東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第103話 名前

「さてと……」

 そろそろ、帰ろうかとお茶を飲み干した所で俺は顔を上げた。まぁ、膝の上に【魂喰者】が座っていたので立ち上がる事は出来ないので、仕方なくそのまま口を開いた。

「そろそろ帰るわ」

「そう。妹さんも心配しているものね」

「まぁ、な。4日も帰ってないから待ち遠しいよ」

「おにーちゃん?」

 俺たちの会話を聞いて何かを感じ取ったのか幼女が心配そうな顔で俺を見上げた。

「また来るから。それまでお別れだ」

「おわ、かれ?」

「霊夢。頼んだぞ」

 【魂喰者】を両手で持ち上げて退かし、すぐに立ち上がる。

「貴方は何を言っているのかしら?」

「……お前こそ卓袱台に乗っている物を降ろしてどうした?」

 俺の質問に答えず、霊夢は卓袱台を部屋の隅に移動させた。

「まぁ、いいか。じゃあ、行くわ。移動『ネクロファンタ――」

 縁側まで移動しようと足を動かしながらスペルを唱える。が、最後まで言えなかった。

「むぎゅっ!?」

 【魂喰者】が俺の両脚を掴んだのだ。不意打ちにより顔面から博麗神社の居間に敷かれた畳にダイブする事になった。霊夢はこの事を察知していて卓袱台を避難させたのだろう。

「な、何しやがる……」

 文句を言おうと体を回転させた。しかし、それと同時に俺の腹に跨る幼女。

「一緒にいるって言った!」

「え?」

「あの時、一緒にいるって、暮らすって言ったもん……」

 俺が鎌で【魂喰者】の魂融合を解除した時だ。確かに俺は『一緒にいる』と言ったが、決して『暮らす』などと言った覚えはない。

「いやいや、さすがに暮らせないだろ? 俺にも生活があるし」

「……ダメ?」

 俺を見下ろす【魂喰者】の目は涙で濡れていた。すぐにその一粒が頬を伝う。本当に俺はこう言うのに弱すぎる。

「……俺と一生、一緒にいる事は出来ないぞ? それに俺の家に来ても一人になる事だってある。俺も用事ってものがあるからな。それに比べてここに残れば霊夢や魔理沙。人里の皆にすぐに会える。願えば、誰かの家に住まわせて貰えるはずだ。それでも……俺と一緒がいいのか?」

「うん!」

 頷く幼女の目は覚悟と不安の色に染まっている。それを見て諦めた。

「わかった……そこまで言うなら付いて来い。俺の家には俺の他に2人いるから覚えておいてくれ」

 そう言いつつ、俺たちを見ていた霊夢に目を向ける。きっと、勘でこうなる事を予測していたのだろう。その口元はほんの少しだけ微笑んでいた。

「ありがと。おにーちゃん」

「おう。気にすんなって……ってお前、名前はなんて言うんだ?」

 まだ聞いていなかった事を思い出し、問いかける。

「な、まえ?」

 だが、首を傾げて聞き返して来た【魂喰者】。

「名前……もしかして、ないとか?」

「うん」

 何という事だ。彼女は名前も与えられないまま、ずっと魂を集め続けていたのだろう。俺ならば孤独と感じるより気が狂ってしまうはずだ。

「えっと、その……」

 その時、名もない幼女が何かを言いたそうにそわそわし出す。

「ん? 何?」

 続きを促すと俺の上から降りた【魂喰者】は少し顔を紅くさせながら気まずそうに呟いた。

「私の名前……考えて」

「俺が?」

「お願い」

 頭を掻き毟って戸惑う。名前は俺にとって一番、大事な物を言ってもいい存在だ。俺の名前が『音無 響』ではなかったらここにいないと言っても過言ではない。それを付けてとお願いされても簡単に頷けなかった。

「付けてあげたら?」

「霊夢?」

 後ろからそう言われ、振り返る。

「ええ。大丈夫だから」

「……お前に言われると説得力があるな」

「楽園の素敵な巫女ですから」

 胸を張ってそう言い放つ霊夢。そうかい、と呟いて再び【魂喰者】に向き直った。

「しょうがない。一緒に決めようぜ」

「うん!」

 笑顔になった幼女は普通の人間にしか見えない。

(……)

『どうしたの? 響』

(いや、初めて会った時よりも子供っぽいなって……)

 俺の抱いた違和感に気付いた吸血鬼が質問して来る。それに素直に答えた。

『彼女はずっと独りだったのよ? 子供っぽくて当たり前じゃない』

(そうかな……)

『吸血鬼。残念だが、それは違うぞ』

「ねぇ? どうしたの?」

 狂気が吸血鬼の意見を否定した所で【魂喰者】が声をかけて来る。慌てて意識を魂の中から外へ移す。

「いや、何でもない。どんな名前が良いんだ?」

「う~ん……あれがいい!」

 【魂喰者】が指さしたのは『空』だった。

「あれがいいのか?」

「うん! おにーちゃんがあそこから私の所に来たの!」

 どうやら、俺がフルシンクロをして大空へ舞った時の事を言っているようだ。

「空か……でも、それじゃ少し安易、過ぎないか? そうだな……こう言うのはどうだ?」

 霊夢が持って来ていた習字セットを借り、半紙に『奏楽』と書く。俺の名前にある『響』は“響かせる。共鳴する。音楽を遠くまで届かせる”と言う意味がある。

 

 

 

 

 この子が奏でた楽しみや悲しみ、幸せを俺が遠くまで運び皆で分かち合う。そう言う願いを込めたのだ。

 

 

 

 

「……おにーちゃん」

「何? 気に入らなかったか?」

「ううん……可愛い。これがいい!!」

目をキラキラと輝かせた【魂喰者】――奏楽が笑顔で頷く。

「そりゃよかった。こっちも考えたかいがあったよ」

 その光景が微笑ましくて思わず、奏楽の頭を撫でてしまった。最初はビクッとした彼女だったが、すぐに目を細めて気持ちよさそうにする。

「いいか? 今日からお前の名前は『音無 奏楽』だ」

「おとなし……そら」

 目を閉じてそう呟く奏楽。その表情は先ほどの元気な感じから別の物に変わっている。息を呑んでしまうほど幻想的だった。

「いい名前じゃない」

「……ありがと」

 奏楽を見ていたら隣に霊夢がやって来て声をかけてくれる。素直にお礼を言った。

「それにしても……不思議な子ね」

「ああ……」

 言葉にしにくいけど、これだけは確実に言える。

 

 

 

 この子を独りにしてはいけない。

 

 

 

「おにーちゃん! 早く、お家に帰ろっ!!」

「おう。じゃあ、霊夢。色々とありがとう」

「宴会、開くからその時は来なさい。今回の異変解決者が来ないと始まらないから」

 霊夢の言葉に手を挙げて答え、1枚のスペルカードを取り出した。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装を身に纏い、スキマを開く。

「行くぞ。奏楽」

「うん!」

 こうして、『魂喰異変』は解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、本当に解決出来るとは思いませんでした」

「閻魔様でも未来の事を完璧に予想出来ないみたいね」

「あの子が異常なだけです」

「それは言えてる。私も初めて会った時はここまで強くなるとは思っていなかったもの」

「しかし……八雲 紫。少しは手助けしてもよかったのでは? さすがに今回の異変ばかりは危険過ぎました」

「……ダメなのよ」

「?」

「あの子には私の力は使えない。レミリア・スカーレットの『運命を操る程度の能力』もフランドール・スカーレットの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』も……きっと、貴女の持っている過去を映し出す鏡も……」

「っ!? そ、それは確かなのですか?」

「ええ……私と同等の力があの子に何か作用している。だから、あの子の正体が判らないのよ」

「……また、すごい人が入って来ましたね」

「まぁ、今の所プラスに働いているからいいけど……そろそろ、行くわ」

「どこへ?」

「少し、あの子の所。色々と話さなくちゃいけない事があるから。【魂喰者】について、とか」

「……その件については本当にすみませんでした。今回の異変も私の責任です」

「完璧な生き物なんていない。誰しも必ず、失敗するわ。やっぱり、あの子には言わない方がいい?」

「そうですね……響にならいいでしょう。ですが、【魂喰者】には絶対にバラしてはいけない。また、暴走――いえ、それ以上の事が起きてしまいます。せめて、もう少し成長してから」

「わかったわ。それじゃ、また今度、宴会の席で」

「はい、本当にありがとうございました」

 紫の家。そこでこのような会話が繰り広げられていた事はこの2人以外、誰も知らない。

 


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