魂移植を成功させた3日が経ち、仕事が再開。今日の依頼終えた後、とある用事があったので外の世界には帰らず、俺はあの紅い花畑へ来ていた。
「あれ? 響、どうかしたのかい?」
苔が生えた岩の上に寝っ転がっていた小町が目を丸くして起き上がる。
「よう。どうだ? 体の調子は」
「まぁまぁだね」
魂喰異変の時、フルシンクロをしたのでどれだけ悪影響が出るか分からなかったが、さほどシンクロと変わらないようだ。安堵の溜息を吐く。それと同時に小町が岩から飛び降りた。
「異変、お疲れさん。まだ、言えてなかったから」
「いいや。異変を解決出来たのはお前のおかげだ」
「そう言われると照れるね。頑張った甲斐があったよ」
頭を掻きながら小町。その様子を見ていてふと疑問が浮かんだ。
「そう言えば、よく俺たちシンクロ出来たよな」
博麗神社から霊夢たちを助けに行く間に小町からスペルカードを貰った時は驚いた。
「宴会の時に八雲 紫が皆に配ってたし、これからもこういう事があると思うよ?」
白紙のスペルカードを配っていたなんて知らなかった。きっと、フランと戦っている最中に配ったのだろう。
「でも、そこまで悩む事じゃないんじゃないかい? ただ、あたいとあんたの間に何かしらの絆が出来た。これが一番だよ」
「そうなんだけど……どうして、小町が俺を信頼してくれたかわからないんだ」
「確かに知り合ってから短い。きっと、あんたへの信頼度はそれほど高いもんじゃないよ」
少し、ショックだった。
「逆さ」
「逆?」
小町の発言に首を傾げる。
「響があたいを信頼する何かがあった」
俺が小町を信頼していたからシンクロが可能となった。そう言いたいらしい。
「……一つだけ、ある」
過去だ。俺は小町に鎌を教わったのだ。いわば、『恩師』。信頼しない方がおかしい。
「あたいが子供に鎌の扱い方を教えた。前に質問して来たよね?」
「あ、ああ……」
「それが関係して来る……違うかい?」
この死神はもしかしたら、探偵になれるかもしれない。
「合ってるには合ってるけど……現実的じゃないんだよな」
夢では鎌の扱い方を小町に習っていた。しかし、目の前にいる小町は鎌を教えるどころか使えないと言っている。矛盾が生じているのだ。
「現実的じゃない? 不可能ではないと?」
怪訝な表情で小町。
「まぁ、ね。一つだけあるんだけど、この仮定が成立しちゃうととんでもない事になる」
「なるほど……でも、それはつまり完全に否定できないって意味なんじゃないのかい?」
「そうなんだけど……」
そりゃそうだ。もし、俺の考えている事が正しければ“過去の俺は時間を自由に行き来する事が出来る”のだ。
その事を小町に話す。
「時間を行き来、ね。あの紅い館にいるメイド長とは違った能力みたいだね」
「あっちは『時間操作』。で、こっちは『時空移動』だからな」
「……それじゃあさ? その仮定が本当になっても困らないようにすればいいんじゃない?」
小町の提案を聞いて俺は首を傾げた。よく意味がわからなかったのだ。
「万屋。あたいから一つ、依頼があるんだけど聞いてくれる?」
「え? あ、ああ……」
「あたいに鎌の扱い方を教えてくれないか?」
紅い花畑に風が吹き荒れ、真っ赤な花びらが俺と小町の前を通り過ぎて行く。
「……いいぜ。教えてやる」
ニヤリと笑う。それにつられるように目の前の死神も笑った。
「報酬は?」
「そうだな……『未来に“キョウ”と名乗る子供が来たら鎌の扱い方を教える』。これでどうだ?」
「あんたの技術、必ず全部教え込んでやるさ」
「ああ、頼むぜ? “先生”」
「こちらこそ、これから頼むよ? “先生”」
そうだ。これでいいじゃないか。確かに俺と小町は出会ってまだ、少ししか経っていない。それでも、俺にとっては過去で。小町にとっては未来で。そこで生まれた絆が現在で俺たちを結んだ。例え、あり得ない話だったとしても俺たちがシンクロした事には変わりない。ここには強い繋がりが出来ているのだ。
「さて……今日のところは帰るよ」
「おや? てっきり、すぐにでも教えてくれると思ったんだけどね?」
「少し、用事が出来たのさ」
これから森近さんの所に行ってある事を頼もうと思ったのだ。
小さい頃、小町から貰ったあの小ぶりの鎌を作って貰おう。
小町に向かって手を振りながら俺は空高く飛翔する。
森近さんに相談し、頷いてくれた。どのような形にするか。どの金属を使うか。他に要望がないか。そう言った事は後回しにして貰い、午後4時に俺は帰宅した。
「……よし」
何故、これほど早く帰って来たかと言うと今日が悟、望、雅の合格発表なのだ。
「ただいまー」
居間のドアを開けるとそこには奏楽も含めた4人がじっとしていた。空気は重々しい。
「ど、どうだった?」
もしかしたら、3人共、不合格なのかもしれない。覚悟を決めて問いかけた。
「……響」「……お兄ちゃん」「……」
3人がそれぞれの反応を見せ、同時に俺の顔を見る。その表情は笑顔だった。
「「「合格だった!!」」」
「おお!! やっ――」
『やったな!』と言いたかったが、望と雅が突然、俺の方に飛び込んで来る。慌てて、受け止めたが支え切れるはずもなく背中から床に叩き付けられてしまう。
「がっ……あ、危ないだろうが!」
痛みに顔を歪めながら文句を言うが、望と雅は涙を流していた。
「ありがとう……お兄ちゃんが勉強を教えてくれたから、合格出来たよ……」
その言葉を聞いて俺は何も言えなくなる。本当に俺が通っていた高校に行きたかったのだろう。望はお礼を言い終えると俺の胸に顔を沈めてしまう。嗚咽が聞こえるから泣き続けているようだ。
「響、本当にありがとう! これで望と同じ学校だよ!」
こっちもこっちで鼻水を垂らしたまま、そう言った。
「鼻水、出てるぞ。奏楽、ティッシュ」
「はい!」
元気に返事をして奏楽がティッシュ箱を渡してくれる。2枚ほど抜き取って拭いてやった。
「お前たちはまだまだ、バカだからこれからもちゃんと勉強するんだぞ? 結構、うちの学校レベル高いから」
「「はい!!」」
最後は2人共、笑顔だった。
「合格、おめでとう」
望と雅。そして、少し離れたところに立っていた悟に向かって言う。
「ありがとな。何から何まで世話になった」
「ああ、これからもよろしく」
まだ、2人に抱き着かれているので強引に右手を動かして拘束から逃れ、悟に差し出した。
「おう!」
微笑んだ幼なじみ。しっかりと握手を交わす。その時だった。
「――――――――」
突然、奏楽が歌い出したのだ。奏楽が紡ぎ出す言葉は理解できなかった。しかし、その歌声は心に響き渡る。合格者3人も目を見開いて奏楽を見た。
「―――――――――――――」
目を閉じて微笑みながら唄う奏楽。その姿はとても幸せそうだった。望と雅が起き上がったので俺ものろのろと体を起こす。
「……奏楽ちゃん、嬉しいんだね」
「え?」
歌い続けている奏楽を見つめていると不意に隣から望の呟きが聞こえた。
「わかるのか?」
「何となく……やっと、夢が叶った。幸せそうな私たちを見れて奏楽ちゃんも幸せ。そう言ってる」
悟と雅は奏楽の歌に聞き入っていて望の言葉に気付いている様子はない。
「望……」
「ん? 何、お兄ちゃん?」
「いや、今の……」
「え? 何か言ってた?」
どうやら、望も無意識で言っていたらしい。
(……)
ただ、俺だけ心配になっていた。
望に何かが起きている。
その勘が当たっていたのがわかったのは、もう少し後の事だ。
これにて第3章は完結です。
1時間後にあとがきを投稿します。
そして、明日から第4章の開始です!