響の読み通り、霊夢と早苗は結界を展開していた。東側に赤い巫女。西に青い巫女。そして、その中央――つまり、響がいるであろう場所から黄金の光が真っ直ぐ空を突き抜けたのを二人は見ていた。
「響……」「響ちゃん……」
二人同時にそう、呟く。100メートルも離れているのにも関わらず。
「こ、これは?」
普段通りならスペルを唱えるとすぐに衣装が変わる。確かに今回も服は変わっていた。頭に大きな白いウサギの耳。ピンクのワンピースに首には人参のネックレス。だが、それだけではなかった。俺の体が黄金に輝いているのだ。いや、体ではない。PSPだ。あまりにも光が大きくて俺の体を包んでいた。
『何が起きたんじゃ!?』
「お、俺だって知らねーよ!!」
トールも大慌てだ。しかし、本当に何があったかわからない。
「ガヴッ!!」
戸惑っていたせいか妖怪が突っ込んで来るのに気付かなかった。
「しまっ――」
このままでは牙で体のどこかを貫かれてしまう。急いで攻撃しようと咄嗟に右手を前に突き出そうとしたが、その前に妖怪が何かに弾かれた。
「へ?」
どうやら、俺の周りに結界が貼ってあるらしい。でも、俺はそんなもの貼った覚えもない。
『おめでとうございます!』
「……はい?」
突然、PSPから大音量で紫の声が聞こえた。
『まぁ、唐突でごめんなさいね。これ、録音だからそっちの状況はどうなってるかわからないけど貴方はとても幸運です。このスペルが出る確率はかなり低いの。もう、レア中のレアです』
どうやら、スペルには出やすい物と出にくい物があるらしい。
『このスペルの効果は簡単。説明する時間もないから後はよろしく。頑張ってね』
ブチッ、とPSPからノイズが流れた後、しばらく沈黙する。
『な、何とも言えんの』
「あ、ああ……」
白い耳をダルンとさせて頷く。あまりにも予想外の事過ぎて対処出来ずにいた。
「でも……これが逆転の一手になる」
PSPの画面に使い方が出ていたのでPSPの○ボタンを力強く押す。すると、目の前に9枚のスペルカードが現れた。それを見て俺はニヤリと笑う。
『ま、まさかこのスペルの効果って!?』
「そう、次のスペルをこの9枚から選べる!!」
さっと全てのスペルを流し読みして頷く。あった。俺が1時間もの間、待ち続けたカードが。
(本当にお前はサボり過ぎなんだよ!)
真ん中にあったスペルカードを掴む。すぐに周りにあったスペルが消え、黄金に輝いていたPSPが元の赤色に戻った。
「彼岸帰航 ~ Riverside View『小野塚 小町』!!」
まだ『シンデレラケージ ~ Kagome-Kagome』は終わっていなかったが、スペルを宣言すると同時に停止されすぐに違う曲が再生された。服も小町の衣装にチェンジ。右手にあの今となっては懐かしく思えるほど刃がくねくねと曲がった鎌があった。
「おかえり……」
それに答えるように鎌の刃がキラリと光る。しかし、このままではこの鎌は普通の鎌だ。死神の力はない。今の俺の能力は『距離を操る程度の能力』。そう、これはただの鎌なのだ。
『おや? やっぱり、使う事になったのかい?』
「ああ……すまん。鎌、壊れたんだ」
『おお。それはさすがのあんたでも無理だね。いいよ。元々、使って貰いたかったし』
「お前の力……少し、借りるぞ」
『存分にどうぞ』
懐から1枚のスペルカードを取り出した。先ほどの声もここから聞こえる。これの存在を知ったのは霊夢たちを助ける前だ。そう――小町の口から教えて貰った。
「シンクロ『小野塚 小町』」
足元から真っ黒なオーラが俺を包み込んだ。
「おっと……」
小町の体が急に倒れて来たので慌てて支える。どうやら、小町の言う通り響とシンクロしたらしい。
「あーあ……私も行きたかったぜ」
私の仕事は小町の体を守る事。博麗神社には極たまにしか人は現れないが念の為だ。魔力不足で動けない私に与えられた仕事。溜息を吐きながら先ほど遠くの方に現れた黒いエネルギーの柱を見つめる。
「頑張れよ。響」
届くとは思えなかったが、言わないよりはマシだ。もう一度、溜息を吐いてお茶を啜った。
妖怪たちは震えていた。目の前に突如、どす黒い物を感じ取ったのだ。それを見つつ俺は自分の姿を観察する。
服はボロボロのフード付き青いローブ。首には紅いマフラーが巻かれていた。手には何もない。多分、スペルを唱えないと鎌は出現しない。ローブの下はいつもの制服だった。
「これが……」
死神。そう言い切れるほどその姿は禍々しかった。それにこのマフラーは小町のツインテールをイメージしていると思われる。
『ほほう……これはまた珍しい魂構造だね』
頭に小町の声が響き渡る。無事に俺の魂に引き込まれたようだ。
(小町。どんな感じだ?)
『その声は響? まあまあってとこかな? お? あんたがトールかい?』
『うむ。よろしく頼むぞ。小町』
緊張感のない二人に思わず、苦笑してしまった。
「さてと……」
妖怪たちが俺の変化にビビっている間に新たなスペルカードを手に持った。その枚数は3枚。効果は今の所わからないがだいたい、スペル名で把握できる。
「よし。これが鎌だな」
1枚だけを残し、他のスペルを仕舞った。今すぐ唱えたい気持ちもあるが紫は言っていた。発動する為には何か条件があると。
(条件、ね)
『何か思い当たるかい?』
「いや、フランの時はダメージを受けたら翼の結晶の光が消えていたけど……」
この服にはそんな物はない。全く、考えはなかった。
『……唱えて。多分、発動するから』
小町の言葉に驚く。
「い、いや発動する為の条件をクリアしないと発動しないんだぞ!?」
『こうは考えられない? もう、すでに条件はクリアしているって』
条件を満たしている。それはほとんどあり得ない事だった。何故なら、俺は何もしていないから。
「……わかった。やってみる」
それでも、小町を信じてみようと思った。理由なんて簡単だ。俺と小町はシンクロ出来るほどお互いを信頼しているから。
「死神『ファースト・デスサイズ』!」
スペルが黒く光る。そして、そのスペルが急に形を変えた。見た目は小さな鎌。きちんと刃も付いているし柄もある。だが、その柄の先が本来の鎌と違っていた。柄の先――持ち手が輪っかになっているのだ。それをそっと握る。見た目はまるで、犬の首輪を掴んでいるようだった。
「バ……バㇽ!!」
怯えていた妖怪の一匹が吠えながら突進して来る。まずい。今、刃の向いている方向は俺の方。つまり、このまま横に薙ぎ払っても妖怪に刃は当たらないのだ。でも、持ち手が輪なのですぐに刃の向きを変えられない。
「ん?」
その時、輪の内側――丁度、俺の手が握っている所にボタンがあるのに気付いた。首を傾げつつ2回、押す。
――ガシャン! ガシャン!!
「う、うおっ!?」
刃が180度だけ回転し、刃を妖怪の方に向けた。思考する前に目の前まで迫った妖怪を斬る。すると、前と同じように幽霊を拡散させながら土に戻った。それを見て更に警戒する他の妖怪たち。
しかし、俺は追撃するどころか放心状態だった。この鎌、ボタンを押す事によって刃を90度回転できるのだ。
『こりゃ……すごいね』
『こんな武器、初めて見たぞ』
小町もトールも驚愕しているようだった。
「と、とにかく能力は戻った。後は……」
鎌を縦に振って妖怪たちを差す。
「狩るだけだ」
それを聞いて本体が甲高い悲鳴を上げる。だが、不思議と怒っているとは思えなかったそう――それは寂しそうだった。
(……何だろう?)
あの本体は普通じゃない。1時間前に聞いた時は暴走していると思ったがそれも違う。あれはこの本体の魂の叫び。『悲鳴』。
「……お前は何に怯えているんだ?」
俺の問いかけに攻撃で答えたのは本体ではなく妖怪だった。また、厳しい戦いが始まる。
挿絵はファースト・デスサイズのイメージ画像です。