う不気味な光景が目に映る。
――望。
「ッ!?」
その森の奥からお兄ちゃんの声が聞こえた。聞き間違いかもしれない。でも、何故か確信が持てた。
(この先にお兄ちゃんがいる……)
普通の人間ならこれを見た瞬間、逃げ出すだろう。私だって早くここから離れたい。それでも――。
「お兄ちゃん!」
気付けば、私は鞄を投げ捨ててその亀裂へ足を踏み入れていた。お兄ちゃんが心配だったから。お兄ちゃんに会いたかったから。